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真説桃太郎  作者: 石豊徳
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吉備の王 十三

§ 十三 §


 激戦の記憶が、ようやく吉備の人々の記憶の彼方へと忘れ去られようとしていた。

 あれから十三年―。

 イサセリは、警護も付けず単身吉備の山に分け入っていた。

 ただ闇雲に目的もない旅という訳でもなかった。

 イサセリの戦いは、十三年経とうとも完全な終わりを告げてはいなかったのである。

 一つには、ウラたちの亡骸の処理である。

 あれほどの英雄の御霊である。処理の仕方を間違えてしまうと、折角収まりかけている民衆の反発を喰らうことになる。

 いい加減なことは出来ないので、今まで放置してこざるを得なかったのである。

 もう一つは、気持ちの方の整理とでも言うべきか。

 ウラとの一戦の後、言うに言われぬ違和感をイサセリ自身が抱えていた。その気持ちを整理するのに今まで掛かってしまったのである。

 トメタマの調査で、イサセリが目指す場所の特定は出来ていた。

 しかし、慌しく訪れたくもなかったのだ。

 今のイサセリは、あの頃と打って変わって、驚くほど温和な表情を浮かべていた。

 ―なに、急くこともあるまい。

 今日に至るまでの、全国各地でも激戦が、今のイサセリの人格へと変化をもたらしたのか。

 歴史に「もし」は禁句ではあるが、仮に今ならばウラと手を携えて共存する道をも模索していける。そんな可能性すら思わずにいられないような穏やかな身のこなしであった。

 道端の満開の桃の木から一本の小枝を折ると、それを小脇に挿した。こうでもしておかないと、目の前の「目的」の家の玄関を叩く勇気が沸いてこなかったのである。

 妙に気弱になった自分が可笑しくもあった。

 それこそウラに笑われるな。

 そう思うと手に力が沸いてきた。

 玄関の前に立ち、ドアを軽くノックする。

 家の奥から飛び跳ねるような声がしかたと思うと、カンヌキを解く音がして、ドアが開いた。

 そこから飛び出してきた少女の顔を観て、イサセリは我が目を疑った。

 ―まさか、阿曾姫か?

 少女はイサセリの顔を観ても、それが誰だか解らない。

「オジサン誰?何の用事でしょうか?」

 イサセリが少女に自己紹介しようとしたら、家の奥から別の女性が現れた。

「誰?レンがもう戻ったの?」

「阿曾姫!するとこの娘は。」

 イサセリが玄関の奥に確認したのは、間違いなくサンであった。

 サンはあれから、このような山奥でひっそりと家族だけで暮らしていたのだった。

 サンの方もイサセリを確認したようだった。

 しかし、殊更驚いた様子も見せなかった。

 そこへ、デジュとレンが市場からの買い物から帰ってきた。

「何者!」

 と、デジュが咄嗟に刀を抜く。

 次の瞬間には、デジュも男がイサセリであることに気付く。

「お前は、イサセリか!」

 と言ったが早いか、デジュはイサセリに切掛かった。

 その時である。

「待って!」

 と、サンがデジュを止めた。

 驚くデジュである。

「どうしたサン。何故止める。」

「デジュ、あの人の腰元を見て。何の武器も持たずに里からここまで歩いて来ているのよ。」

 言われてデジュもイサセリの身体をしげしげと眺めてみたが、サンの言うとおり、どこにも武器らしきものは無かった。

「久しぶりだな。阿曾姫。元気そうで安心したよ。」

「実は話があって来たんだ。中へ入れてもらえないだろうか。」

 イサセリは妙に低姿勢に出た。勿論口論するためにわざわざここまで来た訳ではない。

「あら、この国はあなたのものよ。どこでもあなたのお好きなようにすれば良いじゃない。」

 あらん限りの皮肉を込めてサンが言い放った。

「そう喰って掛かるな。悪い話じゃないんだ。」

 サンは本能的にイサセリが昔の鋭敏な頃のイサセリとは全く違う、ということに気付いていた。

 本当に大事な話なのかもしれない、そう思い、黙ってイサセリの言われるまま家の中の招き入れることにしたのだった。


 家の中に通されたイサセリは、先ずサンたちの現在の生活ぶりを聞いた。

 そしてその後で、玄関でイサセリを出迎えてくれた少女が、自分が思っていたとおりの人物であることを確認すると、それからこの十三年間のイサセリの戦いの歴史を語りだした。

 長い長い話は延々と二時間以上続けられた。

 サンが、こんな下らない話をわざわざするために訪ねてきたのだろうか、と疑い始めたときだった。

 思いも掛けない言葉を、イサセリがサンに対して放った。

「実は、ウラやアゾタケらを祀る社を建てようと考えている。」

 それはサンやレン、デジュにとって驚愕の事実と呼ぶにふさわしい話であった。

「そして、その社の祭主として、阿曾姫にその任に付くことを了承してもらいたい。」

 サンにとって、寝耳に水の話である。

 何と亡き夫や父の社を建立してくれるばかりか、これから一生その面倒を見て暮らせる、というのである。

 だが本当にそんなことが可能であろうか。

 奈良はそれを善しとするだろうか。

 サンはその疑問をそのままストレートにイサセリにぶつけてみた。

 すると、以外にもイサセリの答えはシンプルそのものだった。

「うん。ヤマト朝廷に対する対面もあるので、表向きは朝廷軍の戦没者を祀る、ということで既に建立許可も取ってある。」

「でも、そこに実際に祀られるのはウラたちでないといけない。」

 イサセリは少し俯くと、呟く様に次のように語りだした。

「俺はウラ殿やアゾタケ殿に対して、随分と非道いことをしてしまった。」

「今更弁明の余地もないことは重々承知しているつもりだ。」

「しかし、勝手な言い草だが、生きるものの務めとして、英雄たちの御霊をこの手で祀ってやりたいと、今では本気で思っているのだ。」

 思えばこのイサセリも、他の男と何ら変わることのない、普通のヒトであった。

 運命がその普通のヒトを、鬼にも大王にも変えてしまうのだ。

 サンはそのことが良く理解出来るようになっていた。

 そして、だからこそ次の瞬間には姿勢を正し、静かに頭をイサセリの方に垂れると、

―御請け致したく存じます。

 という言葉が自然に口から出ていた。

 

 何事もなかったかのように、たおやかに時間は過ぎていく。

 かつてイサセリの前線基地があった場所に、大きな社が完成しつつある。

 境内にはウラのたたら場から、大きな鉄釜も持ち込まれていた。

 新しい吉備が、新しいヤマトがこうして歩き始めるのだ。

 歴史はヒトが休むことを許さない。

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