冒険者の街
――――タートの街は辺境の地である。
険しい山に囲まれ、陸路の端っこにポツンと位置している。
何かの経由地点にはならず、タートの街自体が目的地でなければ足を踏み入れることもない。
高台から周りを見渡せば、街を囲む山と近くにある巨大樹の森の一欠片が見えてくる。
その土地の土では農産物も育たず、その土地の草では畜産物も質を大きく落とす。
――――タートの街は辺境の地である。
街に住まう人の大半を冒険者が占め、街を構成する多くが彼らに合わせて作られている。
街中を歩けば鉄を打つ音は止まず、魔物の素材や魔石を巡った商人のやり取りがそこかしこで行われている。
街に住まう冒険者も、宿のオーナーも、交渉している商人も、酒場の看板娘も、道行く人を癒す踊り子も、みな活力に満ちている。
――――タートの街は辺境の地である。
山間の、不毛な大地であったそこには、かつての面影はない。
冒険者が冒険者を呼び、冒険者が集い、個は群となり、群は村となり、村は街となった。
生まれ変わった土地は、その功労者に微笑みを浮かべ今日もまた彼らの為に生きる。
――――タートの街は辺境の地である。
辺境でありながら、絶妙なバランスのなか懸命に支え合い生きているのだ。
「――――故に! タートの街は別名『冒険者の街』とよばれているのです!」
――鼻息荒く興奮した顔が眼前間近に迫り、思わず仰け反ってしまう。
そうして若干距離を置いたのちにいまだ興奮冷めやらないらしい相手に呆れのため息を吐く。
「それ、さっき詠ってた吟遊詩人のを聞いただけで、君も知らなかったじゃん。いつまでそうやって騒いでるのさ」
「た、確かにそんな場所だなんて知りませんでしたけど……、でも! 一つの街の始まりが冒険者だなんて凄いです! 流石は『冒険者の街』!」
目を輝かせて大仰に語る彼女に本日何度目か分からないため息が零れる。
今自分たちがいる街の成り立ちを詠っていた吟遊詩人の話を聞きたいと言い出したと思えば、感受性が高すぎるせいかその詩に影響されて今の状態だ。
あまりにもな単純っぷりに言葉もでない。
「冒険者が集まって自然と街が出来たってのも眉唾だけどね、意味わかんないし。どんだけ頑張っても野営地か拠点じゃない? ダメだよ、ああいうのは話半分に聞かなきゃ」
街を一つ作る。
言葉だけで言えば簡単なことだが、それを実際に行うとなるとその労力は計り知れない。
仮に労力が足りたとしてもそれを成すには様々な障害が道を阻むことだろう。
街とはそういうものだ。まかり間違っても家と人が揃ったので街完成! なんて単純なものではない。
冷めた言葉で窘められた彼女は怒ったような顔で言い返す。
「なんてこと言うんですか! あの詩人の人の話が嘘だって言うんですか!? 私はそうは思いません。聞いててそれはもう胸熱く心躍りましたから!」
「それ君が一人でテンション上がってただけでしょ……。それに、嘘って言いたいわけじゃないけどさ、あの手の話は多少脚色されるものだよ。起伏を作ってそこに色を塗って――、だからこそ今の君みたいに感化されて盛り上がるわけだしね」
「ぐぬぬ……! 見た目私より子供なくせに……!」
そう悔し気に唸る彼女を横目で捉えつつ顔合わせしたばかりの時に言った年上発言をしっかりと覚えてて、ことさらにいえば信じてもいるのか、と内心で思う。
瀕死体を拾ってから三日後。目を覚ました彼女に自身の境遇を勘違いされ同情された際に思わず口をついて出た言葉だが、こうも何の疑いもなく信用されるとむず痒いものである。
彼女は亜人種のような長命種を想像したのだろうが、それは間違いであった。
少年は、間違いなく人間なのだから。
「――でも確かに、『冒険者の街』って呼ばれるのも納得だよね。街行く人を見てもその多くが冒険者、その上誰も彼もが猛者と呼んでいい実力者。詳しくは知らないけど、王都とも並べるくらいの戦力なんじゃない?」
「そうですね、最上位ランクならともかく、冒険者全体の質を考えたらこの街に軍配が上がると思います。王都は良くも悪くも、色んな方がいますから……」
「突出する者がいなくても、全体的に高水準……ってわけだね。そしてそれを為すのが――――」
つい数時間前までいた場所を思い出す。
人を、街さえ飲み込めるほど雄大な密林の巨樹帯。
あの森がこの街を、この街に住まう冒険者を支える根幹になっている。
「――あのおっっきい木がいっぱいある森、ですか?」
「……そのバカみたいな言い回しはおいておくけど、それで間違いないと思うよ。ここら一帯の魔物は何故かあの森に集約しているみたい。必然、冒険者はあの森に入って魔物を討伐することになる。けど君はもう知ってるよね、あの森がどれだけ危ないか」
「うっ、そうですね……思い出したくもないですけど、私だってそれなりに高ランクの冒険者です。自分の剣を持ってないとはいえ、全く歯が立ちませんでした……」
「ここで冒険者として活動するならあの森に入って生きて帰ってこれることが最低条件。そりゃ強い人が集まるさ。弱い人は自然と淘汰されるし、ね」
――――もっとも、”あれ”はまた別のものなんだけどね、そうボソッと呟いた少年の声は彼女に届くことは無かった。
「厳しい所なんですね。だからこその『冒険者の街』。私もここで頑張ったらもっと強くなれるでしょうか」
森で己の力が通じなかったと落ち込む彼女は、何かに憂うようにグッと拳を握る。
確かに、過酷な環境に身を置くことで実力を伸ばすという考えは間違っていない。現に、この街の住人がそれを証明している。中には、彼女より低ランクの冒険者もあの森で活動しているだろう。おそらくはそれが彼女の心に焦燥感を産んでしまっている。
己の実力を、信用できなくなっている。
彼女の悩みは彼女のものであり、それを部外者がとやかく言うことでもない。少年の持つ情報のいくつかを開示すれば幾分か心中を覆う憂いは晴れるかもしれないが、今のところそれをしてやるつもりもない。
「さてね。そんなことより、僕らにはやることがあるでしょ」
二人がただなんの目的もなく街を歩いているわけではないのだ。れっきとした理由がある。――――途中、吟遊詩人に心奪われる閑話があったものの、やるべきことは変わっていない。
少年の言を受け、己の感情と向き合っていた彼女はハッと顔を上げ、今は些事だと思考を追いやるように頭を横に振る。
そして両手で己の頬を強く打ち、
「――よしっ! あなたの言う通り、まずはやるべきことをやりましょう!」
ポケットから取り出した一枚の地図。かつて一人の男の工房の位置が記されていたその地図は、その印の上から大きくバッテンが書かれていた。
それはその地図が何の意味を為していないことを端的に表し、無価値なものとしていた。
手に持つ地図をくしゃくしゃにし――ようとして躊躇い 、再び丁寧に折りたたんで仕舞った彼女は一歩前に出て目の前の黒髪の少年へと手を伸ばす。
「行きましょうエルさん! なんとしても、ギーサさんを見つけ出さないと!」
「寄り道したのはクラリス、君だけどね――はいはい、行こうか」
◆◆◆◆◆
街の憩い場。
冒険者の多くいる大通りからは少し離れており、街中心からある鉄の匂いと騒がしき騒音が鳴りを潜めた閑静なリラックススポット。
緑に囲まれた自然公園と言えるこの場所はタートの街の中でも貴重な、心落ち着けることの出来る場所だ。
タートの街は、まさに冒険者の街と言われるほどにその成り立ちも街に住まう住民も冒険者に密接に関係している。とはいっても、住民全てが冒険者というわけではない。
始まりこそ冒険者たちだったのかもしれないが、今では多くの人々が暮らしている。――――もっとも、その中でも鍛冶師や職人、飲み場に踊り子など、冒険者をターゲットとしている者が大半だが。
故にタートの街は賑やかである。有り体に言えばうるさいのだ。
慎ましさを知らない冒険者に、彼らに目を光らせ呼び込む商人。鉄の打つ音はあちこちから響いて、踊る舞姫に合わせて高鳴る音楽。
どこであっても騒がしいタートの街において、人通りも少なく通りから離れた穏やかな空気に包まれた公園というのはそれはもう貴重なのだ。辺りを見渡しても視界に映る人影は少なく、ベンチでのんびりする老夫婦やペットの散歩をする若い女性など、片手で数えるほどしか見当たらない。
では珍しいというだけで貴重ではないんじゃないのかと思わないでもないが、そうではない。
この公園は確かに訪れる人は少ないが、無人になることは無いのだという。どんな時間であっても数人は人影があり、だからこそ寂れることなく心を鎮めることができるのだ。
そう、心を鎮めることができる。
久々に長く住んだ家を出て人混みに身を放り投げ、頭に響く甲高い音と騒がしい喧騒に焼かれた脳も。
目的地の地図があるというので従って動いた結果、地図に記された場所には何もなく途方に暮れていたと思えば詩人や屋台に目を輝かせる、やる気があるんだかないんだか分からない連れに対する心労も。
心を鎮め、一息ついて、落ち着いて、頭を空っぽにして――そうして重い、重いため息を吐いて安寧を求めるのだ。
「――――で、これからどうするの?」
そう声をかければ、金髪の女性――――クラリスは端正な形の眉を歪める。そしてう~ん、と声に出して唸り出す。
その姿を真正面で見ながら答えを待つ。八方塞がりというわけでもないが、現状どうするべきなのか判断が難しいのは事実だ。
それを理解しているクラリスもまた、連れ立っている黒髪の少年――エルの問いに答えを出せないでいる。
当初の予定ではそこまで難しい話ではなかった。
巨大樹の森で偶然の出会いを果たしたクラリスとエル。エルの助けによって九死に一生を得たクラリスは、されどその森でやらなければいけないことがあるという。
それは森の中にある特殊な鉱石を手に入れること。それが無ければ、クラリスの持っていた剣は手入れ一つ出来ないのだとか。
そうして必要だと言われた鉱石を採るためにクラリスは単身森へ入り、あわや命を散らすところだったわけだが。
しかし、ここである問題が発生する。その森で長く過ごしてきたエルに、ギーサという男が口にした鉱石など心当たりがなかった。
森に生きて長いエルの知らない鉱石を探すというのは、あまりにも現実的でない。そうでなくとも、既に命を落としかけたのだ。闇雲に探し回ったところで、果たして成果が得られるとは到底考えられなかった。
お互いにそう結論付け、ひとまずはそれをクラリスに教えた本人――ギーサという男に話を聞いてみる必要があるというのが最終判断だ。
「だからクラリスはギーサと話をするために森を出て街へと戻り――ってなれば何も問題はなかったんだけどね」
「ぐっ、……、しょうがないじゃないですかっ! 帰る道だって分かりませんし、そもそも私一人であの森を歩いたら次こそ死んじゃいますし!!」
何とも情けない叫びであるか。
己の不甲斐なさを自覚しているクラリスは顔を真っ赤にして唾を飛ばして喚き散らす。
しかし実際のところ一人で森の中で死にかけているのだから彼女の言うことも理解はできる。
目が覚めたばかりでもう一度、と言われて足が竦むのも致し方ないのだろう。ましてや向かう方向も分からず手持ちの武器もない。
流石にその状態で一人で帰れというのも今思い返せば酷だったのだろう。
だからこそ、
「街まで道案内を買って出た、ってわけなんだけど。は~あ、こんなことになるなら街についてすぐ帰ってれば良かったかなぁ」
そんな愚痴が出てしまう。
単なる興味本位。
クラリスの話に多少なりの思うところがあったからこうしてその『ギーサ』とかいう男を一目見てみようと思ったばかりに、こうして面倒事に巻き込まれてしまった。
街までの道案内役なのだからそこまでにしとけばいいものを、好奇心はなんとやら、というやつである。
エルの、実際にはそこまでではない後悔を含んだ愚痴を聞いたクラリスはしょんぼりと肩を落とす。
「そう言わないで下さい……。エルさんに付き合って頂いて、私はとても助かりましたから。――私も、こんなことになるなんて思ってもいませんでした……」
そう意気消沈する彼女も、この事態は想像だにしていなかったようで、その顔には陰りが見える。
それも仕方のないことだろう。彼女からすれば、最後の頼みの綱と言ってもいい。
それがつい先ほど、断たれてしまったのだから。
ポケットから、丁寧に折り畳んだ一枚の羊皮紙を取り出す。
まだ年季が入ったとは言えない、傷や汚れのない綺麗なその紙にはタートの街のおおまかな地図が描かれている。
そしてその一角、街のある部分を示すところに一つの印が記されている。
「――――まさか、この地図が偽物とはねぇ」
クラリスがギーサから預かった、ギーサの工房の位置を示す地図。
地図上の街の一角に書かれた印を頼りにその場所へ足を運んでみれば、ギーサの工房はおろか何の建物もない単なる空き地。
ギーサの地図は、その空き地を示していたのだ。
慌てふためくクラリスが何度も地図とをも見返し、それでも地図の場所が空き地だということは変わらなかった。
呆然と立ち尽くしていてもしょうがない、とクラリスと一緒に周りの住民へ話を聞いてみれば、その空き地はここ数年間は同じ状態らしい。しかも空き地になる前は一軒の大衆酒場だったのだという。
つまり、地図が示す場所にギーサの工房なんてあったことがないのだ。さらにつまり、それは地図が偽物であるという証明なのだ。
「……偽物じゃなくて、ギーサさんが間違えただけかもしれませんけどね」
偽物で、騙されたんだと結論付けるエルにクラリスは不満げに唇を尖らせるも、これを華麗にスルー。あえて視界から外し耳の向きを変えることで、聞いてませんよとアピールすることも忘れずにしておく。
「ミスだろうと偽物だろうと、手詰まりなことには変わらないけどね。はぁ、ホントに全く、どうしてこうなったんだか」
――――まぁ、全くの想定外ってわけじゃあないんだけどね
そうボソッと呟いた声はクラリスの耳に入らず、静かに掻き消える。
「……ふむ。ギーサさんの工房が分からず、ギーサさん本人もどこにいるか分からない。しかも私の剣はそのギーサさんに預けている――――私、かなりピンチなのでは?」
「だからさっきからそう言ってるし、なんなら君は結構前からずっとピンチだったと思うけどね、森でも死にかけてたし」
クラリスに茶々を入れながら、隣でキーキーと喚く彼女を無視して現状を脳内でまとめる。
目下の目標はギーサを見つけること。
剣を返してもらうにしろ、本人が言っていた鉱石の話を聞くにしろ、まずはギーサを見つけなければいけない。現状、唯一の手掛かりたる地図はその意味をなくしてしまっている。
エルもクラリスもタートの街を拠点にしているわけではないので、街に住む人のことなどほとんど知らないと言っていい。ギーサという男が本当にこの街で活動しているのかどうかすら定かではない。
つまり、地道に探し回るという途方もない方法しかないのだ、とそこまで考えてエルはげんなりとする。
あまりにも現実的でない手段しか残ってない状況に自然と体が重くなっていく。
「――――もう剣は諦めて新しいの買ったら?」
「な、なんてことを言うんですかっ! ダメです、ダメですよそんなの!」
「どれも同じじゃない?」
「同じじゃないです! あの剣は、私が幼いころからずっと使ってきた大切な物なんです!」
「その割には見知らぬ人に簡単に預けるんだね」
「うっ……」
憂さ晴らしも含めた嫌味だが、その実普通に正論ではあるので許してほしい。
エルの容赦ない(当社比)言葉に本日何度目か分からない落ち込みを見せるクラリスだが今回は持ち直すのも早い。
ニヤニヤと彼女を見ているエルが視界に映り、ただの意地悪だと気付いたクラリスはフンスと顔を上げ、両の手で頬をバチンと叩いたままにそのままエルに向き直り、わざとらしくコホン、と咳払いする。
「――――とにかく! こうして悩んでいても何も始まりません! なんとかギーサさんを見つけないと! まずは街の人に聞き込みをしてみましょう!」
そう息巻き、公園を出て尚も騒がしい街の中心のほうへと大股でズンズンと進んでいく。
落ち込んでいる姿にイタズラっぽく笑っていたエルは急にやる気を出したクラリスに呆け、ついで一人で進んでいく後ろ姿と先程の言葉に思わず苦笑が漏れてしまう。
「はいはい、乗りかかった船だし付き合いますとも――――おーい、置いてかないでよ」
仕方ない、ともう既に小さくなってる背中に声をかけて走っていく。




