観光と発端
「――依頼任務、達成となります。ありがとうございました」
深く頭を下げ、受付から報酬を受け取る。
事務的な手続きが終わり、改めて見慣れない光景に視線が泳ぐ。
想像よりも広い内部に入ってすぐ口を開けて呆けていたのを笑われた時は羞恥で消えてしまいそうだった。ほんの少し前の出来事を思い出して頬をわずかに朱くしながら、彼女は建物を後にした。
建物を出ると、噴水のある広場が目に飛び込んでくる。
香ばしい匂いを漂わせる屋台。
旅芸人の奏でる軽やかな音色。
同業者たちの笑い声と、武具が触れ合う硬い金属音。
ここはタートの街。
王都から離れた辺境の街――――のはず。
しかし、街は彼女が思っていたよりもずっと賑やかで栄えていた。沢山の同業者と、鳴り止まない鉄の打つ音がどこか心地良い。
そんな余韻に浸りながら、その違和感に遅れて気付いた。
「……冒険者が、多い?」
ギルドの近くというのもあるのだろうが、視界に入る人の大半が冒険者のように見える。彼女が拠点としている王都でも冒険者はいる。その職業自体が年々数を減らしてはいるものの、そこらの街に比べたら雲泥の差のはずだ。
だが、ここは――――空気が違う。
街を歩く彼らの一人一人の練度が、もの凄く高い。
そういえば、と王都からこの街へ向かう前に、知り合いが言っていたのを思い出す。
曰く、山に囲まれたタートは人の出入りが少なく、そこを拠点とする冒険者は任務の性質上、実力者しか残らないのだと。
確かに山道が多く、街にたどり着くだけでもかなり大変だったが、環境が違うだけでここまで雰囲気が変わるものだろうか。
そんなことを考えていると、背中に声がかかった。
「おや? ここらじゃ見ない顔だと思ったけど、旅の人かい?」
振り返ると、恰幅の良い優しげな男が立っていた。
街の人だろうか、その朗らかな笑顔につられ、彼女も自然と微笑む。
「実は護衛任務で来たんです。この街に関してはそんなに詳しくなかったんですけど、冒険者の人たちが多いんですね」
「そりゃあ、ここら辺は魔物が強いからねぇ」
「そうなんですか?」
「街を出て少し西の方に行くとそりゃあデカい森があるんだが、そこにいる魔物がなかなか手強くてねぇ。ま、そのぶん良い素材が取れるおかげで助かってるんだけどね」
男は肩をすくめて笑った。
「なるほど……」
魔物――――人類の仇敵。かつて世界のいたるところでその姿を現し、人々を襲い喰らった生物でない生物。
大昔に突如として出現した魔物は、その危険性から人類の共通の敵として今もなお存在し続けている。
最も、今現在ではその魔物による人的被害もごく少数になってはいるが。
男は女を見て、目を細める。
「アンタ、見た目は可愛らしいけど……結構お強そうだねぇ」
「そ、そうですか?」
「はっはっは! 今まで色んな冒険者を見てきたんだ、見る目はあるつもりさ」
――――これでも宿を経営しているもんでね。
朗らかな笑顔とともにそう言われ、彼女はハッとする。
そういえば、街に入ってすぐギルドへ向かったせいで、 まだ宿を確保していなかった。
今から王都へ戻るなど論外だ。
身体は疲労で重く、立って歩くだけで足や腰が痛む。
その表情を察したのか、宿屋の主人は親指を立ててサムズアップした。
どこか古臭い仕草だが、悪い気はしない。
「まだ宿探してんならうちおいでよ! 割引しとくよ!」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
女は即答した。
◆◆◆◆◆
紹介された部屋に入り、剣を壁に立て掛ける。
「ふぅ……さすがに疲れましたね」
護衛依頼は無事に終わった。
だが、タートの街までの道のりは想像以上に体力を削った。
街道は整備されているとはいえ山道で、魔物こそ出なかったが野盗の危険は常にある。
気を緩める暇などなかった。
護衛任務は、冒険者の中でも不慣れな者が多い。
国内の多くの土地が長い年月をかけて整備されたおかげで、 今では魔物が町や村、人が通る道に近づくことはほとんどない。
その結果、護衛任務は年々減っている。
だが、危険が消えたわけではない。
魔物以外にも、野盗の類はどこにでもいる。
むしろ昨今の護衛任務の主な仕事は“対賊”だろう。
本来は騎士の領分だが、依頼主が気軽に騎士様を雇うというわけにもいかない。
必然、”対野盗”にあつらえた人員を求めて護衛任務を出される。最終、それが巡り巡って任務の報酬と敷居を上げる結果となってしまっている。
冒険者の多くは人より魔物との闘いのほうが得意である。ことさらに言えば闘いの刹那に命を懸ける仕事だ。
戦闘がなくても長時間の集中と緊張を強いられる護衛任務は、 冒険者にとって普通の討伐よりずっと大変だった。
そしてそれは彼女も例外ではなかった。
「特に大きなトラブルもなくて良かったですけど……中々難しいものですね」
思い返せば失態ばかりだ。
護衛対象の商人とつい話し込んでしまったり、
野営の火の番で何度もウトウトしてしまったり。
「……はぁ、これでも王都じゃそれなりに優秀なんですけどね」
ため息が漏れる。
「剣も……念のため、鍛冶師さんに見てもらったほうがいいですね」
刃を確認する。
外見上は問題ない。 今回の任務では一度も抜く機会がなかった。魔物とも遭遇せず、野盗にも襲われず――
それでもこの疲労感なのだから恐れ入る。
だが、剣士である彼女にとって、身を守るための刃は命の次に大事なものだ。長旅のせいで手入れができていないのもあるし、一度見てもらうのは悪くない。
「あとで鍛冶師を探さないと。ですが、まずはご飯ですね! 時間的にももうお昼……のはずです」
窓から漂う香りが、空腹を刺激する。
外を見れば、朝露を含んでいた光はすっかり澄んで太陽は大きく見上げる位置にまで昇っていた。
「しばらく携帯食しか食べてませんでしたからね……。今までの分も含めて、たらふく食べてやりましょう!」
女は勢いよく立ち上がり、部屋を出て階段へ向かう。
木造の階段は一段踏むごとに小さく軋み、妙に耳心地の良いその音を聞きながら階段を降りきると、一階の食堂から漂う香りが一気に押し寄せてくる。
「……っ、おぉ……!」
宿の食堂は驚くほど賑わっていた。
冒険者らしき若者が多く、活気に満ちている。
注文した料理が運ばれてくると、少女は思わず声を漏らした。
「ほぅ……!」
辺境の宿とは思えない品揃え。
そして、一口食べれば納得する。
どれも驚くほど美味しい。
しばらく満足に食事を取れていなかった彼女のタガは外れ、皿が空になる前にメニューへと手が伸びる。
空腹に任せて追加注文を繰り返し、気づけばメニューの半分近くを平らげていた。
「うぷ……食べ過ぎました……」
カウンターの向こうで、先ほどの宿の主人と奥さんらしき人が笑顔で手を振っているが、それを返す元気はなかった。
◆◆◆◆◆
扉を押し開けた瞬間、外の空気が肌に触れた。
昼の熱気が少し残っていて、
食堂の温かい空気とはまるで違う。
「気持ちいいですね」
広場の喧騒が耳に戻ってくる。
「せっかくですし、観光もしましょう!」
思っていたより食堂で休憩しすぎていたのか、太陽は先ほどより大きく位置を変えていた。
女は街へ歩き出す。
串焼きの匂いに釣られてまた食べ、
宝石店に立ち寄ってその値段に目を剥き、
喫茶店で苦いコーヒーに顔をしかめ、
甘いデザートで口を直す。
屋台が並ぶ大通りを食べ歩き、
薬屋の老婆に勧められた薬の値段に目を剥き、
匂いのきつい酒場に顔をしかめ、
詩人の英雄譚に胸を膨らませる。
そうして気づけば時間は過ぎ、空は淡い灯色へと変わり始めていた。昼間の喧騒は鳴りを潜め、空の向こうからは暗い夜が押し寄せてくる。
街は数刻前とは違う表情を見せ始めていた。
女は広場のベンチに腰を下ろし、一息つく。
足にじんわりと疲労が溜まり、昼の喧騒とは違う静けさが心を落ち着かせる。主に食べることしかしていなかった気もするが、それでも満足だった。
惜しむらくは、薬屋の老婆が紹介してくれた “剣の技術が10倍になる薬”を買えなかったことだ。
あの金額なら仕方がない。頑張って貯めてまた買いに来ればいい。凄い薬もあったものだ。
「いやぁ満喫しましたねぇ。美味しい物もたくさん食べましたし、もう十分ですね――――って、あぁ! そういえば剣を見てくれる所を探すのすっかり忘れちゃってました! うぅ、それがまずの目的だったのに……」
当初の目的をようやく思い出し、そのタイミングの悪さに肩を落とす。
今日やったことといえば、お腹いっぱい食べまくったことくらいだ。
なんと情けないことか。
頭を抱えて一人で悶えていると、足音が近づいてきた。
その足音が自分に向かっていることに気づき、彼女は顔を上げる。
そこには、見知らぬ男がにこやかに立っていた。
「あなたが、鍛冶師を探しているという冒険者ですか?」
冒険者というシステムは、恐らく説明しなくても分かると思います。
当初は取り入れるつもりはありませんでしたが、色々設定を練っている内にこういったテンプレ設定があった方がテーマに合うと思ったので取り入れることになりました。
冒険者って、いいですよね!




