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かの勇者は光に希う  作者: 花園あさがお
序章 記されない出会い
1/16

はじまりの邂逅

始めまして。

男女のダブル主人公ものになります。それぞれに主人公としての役割を与えているので、ぜひ楽しんでください。


 金の影が、巨大な樹の間を縫うように駆け抜ける。



「……はぁ、はぁ……っ」



 喉が裂けてしまいそうなほど息が荒く、肺が熱を帯びてがむしゃらに吸う空気さえも重く感じる。


 女は闇のように深い森を、ただ前だけを見て駆けていた。


 頭上を覆う巨大樹の枝葉が光を奪い、湿った空気が肌にまとわりつく。足元の土は雨を吸って泥と化し、踏み込むたびに靴が沈む。

 跳ねた泥が頬に当たるたび、その冷たさに棘が刺さるような錯覚を覚える。


 


 この地に足を踏み入れてからどれほどの時間が経ったのか、陽の光さえまともに届かない深林では知りようもない。


 食料は尽き、眠る暇すらなく、体は鉛のように重い。絶望の中で視界の端がじわりと暗くなり、思考が途切れそうになる。



――――止まれば、終わる。



 その一念だけが、彼女の足を前へ押し出していた。



「――――――――!!」



 背後から、森全体を震わせるような咆哮が轟く。空気の振動が心まで揺さぶり、背中に冷たい汗が流れるのを必死に無視する。

 ひたすらに走る女の背に追いすがるように声は轟き続ける。その背中に喰らいつかんとし、身体が木にぶつかるのも厭わずに――――


 ――――人を丸呑みにできるほどの巨大な蛇が、怒りに満ちた目で迫ってきている。



 女は華麗とはいえないものの俊敏に木々の間をすり抜けて進んでいく。後ろの声の”主”はそんな女へ向かってがむしゃらに這いずっていく。

 己の頑丈な体にものを言わせて巨大な幹を抉り、怒りの咆哮と爆発にも似た破壊音が女の耳に伝播していく。


 それは、大蛇ともいうべきヘビだ。およそ常識の埒外に在ると言っていい、あまりにも巨大過ぎるヘビ。

 そんなヘビは瞳を真っ赤に染め上げ、猪突猛進とばかりに女を追いかける。その真っ赤な瞳が移すのは目の前の餌のみ。

 ただ、彼女だけを狙って一直線に突き進んでくる。



「っ……!」



 足がもつれ、身体が前につんのめる。

 絶望が心中を支配しかけるも、必死に地面を蹴って体勢を立て直す。


 膝が笑い、呼吸が乱れ、心臓が破裂しそうなほど脈打つ。



――――追いつかれる。



 長い長い鬼ごっこの終焉が、その確信が、胸の奥を冷たく締め付けた。



「――――――――!!」



 再び咆哮。その出処は、耳鳴りに目が眩むほど近い。


 背後の木が砕け、破片が飛び散り、頬をかすめる。


 痛い。

 怖い。

 でも止まれない。


 足はいまだ動いているというのに、前へ進む意志だけが削られていく。視界の端が揺れ、涙とも汗ともつかないものが頬を伝う。


 心は枯れ果て、身体だけが生を求め懸命にあがいていた。

 しかし、終わりはいずれ来る。

 この極限の鬼ごっこが数日も持ったのが奇跡。奇跡が終われば次は、絶望だ。

 

 既に遠く後ろへと追いやられた心に引っ張られるように身体がその歩みを止めようとした――――その時。


 前方の木々の隙間から、柔らかな光が差し込んでいるのに気付いた。



「光……?」



 先程の諦観から来る筋肉の緩みとは真逆。新たな希望が、その小さな光が見えることによる僅かな気の緩みが前へ踏み出す足のを弛緩させ――――耐える。


 無い力を振り絞って進む暗闇に慣れた目には、その淡い輝きがまるで幻のように見えた。


 この森に光が届くはずがない。

 何日も、何時間も、ただ闇と湿気と化け物の気配だけが支配していた場所。


 光があるとすれば、それは――――――――


 胸の奥で、久しく感じていなかった温度がふっと灯る。

 

 ――――希望。


 その言葉が頭に浮かんだ瞬間、喉の奥から出かかった想いが熱を帯びて全身に活力を配っていく。。



「――――行ける……!」


 

 そう思ったのも束の間。



「――――――――!!」



 背後から、地面を震わせる咆哮が響いた。

 空気が震え、勇んだ心が急速に萎んだのを感じる。


 ヘビはまだ追ってきている。しかも、さっきよりも速い。

 もう我慢ならないようだ、その気配から絶対的な憤怒が伝わってくる。


 木々が砕ける音と蛇の苦悶に満ちた声が聞こえてくる。その音が、声が、なりふり構わず目の前の獲物を喰らおうとしているのが分かってしまう。



「っ……!」



 女は顔をしかめながらも、光へ向かって走り出す。

 だが、女も既に限界だった。


 泥に沈むたびに膝が笑い、呼吸は喉の奥で引っかかるように乱れる。


 光はすぐそこにある。

 手を伸ばせば届きそうなほど近い。


 木々の隙間からこぼれる、柔らかく温かい光。

 まるで「こちらへ」と手招きしているように見える。


 女は、ほんの一瞬だけ立ち止まった。


 逃げ切れるのか。

 この先に何があるのか。

 光の向こうが本当に出口なのか。

 それとも――――罠なのか。


 考える余裕などない。

 だが、背後から迫る殺意だけは確かだった。



「……行くしか、ない……!」



 少女は歯を食いしばり、最後の力で光へと飛び込んだ。


 

 ――――瞬間、足元の感触が消えた。



「……え?」



 空気が静止する。

 両足がどちらも地に着かず、前方からの風が汗を吹き飛ばし、髪を乱暴に撫で付け――――世界が反転する。



 ――――落ちている。



 見上げれば、巨大なヘビが木々の間から顔を覗かせていた。

 憎悪を宿した目でこちらを一瞥し、森の奥へと消えていく。


 助かったという実感はない。

 むしろ、また別の危機が迫っているだけだ。


 眼下には川が広がっていた。

 水面が揺れ、光が反射して目に刺さる。


 女は体を丸め、迫り来る衝撃に備えながら、かすかに呟いた。



「どうして……こうなったんでしょう……」


 

◆◆◆◆◆◆◆◆


 

「~~~♪」



 森の静寂を破るように、軽やかな鼻歌が響いた。


 いっそ街中でも見かけるようなラフな服装で、身を守る武器や鎧すらなく、鬱蒼としたジャングルをまるで家の庭を散歩するかのように進んでいく。



「さて、どこまで行ったかなぁ」



 独り言を漏らしながらも、その足取りには迷いがない。

 まるで目的地を知っているかのように、真っ直ぐ森の奥へ向かっていく。


 水溜まりを飛び、自身よりも高い木の根も軽快に飛び越えていく。


 やがて視界が開け、大きな広場が現れる。

 まるでその場を避けているように木は生えず、その中心には湖だけが存在する。

 

 そこは森の生き物達にとっての水飲み場だが、その日は不自然なほど静かだった。


 理由は明白。



「おぉ……でっかいなぁ」



 湖面に、巨大なヘビが佇んでいた。湖の大きさからしてそれなりに深いと思われる湖に浸かりながら、その巨体はいまだ見上げるほどである。


 よく見てみればその口は大きく開かれ、今まさに何かを飲み込もうとしている。


 ふと横に視線を這わすと、ヘビが通ってきたであろう道には木や雑草が押し潰され、幹がえぐれた跡が続いている。

 獲物に夢中で、周囲など目に入っていなかったのだろう。ヘビのその体は既にボロボロだ。


 少年に気づいたヘビは、怒りに染まった目でこちらを睨む。



「――――!!」



「お食事中に悪いんだけど――――」



 食事を邪魔された怒りのままに突進してくるヘビ。

 少年はただ静かにそれを見つめていた。


 ヘビの口が少年を呑み込まんと迫った瞬間――――、



「――――君の居場所は、ここじゃないよ」



 少年が軽く跳ねるように身をかわし、ヘビの頭に触れた。


 次の瞬間、ヘビの姿は消えていた。

 音もなく、跡形もなく。


 静寂が戻る。


 少年は何事もなかったかのように歩き出し、湖の縁に浮かぶ“それ”へ向かう。


 長い金髪が波に揺れ、ボロボロの服を纏い静かに浮かぶ女。

 意識はなく、危険が迫っていたことすら知らないだろう。



「……まさか、こんなところまで来ちゃうとはね」



 彼は女を抱え上げ、来た道を戻っていく。


 静かに進むその少年の口には微かに、だが確かに笑みが浮かんでいた。

 




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