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3話 チェリーの気持ち 2

「ひぇぶちっ!」

「やだ、カゼ? 花粉症? それともうわさ?」

 週末の夜、農機具小屋の二階に増築されたわたしの部屋に今日はお泊りの千代ちん。

 Tシャツ短パンの涼しげな格好でクッションの上に座りっている。

 千代ちんは、おばあちゃんからもらってきたおしどりミルクケーキをぼりぼりとかじる手を止めて、ニヤニヤした顔でわたしにたずねた。

「なによ、うわさって?」

 ベッドに横になって雑誌を読んでいたわたしは起き上がって千代ちんに向き直ると、その「うわさ」とやらについてたずねた。

 千代ちんは相変わらずニヤニヤしながら、

「あらあら、あんなに熱い視線注がれてるっていうのに気づいてないなんて……かわいそうだわぁ青木君ってば……」

と言った。

「あ、あ、青木~ぃ?」

 とんでもない名前が飛び出してきて面食らってしまう。

「中間テスト終わって席替えしたじゃない。そのあとぐらいからかなぁ、青木君がぼたんちゃんにチラチラ視線送るようになったの……ほんとに気づいてなかったの?」

 わたしはぶるぶると大きく首を横に振る。

「へー、あのまなざしは二人の間になんかあっちゃったのかなぁなんて……」

「ちょっとやめてよぉ!」

 千代ちんの言葉をとても最後まで聞いていられずに途中でさえぎる。

「わたしあの人なんか苦手なのよ、何か、こうジメッとした感じがしてぇ……」

 わたしの言葉に千代ちんが「あぁわかるわかる」と相槌を打つようにうなずく。

「こないだも図書室で部長に頼まれた郷土史の資料とろうとしたら一緒になっちゃって、いろいろやり取りするのもなんかやだから、どうぞお先にって愛想笑いして逃げてきて……しゃべったって言ってもその時ぐらいしか……」

「それだ!」

 と、千代ちんはわたしに人差し指を突きつける。

「どれよ?」と戸惑っているわたしに千代ちんは言葉を続ける。

「青木君って見るからに女の子に免疫なさそうじゃない、そこに本を譲ってもらってやさしくされて、愛想笑いとはいえ笑いかけられたら……」

 千代ちんはわたしに突きつけた人差し指を銃を撃つように跳ね上げると、

「落ちたね!」

 と言ってウィンクする。

「はぁ?」

 まったくわけがわからない。そんな顔を千代ちんに向けると、千代ちんは得意げに解説を始めだした。

「男子ってそういう勘違いするのよ。特に青木君みたいなタイプはそう、間違いないわ」

 そういって千代ちんは薄い胸を張る。

「どうよ、求めるより求められるほうが女は幸せになれるって言うじゃない」

 言うと千代ちんはいやらしく目を細める。

「冗談じゃないわよ、ナニ勝手なこと言ってるのよ、大体アレは苦手なタイプだって言ったじゃない」

 わたしは身を乗り出して千代ちんに精一杯の抗議をする。

「そ、それじゃぼたんちゃんの好みのタイプってのはどんななのかな~?」

 わたしの剣幕に押された千代ちんがあわてて話題を変えようとする。その「好みのタイプ」の一言に、なぜかこの間抱きしめられ、そして熱いまなざしで見つめられたあの覆面の彼を思い出した。

「おやおや~赤くなって止まっちゃいましたね~考えてる考えてる~ ね、誰だれ?」

 千代ちんは好奇心に目を輝かせる。

「そんなことより明日は朝早いんだから寝るわよ!」

 何とかこの話題を終わらせなくちゃ、と半ば切れ気味にタオルケットをかぶって千代ちんに背中を向ける。

 はいはいわかりましたよ、といったていで千代ちんは布団を敷き、今まで座っていたクッションを枕に横になった。

「でもなんでまた農作業の手伝いなんて、前まであんなに嫌がってたじゃない」

 ナツメ球ひとつになった部屋で千代ちんが訪ねかけてくる。

「農家がやだから東京に行くんだ、みたいなこと言ってなかったっけ?」

 千代ちんはまだまだしゃべり足りないようだ。

「……シンハのごはんよ……」

 こうなった理由を思い出し、自分のばかさ加減になんだか腹が立ってそっけない答え方になってしまった。


 中間テストの勉強のとき、

「あ~久しぶりにこういうの解くとクイズしてるみたいで楽しいッハねー」

とか言っちゃって、シンハの教え方はいちいちイヤミったらしかったが的確でわかりやすいものだった。

 そのうえ、昔の人(?)だしせいぜい数学と日本史、古典ぐらいしか期待はしていなかったものだが、なぜか彼は英語や科学にまで精通していた。そのため主要五教科で大幅に点数と偏差値を伸ばすことができたのだ。

 そこからが失敗の始まりだった。

 浮かれて調子に乗ったわたしは駅むこうまで自転車を走らせて、奮発して糠野目にあるスモークハウスファインのソーセージをシンハにプレゼントした。

 シンハはコレに大喜び、

「こんなおいしいソーセージ今まで食べたことがないッハー」

 なんていいながらたちまち一袋をたいらげた。

 それからだった、今まであんなに喜んでいた魚肉ソーセージに見向きもしなくなったのは。

 舌が肥えたシンハは何かにつけてファインのソーセージをねだるようになった。

 世間一般の家庭教師の謝礼と考えれば安いものだろうが、

「わたし文殊様の使いの唐獅子からお勉強教わってるの。お礼に毎日ファインのソーセージ買ってきて」

 なんてお母さんにいえるわけが無い。中学生が自腹でまかなうとなればコレは痛い出費だ。

 そもそも最初の話だとラクシュミーになる代わりに勉強教えてくれる約束じゃなかったのかよと思いつつも一週間も食べさせないでいるとシンハが目に見えて荒れてくる。

 なけなしのおこづかいをはたいて一パックづつ買い求めてきた。

 が、ついにそのお金も底をついてしまったのだ。


「シンハのご飯をちょっと奮発したら、もうこれじゃないとだめだッハーなんて言っちゃってさぁ……」

 寝返りをうって部屋の入り口にあるシンハの寝床に目をやる。

 ダンボール箱に毛布を敷いた簡単なものだ。

丸くなって寝たふりしているシンハは尻尾でハラリと顔を隠した。

「なんだかぼたんちゃんってシンハとほんとうにしゃべれるみたいだねー」

 !!!

 やり取りを見ていた千代ちんが何の気なしにつぶやいた。

 その言葉にわたしとシンハは肝を冷やす。

「そのぐらい好きなのよねーシンハ君のこと……」

 そういって千代ちんは視線をわたしからシンハへと移した。

「……ま、まあね、ほらじゃ寝よ寝よ! 明日早いんだから! おやすみー……」

 そういうとわたしは再びタオルケットをかけなおす。

 と、そのとき、

 ……なんか見られてる感じがする……

 千代ちんじゃない、シンハでもない……窓?

 タオルケットの中から目だけで確かめるが特に異常は無いようだ。

「気のせいか……」

 なんか異常があればシンハも気がつくはずだし……千代ちんも同じ部屋にいる。

 気のせい、ということにしてわたしは目をつぶることにした。


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