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真説桃太郎  作者: 石豊徳
10/15

吉備の王 九

§ 九 §


 それからの一週間は、イサセリ方にとってもウラ方にとっても非常に慌しいものであった。

 その中にあって、ワカタケは何とか軍事衝突を回避しようと、必死でイサセリに詰め寄ったが、イサセリの決意は固かった。

 ワカタケにしてみれば、播磨まで訪ねてきてくれたサンたちとの会談の感触が決して悪いものでは無かったので、時間さえ掛ければきっと平和外交の道は開けると信じたのであった。

 また、それはサンとて同じことであった。

 あの紳士的な態度のワカタケの真意を測り切ることが出来なかったのが口惜しかった。もしかしたら平和共存の道が見えたかもしれぬ、と思うと胸が締め付けられる思いである。

 しかしそのような人々の願いも虚しく、双方の戦いの準備は着々と進められていったのである。

 そしてここ総社宮では、決戦前夜の最後の軍事評定が開かれていた。

「それでは、最後にもう一度確認しておきます。」

と、目の前の地図を指差しながら、カントが作戦の念押しを行った。

「ヤマト国の布陣はここ、中山の麓に鬼城山と相対するように為されております。」

 そうなのである。イサセリはあれからきっちり一週間で全軍勢を吉備の中山に移動させ、完璧な布陣によって万全の体制を築いていたのだ。

「敵の数は凡そ二万。対する我らは一万弱。地の利は我らにあるは必至。」

 そこからはウラが説明に割って入った。

「今回の戦は、前々から言っているように、負けなければ『勝ち』です。ですから、無闇にこちらから仕掛けるようなことは絶対にしてはいけません。この大たたら場には一か月分の食料を備蓄してあります。敵は播磨に拠点を構えているとは言え、長期戦に持ち込みたくはないでしょう。」

「その上で、わが方の軍勢を二つに分けます。カント殿には三千の兵を率いてこの総社宮で息を潜めておいて頂きたい。」

「承知しておる。」

と、言ってカントも大きく頷いた。

「残る七千で大たたら場を死守します。恐らく、この城の固い守りに業を煮やして、割と早い時期にヤマト軍は全面攻撃を仕掛けてくると思います。その時が唯一の我らの勝機です。」

ウラの熱弁が続いた。吉備の浮沈がこの一戦に掛かっているのだ。この作戦に万が一でも思い違いがあってはならない。無論、聞く方も真剣だ。

「大たたら場の西門から上げる紫の狼煙を合図に、カント殿にヤマト軍の背後から奇襲を掛けて頂く。恐らく敵の総大将は最後方に居ると思われますから、出来ればこの首を捕って頂きたい。」

 カントも緊張の汗が首筋につたっている。

「ヤマト軍の陣形に乱れが生じるとしたら、唯一このときです。我等七千の軍勢もこの間合いを逃さず、一気に正面から突撃を行います。」

 吉備の国主はただ静かに目を瞑ってウラの説明を聞いているのみである。

「作戦の全容は、今申し上げた通りです。大丈夫、上手くいきますよ。」

 ニコっと笑ってウラがそこに集まっている連中の気を解した。

「敵の中には、魏の国の精鋭が少なからず入っております。それらを出来るだけ前哨戦で叩くつもりでいますが、兎に角用心して下さい。」

 そこまで言って、ウラは一旦区切った。

「何か質問がありますか?」

「万が一のことを考えて、オカミには総社宮にオワシテ頂こうと思うとるが、良いかの。」

 と、カントが集まった皆に念押しをした。

「よろしいでしょう。よろしくお守り頂きますよう。お願いします。」 と、ウラもカントの申し出に続けた。集まった連中も交互に頷いた。

「他に無ければ持ち場に帰ってもらって、明日からの決戦に備えて頂きたい。」

そこまで言って、ウラは総社国主の方を見た。

「うん、ご苦労であった。みな、明日から吉備の国の為に懸命に働いてくれな。」

 その国主の一言で、評定はお開きになった。

 みなが散り散りにそれぞれの方向に向かって帰り支度を始める中、ウラがアゾタケの袖を引っ張って部屋の片隅に連れて行った。

「どうした、ウラ。何事じゃ。」

「申し訳ありません、アゾタケ殿。実はお願いがあります。」

 ウラの顔は蒼白である。先程の評定のときの顔つきとは打って変わっていた。

「サンを・・・・・」

 どうにも言葉にならないウラである。

「サンを、大たたら場から連れて帰って欲しい。」

「!・・・・。何とな?」

 この申し出には、流石のアゾタケも驚いた。

「恐らくこの戦は今までに経験したことのないほど悲惨なものになる。もし万が一サンを死なせてしまったら、俺は死んでも死にきれるものではない。」

 ウラはワナワナと肩を震わせていた。

「しかしな、ウラ。あの娘の性格は御主も十分承知しておろうが、そのような話、聞き入れるタマではないぞ。」

「ならば・・・・・」

 半ば懇願するようにウラはアゾタケに申し出る。

「ならは、戦況次第によっては、俺と俺の仲間の首を持って、さっさと投降して欲しい。」

「あなたやサンを無益な戦の犠牲にすることなどない。」

「・・・・・・・・・・・、」

「約束してくれますか?」

 無理に約束を迫ってくるウラであった。アゾタケもその返答には困る。

「老いたりとは言え、ワシも懸命に戦う。」

「その上で、万が一にも戦況が芳しくない場合には、」

「ない場合には?」ウラが返答を迫る。

「ワシも腹を括って、サンや若い衆を逃がすことに血道をあげるとするよ。」

「ありがとうございます。その言葉だけで明日からの戦を安心して闘えます。」

 ありがとうございます。を繰り返しながら、アゾタケの手を握り締めるウラであった。

 この戦はこれほどまでに、吉備の人たちを追い込んだものであった。一体何の為の戦なのか。その答えは誰にも見出せないであろう。


 吉備の中山の北側の麓に、イサセリ軍は陣を敷いていた。

陣幕を幾重にも張り、土塁を積み上げ、防御策を廻らせた、一分の隙もありそうにない、完璧な布陣であった。

勿論、この布陣の基本原案は魏の駐留軍の軍団長である、ササモリによるものである。

そして、ここイサセリ軍内でも明日からの決戦に備えて、評定が繰り返されていた。

「篭城されてしまうと、我等に不利なのは明らかです。」

 ワカタケがイサセリに、作戦の再考を促していた。

「だから、火攻めはどうか、と聞いているだろ?」

 つっけんどんに言い放つイサセリ。

「いや、火攻めと申しましても、麓からたたら場まで届く火矢がござらん。」ササモリがボソっと呟く。

「なら、届くところまでよじ登って矢を射たてるしか方法があるまい。」

 イサセリもかなり頭に血が上ってきているようだ。

「しかし、我等の兵士が麓まで行きますれば、恐らく上から雨あられの攻撃が予想されます。」

 トメタマの弁である。勿論その通り。そんなことはイサセリとて最初から判っていた。判った上で良いアイデアを何とか吐き出させようと必死なのだ。

「ですから、私に三日の猶予を頂ければ、吉備を必ず降伏させます。」

 ワカタケは兎に角この戦を避けようとまだ必死である。

 そんなワカタケの肩をポンと叩き、イサセリが続けた。

「ここまで来て、そんなことになる筈が無いだろう。良いか、我等のこの一戦を、日本中が注目している。勝つか負けるかの話ではない。勝つのは当たり前だからだ。」

「問題は『勝ち方』だ。この吉備に圧倒的な力の差を見せ付けて勝った、ということになれば、全国の反乱分子たちの士気も失せようというもの。この戦の意味は、そこにこそあると考えよ。」

 ワカタケには、もうそれ以上何も言うことが出来なかった。

 勿論、今イサセリが言ったようなことも判ってはいたが、何とか言わずに居られなかったのである。それくらい、サンたちの真摯な姿が瞼に焼き付いていたのである。

 何とかこの無益な戦を避けようと、懸命に訴えかけるあの一途なサンたちの思いがワカタケにも痛いほど理解出来たからである。

「では、こうしましょう。」

イヌカイが重い口を開いた。

「我等の兵を、四千づつ五部隊に分けます。」

「その五つの部隊を五百メートル間隔で、たたら場に向けて一直線に並べます。」

「第一部隊が突撃しますが、あまり深追いしないようにします。一定の攻撃を掛けた後、その第一部隊は左右に分かれて部隊の最後方に戻します。」

「間髪入れずに第二部隊の攻撃です。これもあまりしつこく攻撃させません。そして、やはり左右に分かれさせて、部隊の最後方に戻します。」

「これを延々繰り反すのです。流石の吉備軍と言えども、休む余地がなければヘコタレてきます。それに比べて我が軍と言えば、一度攻撃を仕掛けた部隊は、次の攻撃までの間、十分英気を養うことが出来ます。」

「そして、敵に隙の出来たところを見計らって、一気に総攻撃を掛ければ、あの城とて決して落ちないことはないでしょう。」 

 イサセリは、イヌカイの作戦を聞きながらずっと頷いていた。

「よし、その作戦でいくぞ。」

 と、言って立ち上がった。

「作戦行動開始時間は、明朝の夜明けの六時とする。各員準備を怠るな!」

 イサセリの激が飛ぶ。

 それは、戦闘開始まで六時間しか残されていないことを意味していた。


 大たたら場でも、百済からの渡来民たちを中心に着々と戦闘準備が続けられていた。

「投石機の固定は完璧か?」「火矢の準備も怠りないな?」「油の量は確認したか?」「里民たちの防空壕はどうだ?」「握り飯の準備は出来ているか?」「槍は全て点検してあるな?」

 皆が一丸となって作業が行われていた。

 そのとき、仮設の櫓にウラが駆け上がって作業をしている人々に声を掛けた。

「みんな、ちょっと手を休めて聞いてくれ。」

 ザワザワと忙しなかったたたら場の中が、急に静かになった。ウラの声は良く通る。

「俺は吉備の国が好きだ。この国の自由を愛している。そして、我々百済の民も吉備の人々に愛されていると信じている。」

「今、この愛すべき吉備の国が正しく国難に晒されようとしている。俺は何としてもこの吉備を守りたい。この吉備の自由を守りたいんだ。」

「敵は強大だ。ヤマトは魏の精鋭を引き連れてここを落しにきているらしい。しかも自分たちを神の一族だと吹聴して回っている。」

「いいか皆。惑わされちゃいけない!」

「神は大地だ。神は天だ。神は我等の心の中にある!奴らが神では決してない!」

「我々は神を語る大嘘吐きに負ける訳にはいかない。何故ならそれは彼等を神だと認めることになってしまうからだ。」

「それだけは、それだけは許してはいけない。天は必ずや我等に御味方して下さるであろう。」

「しかし、それには、先ず我々が立ち上がらなければならない。我々が二本の足でしっかりと立ち上がって、神を語る愚か者どもに思い知らせてやるのだ。」

「吉備の力をここに結集して我等の力を見せてやるぞ!」

 うぉーーーーーー、と、地鳴りのような声がたたら場中に響き亘った。やれるだけのことはやった、後は「神」のみぞ知る、の心境のウラであった。

 櫓から降りてくるウラをサンが待っていた。

「ウラ、ご苦労さん。」

「サン。」

 大戦の前だというのに、サンはにこやかな顔をしてウラを待っていたのだ。

「サン、ちょっと良いか?」

「うん、何?」

 ウラは人目に付かないところにサンを引っ張って行った。

「もうウラったら、どうしたの?」

 ウラはそんなサンの顔を見ると泣き出しそうになってしまうのだ。

「サン。怒らずに聞いてくれ。」

「なあに?」と、首を縦に振った。

「サン、今の内にアゾタケと一緒に山を降りるんだ。」

 ウラの渾身の力を込めて吐いた言葉である。

 しかし、サンは眉一つ動かさない。

「ふん、どうせそんな話だと思った。私は嫌だよ。絶対にウラだけを一人で逝かせないよ。この間も言ったでしょ?私達は夫婦なんだからね。」

「それにね、ウラ。」

 そう言って、自分の腹に手を当てた。

「私、赤ちゃんが出来たみたいなの。」

 サンは真っ赤になっている。

「それは本当か?本当に俺の子供が、サンのお腹の中に入っているのか?」

 黙って頷くサン。

「だから、この子を父無し子にする訳にいかないでしょ?」

「しっかり頑張ってね。お父さん!」

 そう言ってサンはウラを残して走り去ってしまった。

 何ということか。自分に子供を授かることが出来たのに、ウラは不安な気持ちで一杯であった。

 何と言うことが!


「イヌカイ殿、吉備の使者とか申すものがイヌカイ殿を訪ねて参っておりますが。」

 トメタマと酒を酌み交わしていたイヌカイを、番兵が呼びに来た。

「おお、やっと来たか。」

と、言って、イヌカイは腰を上げた。

「応接間にて待たせてあります。」

「ご苦労。」

 イヌカイは番兵を退けた。

「ちょっと、行ってくる。」と、トメタマに声を掛けた。

「また、良からぬことを企んでいるな?」

「御主ではあるまいし、人聞きの悪い。予備交渉だよ。」

 高笑いしながら、イヌカイが部屋から出て行った。


 仮の応接間に通されて、イヌカイを訪ねてきていた吉備の使者とは、果たしてカントであった。

 居場所が無さそうに、キョロキョロを忙しなく辺りを眺め回していたところに、イヌカイが颯爽を現れた。

 そのイヌカイの姿を確認して、一気に顔の緊張が解れたようである。

「おお、イヌカイ殿。」

 席を立って、抱きつかんばかりの勢いでカントはイヌカイの方に向かった。

「カント殿、遅かったではござらんか。もう来ないかと思っておったところでした。」

「何を言われるか。ようやく下工作を済ませて、その報告に伺ったのじゃ。」

 イヌカイはカントに席を勧めた。

 カントも席に座りながら、イヌカイに状況を説明し始めた。

「それで、首尾はいかがですかな?」

 カントは額の汗を拭いながらイヌカイの問いの答えた。

「万全です。こちらの戦略は、イヌカイ殿の申される通りじゃった。城の中で篭城し、別働隊を待機させておき、機を見計らっての二方面攻撃。」

 頷きながらイヌカイも聞いている。それしかないわな、と呟いている。

「それで?」

「はい。鬼城山の西門からの紫の狼煙が合図ですじゃ。本来ならそれに呼応して総社宮に控えさせている兵三千がヤマト軍の背後を突く戦法じゃが、」

「戦法だが?」

「その三千の兵は一寸たりとも動かん。」

「・・・・・・、その言葉、どうやって信じろと?」

 イヌカイはカントの眼を見据えて訊ねた。

 カントはイヌカイにそう問い掛けられて、徐に懐に手をやり、一枚の紙片を取り出し、イヌカイに手渡した。

「これは、」

「そうですじゃ。我が吉備の鬼城山の城垣の中の兵と武器の配置、及びそれらの数を記したものですじゃ。」

「これは凄い、敵ながら見事な戦闘準備ですな。万全と言って差し支えない。」

 その紙片を眺めながら、イヌカイは感心し切っていた。

 実に見事な計画図であった。これが事前に手に入っていなければ、イサセリ軍はもしかしたらオメオメと負け戦を演じなければならなかったかもしれない。正にタッチの差であり、イヌカイも肝を冷やした瞬間であった。

「カント殿の気持ちは、よーく判りました。」

「それでは、我が方のオカミと私の命は、」

「私に全てお任せ下され。」

「戦が終わった後の、私の出仕の件も、」

「心配なさらずとも、それも全て心得ております。」

 そう言って、イヌカイが今度はカントに一片の書状を渡した。

「戦線が混乱して、我が軍による身の危険を感じられたときには、その書状を御見せ下され。それが御身を守ってくれまする。」

「カタジケナイ。」

「ささっ。気取られない内に総社宮に帰られた方が良ろしかろう。」

 そう言って追い出すよう形でカントを帰らせた。

 これで絶対に勝てる。イヌカイはそう確信した。

 そして、先ずはササモリにこのことを伝えねばならなかった。

 運命の扉が大きな音を立てて開かれた瞬間であった。

 そしてその扉はイサセリの方にだけ開いて、ウラたちの方には閉まったままのようであった。

 何とも過酷なものである。

 しかも、そうとは知らず、ウラたちは自分たちの勝利を信じて今でも戦いの準備を必死に行っているのだ。

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