運命の外様と紡ぐ一頁目
「――――――――――!!」
渦巻くヘビの中から発せられる咆哮のようなものが轟く。底冷えするような、心を締め付けるような悍ましい声に足が怯む。それを誤魔化すように、無理やりの一歩で距離を詰める。
無数のヘビが伸びてくる。体を斜めにずらして避けて首を断ち、足を狙った噛みつきを飛んで無防備な上から横に薙ぎ払う。いまだ空中にいる体の中心を捉え開かれた口の真ん中に刃を添えて切り裂き、左右から同時に襲い来るのを体を倒して躱し、二匹を同時に切り上げる。
一瞬の間に増えた、地に落ちるヘビの頭はすぐさま塵へと変わり消えていく。切り離したヘビの残骸に足を取られることはなさそうだと安堵し、一息つくために後ろへ下がろうとするところにまたも追撃が伸びてくる。
「―――ぐっ……!」
それを横から割って入った影がその無骨で人が扱うには巨大すぎる大斧で受け止めて時間を稼ぐ。ヘビにスピードでは勝てないと察してか、攻めることなくひたすらに猛攻を受け止め続ける背中から出てきた小柄な影が、小さいナイフで的確にヘビの頭を貫いていく。
攻撃の手が緩んだ隙を見て二人も後ろへ下がり、伸びてくるヘビに警戒をしながら息を整える。額に流れた汗をぬぐいながら、同じように滲む手汗で持つ得物を取りこぼさないようにと強く握る。
対して中心にいるそれは一旦の攻めを止める。多くの切り落とされた、触手のように扱う頭のないヘビたちを蠢く中へと仕舞い、表面にいるヘビがそれを覆い隠して膠着する。
動かなくなる―――――否、実際は無数のヘビはここまでずっと止まることなく蠢いてはいるが、とりあえずの攻撃の手が止んだことを不審に思いつつ、己の体よりも大きい斧を持った大男―――――ガランドは訝し気にその様子を観察する。
「あれだけ首を落としてやったってのに、まだあんなにいやがる」
「質量を考えたら、もうとっくに全部のヘビを斬ったはずなんですけどね」
応じるはシンプルなブロードソードを構えた金髪の少女クラリス。長い金髪を靡かせ、汗でへばりついた目にかかるほどの前髪を強引に払って視界を確保し、呼吸のリズムを整えて次の攻防に備える。
その心中を占めるのは、不可解。
眼前の、言い表しようのない不気味な存在と相対してからのここまでを脳裏に映しぼやく。かつて彼女を襲った超大型ヘビと同様の模様を宿し、無数のヘビが渦巻いて絡み合い、形を成している異形。その異形から伸びてくるヘビは、どう見ても長すぎる。今なお静止を知らず渦巻いているヘビは一見してそこまでの体長があるようには見えないが、一度噛みつかんと体を伸ばせば例え後ろへ下がろうともその身まで辿り着いてくる。
それを斬って裂いて断って、既に数えきれないほどのヘビの頭を塵に変えたというのにいまだ目に見える蠢くヘビに変化はない。
体の大部分を失ったヘビの下半身は蠢き続けるヘビたちの中へと消えていき、また新たなヘビが襲い伸びてくる。
「再生持ちってとこだな。どうするよ、キリがねぇぞ」
「流石に無制限ってことはないと思いますけど……、どちらにせよ体力勝負では分が悪いのは間違いないです」
「中身を覗いてみる?」
提案をするのはあまりにもこの場に似つかない少女。成長の余地を残した幼さの残る顔を無表情に染めたメイドのリーシエ。刃こぼれしたナイフをメイド服の中に仕舞い、新たなナイフをどこからか取り出したリーシエはその先端を庭の中心にいるそれに向け、
「斬られたヘビ、全部中に隠れていく」
「なるほどな、普通の再生持ちならその場でまた頭を生やしゃあいい、だが奴はそうしねぇ。あの中で、何かしてやがる」
「つまりそれがカギになるかも、ですね」
正体の分からない謎の化け物を見据え、三人は方針を定める。闇雲に斬っても無駄であると判断し、狙いはヘビの集合体の―――その中心部。
「なら俺とリーシエで陽動する。なるべく多くのヘビを伸ばして中心の隙を広げる」
「では私がそこを。リーシエちゃんは大丈夫ですか?」
「問題ない」
「へっ、こいつは俺が直々に鍛えてるからな、そんじょそこらのメイドとは訳がちげぇさ」
「普通メイドは戦いませんけどね」
ドヤ顔で語るガランドと無表情ながらにどこか誇らしげに見えるリーシエに呆れて力が抜けそうになる。
軽口を叩きつつ、誰も警戒を怠らない。敵を常に視界に捉え、いつ次の攻撃が来てもいいように気を張り詰めて剣を握る手を離さない。
ふと、今手に持つ剣に意識が向く。それは普段から使い慣れてる愛剣よりも軽く、手に馴染まない違和感に物寂しさを覚えてしまう。しかしその愛剣がないのも全て自分の責任なので反省はしても嘆いたりはしない。
切れ味は悪くなく、剣身も短すぎず長すぎず、女であるクラリスの扱いやすい丁度良いサイズなのが幸いしている。客間にインテリアのように飾られていた武器の一つだが、それにしても十分に実戦に使える代物であったことには感謝しかない。
たとえ馴染みのない剣だとしても、クラリスの中にはここまで積み上げてきた研鑽がある。剣士として、ここでそれを言い訳に負けるつもりなどなかった。
剣を握る手に、更に力が籠る。
「どうやらあちらもこっちの出方を伺っているようです、次は私たちの番ですね」
なおも動きを見せない敵に対し、クラリスは先手を取ることを選ぶ。計画通り、ガランドとリーシエが敵を撹乱し、手薄になった中心をクラリスが叩く。――――勝機は、そこにある。
同様の思考に至ったガランドも待ちは止めだと言わんばかりに一歩クラリスの前に出る。
杖のように地面に立てていた斧を肩に担ぎ直し、久方ぶりの実戦に高鳴る高揚感を隠すこと無くその口を弧に歪めて笑う。
「さあて、足を止めた老いぼれがどこまで出来るか分からねぇが、ここは若者のために頑張らせてもらおうか!」
強く吠え、巨大な斧を使ってただでさえ大きく逞しいその身体を更に強大に見せる。そのプレッシャーを察知し、暴力的な威圧に呼応するように目の前の敵もまた蠢くヘビの双眸がガランドを射抜く。
今にも飛び出してきそうな緊張状態でガランドは不敵に笑い、
「じゃあ締めは頼んだぞ嬢ちゃん!」
「――――――――!!!」
ガランドが走り出すのと敵が吠えるのが重なる。走るガランドを迎え撃つように複数のヘビが触手のように伸びてその巨体に噛みつこうと牙を光らせる。
横に避け、追いかけてきたヘビを斧で防ぐ。分かりやすく無防備を晒したガランドの脇を狙った新たなヘビを空中に飛ぶことで回避し、標的を逃して行き場を失ったヘビたちを見下ろし、その手に持つ斧を力いっぱいに振り下ろす。
「どっせぇ――――!!」
衝撃に土煙が舞い、一瞬にして伸びたヘビとガランドの姿が消える。そこに更なる追撃の手が伸びて――――止まる。
中庭の中心。ヘビが蠢く謎の敵性存在の直ぐ側に、いつの間にか移動していたリーシエが立っていた。本体と思われるヘビの集合体の近くに立ち、止まることをしらない蠢くヘビと眼を合わせている。やはり同一個体なのか、リーシエを認識した瞬間に伸びたヘビまでも一斉に止まってリーシエの方へと意識を向ける。
「予定にない来訪はお断りしてる。さっさと消えて」
そう言うやいなやヘビの一匹にナイフを突き立て、すぐさまその場から飛び去る。
攻撃を受けた敵はガランドから狙いを変え、リーシエへと的を絞る。既にガランドへと伸びているヘビもリーシエへと矛先を変えたことで、ヘビによる挟み撃ちのような状況に陥るが――――、
「……速い」
速度には自信のあるクラリスも思わず瞠るほどの速さで無数に伸びるヘビを翻弄するリーシエに驚嘆に唸る。
目にも止まらぬ速さで地を駆け、追いすがるヘビを嘲笑うように走りながら伸びるヘビに細かい、致命傷にならない程度の傷を与えていく。
捕まらない獲物に苛立ちが募って攻めが単調になっていくのを感じ取り、すぐそこまで迫っているクラリスの出番にその隙を見逃すまいと敵視をとらない程度に下がって集中する。
「俺を忘れてもらっちゃ困るなぁおい!」
リーシエばかりを見て他への意識が疎かになっているところを狙い、既に近くまで寄っていたガランドが渦巻くヘビの固まりへとその斧を横薙ぎに払う。ヘビの肉壁に阻まれその内部までは刃が届かなかったものの、狭まった敵の意識を無理矢理に広げる。
右と左にそれぞれガランドとリーシエ。強制的に意識させられたそれは、弄ばれた怒りのままに二人へと増やしたヘビを伸ばしてその身を本能のままに喰らい潰さんと吠える。
「――――――――!!!」
「――――ここです!」
今までで一番の数。ガランドとリーシエへと飛ぶように伸びるヘビを見て本体近くが手薄になったと判断。その隙を見逃さないクラリスは渾身の力を込め、地面を蹴って前へと飛び出す。尚も蠢き、しかし隙間の多い間を縫いその中心へと剣先を突き刺し――――
「避けろ嬢ちゃん!!」
ガランドの声も虚しくクラリスの背後、地面から突き出たヘビがクラリスへの首へと吸い込まれるように伸びていく。
◆◆◆◆◆
「…………何今の」
渾身の一撃を任せられた金髪の少女。いや、自分よりはいくつも年上だろうから、女性と言ったほうがいいかもしれない。自分とは違い、スタイルが良くて両の手足も長い。つまりはリーチが長いということなのだから羨ましい。
――――そんなことはどうでもいい。
今目の前で起きたことの理屈が分からない。
王都の優秀な冒険者だという彼女。確か名前は――――クラリス。自分と旦那様の二人でヘビの陽動をし、そこを彼女が叩く。問題なかった。計画通り上手く行った。
でも、あの気持ち悪い合体ヘビの懐に入った金髪を後ろから狙うヘビがいた。私たちを相手しながら、裏では冷静に周囲を見て地面を通して金髪の背後から奇襲をかけた。
金髪の首を正確に狙った、防ぎようのない攻撃だった。金髪はもう攻撃のモーションに入っていて、私も旦那様もカバーが間に合わない。
――――まずい、と思ったのは一瞬だけで、次の瞬間には理解不能な疑問だけが脳内を埋め尽くしていた。
今にも首筋にかみつこうとしているヘビ。その狙いが、どう見たって不自然な挙動で逸れた。
狙いを変えたんじゃない。そもそも変える必要がない。首を狙いながら真っ直ぐ進んで、その直前に速度も慣性もなにもかもに違和感しか無い動きで肩に噛みついた。
金髪がなにかしたのかと思った。でもその後の様子を見て違うと分かった。本人も、旦那様もヘビの狙いが外れたことに疑問を持ちながら、切り替えて次へと備えている。この違和感に気付いているのは自分だけ。
「――――」
でも、その疑問もすぐに解消した。見えてしまったから。金髪と旦那様がいる方の――――更に奥。ガラスの向こうの、屋敷の入口扉と繋がる廊下に立つ、影を。
目があった。それはそう。じっと見ているんだから、あっちも気付く。影は自分に気付くと薄っぺらい笑みを浮かべながら頭を掻いて、人差し指を口の前で立てて、
「しー」
なんてジェスチャーをしてくる。
そのあまりにも能天気といえる仕草にどれだけ大変なのか分かっているのかとか、どういうつもりなんだとか、結構な数の文句が頭に浮かんだ。でもなんだかどうでもよくなった。肩の力も抜けてしまったし、逆に緊張による不要な強張りもなくなった気がする。
何を考えているのかは分からない。そもそも何者かも分からない。第一印象は決して良くはないし、どこか薄っぺらさを感じてしまう。でも、旦那様があれと、金髪を信用すると言ったのだから。私も少しぐらいは信用してあげてもいい。私は、旦那様に仕える一のメイドだから。
でも、でも――――
「――――紅茶は絶対あげない、嘘つき」
◆◆◆◆◆
「――――う」
大きく開かれた口から覗く鋭い牙。首筋を狙ったその噛みつきは寸でのところで照準がズレて肩へと深く刺さる。
二本の牙は獲物を噛みちぎるためではなく捕食するための固定具のような役割を果たす。噛みつき、喰らいつき、決して逃すまいと牙を深く深く奥へと突き立てていく。
首への致命傷を免れたクラリスはされどその痛みに顔を苦悶に歪める。どんどん肉を分けて奥へと入り込もうとする鋭い痛みを耐えながら、背後から奇襲してきたそのヘビの首を断ち切る。
頭と体。果たしてそこに脳があるかは不明だが頭だけとなってもクラリスの肩に宙ぶらりんのまましばらく噛みついていた。数瞬の間に力が抜け、それに気付いたクラリスが剣を持っていた手でヘビの頭を掴み、刺さった牙が肉を裂くのも厭わず強引に剥がす。
すぐさま追撃を警戒し、跳躍することで最前線を離脱。敵本体と距離を取る。
「大丈夫か嬢ちゃん!」
駆けつけてきたガランドはクラリスの肩から流れる血の量を見てその傷の深さを察する。すぐにもっと下がるよう指示し、クラリスとヘビとの間に立って庇う。
「問題ない、です! 傷は大きいですが、大きいだけです! 今治します!」
そういってガランドの影に隠れながら傷口へと手を掲げる。すると手に淡い光が宿り、ゆっくりと深く広がった傷口が閉じていく。横目でその様子を見たガランドが驚愕の声を上げる。
「――――回復系の魔法使えんのか!? ……いや、嬢ちゃんならおかしくはねぇ、のか」
「えぇ、応急処置ですけどね。とりあえずはすぐ復帰できます。すみませんが、しばらくフォローをお願いします」
「あぁ任せとけ」
傷を癒すクラリスを庇うように敵の対面に立ち、伸びてくるヘビと、今度は地面から出てくるヘビも警戒する。幸いにして手傷を負ったクラリスを追うようなことはなく、何のアクションも起こさずこちらの様子を伺って――――――――
「――――おい嬢ちゃん見てみろ」
何かに気付いたガランドが顎をしゃくって見せる。釣られるように目線をガランドの言う方へと這わせたクラリスは、それを見た瞬間におぞましい悪寒が全身を迸る。
攻撃の手を緩めたヘビ――――の集合体。いまだそれが個の生命体なのか判別できてはいないが、別々の意識を持っているように見えるほど無作為に蠢き絡め合っていたヘビの頭たちが、ジッと、ジィィッとクラリスを見つめていた。前にいるガランドではない。その後ろにいるクラリスだけを捉えていた。
「――――」
心臓をギュッと握られたような錯覚が身体を突き刺し、声にならない小さな悲鳴が思わず喉から出てしまう。
記憶では違うはずだが、クラリスを見つめるその多くの双眸は真紅に染まっている。離脱するときに刺したままで手放してしまった剣すら見向きもせず、憤怒の赤に染まった双眸でクラリスをただ見つめている。
「どうやら怒らせてしまったようで、やっぱりあの中心が核なのかもしれませんね」
「どう見ても嬢ちゃんにご執心だしな。…………いけるか?」
「えぇ、もう問題なく」
どうやらのんびり回復してる暇はないようだと癒しの手を止める。既に目に見える傷は塞がって止血も済んでいる。万全とは言えないものの動くのに支障はない。――――仮にあったとしても、もう待てないだろう。
気がつけばクラリスを見る目が増えている。一つや二つじゃない。もう一つ一つを数えるのが億劫になるほどのヘビが、その目がクラリスだけを睨んでいる。
「おいおいおいおい、なんだあの数は……」
尚もどんどんと新たなヘビがその中心から現れている。そうして気付いた頃には今までの比ではないほどの夥しい数のヘビが表に顔を覗かせていた。――――やはり、その全てはクラリスを見ている。
「もうあの不気味な中心も見えませんね……」
「嬢ちゃんの剣もあるってぇのに」
リーシエにナイフを借りるかと考えたガランドだったが、リーシエのいる位置がヘビ共を挟んだ向こう側にいることに気付いて断念。クラリスは武器を持たず、コンタクトの取れないリーシエ――――だが、リーシエならガランドの動きに上手く合わせられるだろうと判断し、
「俺が――――」
「私が行きます」
しかし、被せるようにクラリスの言葉が重なる。それを聞いたガランドは驚きに目を開き、反論をしようとして――――やめる。クラリスの顔を見て、そんな気が失せてしまった。
「…………いいぜ、やってこい。だが、死ぬなよ。嬢ちゃんに死なれちゃ俺の首も飛ぶからな。文字通りにな」
「そんなことは……とは言えないですね。ですが、任せてください。次こそ決めてみせます」
立ち上がり、膝に着いた汚れを軽くはたいて落とす。怪我をしたほうの肩に手をおいて腕を回し、問題なく動くことを確認する。手のひらを強く握って開き、今度は離さないと決意する。
そして――――
「恐らく狙いは私に集中します。危ないので離れておいてください」
「へいへい、老骨は下がりますとも……ってな」
「老骨って……」
どこか拗ねたように言うガランドに苦笑し、改めて敵へと向き直る。
いくつかの間に、膨大なヘビの数が更に増えていた。もう質量がどうとかの問題ではないな、と心の隅で考えながらヘビの奥、今は隠れて見えないがたしかに存在する中心を見据える。
きっと今も変わらず数多のヘビが渦巻き、蠢き合っている。不気味で、背徳が過ぎる生き物でない生き物。しかし、心がある。機を探る無防備な背中を狙う知恵があるし、獲物に逃げられたり攻撃されたりすると吠えて怒る。生憎とまだどこから声が出ているのかは分からないが、それでも考える脳がある。
魔物だろうか、そのまま蛇だというのはあまりにも考えづらい。考察にあった何らかの能力による被造物の可能性は高いし、その正体はずっと掴めないでいる。
――――だが。
本能を持ち、怒り考える知性を持ち。そして――――人を襲う。
故に、クラリスは戦うのだ。
「――――あなたを倒します。私の――――勇者の名にかけて」
◆◆◆◆◆
「――――――――!!!!」
ここ一番の咆哮を見せる。目の前の、己を傷つけた存在に向けて、敵意と憎悪の限りをぶつけて――――始まる。
クラリスを睨み続けていたヘビ――――もう目視では数え切れない、大量のヘビがクラリスへと全速力で伸びる。
左右上下に散らばり、クラリスの前から横から上から、その身を噛み殺そうと全力で進む。
四方に分かれたことで隙間が生じた前方を縫うように滑り込み、クラリスは進む。通り抜けたクラリスを追従するようにヘビもその背中に追いすがり、また新たに現れたヘビが次々へとクラリスの身体へと突き進む。
頭、首、足、ふくらはぎ、二の腕、腹部、項、肩、手首――――。
全身の至るところへと伸びてくるヘビを躱して躱して躱して躱して――――、視界がヘビで埋め尽くされる。もう道なんてないんじゃないかと後ろへ引っ張られる思考をはたき落として進む。微かに残る細い道を進んで、手繰り寄せて、つなぎ合わせて。
一歩を緩めてしまえば背後に迫る牙に貫かれる。足に力を込めて、地面を蹴って、拳を真っ赤に握って、足より早く胴体を前に突き出して、歯を食いしばって、全身全霊の一歩を刻んで。
そうして、光が見える。闇の世界の、ほんの小さな灯火。希望というにはか細く、絶望というには眩しすぎる。それを決して逃すまいと手を伸ばして――――
ふと、暗い森を思い出す。右も左も分からず、生きるが為に駆けた森。暗く、狭く、息苦しいあの森で、クラリスは光を手にした。先なんて見えない、木々しか映らない視界に根ざすほんの僅かな、か細い希望の光。
あの時は、逃げるための、生き残るための光を掴んだ。だから、次はそれじゃない。
勝つための、絶望を払うための光を掴み取る――――
「はあああああああああ――――!!!!」
猛攻するヘビを掻い潜り、到達する。あいも変わらず不気味に、背徳に。薄気味悪く蠢くその中心、そこに刺さる剣を掴んで――――
「――、――――――」
最後に消え入る声が耳に響く。それは大気を震わせるような力強さなんてなくて、懸命に生きるものの静かな慟哭のように聞こえて、
「どうか安らかに」
なんて言って、自己満足が過ぎると反省する。でも不思議と後悔はなく名も知らない、生物かも分からない消えゆく者へと追悼を送って、
「――――私の勝ちです」




