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真説桃太郎  作者: 石豊徳
11/15

吉備の王 十

§ 十 §


「第一陣、突撃!」

 イサセリの掛け声で、両軍の戦端が開かれた。

 イサセリ軍の第一陣、四千の兵士が鬼ノ城北門を目指して一斉に駆け上がる。

 指揮はワカタケが執っている。一糸乱れぬ進軍とは、このことを言うのであろう。実に見事な用兵である。

 まるで四千の兵士が一つの意思を持った生命体のような動きをしている。無駄というものが無い。

 楯を手にした兵士を先頭に、あっと言う間に鬼ノ城の麓まで辿り着いてしまった。

 その時、

 轟音と共に、轟々と燃える火の玉が、ワカタケ軍目掛けて鬼ノ城から飛んできた。

「投石、来ます!」

 上空を監視する役目の兵士が叫んだ。

「左右に分かれて退避!甲、右へ十歩。乙、左へ十歩。展開!」

 ワカタケの号令で、四千の兵が左右に真っ二つに割れた。

 そして、その割れた真ん中に火の玉が着弾した。

 ドッカーーーーン!

 火の玉は地面に着弾した後も、更に五十メートルほど転がってようやく止まった。ブスブスと燻された巨石の臭いが辺りに立ちこめる。

 後方の兵士が、流石に息を呑んだ。あれに当たれば一溜まりもない。恐らく直撃を喰らったら百人単位の死傷者が出るであろう。恐ろしい兵器である。

「左方より、第二波来ます!」

「甲、そのまま。乙、右へ二十歩。展開!」

 ワカタケの的確な指示が飛ぶ。

「続けて、左方より第三波来ます!」

「全体、右へ十五歩、展開!」

 投石器の攻撃は、見た目とは裏腹に動く標的に対しては、実はあまり効果的ではない。滞空時間が長すぎるために、逃げやすいのだ。

 ただ、ミョンバの発案によって、単なる石が火の玉となって降り注ぐという兵器に進化している点は見逃せない。

 兵士たちの恐怖感を煽る、という効果は絶大である。

 ワカタケの的確な指示によって、すんでのところで投石器の攻撃を交しているとは言え、我が身の僅か数メートル先で火の玉の着弾の憂き目に逢った兵士など脱糞ものであろう。生きた心地などしている筈がないのである。

 辛うじて、ワカタケの的確な指示によって隊列を維持出来ている、というのが本音であろう。

 こうして一時間余りの間に、合計二十発の投石攻撃が為された。

 そしてワカタケは右へ左へと、この投石攻撃を交すだけで、決してそれ以上進軍しようとはしなかった。

 それを後方で見ていたイサセリはほくそ笑んでいた。

 ワカタケの策士め。

 「よし、第二陣突撃!」

 イサセリの号令と共に、大太鼓が鳴り響いた。

 イヌカイ率いる第二陣四千の兵が、眼にも留まらぬ速さで進軍していった。

 そして、それに呼応するかのように、ワカタケ軍は左右に別れ、イヌカイ軍に戦場を渡して一気に退却していった。これも見事な手並みである。恐らくこの最初の戦闘におけるワカタケ軍の消耗は皆無であったろう。

 そして、イヌカイ軍がこれほど早く進軍出来たのも、実はウラ達の放った投石が、即席の防護策の役目を果たしていたからであった。

 なんと、ワカタケはそこまで計算して自らの兵士を指揮していたのであった。

「ワカタケ殿が敵の弾を使って築いてくれた防護柵のお陰で、布陣がしやすくなったわい」

 イヌカイは前線で、ワカタケのその見事な手並みに感心していた。「城壁の守りの一部を崩すぞ。闘犬を放て!」

 イヌカイの号令と共に、四千の兵が各々に引き連れていた犬を一斉に放った。

 そう、イヌカイとは、戦闘犬の軍団長なのだ。

 今でもマスティフという大型犬は、愛犬家の間で人気がある。非常に大型で、ライオンのようなタテガミを持っているのが外見上の特徴である。かのチンギス・ハーンも自軍の遠征には必ず引き連れていったという由緒正しき戦闘犬である。言ってみれば、きちんと調教されたライオンの群れが四千頭襲いかかってくるのである。

 これには流石のウラたちも度肝を抜かれた。

 あっさりと投石器射程の懐内への進入を許したばかりか、山肌を一丸となって獅子が登ってきているのだ。

 投石器の攻撃を諦めたウラたちは、今度は火矢で応酬してきた。

 三人一組の弓矢隊が、城壁に横一線に並んで、一斉に火矢を射掛けた。一人が射終ると、後ろで準備の整った二人目に交代して、一人目は三人目の後に就く。これを繰り返すことで、連続して途切れることなく矢を射掛けることが可能になる。

 正に雷雨の如く火矢が降り注がれた。

 生身の兵士であれば、この攻撃で尽く撃退されたであろう。その意味でミョンバの作戦は完璧であった。

 しかし、今山肌を登ってきているのは、『獅子』である。

 火矢の攻撃を受けて、一頭、また一頭倒れても、それを乗り越えてどんどん城壁へと近付いていった。

 そして、ついにその鉄壁の守りに穴があいた。

 北門から向かって左百メートルのところに、戦闘犬が数頭寄り着いた。

 これによって、ウラ軍の弓矢隊に一時的に混乱が生じた。

 何せ弓を射掛ける暇も与えてもらえずに、獅子に襲い掛かられたのだ。

「一気に押し込め!」

 それを山の麓で確認したイヌカイが、自陣の兵士に改めて号令を掛けた。自分たちの楯となって闘ってくれた犬が、鉄壁の守りを抉じ開けてくれたのである。

 今後は我々の番だ!

 長槍を手にした兵士たちが、戦闘犬が開けた穴目掛けて殺到した。

 城壁の上では、イヌカイ軍を入れさせまいと、ウラの軍勢も必死で抵抗していた。

 しかし、戦闘犬によって軍勢に混乱が生じ、その戦闘犬の始末を優先している間に、北門をあっさりとイヌカイたちの手によって開かされる、という事態に陥っていた。

「よし、よし、門が開いたぞ。」

 その様子を麓で確認していたイサセリが、再び号令を掛けた。

「第三陣、突撃!」

 例によって大太鼓が鳴らされ、トメタマ率いる第三陣が進軍していった。

 そして、前線でこの第三陣突撃の合図を聞いたイヌカイは、犬笛を吹くと戦闘犬を撤退させ、自らの兵士も先程のワカタケ軍同様、左右に分けて、見事に撤退させた。

 戦闘犬の半数をこの戦闘で失ったイヌカイ軍であったが、北門の開城という何者にも換え難い戦跡を残した。大戦果である。


「良いか、何としても持ち堪えるぞ。北門を死守する!」

 鬼ノ城の北門の内側に土塁を築き、そこに弓矢隊の別働隊を集合させたミョンバが怒声を張っていた。

「武器調達班、急げ!北門に矢の補充が間に合っていないぞ!」

 そのミョンバの後方では、ウラも武器の段取り、全体作戦の練り直しなどで頭をフル回転させていた。

 想像以上の難敵である。

 まさかこうも易々と北門を開城せしめるとは。

 ここを凌がなければ、一気に崩されてしまう。

「西門の弓矢隊も、北門に振向けさせろ!急げ!」

「兵の被害状況を教えろ。」

 テキパキと指示を飛ばす。

「来たぞ、良いかよく狙え!」

 ミョンバがトメタマ軍の先頭を捉えて吼えた。

 トメタマ軍の先頭は、分厚い鉄製の楯を持った兵士が横一列に並んで進軍してきていたのだ。

 その先頭が、北門に差し掛かったとき、

「撃て!」

 の、ミョンバの号令と共に、一斉に矢が射掛けられた。

 数百本の矢が、一直線にトメタマ軍目掛けて放たれた。

 バーーースッ!という轟音が北門に鳴り響いた。

 しかし、鉄の楯の前に、矢が全て弾き返されてしまう。

 じりじりと前進してくるトメタマ軍を目の前に歯軋りするミョンバである。

「狙いを、真ん中の赤色の楯に集中させる。」

 一呼吸おいたミョンバ。

 トメタマが突撃命令を出す、その瞬間に、

「撃て!」

 の合図で、トメタマ軍の前面の楯の一箇所に、数百発の矢が一気に、一斉に襲い掛かってきた。

 ドーーーーーンッ!

 楯もろとも、兵士が数十人吹っ飛んでしまった。

「続いて用意。目標今の左側。」

「撃て!」


 北門を挟んでの、正に一進一退の攻防がその後、延々と六時間続けられた。

イサセリの命によって四千の兵士が繰り返し繰り返し、投入された結果である。

「狙い通り、持久戦に持ち込んだな。」

 ここまでは、イサセリの計算通りの展開である。

「敵の消耗は、相当なもの。」

「そうだな、ササモリ。」

 一戦終えて帰って来ていたササモリに、イサセリが声を掛けた。

「敵の宰相であるカントがもたらした報が正しければ、そろそろ弓の量も寂しくなってくる頃でしょう。」

「是非とも戦況に変化を加えたい、とすれば・・・・・、」

「はい、今まで温存した別働隊を動かす気配を見せる時期かと。」

 そう言ったササモリを、イサセリが見据えて、

「しかし、その別働隊は動かん、そういうことだな。」

「・・・・・、はい。その通りです。」

「どうも、騙まし討ちをしているようで、俺の性に合わんが、」

「今度ばかりは眼を瞑って頂きたい。勝つことが先決です。」

「判っている。判っているから、お前の戦略に乗っているではないか。」

「ただ、ワカタケが知ったら怒るぞ。覚悟しておけよ。」

「お叱りは後で、私が一手にお引受いたします。」

「ま、お前のせいだけではないがな。俺も共同責任だ。」

 突き放すようにイサセリが呟いた。

「勝ったとしても、気持ちの良い勝ち方ではないな。」


「ウラ!どこに居る。ウラ!」

 ミョンバが走ってたたら場のある辺りまで戻ってきた。ここにウラ軍の作戦本部があるのだ。

「ミョンバ、ここだ。」

 ウラが手を上げて叫んだ。

 十数人の兵士たちに武器の運搬の指示をしているところだった。

「どうだ。敵の具合は。」

 ミョンバは額から血を流していた。

「その傷は、」

 と、言って傷の具合を観ようと伸ばしてきたウラの手を、ミョンバは払いのけた。

「ウラ。このままじゃ、我が軍は持たん。」

 眼はまっすぐウラを見据えている。

「ああ。武器の消耗も、思った以上に激しい。我々は敵の術中にまんまと嵌ったようだな。」

「どうする。このままだと、武器が無くなるのが先か、北門が堕ちるのが先が、という状況になってしまう。」

 一瞬眼を瞑って考え込むウラ。

 敵の火矢によって、あちこちから火の手が上がっていた。その火消しにも大忙しである。

「兵士たちの状況はどうだ?」

 と、ミョンバに尋ねた。

「かなりやられてしまっている。七千の兵とは言え、元々我等は戦が専門の殺人集団とは違う。崩れだしたら早いぞ。」

「そうか・・・・・、」

「仕方がない。ちょっと早いが、カントの兵を使うか。」

「ああ、そうしてくれ。ここいらで戦況を変えないと、とんでもないことになってしまう。」

「判った。狼煙を上げる準備をしよう。」

 ウラは、デジュに西門に行き、狼煙を上げるように指示した。

 そして自らは、屏風折れの石垣の上に立ち、全てを見届けようとしていた。

 天空には高々と太陽が昇っていた。

 どういう訳か、風もピタッと止んでいる。

 気温は恐らく三十度を楽に越えていることであろう。その暑さが余計に鬼ノ城の人たちの苛立ちを募らせていたのも事実である。

 妙な時代に吉備にやってきてしまった、自分の運命を呪いもした。

 しかし、この時代だからこそ、サンに出会えたのも事実である。

 ・・・・・なかなか、上手くいかぬものだ。

 半ば自嘲気味に笑みを浮かべていた。

 その時、

 西門から、紫色の狼煙が高々と上がった。

 よし、これで膠着した戦線に変化が現れる!

 そう思って、総社宮の方に眼を凝らした。

 狼煙が上がり始めて、十分以上経っている。

 そろそろ、カント軍三千が動き始めても良さそうなものである。

「なんだ、カントの奴。威勢の良いことを言っていた割に、準備が全く出来ていなかったのか?」

「相変わらず段取りの悪い奴だよ、全く!」

 苛立ち紛れに、吐き捨てるように呟いた。

 しかし、更にもう十分が経過しようとしていたが、総社宮に変化は全く観られなかった。この間の一秒が、ウラにとって百秒にも千秒にも感じられた。

 そして、狼煙が上げられて一時間が経過しようとしていたとき、ウラは全て悟ったのだ。

 ・・・・・我々は、カントとオカミに、完全に裏切られた!

 我々は、一体何のために今闘っているのか?

 吉備を守るためではないのか?

 吉備の自由を守るためではないのか?

 その吉備の象徴と言うべきオカミが、自身の保身に動いたとき、我々の戦闘の意味は一体どうなるのだ?

 ・・・・・・これでは・・・・・・、

 これでは、単なる道化師ではないか!

 ウラは全身を激しく痙攣させていた。

 極端に大きな怒りが、憤りが、悔しさがない交じりとなって、一気に体中を廻っていた。

 うぉーーーーーーーっ!

 石垣の上で、地球の裏側まで届かんとも思えるようなウラの怒号が発せられた。

 総社宮の庭でも、この聞こえる筈のないウラの怒号を多くの兵士た聞いてザワメキたっていた。

 ウラの怒りは、正に頂点に達していた。

 皮膚は紅潮し、何と髪の毛までも一気に真っ白に変化していたのだ。

 闘神、いや今のウラを形容するとしたら、正に「鬼神」であろう。

 その余りにウラの変貌ぶりに、味方でさえ恐れをなし、声さえ掛けることが出来なかった。

 ウラはゆっくりとした足取りで、たたら場の方に足を向けた。

 そこに至るまでの間、ひとりでにウラの歩く左右に人垣が出来ていった。皆、そのウラを固唾を呑んで見守っていた。


「カント!カントは居らぬか!」

総社宮の一角で、吉備の国主の叫び声が聞こえた。

「ここに。」

 国主の居室に、カントが跪いて入室してきた。

「カント。我が砦の西門から狼煙が上げられているというではないか。何故兵士たちを動かさん?」

 カントは下を向いたままである。国主を正視する勇気が全くなかった。

「オカミ、お許し下され。これもオカミと吉備の未来を思えばこそ・・・・・・。」

 カントは全てを吉備の国主に打ち明けた。

 国主の顔は、話の顛末を全て悟ったときにはその色を失っていた。

 あの大きな体が、これほど小さく見えたのも初めてである。

「この吉備の国主の、卑怯者の謗りは免れんな。」

 最後にボソっと呟いた。

 掌の動きだけで、カントに部屋からの退出を命じた。

 ウラたちのことを思うと、不憫でならなかった。

 自分に自害するだけの勇気もなかったが、ヤマトと一戦交えるくらいなら、他に道があったのではなかったか、という後悔の念が次から次へと無限連鎖のように沸いてきた。

 その自責の念の、あまりの大きさ故、吉備の国主はこの日を堺に視力と声を失ってしまったと言う。

 ただ、戦後処理の段には、逆にそのことがカントには幸いした。

 何も見えず、何も発することが出来ない国主を「語って」、カントがイサセリとの和平交渉を全て取り仕切ったのである。

 この国主は、その後奈良にて二十数年生き永らえることになるが、何とも不遇な人生であったと言うべきであろう。

 何故なら、このことも含めて、歴史に彼の名前が出てくることは一切ないのだから。

 後世に忘れ去られた国王ほど寂しいものはない。

 時として、歴史は残酷な現実を映す鏡ともなるのだった。


「ウラ!何故カントは動かん!一体どうなっていやがる!」

 たたら場の作戦本部にミョンバが大声を張り上げて入ってきた。

 そして、ウラの眼前に来たときに、そのウラの余りの変貌ぶりに言葉を失った。

「ウ・・・・・ウラ、お前は、」

 作戦本部には、既にデジュやアゾタケ他、主だった責任者十数人が集まっていた。勿論サンもそこに居た。

「ミョンバ。先ずは座れ。」

 静かにウラが言葉を放った。

 その顔は、全てを達観した仏のような面持ちすら醸し出していた。「良いか、皆。聞いてくれ。」

「我々はオカミとカントによって、見事に餌にされてしまった。」

「裏切られた!」

 この一声には、ウラの怨念が込められていた。

 そして、その言葉を聞いた一同に緊張が走った。

 ザワメキ立つ一堂である。

 それに構わず、ウラは続ける。

「既に、我々の戦闘には何の意味も持たない。」

「我々は・・・・・、」

「まるで意味のない戦をやらされているに過ぎない。」

「ヤマトとオカミによってだ!」

 机の上に握られた両拳から、血が滴りだした。

 ウラの怒りが拳に集中され、握られた指の爪が皮膚を裂いてしまったのだ。

 傍らのサンが、見るに見かねてその拳の上に、自らの掌をそっと乗せた。

 机の真ん中に置かれた蝋燭の火が、そこに集まるウラたちの顔を静かに照らしている。

 ウラは、サンの手を退けて続ける。

「この意味のない戦ではあるが、こうなってしまった以上、最早誰にも止めることは出来ない。」

「ヤマトの連中が欲しがっているのは、ここ吉備の技術と俺の首。」

 あまりの激しい言葉に、サンの顔が引き攣る。

 そして語気を強めてウラが一気に吐いた。

「しかしっ、俺はこの首を易々と奴らにくれてやるつもりはないっ!」

「ミョンバ!兵士の中から特攻志願兵を集めてくれ。千人以下で良い。」

「その志願兵を持って、敵の本丸に総攻撃を敢行する。運がよけりゃ、敵の総大将の首を手に入れることも出来よう。」

「ウラっ!」

 サンはそのウラの言葉を聞いて叫び声を張り上げた。

 しかし、ウラはそのサンの言葉には一切耳を貸さずに続ける。

「アゾタケ。今まで世話になった。貴方には一番シンドイことをお願いしなければならない。」

 ウラがアゾタケをジッと見据えて話している。

 アゾタケも一言一句聞き漏らすまいと必死だ。

「残りのモノたちを連れて、南門から逃げ延びて欲しい。そして、何としても吉備の本当の姿を後世に語り伝えて欲しい。それには神主であるあなたにしかお願いするものが居ない。」

 アゾタケは全てを悟っていた。

 ウラは、この城内にいるものの身代わりとなって死ににいくつもりなのだ。

「・・・・・解った。ウラ。」

「いやょ!」

 サンがウラの腕にしがみ付く様にして叫んだ。絶叫と言って良い。

 しかし、またしてもウラはそのサンの言葉を無視して続ける。

「デジュ。お前は何としてもアゾタケたちをお守りしろ。お前の命に代えてもだ。」

 デジュにも言い分があるだろう。しかし、ウラの目線がデジュの反論を一切許さなかった。

 頷く以外に方法がなかった。

 一瞬の静けさが、たたら場に集まった一同を襲う。

 サンのすすり泣きの声だけが聞こえるようであった。

「また、私を置いていくの?いつも二人一緒だって、約束したじゃない。」

 これから死地へと赴く、最愛の夫に向けて他に言い方があるだろうか。

 皆に対して指示を出し終わったウラは、静かにサンの両肩に手を置いて、諭す様に伝えた。

「サン、生きろ。」

「サン、生き続けろ。」

「俺の分身である、お腹の子供と共に、」

「サン、生き続けてくれ。」

 サンを見詰めるウラの眼が、真っ赤に充血していた。

 そして渾身の力を込めて、サンを抱きしめた。

 ウラの腕の中で大声をあげて泣き叫ぶサン。

 これほど沢山の水分が、このか弱い身体の何処に隠されていたのだろう。

 サンの涙は溢れ続けた。

「・・・・・・頼む。」

 最後の声を振り絞って、ウラがサンの耳元で囁いた。

 サンの首筋から、ホノカなサンの香りが漂っていた。

 サンに逢うために、自分は遠く百済から吉備にやってきたのだ。

 サンと自分の分身を後世に残すために、俺はサンに回り逢ったのだ。

 いつしか、ウラの眼にも涙が溢れていた。

 しかし、それは顔にこびりついた埃に混じって、「血」の涙にも観えた。

「アゾタケっ!」

 ウラが叫んだ。

「サンを、」

「サンを頼む!」

 ウラの名を呼び続け、一向に離れようとしないサンをアゾタケとデジュが両方から抱えるようにした。

「サン、聞き分けるのじゃ。お前の夫の門出を、」

 言い掛けたアゾタケの言葉も嗚咽で上手く吐けない。

「女の涙で汚して、何とする!」

「立派に、立派に、送り出してこそ、」

「・・・・・・英雄の妻ではないかっ!」

 言いながら、アゾタケもその場に臥してしまった。

 ウラはアゾタケらに、静かに一礼して作戦本部を後にした。

「ウラ!」

 最後に一言、サンがウラの名を叫んだが、ウラは振り返ることをしなかった。


 吉備の大地が夕闇に包まれていた。

 相変わらず、イサセリ軍の猛攻が続けられている。

「今ここに居る千名足らずが志願したモノだ。残る四千名はアゾタケらと共に山を降りる。」

 ミョンバがウラにそう説明した。

 ウラはその千名の勇者たちの顔を見渡した。

 既に傷付いて、血が迸っているものたちがほどんどだった。

「どうだ、アゾタケたちは上手く逃げることが出来そうか?」

「ああ、問題なさそうだ。幸い的は二方面作戦を元々執っていない。南門あたりの包囲も、それほど厳戒ではないだろう。」

「うむ。」

 ウラは改めて、そこに集まった千名の戦士たちに語りかけるのだった。

「皆、すまないが俺にもう少し付き合ってくれ。」

「俺はこの戦いを、自由の為の戦いだと信じてやってきた。そしてそれは今でも少しも変わっていない。」

「吉備のこの地で、我々は長年に亘ってお互いに尊重しあって生きてきた。この戦いが、自由のためだけでなく、吉備の未来のためでもあると信じてきた、それが最大の理由だ。」

「しかし、我々は邪まな心を持つ者によって、一方の理由を失ってしまった。それは吉備の未来を信じる心だ。」

「吉備の人々がそれを望んだのだから仕方あるまい。我々はそれを恨みに思ってはならない。」

「だが、もう一つの自由のための戦いという目的は、一滴たりとも失っていない。我々は死して屍と変わるその瞬間まで完全に自由である。」

「この自由の精神の欠片なりと、ヤマトの侵略者たちに見せ付けるまでは、ここでオメオメと朽ち果てる訳にはいかんのだ。」

「目標は敵将の首一つ!俺に続いて中央突破あるのみ。今こそ我等の気概を見せ付けるときだ!」

 兵士たちは雄叫びを上げながら、ウラと共にそれぞれの馬に跨った。全て掻き集めて二百頭の馬である。それ以外は走って軍馬の進軍について行くしかない。

 ウラは真っ白なマントをはためかせながら、馬上で右手を大きく振り上げた。

 それを確認したミョンバが、全軍に響き渡るほどの大声で号令を掛けた。

「突撃!」

 ウラたちの乗った軍馬が、北門付近のイサセリ軍を蹴散らし、一気に山の麓を目掛けて進み始めた。

「怯むな、紡錘陣形を崩すな!」

 ミョンバが声を張り上げている。

 軍馬二百が、眼前の敵を蹴散らし、歩兵八百がそれに続いて敵兵を薙ぎ倒す。地の利も手伝って、恐ろしいほどの破壊力を秘めていた。


 その模様は、イサセリの方にも伝えられていた。

「敵の大将自らが、約千の兵士を引き連れ、我陣に突入した模様です。」

 ササモリがイサセリの傍らで、状況を報告していた。

「それで?」

 この中山のイサセリの本陣からも、最前線で大きな混乱が起きていることくらいは、肉眼で確認出来る。

「最前線の陣はあっけなく突破され、第二陣が突破されるのも時間も問題かと思われます。」

「元々攻撃を主体に編成した陣形とは言え、敵の一点集中突破にこうも脆いとは思わなかったな。」

「はっ、敵は軍馬を主体に紡錘陣形を敷いて、一直線にこちらを目指しております。ここは一先ず、イサセリ殿にはお隠れになって頂いた方が、」

 その台詞を聞いてイサセリが激高した。

「ササモリ。いい加減にしろ!」

「僅か千ほどの軍勢で、我が軍二万の精鋭を蹴散らして、奴らはここまでやってくる、というのか?」

「いいえ、万が一のことです。」

 イサセリは立ち上がって吼えた。

「来るなら来てみろ!俺が直接相手をしてやるわ!」

 そう言うと、側に立掛けてあった弓に手を掛けた。

「身の程知らずの鬼畜めが!」

「ササモリ、残った勢力を全て集中させて、この陣の守りを固める。敵は千名と思うな。大将の首を捕ればその勢いは止まる。」

「急ぎ、全兵士に伝えよ。敵の大将の首を挙げたものの報奨は思いのままであると!」

 はは、と頭を下げてササモリが足早に伝令の方に向かっていった。

「結構やるではないか、ウラとやら。」

 戦場の雰囲気に陶酔しきっているイサセリである。


 南門では、ウラたちの突撃の様子を察知したアゾタケたちが、山を降り始めるべく行動を開始していた。

 サンもいつまでも泣いている訳にもいかず、負傷した兵士たちの介抱をしながらの敗走であった。

 その進軍は非常にノロイものであったが、イサセリ軍からの攻撃らしいものは一切受けることはなかった。

 イサセリにしてみれば、負傷兵や戦意を失ったものたちが南門から出てくることも織り込み済みなのである。

 道の至る所にイサセリの兵士たちがあるにはあったが、彼等はサンたちを攻撃してくる素振りは見せず、逆に安全な場所に案内しているような風でもあった。

 後で解ったことだが、この南門からの敗残兵の追討の指揮を執っていたのがワカタケであった。

 その中に、サンやアゾタケが紛れていることも、ワカタケは予測していた。彼等の命を救うことが、今ワカタケに出来る唯一の罪滅ぼしのような気がしていたのだ。

 こうして、アゾタケたちは無事、阿曾郷まで落ち延びていくことが出来たのだった。


 ウラは自らの疾駆する軍馬の速度を緩めることなく突き進んでいた。

 その身体には、無数の切り傷が付いていたが、戦意は些かも衰えていなかった。

 それどころか、命のやり取りの戦場の中で、興奮のようなものを感じている自分に驚いていた。

 後ろを振り返ってみれば、累々と敵兵の屍が積み上げられていた。

 ウラたちの兵士も無傷と言う訳にはいかず、その数は三百程度まで減っていた。

「ミョンバ、無事か!」

 ウラはミョンバに声を掛けた。

「ありがとうよ、ウラ。こんな楽しい人生も中々あるもんじゃねぇ。」

 薙刀で敵兵を薙ぎ倒しながら、ミョンバが応えた。

 ウラはほくそ笑んでさえいた。

「あれが目指す敵の大将の陣だ!」

 何と、ウラはイサセリの本陣の目前にまで迫っていたのである。

 いけぇーーーーー!

 ウラたちの、最後の突撃が開始された。

 イサセリを囲む精鋭たちの数は凡そ三千。

 怒涛の如く疾駆するウラたちを止めることが出来ず、そのイサセリ軍の大半は鬼ノ城山山麓から引き返している最中であった。ウラによって、見事なカウンター攻撃を受けたのである。

 捨て身だからこその業であった。生き延びることが大前提であれば、こんな無茶な作戦は有り得ない。

 イサセリ軍にしても、ウラのこのような常軌を逸した作戦行動は、想定の範囲外であったのだ。

「弓隊、速射十連。その後、長槍隊に続き歩兵全軍突撃!」

 ササモリが必死の防戦の指揮に当たっている。

 元々が攻撃殲滅型の戦略家である。防戦の指揮などあまり得意な方ではなかった。

 しかし、やらない訳にはいかないのだ。敵はすぐ目の前にまで迫ってきている。

 ササモリの指示通り、弓部隊が矢を十連射してきた。

 ウラたちも、その矢を右へ左へ迂回しながら上手くかわす。

 その時、流れ矢の一本が、避け損ねたウラの左目を貫いた。

 危うく落馬しかけたウラであったが、寸でのところで踏みとどまる。

「敵は崩壊寸前だ。怯むな!突撃!」

 イサセリも立ち上がって激を飛ばす。

 そのイサセリの姿を、確かにウラが捉えた。

 二人の間の距離は、恐らく千メートル足らず。

 勿論、間には幾人もの兵士たちが蠢いていたが、残ったウラの右目は、ハッキリとイサセリを捉えていた。

「おまえは・・・・・、そうかお前がウラか!」

 真直ぐに自分に突進してくるウラの姿を、イサセリもまた捉えたのである。

 イサセリにもウラにも、そこからの数十秒が宛らスローモーションの様に見えていたことであろう。

 自分の意思通りには身体が動かず、敵味方の血があちこちに飛散していく。

 それらの血を全身に浴びながら、その中を一直線にこちらに向かって突き進んでくるウラ。

 イサセリは、生まれて初めて「死」を覚悟した。

 そして、ウラの長槍がイサセリをロックオンして突き出されたその瞬間、イヌカイの長剣が長槍ごとウラの右腕を切り落とした。

「ウラ!」

 ウラの背後にいたミョンバが叫んだ。

「ミョンバ、立ち止まるな!駆け抜けろ!」

 ウラも最後の声を振り絞って叫んだ。

 ここに、ウラとイサセリの壮絶な戦いが幕を閉じた。

 双方に何千という単位の戦死者を出した、正に記録的な戦いとなった。

 普段から砂鉄の錆のため、赤色の水が流れているように見える「血吸川」も、双方の戦死体から流れ出る鮮血の為、文字通り真っ赤に染まってしまった。

 ともあれ、戦は終わったのだ。

 イサセリは、辛うじて勝利を手にすることが出来た。

 しかし、後にも先にも、これほどの苦戦をイサセリが味わうことなどなかったのである。

 吉備の地が日暮れを迎えようとしていた。

 実に長い長い一日であった。

 イサセリは疲労困憊のあまり、その場に突伏してしまった。

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