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3話 チェリーの気持ち 4

「いやぁ、ぜいたくなバイトよねぇ。撥ねモノとはいえさくらんぼ食べ放題なんてさ」

 お昼時なのでお客さんが一人もいない観光果樹園の受付に座りながら千代ちんはさくらんぼを食べる手と口を休めない。

 思い返せば選別作業中もちょこちょこ口にしてたし、お昼のときもつまんでいた気がする。

 このペースだとそろそろ……と思っていると、ザクッという砂利をふむ音とともに目の前に影が落ちる。

「あ、いらっしゃいま……せ……」

 お客さんだ、と思って顔を上げるとそこにいたのは青木君だった。

「や、やあ、ふ、冬咲さん。こ、こんなところでお仕事しているんだね……」

 引きつったような笑顔を貼り付けながら青木君は語りかけてきた。

 昨夜の話もあって思わず顔が引きつる。

「こ……」

「さ、さくらんぼ狩りってのをやってみたくてね……た、たまたまなんだよ、たまたまココに来たら君がいてさ……はは……」

 とりあえず「こんにちは」と言おうとしたら、その言葉をさえぎるように青木君が早口でまくし立てた。

 そのセリフからは明らかに「下調べしてここへ来ました」というのが伝わってくる。

 なんと返していいものやら、愛想笑いを浮かべたままで沈黙が流れる。

「……あ、それじゃ青木君、中学生なんで800円でお願いします……」

 沈黙を破ってくれたのは千代ちんだった。

 その言葉に青木君はわたわたと財布をポケットから取り出すと、ベリベリとマジックテープの音を立てて財布を開き、中から千円札を取り出して、手を出している千代ちんではなくわたしへと差し出した。

 心なしかお札の先が小刻みに震えている。

 わたしはゆっくりと千円を受け取ると金庫にしまい100円2枚をとりだした。

 左手でお皿を作り、右手で青木君の手のひらの上におく。

 そのときわずかにわたしの指が青木君の手に触れた。

 その瞬間、青木君がぴくっと震える。

 その反応に言いようの無い気味の悪さを感じて、わたしはすっと手を引っ込め、ひざの上においた。

「……そ、それじゃぁ奥のほうに赤いの多いんで、そちらでどうぞ、あ、脚立はご自由にお使いください……」

 千代ちんが手振りを含めてハウスの奥のほうへと青木君をうながした。

「あ、奥のほう……奥のほうね……」

 というと青木君は千代ちんの指す方を見て、しばらく口をもごもごさせていたが、肩を落とし、とぼとぼと奥のほうへと歩いていった。

 青木君の姿が木の陰に隠れて見えなくなったのを確認すると、わたしたちは顔を見合わせた。

「来ちゃったねー……」

「来ちゃったわよー、ねーどうしよう……」

「どうしようって、なんにもこれから二人っきりになるわけでもあるまいし」

「え、あそか、千代ちんもいるもんねー」

「そうそう、彼気ぃ弱そうだし、あたしがいればたぶん大丈夫。ちゃぁんと「おじゃま虫」してあげるか……ら……」

 そういう千代ちんは突然おなかを抑えて青い顔をした。

「ごめ、ちょ、ちょっとトイレ……」

「ちょっとぉ、おじゃま虫は?」

「……なるべく早く戻るから……」

 そういうと千代ちんは自転車に乗って行ってしまった。

 そろそろおなかに来るころだと思ってたけど、よりによってこのタイミングで……

「さくらんぼには消化されにくい糖アルコールのソルビトールが多く含まれているッハ。だからいっぱい食べ過ぎるとおなかがゆるくなるっハー」

 いつの間にか足元へやってきていたシンハがしたり顔でこういった。

「頭良いのはわかるんだけどさぁ、何でそんなに詳しいのよシンハちゃん……」

 わたしはシンハの前にしゃがむと、その頭をくしゃくしゃと乱暴になでた。

 と、ザクッという砂利をふむ音とともに目の前に影が落ちる。

 見上げると、腕いっぱいにさくらんぼを抱えた青木君が、例の引きつったような笑いを浮かべながら立っていた。

「や、やぁ冬咲君……」

「あ、……青木君……もうごちそうさま?」

 わたしは立ち上がると、シンハを盾にするように胸の前に抱き上げた。

「や、あの、その、なんていうか……」

「お持ち帰りだと重さでお金かかっちゃうけど……」

 しどろもどろになった青木君に料金の説明をすると彼はズボンのポケットをちらりと見やり、

「え、あのいや、一緒に食べようかとおもって……どう?」

「あ、わたしはいつもうちでいっぱいたべてるから……」

 彼のすすめをわたしはやんわりと断る。

「そ、そう……」

 彼は寂しそうに笑うと、腕いっぱいのさくらんぼをもりもりと食べ始めた。

 時折、何か言いたげにちらりちらりと視線を送ってくるが、言葉にまとまらないようだ。

 わたしも何か当たり障りの無いようなことを言えばいいんだろうけど、青木君の何か必死なオーラが妙な緊張感をかもしだして口を開きづらい。

 かくして小鳥のさえずりと、時折青木君がさくらんぼの種を吹き出す「プッ」「プッ」という音だけがその場に流れた。

 シンハも居心地が悪いらしく腕の中から抜け出そうともがくがわたしはそれを許さない。

 次第に青木君の持っているさくらんぼの量が減ってきた。

(あ~もう早く帰ってきてよ~千代ちん)

 ちらりちらりと千代ちんが走って行った先に目をやるが戻ってくるけはいはまるで無い。

 そしてついに青木君が最後のさくらんぼの種を吹き出した。

 小鳥すらどこかに飛び去ってしまって、さらさらとさくらんぼの葉っぱのすれ合う音だけしかきこえない。

 目の前の青木君をちらりと見上げる。

 彼もまたこちらをまともに見れないようすで、あさってのほうを見ながら、また時折目をつぶり何か言いたげに口をもごもごとさせていた。

 そのとき、また視線を感じた。

 誰もいないはずのさくらんぼのハウスの奥のほうからだ。

 わたしが視線を向けるとそこにはシンハくらいの大きさの、「例の色」をした塊がいた。

 小さな体に不釣り合いの大きな目玉が今まで見たそれの中のどれよりも気味が悪い。

 その化け物はみるみる体のサイズをいつもの大きさに膨らませると、両腕を高く上げて

「ダデーーーナーーーーーーーーー」

 と、声を上げた。


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