聞き込み調査
クラリスを少女と表現するべきか悩んでます。
女性、かな?
エルは間違いなく少年です
街というのは、賑やかであればあるほどいいとエルは考える。
皆がどんよりと暗い顔で過ごすより、笑顔で溌剌と生きているほうが良いと誰だって思うだろう。
それは個人だけの話ではなく、街や国に置き換えても同じではないだろうか。
”病は気から”という言葉があるように、笑顔でいればおのずと良いことが巡ってくるものなのだ。
――――ちょっとばかりニュアンスが違うような気もするが、それはそれとして賛同してくれる者は少なくないだろうと思う。
人というのはどうにも単純な生き物で、怒り悲しむ人がいればどうしてか同じような感情に引っ張られてしまう。それはつまり、笑顔を振りまけば自然と周りの人も笑顔になってくれるということで、やはり”良いこと”なのだ。
「――――教えて頂きありがとうございます! また何か分かったら教えてください!」
腰まである長い金髪を揺らしながら深々とお辞儀をする少女を見やる。いや、少女というには大人過ぎるだろうか。とにかく年頃の乙女だ。
相対しているのは、近くをただ散歩していた老人。
会話が終わり、輝かんばかりの笑顔で老人にお礼を言う。するとその眩しい笑顔に照らされた老人もつられるように破顔する。
まさしく、笑顔が笑顔を生み出したのだ。
老人はそのままにこやかな笑みを浮かべてポケットから飴玉のようなものを取り出して少女へ手渡す。
しばしあたふたとしていた女は一方的に渡された飴玉を受け取り、再度頭を下げて引き上げる。
話していた老人と別れた女はその場で辺りをキョロキョロと見渡し、少しの間で見つけたエルの元へと帰ってくる。――――その腕の中に、溢れんばかりの食料を携えて。
「いや~、皆さん良い人ばかりですね! 見てくださいよ、お野菜に果物、お肉までこんなに! ギーサさんのことは分かりませんでしたけど、その代わりに食べ物沢山貰っちゃいました!」
そろそろ腕の中から零れ落ちそうだな、なんて思考を追いやり、目の前の女――――クラリスを呆れを含んだ目で見やる。
「僕たち、何してたんだっけ。買い出し?」
「もう! 何言ってるんですかエルさん、ギーサさんについての聞き込みですよ! それに、しばらく買い出しする必要もありませんよ。食料ならいっぱいあります!」
「うん知ってる、ていうか見てた。声かけた人の尽くからお裾分けを貰ってたことも」
もはや特殊能力といっても過言はないのではないだろうか。
エルの驚きと呆れに心当たりが思いつかず、クラリスは小さく首を傾げて頭に疑問符を浮かべる。
その無自覚っぷりと、無意識で他人とのパーフェクトコミュニケーションをとるクラリスに素直に脱帽する。
エルのその態度になおも首を傾げていたクラリス。ふとエルの後ろにベンチを発見したようで、エルの肩を叩いてそのベンチを指さす。
「エルさんエルさん、あそこで少し休憩しませんか? 今までの情報もまとめたいですし」
「ん? あぁそうだね、ちょっと休もうか」
二人並んで近くのベンチに腰掛ける。
立っている時は明確に身長差があった二人だが、こうして座るとその差は埋まっている。
そこまで身体的特徴にコンプレックスを持っていないエルだが、それでも若い年齢の女性に背丈で大きく負けているのは面白くないと感じてしまう。
街で聞き込みをしている最中にもエルとクラリスを姉弟と勘違いする人もいたくらいだ、何とも腹立たしい。
心のささくれを落ち着かせるように深くため息を吐き、改めて周囲を眺めてみる。
相も変わらずむさ苦しいのが多いこの大通りだが、エルの目には若干――いや、かなり珍しい光景に見えてしまう。
人だかりにおいて最も目を引くのは恐らく冒険者だろう。
多種多様な武器防具を身に纏い、その職業柄女木まれた体格の多い彼らは、いつどんな時でも注目を集めやすい。
しかし、エルの瞳は全く別のものを捉えていた。
「亜人族――――それも、獣人がこんなにいるとはね」
目線の先にいるのは、人と同じ背格好で人とは異なる見た目をした人、種族。
人と同じように二本の足で立ちながら、その顔が犬のようであったりトラのようであったり、多種多様な外見をしている者たち。
彼らは、亜人。その中の獣人と呼ばれる存在だった。
エルからすれば、そんな彼らが人間の街にこうも溶け込んで生活している姿というのは物珍しいことこの上ない。
記憶では、人と獣人はとりわけ仲が悪い――――わけではないが、少なくとも良くはなかったはずである。
「獣人がそんなに珍しいですか?」
エルが興味深く見ていたのに気が付いたのだろう、クラリスがそう尋ねてくる。
「あー、うん、まぁね。僕のイメージだと、人と獣人ってこうバチバチッ! って感じだからさ。お互い仲よくしてるっていうのは話では聞いたことはあるんだけど、こうして目にすると知ってても驚いちゃうね」
「……それ何百年前の話をしているんですか。冗談ですよね? エルさんってそんなに長生きしてるんですか?」
「はは、さてね」
分かりやすく躱すエルに胡乱げな目を向けるクラリスはしばし見続けたのち、視線をエルと同じ方――――大通りへと向ける。
その先ではやはり、多種多様な人種が混ざり合っている。
「キクロス王国には獣人族に限らず多くの亜人族がいます。かつての王族がそれぞれの亜人族と友好関係を築き、彼らを受け入れて、そうして今の多民族国家キクロスとなったのです。私は、この話を題材にした物語が大好きで、小さいころは毎日読んでいました。その王族の名前はどの本にも出てきませんが、彼が真に平和を願ったからこその、とても良いお話なんですよ」
そう語るクラリスは夢に想いを馳せる子供のような表情をしていた。
そのいやに青臭く可愛げのある思い出話を聞いてジーっと見つめるエルの視線に気づいたクラリスは恥ずかしそうに咳払いをし、
「な、なので! 人と亜人はもうずっと仲良しなんです! 私は王都に暮らしてますけど、王都も人と亜人がいっぱいいるのできっとエルさんもびっくりしますよ!」
「ふぅん、平和になったんだねぇ。平和はいいことだよ、昔では考えられないね」
「……私はエルさんのその年長者っぷりが気になるところですが――――」
エルから見て、クラリスの自分に対する評価がなんとも曖昧かつ微妙なものだと感じる。
出会ってすぐの、「クラリスより年上」という発言はどうやら信じているようだが、それでも長命なことで有名なエルフほどではないと考えているらしい。
ならば何の種族だという話だが、ぱっと見や服の上からでは普通の人間にしか見えないエルに相当頭を悩ませているようだ。
エルにとっては自身の正体などあえて隠すほどのものではないが、連れ立つ隣人に当惑しているクラリスの姿がそれなりに愉快故に、このまましばらくは黙っていようと結論。
そんなことを考えられているとは露にも思っていないクラリスは、ゴソゴソと脇に置いた荷物から何かを取り出して見せる。
「これ、先ほどの方から頂いたんです。一緒に食べませんか?」
そう言って手渡されたのは、果実。
手のひらに乗る丸いフォルムに、陽だまりをまとった真っ赤なそれは大人から子供まで人気な果物の一つ。
「――――リンゴか。君、ホントに色々貰ってるんだね」
「親切な人ばかりですから」
僕も同じくらい聞き込みをして一回も貰ってないけどね、と内心で愚痴りつつ、受け取ったリンゴに噛り付く。
舌の上に広がる甘さとわずかな酸味が疲れた体に染み渡り癒していく。
「美味しいですね!」
エルが一口食べるまでにリンゴ一つを食べ終わったらしいクラリスがもう一個に手を伸ばしているのが見えるがあえて見ていないことにする。
どんな早食いで、どれだけ食い意地がはっているんだと思わなくもないが、折角見なかったことにしたのであえて突っ込まずに記憶から消すように努める。
そうしてしばし沈黙の時間。のんびりとリンゴを食べて咀嚼し、失ったエネルギーを補充していく。
やがて食べ終わり、残った芯を沢山のリンゴが入っていた袋に入れて伸びをする。
程よい糖分が潤滑油のように脳に染み込んで思考を鮮明とさせる。
一息つけば、次のことだ。
まだやらなければいけないことはたくさんあるのだ。
「さて、それじゃあ今までに集まった情報をまとめ――――ちょっとまってどれだけ食べるつもりなの?」
かつて袋いっぱいに入っていたはずのリンゴは、クラリスが手に持っている一つを残して全て無くなっていた。
そういえば食べたリンゴの芯を袋に捨てた時、既に中にかなりの数の芯が入っていたような気がする。
一度見なかったことにしたせいで無意識に情報をシャットダウンしてしまっていたらしい。なんという、なんという胃袋。いや、胃袋の問題か?
「えへへ、お腹空いちゃいましてちょっと食べ過ぎてしまいました」
「……、……まぁ別にいいんだけど」
そう会話している間に最後の一個も気が付けば無くなっていた。
もう深くは気にするまい。
そう納得――多少時間はかかったものの納得をし、現状についての話を進める。
「とにかく、街でギーサについて色々聞いて回ったわけだけど、クラリスのほうは何か収穫はあった? あぁいや、貰った食べ物は別としてね」
わざわざ大量の食料を抱えて見せてこようとしていたので事前に静止。それについては散々見たので言われなくても分かる。
タートの街の人々は親切な人ばかりで、見知らぬ人に色んなものを分け与えたりするほどであり、エルは何も貰えずクラリスはほぼ全ての人から貰えた。
ただそれだけの話である。あぁなんと人の温かいことか。
「それなんですが、誰もギーサさんのことを知らないみたいで、何の手がかりも得られませんでした。美味しいものはいっぱい頂いたんですけど」
「だからそれはもういいって。ギーサに関しては――まぁ、僕もおんなじような感じかな。同じ鍛冶職人なら何か知ってると思ったんだけど、誰に聞いても見たことも聞いたこともないってさ」
「……はぁ、どうしましょう。街の一人一人全てに聞いて回る訳にもいきませんし、いい案が思い浮かびません。私の愛剣、どこにいっちゃったんでしょう……」
落ち込んでベンチにダラリと体を投げ出すクラリスを尻目に、エルは先程一人の鍛冶師に聞いた話を思い出す。
可能性としては望み薄かと聞き流していたが、試してみるのもありかもしれない。
「……その職人さんに聞いたんだけど、この街には冒険者の武器と防具を作る人たちの組合があるみたい」
項垂れていたところにエルの新しい情報。勢い良く顔を上げたクラリスは口を開かず続きを催促する。
「その組合の名前は、”灰炉組合”っていうらしい」
「灰炉組合……聞いたことがないですね」
「冒険者の武器とかを主に取り扱う――鍛冶師とか鋳造師とか、研摩師とかかな。そういう人たちで構成されてて、タートの街のほとんどの職人が組合員なんだって」
話を聞いた鍛冶師も組合に参加していると言っていたが、その男も最近街に来て店を広げた新参者らしく詳しくは知らないそうだ。
その鍛冶師の男も当初は居を構えて落ち着けるとうになるまでに多くの時間がかかると思っていたそうだが、新参者ながら件の組合にそれなりに技術を認められ、鍛冶師としてやっていけるようにサポートしてもらうことで早い段階で自分の店を持つことが出来たのだという。
それっはかつての有志の職人が集まりできた組合で、武器防具に道具など、冒険者の扱う様々な物の質の向上と支援のために発足されたのだとか。
故に、冒険者と、彼らを支える職人に手厚い支援を謳っている――らしい。
まさに”冒険者の街”と言えるのではないだろうか。
「君の出会ったギーサって男も、この街で鍛冶師をやっているならその組合に参加している可能性が高い。そこにいけばもしかしたら――――」
「ギーサさんに会えるかもしれない! ですね!?」
「会えるとまではいかないだろうけど、何か手がかりが見つかるかもしれない、が正しいね」
「早速行きましょう!」
そう言うやいなや凄まじい勢いで立ち上がり灰炉組合へと向かおうとするクラリスを座りながら言葉にて引き留める。
「待って待って、君場所知らないでしょ。焦らなくても逃げないから――いやギーサは逃げてるかもだけど。とにかく、行くにしても準備しなきゃ」
「準備って何の準備ですか?」
急ブレーキをかけてこちらへ振り向くクラリス。
一連の動作のせいで綺麗な金髪が乱れまくっているのが何とも残念な気がしてならないが本人は気にしていないらしい。
手櫛で治す素振りもなく、早く行きましょうと目で訴えかけてくる金髪少女の愚直さに思わず頬が緩まってしまう。
クラリスの疑念に答えるようにエルはこれからのことについて語る。
「灰炉組合へ行くのはもちろんそうだけど、こっちの話を素直に聞いてくれるかは、流石に怪しいんじゃないかな。個人同士が集まった組織とはいえ、この街のほとんどの職人が在籍していることを考えると、かなり大きめの規模だろうし」
「な、なるほど?」
「それなりに権力もあるだろうから僕たちみたいな見知らぬよそ者は相手にしないかもって話! アポだって取ってないし、話どころか門前払いされるかもしれない。出向くなら、まずは灰炉組合の情報を集めてからの方がいいと思うんだけど」
「う、う~ん、そう言われるとそうかもしれませんが……」
特に職人なんてのは気難しい質だと相場が決まっている。
急にやってきた見知らぬ怪しげな二人のお願いにすんなりと頷くとはあまり思えない。
ギーサを見つけるためにもまずは灰炉組合のことから調べていく方が確実なんじゃないだろうかとエルは考えている。
だがそう考えているエルをよそに、何やら唸っていたクラリスはパッと顔を上げてエルと視線がぶつかる。
その顔はまさに自信満々といった表情で、現状良い所をあまり見せてないクラリスのその様子にエルは若干頬を引きつらせて身を固くする。
エルのそんな警戒心に気づかず、クラリスはフフン、と鼻を鳴らし、
「大丈夫です! きっとすぐ相談に乗ってくれますよ!」
そう高らかに言うクラリスの顔は、まさに「私凄いんですよ」と言わんばかりだ。
エルとしては余計な工程が省けるのであれば願ったり叶ったりではあるが、何せ今のところ良い所なしのクラリス嬢の発言である。その真意を確認してみないことには何も言えない。
「……その根拠は?」
「――――えっ、あ、えぇと、えと、あの、ひ、秘密です!」
「…………」
「そんな顔しないで下さい! とにかく! 大丈夫なものは大丈夫です! ちょっとは私を信用してくれてもいいじゃないですか!」
健康的な肌色の頬を紅潮させて眉を寄せる。尚も疑わしい目を向けるエルに肩を震わせて怒りを露にする。
その様子を見てエルは考えを改める。
エルの懸念はあくまでクラリスが何も考えずに動くこと。ここ数時間一緒にいただけだが、それでもクラリスの突飛な言動は何度もエルを困らせたばかりに、今回も”そう”ではないかと疑った。
しかし本人の様子を見るに、何かしらの根拠があっての考えであろうことが分かったのでこれ以上は口を挟むことをやめる。
少なくとも、本人が何とかなると確信できる案があるということなのでひとまずは任せてみるか。
「分かった分かった、分かったってば。クラリスがそう言うなら信じるよ。まっすぐ灰炉組合本部――――灰炉館に行こう」
鼻息がかかるほどの距離まで詰め寄っていた暑苦しい顔を手で押さえつつ次の方針を定める。
この街の冒険者御用達の職人で構成されているという、『灰炉組合』。
その代表に会い、タートの鍛冶師を自称している男――ギーサについての情報を募る。何か分かれば良し、分からなくてもそれはそれで可能性が絞れるので良し。
とにもかくにも、クラリスを信じて灰炉組合との面会を果たしてからが本題なのだ。
「では、その灰炉組合ってとこに行きますか!」
「の、本部の灰炉館ね。ここからそう遠くないところの、ギルドの近くに建っているだってさ」
「ギルドなら私一度行ったことがあるのでどこか分かりますよ! 付いてきてください!」
またも我先にと一人で足早に進んでいくクラリスの背中に向けてため息を吐きつつ、ふと空を見やれば雲一つない快晴な世界がいっぱいに広がっている。
何の因果か、長く籠っていた一人きりの世界を抜け出て人の世に身を預けている。
それがエルには何ともおかしく感じ、自然と弧を描いている口に気づいてまた笑う。
この道ずれがまだ続くのか早々に終わりを迎えるのか、エルは自身の心中からあえて目を逸らして雲のように溶かしていく。
なんて感傷に浸りながら、似合わないなと苦笑う。




