↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/8

第4話

「そして、何より滑稽なのはその根拠です」


 アルドリックはあきれ果てたというように首を振ると、ぶっ倒れている弟・ライトの懐から先ほど取り出そうとしていた問題の告発状を取り出し、その端をひょいと摘み上げた。


 それはどこにでもある安物の便箋であり、しかも中身は裏付けの取れない私信の走り書きや、出所不明の落書き帳の切れ端にすぎない。


「おや、殿下。これが、貴方が西方諸国との条約や、我が家の多大なる支援を引き換えにしてまで信じ込んだコーデリア様による陰湿な虐めの決定的証拠ですか?」


 アルドリックはそれを指先でパタパタと軽く叩いてみせた。


「ルナ嬢の涙。そして、名前すらまともに署名されていない、この稚拙な落書き並の私信。なんと素晴らしい証拠能力でしょう。法廷に持ち込めば、原告がその場で精神鑑定に回されるレベルの代物だ」


 ギルバートの背後で、ルナがびくりと肩を跳ねさせる。これまで誰も疑問に思わなかったその絶対的真実が、ただの幼稚な妄言の寄せ集めであったことが、あまりにも無慈悲に暴かれていく。


「こんな知性の欠片もない私情と私信を、国の公式な法廷や大舞台の真実として盲信し、他人の人生だけでなく国家の根幹を揺るがす。殿下、貴方はご自身の脳みその軽さを呪った方がいい」


 アルドリックの瞳から、温度がすっきりと抜け落ちていく。それは虫けらを見るような目ではなく、有害な害獣を処分する直前の、底冷えのする冷徹さそのものだった。


「こんな男がこの国の王位に就けばどうなるか。外交的孤立、経済的破綻、そして数年以内に飢餓か国内での大内乱が起き、我が国は確実に地図から消滅する」


 アルドリックは金縁の眼鏡の奥から、ギルバートの魂を抉るような鋭い視線を放った。


「故に、我が公爵家をはじめとする最高評議会および貴族院は、すぐに全会一致で結論を出すでしょう。王太子ギルバート。貴方の廃嫡手続きは、即座に正式に開始されることになるでしょう」


 会場の空気が完全に凍りついた。


 それはただの脅しではない。王国を実質的に支える最高権力者たちが下す、絶対的で覆すことのできない死刑宣告そのものだった。


 国家条約の自爆、外交的自殺、そして証拠の杜撰さと廃嫡の宣告。


 あまりにも重すぎる現実と容赦ない理詰めの連続は、華やかな舞踏会会場を瞬く間に冷え切った処刑場へと変え、当事者たちを次々と絶望の底に突き落としていく。


 まずは、王太子ギルバート。


 その顔色は、もはや血の気が引くというレベルを超えていた。輝かしい未来の王としてのプライドも、ルナとの甘い夢も音を立てて砕け散り、その顔面は急速に、そして完全に、見事なまでの土色へと変色していく。開いた口からは焦点の定まらない息が漏れ、支えを失った足元がガタガタと小刻みに震えている。


 その隣では、ルナが凍りついていた。


 先ほどまで虐めを行う悪役令嬢を正義の王子が断罪するという劇のヒロイン気取りでうっとりと酔いしれていた彼女だったが、周囲の貴族たちが放つ氷点下の冷ややかな視線にようやく気づく。


 自分たちに向けられていたのは賞賛ではなく、国を傾けた大罪人の共犯者を見る哀れみと蔑みの目だった。


 現実の残酷さと、これから待ち受ける平民落ちへの恐怖に、ルナは顔を真っ青に染め上げ、小動物のようにガタガタと全身を震わせるしかできなかった。


 そして、床の上。


 アルドリックに襟首を掴まれ、一撃で壁へと投げ飛ばされて転がっていたライトが、ようやく這いつくばるようにして上半身を起こした。


 兄の繰り出した圧倒的な言葉の数々を耳にし、ライトの理性が完全に崩壊を起こす。


「う、嘘だろ……?」


 床に這いつくばったまま、彼は顔を真っ青にして絶叫した。


「おい、兄貴……!それマジで……俺たち、全員詰んでる……のかよ……!?」


 誰一人として救われない、完全無欠の自業自得。


 ここに、王太子とその取り巻きが織りなした断罪劇は、壮絶なまでの自爆コンボによって完璧な破滅を迎えた。


 床に這いつくばって絶叫する弟、青ざめて震える男爵令嬢、そして完全に見事な土色と化して崩れ落ちる王太子。


 会場全体を冷え切った地獄へと変えた圧巻の形勢逆転劇を目の当たりにしながら、当事者であるはずの侯爵令嬢コーデリアは、顔を引きつらせ、背中に嫌な冷や汗をダラダラと流していた。


(待ちなさい)


 外見上は、プライドと冷静さを保った完璧な高貴の笑みを必死に張り付けているが、コーデリアの脳内は今や完全な大パニックに陥っていた。


(……これ、私の立場はどうなるのよ……!?)


 元々は身に覚えのない濡れ衣を着せられ、卒業式で一方的に断罪される可憐な被害者のはずだった。


 それがどうだ。蓋を開けてみれば、隣に立っているのは法律と条約という容赦ない刃物で王家の財政と外交を更地にし、ついでに弟を片手で壁に投げつけ物理的に埋めた、外見だけ可憐な暴力の化身である。


(もし今後、私を怒らせたり、機嫌を損ねたりする馬鹿が現れたらどうなる……?周囲の人々はこう思うでしょうね。あのコーデリアを怒らせると、公爵家の長男が飛んで来て、物理で相手を壁に埋めに来るって……ッ!)


 想像するだけで、社交界の未来図が血と暴力と監査の寒々しい光景に染まった。


 自分が何か一言文句を言うだけで、周囲がひっ……あの女を怒らせたら、あの怪物令息が物理で処刑しに来るぞ……と震え上がり、誰も近寄れなくなる未来が鮮やかに見えてしまう。


(やめて、そんな最恐の都市伝説の元締めみたいなのに私を仕立て上げないで……!私はただ、穏便に良縁を掴んで優雅にティータイムを過ごしたいだけのお淑やかな令嬢なのよ……っ!)


 心の中で血を涙に変えて絶叫しながら、コーデリアは顔を引きつらせた美しい笑みのまま、こめかみに冷や汗をきらめかせるのであった。



 地獄絵図と化した会場を冷たい静寂が支配する中。


 アルドリックは、先ほどまでの裁判官のような面持ちを嘘のように消し去り、いつもの花が咲いたような、それはそれは爽やかな笑顔を浮かべてくるりと振り返った。


 彼は優雅に一礼し、完璧なエスコートの姿勢でコーデリアに片手を差し出す。


「お手をどうぞ、コーデリア嬢。これ以上、我がバカがご迷惑をおかけしましたら、次は今度こそ綺麗に地面に埋めておきますので」


「…………」


 コーデリアの顔面が盛大に引きつった。


「ひっ……!次は埋めるって言ったぞあの化け物……!」


 周囲の貴族たちが恐怖に震えながら、さらなる戦慄を広げる中、コーデリアは必死の形相で最高級の美しい笑みを貼り付け、震える手でその巨腕の主の手を取った。


(ええ、頼もしいことで……って、冗談じゃないわよ!これじゃあ私の社交界での将来が完全に終わったどころか、歩く処刑場の隣人みたいな扱いになるじゃない……!誰か助けて……っ!)


「ありがとうございますわ、アルドリック様……ふふ……」


 心の中で血の涙を流しながら、引きつった声を絞り出すコーデリア。


 その背後では王太子ギルバートが、もはや言葉すら失い完全に白目を剥いてガクガクと全身を痙攣させたのち、そのまま床へと盛大に崩れ落ちていた。


 甘いロマンスの夢は砕け散り、残されたのは崩壊した国家財政、地獄の違約金、そして怪力公爵令息という最強。


 誰もが救われず、ギルバートたち自業自得の自爆者だけが徹底的に粉砕された、前代未聞の最悪にして最高なカオスの幕引きとともに、卒業記念舞踏会は静かに幕を閉じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。