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かの勇者は光に希う  作者: 花園あさがお
序章 記されない出会い
14/16

起承転結でいうところの


「ギーサさん!!」



 部屋の中心で椅子にもたれかかっている男へとクラリスが詰め寄る。即座に血まみれの男の身体へと手をかざし、そこから生じた淡い光を浴びせる。



「いったい、誰がこんな……」



 間近で見てその酷い有様に思わずクラリスの声が震える。周囲を警戒しながら遅れて家へと入ったエルもその男――――ギーサを見て、息を呑む。


 頭皮の一部は剥がれ、右の瞼は押し上げるものがないように窪んでいる。椅子に張り付けられた手の指は全ての爪が剥がれ、更には数本を失っていた。全身の至る所に切り傷や押し当てたような火傷痕が見え、それら全てが彼の足元に血の池を作り出している。身体から垂れる血が水滴のように響き、えづくような濃い匂いが部屋中に充満していた。


 ――――拷問の跡だ。



「この人が、ギーサ……」



 顔を真っ青に染めながら懸命に彼の傷を治そうとしているクラリスに変わり、エルはギーサの身体をつぶさに確認していく。



「流れている血の具合から見て、そう時間は経ってない。ちょっと失礼して――――うん、かなり弱いけど、まだ脈はある。生きてるよクラリス、そのまま回復し続けて」


「ッ、はいっ!」



 外傷は数も多く、傷が深いものもある。大量に血を流しているし、あとほんの少し遅れていたら、と思うとゾッとしないと眉を寄せるエル。幸いと言って良いか、クラリスが回復系の魔法を使えるのが大きい。ギーサの命は刻一刻を争う非常に危険な状態だ。魔法の練達具合にもよるが、例え応急措置程度でもその差は大きく変わるだろう。



「お願い……治って……!」



 悲痛なクラリスの声がか細く漏れる。事ここに至って出来ることは限られる、あとはクラリスの魔法に任せるしかない。それを分かっていながら、何も出来ない歯痒さに心がささくれ立っていくのを誤魔化すようにエルは冷静に状況を分析する。


 

「…………」



 発端はクラリスの剣をギーサが手にしたことだ。剣の調整を依頼する鍛冶師を探していたクラリスに、どこからか聞きつけてきたギーサが現れる。そこでギーサは自分を街の鍛冶師だと説明した。まず、この発言自体が虚偽であるという風に考えていたエルだったが、彼の所属する灰炉組合に確認が取れたことで真実だったと確定した。

 ならその後の発言はどうだ。クラリスの剣をメンテナンスするには特殊な鉱石が必要と言い、エルの住む巨大樹が生い茂る危険な森へとクラリスを向かわせた。街に来て知ったが、今やあの森はベテランの冒険者でも相応の覚悟がいるほどの危険地帯だと恐れられているのだという。だというのに、そんな場所へ何も知らないクラリスをこれまた何も知らない鉱石を採掘させるために向かわせた。

 

 結論から言って、そんな鉱石はまずない。


 これはガランドとの交渉の後に確認したことだが、あの森で採れる特殊な鉱石など彼は知る由もなかった。灰炉組合は定期的に情報技術の共有がされているという。ベテラン冒険者でも危険な森にある特殊な鉱石を、代表のガランドが知らずギーサだけが知ってるというのはどうも考えづらい。

 

 ならばこれは嘘。


 偽の情報を与えられたクラリスは森で謎のヘビに襲われ命を落としかけた。幸いにもエルが救助したが。

 そして消息不明となったギーサの情報を得るために赴いた灰炉組合の本部、灰炉館でクラリスが森で襲われたヘビとサイズ以外の全てがそっくりなヘビが現れた。森でクラリスを追い詰めたヘビよりは小さい、それでも十分に巨大なヘビと通常くらいのサイズのヘビ。そしていくつものヘビを束ね絡めたような異形のヘビ。これらが、果たして無関係なはずがない。


 どれも恐らく、クラリスが自身で予想したようにクラリスを狙った同一犯による襲撃だ。


 問題は、それがギーサ本人なのか別の誰かなのか。もうこの時点では既にギーサが無関係であるという可能性は極小として排除している。

 唆された、脅された、家族を人質に取られた、協力せざるを得ない状況にされた。様々な可能性の中で、真実は本人の中にしか無い。故に、ここまでやってきたのだったが、



「当のギーサは何者かに拷問されたあと……」



 敢えていいように言えば、ギーサと、彼とつながっている何者かは友好な協力関係にないということになる。何故拷問をするに至ったのかは分からないが、少なくともギーサが必要に迫られての協力であるという線は濃厚になった。

 理由は――――この際、何だっていい。ただギーサの悪意という疑いが晴れるのなら、クラリスにとってこれほど嬉しいことはないだろう。彼女は終始自分を騙したギーサを信じていたのだから。


 だから、次なる問題は誰が、だ。


 考えれば考えるほど疑問は湧いてくる。


 誰がやった? 狙いはクラリス? 拷問は何の為に? 何故ギーサを利用した? もう必要ないのか? クラリスは生きている、まだ狙っているのか? それとももう目的は果たしたのか? ――――――――目的は何だ?










「――――そうですね。敢えて言うなら、果たしたとも、果たせてないとも言えます」




 突然現れた声に、エルとクラリスは勢いよく振り返る。二人が入った扉。開けられたままのそこに、影が一人立つ。

 気配もなく、いつの間にかそこに立っていた影は、黒いローブを頭まで被り、一切の肌を見せない不気味な男だった。男――――ローブのせいで分かりづらいが、体格や声を聞くに間違いなく男。

 怪しげな男が、ローブを風に靡かせて家の入口で佇んでいた。



「何者ですか!」



 ギーサの身体に手をかざしながら反対の手で腰の剣を抜き、男へを向けるクラリス。ギーサでさえ疑うことのなかったクラリスだが、流石の彼女も状況を鑑みて、急に現れた謎の男への不審感が勝ったらしい。 

 鋭く目を細めて警戒を隠すこと無く剣を向けるクラリスに、男はそれらしい反応をすることもなく飄々とする。



「本当なら私がこの手で、と思ったんですが。しかし目的の一つ、最も重要なものは果たせましたので良しとしましょう」


「答えてください! あなたは何者ですか!」


「それに私が全て終わらせてしまっては煩い連中もいますし、仕方のないことと諦めます。えぇえぇ、まごうこと無く私の敗北ですとも」



 クラリスの怒鳴りに近い声など意に返さないとばかりに自分勝手に言葉を連ねる男にますますの不審感が募る。相手にされず無視をされたクラリスは、



「意味のわからないことを……! 早く! 私の質問に答えてください!!」



 らしくもなく、冷静でないクラリスに違和感を覚える。片手はギーサを癒し、片手は男へと剣を向けている。よく見れば伸びた剣が少し震えていて――――、



「クラリス、落ち着いて」



 平静でない彼女と男の間に立つようにエルは一歩をずらし、今度はエルがクラリスの代わりに問う。



「悪いんだけど、今重症人を治療しているんだ。用があるなら、後にしてくれない? それともこの人――――ギーサがこうなったのと、君は何か関係があるの?」


「ギーサ? あぁギーサ、そんな名前でしたね、良い名前です。えぇえぇ、名前とはいいものです。そこに込められた想いは、誰であろうと甘やかなものなのですから」



 ようやくこちらの言葉に反応を見せた男の、しかし要領を得ない発言。会話ができないのか、会話する気がないのか。怪しげな風貌の男への警戒心は、既に最高潮へと到達していた。

 それはエルだけでなく、剣を向けるクラリスも同じだった。額に大粒の汗を浮かべながら男を睨みつけるクラリス。クラリスを背にしているエルの耳に、その荒い息遣いが聞こえてきた。


 ――――荒い息遣い?



「クラリス、回復の手を止めたほうが良い。ギーサはもうかなり安定してきている。それ以上は君の体力がもたない」


「……いえ、まだ大丈夫です」



 クラリスの様子のおかしさに気付いたエルの忠告も虚しく、クラリスはその手を止めなかった。


 回復系の魔法は使い手が少ない。単純に適正がないというのと、魔法の難易度が他とは一線を画すからだ。見た所、クラリスもそこまで習熟しているようには見えない、恐らく相当な負担になっている。


それでなくとも、そもそもクラリスはつい十数時間前まで昏睡していたのだ。エルのいた森で命がけのサバイバル鬼ごっこを続け、限界を迎えた身体をまともに寝かせたのは三日間だけ。その三日間も、主には外傷を治す為に費やし、根本的な体力気力の回復には回せていない。

 そんな中で森を出て街に行き、細かな休憩だけ挟んでここまで動き詰め。いくつものヘビと連戦を重ね、既に体力は限界に達していてもおかしくはない。


 しかしクラリスの身を案じるエルを余所に、当の本人は消耗を考えること無くギーサを回復しながらローブの男に意識を回していた。

 最大級の警戒を孕んだ目でローブの男を睨み、



「これで最後です。あなたが何者かは今はいいです、彼に――――ギーサさんに、こんな酷いことをしたのは、あなたですか」


 

 低く唸るような声で再度質問するクラリス。我慢の限界を迎えたのか、次はないと目で語るクラリスの気迫にエルは口を挟めない。ただ成り行きを見守ることしか出来ず。

 だからだろうか。その手にその足に、徐々に力が込もっていくのに気付いた頃には――――もう遅かった。







「あぁ、あぁ……そうですね、ギーサ、彼はとても素晴らしい。非常に優秀で頭の回転が早くて、誰よりも愛情深い優しい青年でした。非常に残念です、彼は仲間のために、家族のために! その身を泥に染めて光の道を諦めたというのに……!」




「最後の最後で、彼は酷く自罰的になってしまった。罪を恐れ、己が過ちに苦悩し、痛みを願った」




「彼は、私の問いには答えませんでした。楽になる易い道を捨て、泥に塗れながらも、耐え忍ぶことを選んだのです」




「故に私は! 彼に敬意を持った。痛みを恐れ痛みを願い、他が為己が為苦難の道すがらを選んだ彼に!」




「彼は今幸せでしょう。己が行いの応報を受け、その身は血の海に沈みその心はどうしようもなく救われ――――」



「だから私は叫ぶのです。あぁ、なんという――――」 





「――――――――はぁッ!!」



 瞬間、目にも止まらぬ閃光が瞬く。

 白に輝く閃きは、恍惚に語る男へと真っ直ぐ迸る。


 木の砕ける音と、横を通り過ぎる閃光はほとんど同時。衝撃が部屋の空気を揺らし、無秩序な暴風を生む。家具は倒れ、身体のバランスが乱されたエルもその場に伏せる。


 埃が霧のように舞い、状況を脳が理解しようとするのを咳き込むことで中断してしまう。何が起こったのか――――決まっている、クラリスが突っ込んだのだ。

 背後、椅子に張り付けられたギーサの直ぐ側を見ればクラリスがいた床が大きく陥没している。全力で地面を蹴ったのだろう、到底目では追えない速度だ。当然、そんなスピードで唐突に肉薄されて無事に済むはずがない――――が、あれでどうにかなるとも思えない。


 怪しげなあの男の正体は分からないが、あんな状況でも声音を変えず恍惚に語るその様を見て異常に思わない者はいないだろう。その態度も、正体も、実力も、あまりにも未知数だ。


 それにしても予想外。まさかクラリスがここまで強引な手段を取るとは想像出来なかった。ただでさえ万全でない身体なのに、これ以上負担をかけるのも良くない。それを止めるのがあの場での役目だろう、と遅れて最適を逃したことに気付いて苦虫を噛み潰した顔をする。


 白金の閃光による衝撃が止まぬ内に、エルは扉の方へと目を向ける。

 クラリスの強硬の末を確認しようとローブの男が立っていた場所を見て、瞠目する。



「クラリス……?」



 驚きの光景が広がっていた。


 衝撃で家が壊れると見紛うほどのスピードで突進したクラリス。剣の刃ではなく、柄で攻撃しようとしたであろうクラリスの手の首を掴んで、ローブから覗く口元が歪な弧を描く。





「――――”アレ”を持っていない貴女程度、と見くびる私だったら、ここで終わってたのかもしれませんね」


「――――」


「ですが私は生きている。懸命に立って、想いを継いで、全力で世界に生を為している! ――――なので、貴女も頑張ってくださいね」



――――応援していますとも。



 ローブの男は、クラリスの耳元で呟いたかと思うと掴んだ手首を捻り重心を無理矢理にずらす。バランスを崩してふらついたクラリスの鳩尾に拳をねじ込み――――――――――――









「さて、では私は行きます」


「……殺さないんだね」



 意識を失い、地面に倒れ伏すクラリスの手を放って、男は外へと向きを変える。一人立つエルなど眼中にないように、いっそ軽快な足取りで家を出る。それを追うように外へ出たエルが答えに期待せずに問う。

 しかし想像とは裏腹に、男はチラリとエルを見て返答する。



「殺すのも目的の一つにありますが、生憎それよりも優先することがありますので。本当なら殺すのが一番なのでしょうけど、先程も言いましたがここで私がやってしまっては文句を言うのがいますので」


「――――」

 


 返ってくると思っていなかった問いへの返答に、しばし呆気にとられる。気にすることなくローブの男は話を続ける。続けながら、進んでいく。真っすぐ伸びた路地の道を。



「それに、この程度ならわざわざ対応するまででもないでしょう。私もこう見えて忙しい身ですので、今回は見逃すとします。えぇえぇ、そうしますとも――――今はまだ」



 最後に、半身だけ振り返ってエルを見る。ローブの奥に光る眼と視線が合わさる。背中に虫が這ったような、気色の悪い悪寒が全身に巡る。鳥肌が立ち、まるで”ヘビ”に睨まれた蛙のようにただ黙って遠ざかっていく背中を見る。見ることしか、出来なかった。



「では、ごきげんよう」



 そうしてローブの男は、鼻歌を歌いながらその場を去っていった。






◆◆◆◆◆






「…………さて、どうするか」



 一人、というと語弊がある。正確にはその部屋には三人の人がいる。しかし、そのうち二人は意識がなく地面に椅子にと脱力しきっている。故に表すとしたら、その声を聞いているものは誰もいない、というのが正しい。

 

 声を聞く者が誰もいない部屋で、黒髪の子供はひとりごちる。

 中央に広がる凄惨な光景に、それらを気にする様子もなく子供は考えるような仕草でブツブツと話す。



「出会って一日で色々起こりすぎじゃない……? 流石の僕も疲れちゃうなぁ」



 意識のない男女に囲まれたエルは、しかしそんな二人など目に入ってないかのように呑気な声で呟く。



「ギーサは見つけたけど瀕死の状態。十中八九あのローブの男に拷問されたんだろうけど、その目的は分からず仕舞い」



 まだローブの男とギーサの関係は分からない、協力関係にあったのか、それがどうして拷問されることになるのか。


 分かっていることといえば、ローブの男はクラリスの生死を気にしていた。口ぶりから考えるにクラリスを殺すことも目的の一つなのだろう。煩いのがいる、と言っていたので個人ではなく複数、もしくは組織的な犯行だと分かる。

 次に、恐らくはギーサを利用してのクラリスが持っていた剣を奪うこと。見た所この家にギーサがクラリスから奪いもとい、預かったであろう剣が見当たらない。そもそもギーサ自身にクラリスの剣を奪う動機があるとは思えない。

 つまりは剣はあのローブの男が持っている、で良いだろう。


 ローブの男がギーサに何らかの手段を用いて利用か手を組む形に仕向け、見事に成してみせたのだ。



「しかも話を聞いただけで分かる杜撰なやり方」



 言っては悪いがあんなのに引っかかるのはクラリスくらいだとエルは呆れてしまう。余程脳天気なのか、それとも――――



「計算尽くだろうね。あ(・)の(・)剣(・)を欲しいのなんていっぱいいるだろうし、持ち主のクラリスも調査済みってわけか」



 つまりはあのギーサの一連の行動はローブの男が指示した、対クラリスの一点読みの計画ということだ。

 その成果たるや、ご覧の通りだ。



「まったく、人騒がせな子だな」



 エルはゆっくりと倒れ伏すクラリスへと近づき、しゃがんで乱雑に散りばった金髪の綺麗な髪を一房掬い、ふっと微笑む。



「何の因果かな。本当はそんなつもりなんてなかったんだけど、ままならないものだね」



 睫毛にかかる髪をサッと梳かし、自身の膝に肘をついて頬杖を吐きながらエルは一人でに呟く。



「――――所詮は、僕もちっぽけな人ってわけだ」




というわけで序章『記されない出会い』本編終了です。


以前も言いましたが当初はエルとクラリスが出会うだけの4,5話くらいの話で収めるつもりだったんですよね。

ギーサさんも最初名前を決めた時は名前があるだけのモブのつもりでしたし。

ギーサ → サーギ → 詐欺   安直!!

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