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真説桃太郎  作者: 石豊徳
12/15

吉備の王 十一

§ 十一 §


 かの大戦から数えて七日目、イサセリは中山の本陣の北を流れる、笹ヶ瀬川の川原で、戦の終結宣言と戦犯の公開処刑を行うことにした。

 実はあの戦いのあと、イサセリも三日三晩昏睡状態にあり、ようやく粥を口にすることが出来るようになったのは、五日目であった。

 ワカタケもササモリも、終結宣言はもう少し後でも良い、と忠告したが、イサセリはそれを聞き入れなかった。

 一つには、ウラの死が目前に迫っていた。

 公開処刑という名目で、吉備の民の前でキッチリとウラの命を絶っておかなければ、ウラを語る第二、第三の謀反人が出てこないとも限らないと考えてのことである。

 それに、阿曾姫のことも気に掛かっていた。

 彼女のためにも、ウラとのことに決着をつけておく必要がイサセリにはあったのだ。

「準備が整いましたので、お越し下さい。」

 部屋で待っているイサセリとワカタケを、ササモリが呼びに来た。

 ササモリに連れられて、公開処刑場に赴いていくと、川原に柵が廻らされ、処刑台の上には捕まえられて磔にされている百済人たちが五人。勿論、その中にはウラの姿も確認出来た。

 柵の外には大勢の見物人が押し寄せていた。

 吉備中の民が集まってきていたように感じた。恐らく三万人はいたであろう。

 処刑台に上にイサセリとワカタケが上がると、見物人の中からどよめきが沸き起こった。

 イサセリはそれを、両腕の動き一つで静めてみせた。

 そして、そのイサセリの姿を、民衆に混じって観ているモノが居た。

 アゾタケとサンである。

 処刑台に上に立つイサセリの姿を確認したサンの驚きたるや、想像を絶するものであった。

「お兄ちゃん!」

 思わず叫びそうになる声を必死に抑えた。

 何故ここに、あの優しかった伽耶の兄がいるのか、イサセリの次の言葉でようやくサンにも事態の全貌が掴めた。

「吉備の民よ!長らく諸君らを不安たらしめてきた、百済の王家の一族とか申すウラの一味は、これこの通り我等がヤマト一族の手によって捕らえられた。」

「先の大戦によって、我等は多くの同士を失ってしまったが、同時に諸君らの自由と平和を勝ち得たことには、喜びを禁じえない。」

「我等ヤマト一族は、諸君らの恒久的な平和と安全を、未来永劫保障するものである。」

「今後、この地にどのような敵が襲い掛かってこようとも、すぐさま我等がその脅威を払い除けるであろう。」

「忘れないで欲しい。我等ヤマト一族は永久の平和を希求するものであって、一部の特権階級の存在を許して置く訳には行かなかったのだ。」

「我等がここ吉備に無理をして進軍してきた理由もそこにある。吉備に住む諸君を、ウラたちの圧政から開放することこそ我等が目的であって、そこにどんな他意もない。」

 サンの顔が見る間に真っ白になっていった。

「お兄ちゃん。いやイサセリ!そこまで私たちを愚弄するか!」

 播磨で再会した兄を信用しきっていた自分が情けなかった。

 少し考えれば、その兄がどのような存在であったか、解りそうなものだったのだ。

 イサセリの演説は続いていたが、サンの耳には最早どんな言葉も聞こえてこなかった。

 目の前には、変わり果てた姿のウラが居る。

 右腕はもぎ取られ、両目は矢で射抜かれ、満身創痍のウラが処刑台に括りつけられていた。

 生気を失い、ただ息をしているだけの物体に成り下がっていた。

 あの力強いウラの笑い声は二度と聞くことは出来ないのだ。

 ウラの大きな胸板に飛び込んで抱きかかえられることも、あの唇に触れることも、この先二度と訪れることはないのだ。

 もう枯れ果てたと思っていた涙が、見る間にサンの両目に溢れてくる。

 自分の無力が恨めしかった。

「さて、吉備の諸君。ここに並べられているのが、諸君らを苦しめてきた張本人たちだ。」

「私はこれから公開処刑という形を執って、諸君らの圧政からの解放を、身をもって証明したいと思う。」

 そう言い終わったイサセリは、腰にぶら下げていた長剣を抜いた。

 そして、振り向きざまに処刑台の上の左端の首を切り落とした。

 その見事な刀捌きに、民衆は圧倒されていた。

 パフォーマンスとしては上出来である。

 その同胞の首が落されていく光景を目の当たりにする度に、サンの心は張り裂けそうになった。

 涙が、鼻水が、涎が、液体という液体が身体の中から止め処なく放出されている。

 どうしてこんな目に合わなければならないのか。

 自分とウラが、小さな家の中で幸せに生活出来る世界はないのか。

 しかし、現実との折り合いをつけようとすると、気も狂わんばかりの後悔、怒り、憤り、といった感情がサンを襲った。

 そして、残る最後の一人である、ウラの首に手を掛け、イサセリが最後の一刀を振りかぶったその瞬間。

 ―びしゅっ!

 という音と共に、イサセリの右腕に矢が突き刺さっていた。

 直に警護の者達が、イサセリを取り囲んだ。

「矢を放ったのは誰か!」

 ササモリが大声でがなりたてた。

 アゾタケが周囲を見渡すと、木陰で弓を持ったミョンバの姿が確認出来た。

 ササモリの声に、前に出ていこうとするミョンバを、アゾタケは視線で制した。

 そして、次の瞬間、

「私だ!」

 と叫んだアゾタケが、人垣を掻き分けて前に進み出た。

 サンが止める隙もなかった。

 アゾタケは柵を潜って、イサセリの目前に立った。

「あなたは・・・・、アゾタケ殿ではござらんか!」

 ワカタケが口を開いた。

「ワカタケ殿、この老人をあまり失望させんでくれ。」

 アゾタケはそう言ったかと思うと、手に持った弓をイサセリに向けて構えた。

「何をするか、やめろ!」

 ワカタケがそう叫ぶより前に、警備兵がアゾタケに向けて一斉に矢を射掛けていた。

 しかし、その一瞬前に、アゾタケの矢も既に放たれていた。

 警備兵の二十本の矢と、アゾタケの一本の矢が河原を交錯して飛んだ。

 その二十本の矢は、一本残らずアゾタケの身体に吸い込まれた。

 その当のアゾタケは自分の放った矢の刺さった先を確認して、安心したような表情を浮かべて、どっかと仰け反るように後ろに倒れ静かに目を閉じたのだった。

 果たして、アゾタケの放った矢は、見事にウラの心臓を貫いていた。

これ以上の屈辱をウラが受けることを、アゾタケは許せなかったのだ。

 そして心臓を貫かれたウラが、一瞬正気を取り戻した。

 さっきまで単なる物体でしかなかったウラの身体に紅かみが帯びている。

 そして、風前の灯と化している力を振り絞るようにして声を発した。

 ―サン!

 ―サン、生きろ!

 ―生き続けろ!

 ―サン!

 何が起きたのか、理解出来ずにいたサンであったが、ウラの心からの叫び声は、サンの耳にしっかりと届いていた。

 それは、アゾタケがサンの為に起こしてくれた、一瞬の出来事であり奇跡であった。

 河原に這いつくばって泣いた。

 いや、唸ったと言った方が正しい表現かもしれない。

 ウラの最後を見届けた民衆の方にも、掛かっていた暗示が解けたような動きが見られた。

 そしてそれは「ウラ」コールとなって現れた。

 口々に「ウラ」を叫ぶ民衆の声が、巨大な「ウラ」を呼び起こして、一つのうねりとなった。

 民衆は決してバカではない。民衆にも考える力がある。

 それを証明した瞬間であった。

 吉備の民は、ウラたちの恩恵を決して忘れていなかったのである。

 河原で、巨大な「ウラ」コールが湧き上がる中、レンとデジュが、河原に転がって泣き崩れているサンを両抱えにしてその場を去った。

 そして、イサセリはと言えば、呆然自失として処刑台の上に立ち尽くしていた。

 一体何が起きたのか、彼の常識では思いも付かなかったのである。

 彼が取り返しのつかないことをしてしまったことに気付くのに、それから更に数年を要するのだった。

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