2話 今年のさくら 今年のだんご 4
「……なに、あれ?」
見覚えのある二度と見たくなかった紫の化け物を、初めて目にした千代ちんは絶句した。
シンハが足を叩いて必死に変身しろって訴えかけてくる。
「でも」
となりには千代ちん。
まわりには大勢の花見客。
絶対に正体がばれるわけにはいかない。
「ダデーーーナーーーーーーーーー」
化け物が一声ほえると、まわりからもいっせいに悲鳴が上がる。
急に腕が重くなる、見ると千代ちんが腰を抜かしてわたしの腕につかまっていた。
「……ぼ……ぼたんちゃん……何?あれ……」
化け物を前にして比較的冷静なわたしを頼もしく感じるのか、千代ちんはぎゅうっとわたしの手を握りながらたずねてくる。
「だいじょうぶ……だいじょうぶよ……だから、立てる?」
わたしは千代ちんの手を握り返しひっぱるが、千代ちんは青い顔で化け物を見つめ、ただただ震えているだけだ。
その千代ちんの前にシンハが飛び出ると、千代ちんに向かって
「ガオウ!」
と吼えた。
千代ちんは目を回し意識を失う。
「千代ちん! 千代ちん!」
わたしは千代ちんを揺り起こそうとする。
「大丈夫、術をかけて気絶させただけだッハ。さあ今のうちにラクシュミに変身するッハ」
「ンばが! こだなどさ置ぎっ放しにさんにぇべっした!」
(訳:ばか! こんなトコに置きっ放しにできるわけないじゃない!)
わたしは千代ちんを後ろから抱え上げるとズリズリと引きずって避難させる。
とりあえず東屋のかげにでも寝せておけば大丈夫だろう。
後は見つからずに変身できるところ……さっきお団子食べた機関車と貨車のすき間がいい。
わたしは機関車までダッシュすると貨車とのすき間にもぐりこむ。
そしてシンハから如意宝珠を受け取ると、念のため周囲を確認し、ひとつ深呼吸をしてから、
「オン! チンターマニ・ソワカ!」
と、叫んだ。
温かい空間に漂う。そんな感覚を久しぶりに受けたかと思うとわたしはラクシュミーの衣装を身にまとっていた。
服の引っかからないような位置に移動すると、ジャンプして公園全体を眺める。
基本的な動きや力の調整はあれから何度か練習して加減ができるようになった。
女の子の恥じらい、変身のための呪文への抵抗も……三回目くらいで……捨てた……。
化け物は? ……良かった、まだそんなに動いていない。
次のジャンプで背後に回ってトゥインクルファウンテンで速攻片をつけちゃおう、と思いながら地面に降りたが何か違和感を覚える。
わたしは違和感のした方、駅舎の屋上へと向かって大きくジャンプした。
駅舎の屋上には人がいた。
それもただの人じゃない、ゲームやマンガの中に出てくる魔法使いのような服を着た人が、化け物のほうを向いて「来い!」とか「早くしろー!」とか、身振り手振りをしながら声をかけているのだ。
きっとこいつが前回や今回の化け物騒ぎの黒幕なのね。
わたしは颯爽と彼の後ろに降り立つと、人差し指を「ビッ!」と向けながら、
「そこまでよっ!」
と、叫んだ。
魔法使いのような格好の男はゆっくりとこちらを振り向く。
顔はフードに隠れてよく見えない。
「……また……貴様か……」
男はしぼり出すような声で言った。
「また? ……またってことはこのあいだの学校の化け物もあんたの仕業なのね!」
「そうだといったら……」
男は体の前で腕を交差させてひざを曲げ、腰を低く落とす。
いつでも跳びかかってこれる体勢だ。
わたしは油断なく男の動きを見つめながら、
「この高畠の平和を守る、まほろば天女ラクシュミーが決してあなたを許さない」
そういって見得を切る。
男はいまいましげに口の端をゆがめると、
「ふん……ならば今日のところは譲るとしよう……」
とつぶやき、ザリガニのように背後へと跳んだ。
「危ない!」
落ちちゃう! と、思いあわてて追いかけ手を伸ばすが届かない。
屋上の縁につかまり下を覗き込む。
と、化け物がすごい勢いで跳び上がって来て、わたしはあわてて頭を引っ込める。
紫の化け物は空中で姿勢を整えるとわたしに狙いを定める。
ちょっと待ってよ、このまま落ちてきたら駅舎もただじゃすまないじゃない……
わたしは広場へと向かって跳んだ。
化け物もそれを追うように落下してくる。
駅舎は無事だ。しかし、化け物の巨体がわたしに迫ってくる。
空中では思うように避けられない。
まずい! やられる!
わたしは思わず目をつぶる。
次の瞬間、何かに抱きすくめられる力強い感触と体が上昇するようなGを感じた。
続いて何か重いものが落下したような音が響いてくる。
恐るおそる目を開けるとわたしは誰かの腕の中に抱えられ桜吹雪の舞う宙を飛んでいた。
この覆面姿は……この間もわたしを助けてくれた彼だ!
覆面の彼は化け物から離れたところに着地する。覆面のせいで彼の表情はよくわからないが、視線は鋭く化け物に注がれている。
あれ、ちょっと待って、この格好って……
今のわたし……お姫様抱っこ!
そう思うとなんだか急に恥ずかしくなる。
「……あ、あの、ちょっと……」
わたしが声をかけると覆面の彼はわたしの顔を見つめる。
やだ、こんな体勢でそんなに見つめられたら……
カァッと顔が熱くなるのがわかる。わたしは恥ずかしくなって顔をそらす。
すると彼はそおっと体を傾け、足から地面に降ろしてくれる。
「あ、あの、ありがとうございます」
わたしは振り向いて彼にお礼を言った。しかし、そこに彼はいなかった。
このあいだと同じように彼は忽然と姿を消していたのだ。
ズズズズズ…………と地響きがする。
化け物が再び動き始めたみたいだ。
もうさっきみたいな油断はしない、速攻で決める。
「ラクシュミートゥインクルロッド!」
如意宝珠が魔法のステッキへと姿を変える。
トゥインクルロッドをつかむと空中に魔方陣を描く。
「ラクシュミー・トゥインクル・ファウンテン!」
わたしは化け物めがけてトゥインクルロッドを振りかざす。
が、そのとき化け物が身をよじらせた。
光の噴水は化け物の体を捕らえるには捕らえたものの、その半身を削り取っただけだった。
「ダァアァアァァァアアアデェェェエエェエェェエエェナァァァアアアアアァアア!」
半身を削り取られた化け物は痛みのためか、体を伸ばしたり縮めたり、地面に体を打ち付けたり駆け回ったりものすごい勢いで暴れまくる。
そのたびに衝撃が起こって桜の花が散り、風がおきて花びらが宙に舞う。
「もしこいつが千代ちんに向かって行ったら……」
わたしは千代ちんの元へと駆け寄り、何かあったらいつでも逃がせるようにしっかりと抱きすくめる。生身のときと違って軽々動かせそうだ。
化け物は高く跳び上がると、わたしたちの頭の上を飛び越えて機関車の上へと落ちた。
その瞬間機関車からバリバリと紫色の稲妻のような光が放たれた。
まぶしさにわたしは手をかざす。
しばらくして、光はおさまり静寂が訪れる。
「やっつけた……のかしら……」
そう思ったのもつかの間、機関車がガタゴトとゆれだした。
ゆれはますます激しくなる。
金属のこすれるような延びるような甲高い音がしだした。
そしてついに「ゴギン」という大きな音がして機関車が宙に浮いた。
機関車の運転席にあるメガネのようにコミカルな四角い二つの窓は、化け物の真っ赤な目の色に変わっていた。
そしてその窓を目とするならおでこの位置にある大きなライトの跡が鈍い紫色の光をたたえながら明滅していた。
機関車は5メートルほどのところに浮かび、まるで獲物を探すかのようにゆっくり回転する。
目が合った!
見つかった! と思うや否や、千代ちんを抱いてその場から飛び退く。
ドーンという激しい音と土煙が上がる。
煙の向こうにはぐにゃりと鉄柱のへし折れた藤棚の東屋が見える。なんという突進力だ。
ともかく千代ちんを抱いたままじゃ戦うにも戦えない。ひとまず千代ちんを下ろして、敵をひきつけないと。と、千代ちんから手を離した瞬間……
見つかった!
もう一度千代ちんを抱き上げて跳ぶ時間は無い!
ドン!
わたしは腕を前に突っ張って、機関車の突進を正面から受け止めた!
「ん、んぎぎぎぃ……お、重いぃ……」
足首あたりまで地面にめり込んでる感じがする。
うまく力を逃がせばかわせない事も無いかもしれない。でも……
下を見ると千代ちん。
下手に動けば千代ちんが機関車につぶされちゃう!
シンハが駆け寄ってきて千代ちんの靴に噛み付き、千代ちんを引っ張り出そうとする。
おっ、いいぞ! と思うも靴だけスポンと脱げて、勢いあまったシンハはごろごろと転がって目を回す。
こんの役立たずぅ。
「お願い、千代ちん……目を覚まして……」
わたしのあごからぽたりぽたりと千代ちんの顔に汗が滴り落ちる。
「……ん、ううん……」
しめた、気がついた。
わたしの祈りが通じたせいか、それともシンハが目を回して術が解けたせいか、千代ちんが意識を取り戻した。
「……あれ、コスプレの人?……え、どうしたの? ……え? え? え~~~?」
状況を把握した千代ちんはパニックにおちいる。
「……は、や、く、に、げ、てぇ~…………」
声を絞り出すようにお願いする。もうそろそろ限界だ。
千代ちんはお尻をずってわたしたちの下から這い出ると、くるりと振り返って靴が脱げているのにも気づかずにダッシュで逃げ出した。
よし、あのくらい離れれば。
わたしは拮抗している力を下方向へと逃がしてやり、その反動で空高く舞い上がる。
機関車は芝生にめり込んで身動きが取れないでいる。
チャンスだ!
空中でトゥインクルロッドを取り出すと、着地と同時に魔方陣を描く。
今度は絶対はずさない!
「ラクシュミー・トゥインクル・ファウンテンッ!」
光の噴水が機関車へと向かって一直線に放たれ、包み込む。
「ダデェェェエエエェェェエエナアァァアァァアアアァァアアァァ…………」
絶叫があがり、機関車がまとっていた禍々しい気の様なものが消えたような気がした。




