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第89話 気づいた



兄とエレンの表情が明らかに変わった。

なんとなく距離も近い気がするし、それにエレンが前より綺麗になった気がする。

結衣は首を傾げながらノクスに言うと、ノクスは意味深げに頷くだけだった。


(仲直り出来たのかな…?)


結衣の部屋にパタリと来なくなったエレン。

顔色も良さそうで、心配事がなくなったのかもしれない。

最近、ノクスも何かの準備があるのか忙しそうで、結衣はノクスの部屋とセヴランの部屋を行き来している。

目に見えてセヴランは上機嫌で、暇さえあれば結衣の帳簿の能力を見たがった。


一方のノクスは、1日のうちの半分ほどしか姿を見ない。

一緒の部屋にいても、前ほど結衣に割ける時間がないようだった。

チラリと横目で結衣が見ても、少しも気づく様子がない。


(仕事、忙しいんだろうな…)


想いが通じ合ったのに、前と変わるどころかむしろ会う時間さえ減っている。


(少し寂しいけど、仕方ない、よね…)




バァンッ!


「魔王様!」

「…ノルティア、ノックくらいしてください」


クロードが冷めた目で見るけれど、ノルティアはお構いなしにズカズカと部屋に入ってくる。


「バフォメット族の土地調査、および浄化作業の構築化は完了しました」

「あぁ、ご苦労」


ノクスは書類から視線を上げる事なく返事をする。


「聞きましたよ魔王様」

「…何がだ」


「勇者と、ユイ…様の兄がこの城にいると」

「…それで?」


嫌な予感を感じてノクスがノルティアを見ると、その表情は非常に活き活きとしていた。


「是非精密な検査を…」

「却下だ」


「そんな!?」


結衣の検査をした時に現れた異常検知。

それ以来、結衣に追加の検査はしないと断言してから、非常に残念そうにしていた。

分析や実験が好きなのは構わないが、問題を起こしていいわけではない。

食い下がるノルティアの相手をしていると、結衣が部屋に戻ってきた。



「ユイ!」

「ノルティア!おかえり!」


セヴランの部屋から戻ってきた結衣は、久しぶりのノルティアに笑みをこぼした。


「バフォメット族の土地まで行ってたんでしょう?どうだった?」

「問題ない。ユイの出した米が、すっかり土壌汚染の問題を解決してしまった」


「そっか。良かった」


ほっとしたように笑う結衣が、思い出したように声を出した。



「そうだ。ノルティア、お米食べたがってたよね?精米出来るようになったから、今度食べられるよ」

「…!!」


成米…結衣の手から産み落とされた玄米は、今ではすっかり一定の品質のものが出せるようになっていたし、豊の精米の力で美味しい白米が食べられる。

最近では、分付き米…玄米の栄養を残しつつ食べやすくしたものに出来ないかと、ちょこちょこと精米の実験をしていた。


「精米とは?」

「玄米の表面を削って、食べやすくするの。お兄ちゃんが出来るようになったんだよ」


「……ユイの兄が?」

「うん。能力みたいで——」


「どこにいる?」

「え?」


「今、どこにいる?」



「待て、ノルティア」



ノクスが慌てて止めようとするが、もう遅い。



「実際に見なければ分からない」


「今は部屋にいるんじゃ…」



ガチャ。


「「「…。」」」


瞬く間に部屋からノルティアがいなくなった。


「追え、クロード」

「私がですか!?」


声を荒げながらも、クロードは部屋から出ていく。


「私…なんかまずいこと言っちゃった…?」

「結衣は気にするな」



「……やっぱり、私も探してくる」

「仕方ない。もし、豊を見つけたら決して部屋から出るなと伝えろ」




探すとは言ったものの、豊がどこにいるかなど結衣には見当がつかなかった。

ガルドたちの訓練に混ざっている時もあれば、城の周りを走っている姿を見ることもあるし、最近ではエレンに剣を教えてもらっているところも見た。


何か仕事があるわけではないので、要はあちこちフラフラしているのだけど。

とりあえず豊の部屋へと向かっていると、窓から見える中庭に見慣れた髪色が見えた。

豊とエレンと並んで歩いているけれど、2階にいる結衣の姿は見えていないんだろう。


ふと、周りを見渡した豊が、エレンの手をとった。



(…え?)



一瞬、驚いたように目を開いたエレンが、頬を上気させてそっぽを向く。

豊も顔が赤いように見えるけれど、とても嬉しそうにはにかんでいた。


(仲直りしたんじゃなくて…)


そのまま手を繋いだまま歩いていく背中に、なぜだか自分まで照れくさくなって、胸の奥がむずむずする。



(ひょっとして…)




「いた」


すぐ側から聞こえたノルティアの声にハッとする。

気づけば、すぐ横から一緒に窓の外を眺めるノルティアがいた。


「確保する」


「ちょ…!ちょっと待ってノルティア!」

「…何故」


「今は…今はそっとしておいてあげて」

「…?」


「後で必ず見せるから。ね?お願い!」

「……測定器を用意してくる。だから、絶対に連れてきて」



真顔で迫るノルティアに、結衣は何度も首を縦に振った。

それを確認すると、ノルティアは満足そうに頷き、来た時よりも明らかに軽い足取りで廊下の向こうへ消えていった。




「こ、これ…前回より色々増えてない…?」

「魔術を使う瞬間を最初から最後まで数値として観測出来る。こっちは周囲の魔素濃度の変化測定。こっちは実験体…被験者の魔素数値が現れる」


(今、はっきり実験体って言った…!)


「いいですか、ノルティア。くれぐれも、今回はユタカ様の精米のデータだけですからね」

「…ちっ」


忙しいノクスの代わりにノルティアのお目付役はクロードになった。


「もし破れば来年度の予算は半分にすると魔王様からの通達です」

「…くっ!」


悔しそうに顔を歪めるノルティアの視線の先にいるのは結衣だ。

なんとなく怖くなって、じりじりとクロードの背中に隠れる結衣。


「やっぱり、測定器を追加した方が…」

「おい!まだ何か付けるのか!?」


魔道具から伸びたコードのようなものを全身に付けられた豊は、動きにくそうに手をプラプラさせる。


「ノルティア」

「………仕方ない」


クロードに先を促され、ノルティアは渋々機械のスイッチを入れた。


「結衣ちゃん、これ本当に平気なの?」

「う、うん…クロードさんいるし、多分…」


豊と一緒にいたエレンも、暇だからとついてきたけれど、装置に繋がれた豊を見てちょっと引いている。

一斉に動き出す機械。

ノルティアが頷くと、豊は動きにくそうにしながら目の前の玄米に手を翳した。


「”精米”」


瞬く間に白い白米へと変わっていく。



「もう一回」


「”精米”」



「…もう一回」


「”精米”」



「もう一回!」


「ちょ、米が足りない!結衣!」

「ちょっと待って!」


追加の米を豊の前へ置く。

結局ノルティアが満足したのは、10回ほど精米を終えてからだった。


「すごい……」


精米された米を一つずつ別の魔道具にかけながら、ノルティアが食い入るように数値を眺める。


「ほとんど均一に削られてる」

「そうなの?」


「一粒ごとの大きさには僅かに差がある。それなのに、削られた割合にはほとんど差がない」


ぶつぶつと呟きながら、今度は精米前の玄米と白米を交互に見比べる。


「どうやって一粒ずつ削る範囲を合わせてる? 対象を一粒ずつ認識している? でも、それなら処理する情報量が多すぎる……」

「あー……それ、お兄ちゃんだからかも」


「……ユタカだから?」

「うん。お兄ちゃん、他のことはともかく、精米だけは昔からピカイチだから」


「おい、唯一の取り柄みたいに言うなよ」

「だってそうじゃん」

「他にもあるだろ!」


結衣が笑う横で、ノルティアだけは真剣な顔のまま豊を見る。


「……経験」

「え?」


「魔術が、術者の経験を参照してる……?」


ぶつぶつと何か喋りながら考え込むノルティアに、豊は思い出したように言った。


「あと不思議なのはさ、人の頭が玄米に見えたりとか、人に向けて精米するとまた反応が違ったり…」

「人にも”精米”が出来る…?」


キラリと光ったノルティアの視線が、程なくエレンに止まる。

ぎくりと体を強張らせたエレンは、じりじりと後に下がった。


「ちょっとだけ…ちょっとだけ、この装置に繋がれてほしい」

「い、いやー!ちょっと急用を思い出した!」


するりと扉の向こうへ逃げたエレンに、ノルティアの舌打ちがはっきり聞こえた。


「…こうなったら、どこかの村から一人くらい誘拐…実験の手伝いを頼んで…」

「ノルティア」


「…リシェルあたりに頼めば、合法的に連れて来れるはず…」

「もし実行したら予算はなしで良いと魔王様へ進言します」


「ぐぐぐ…!!」



確かに、サキュバスのリシェルなら本当に連れて来れる気がする…。

結衣は冷や汗をかきながら、クロードがいてくれて本当に良かったと心底思った。

仕方なく数値を細かくチェックし始めたノルティアを後ろから見る結衣。

数値を見ながら、細かく何かを書き始めるけれど、結衣にはそれが何と書いてあるのかさっぱりだった。


「これは…?」

「精米の術式を書き出してる」


「そんなことまで分かるんだ!すごい…」


ノクスにずっと習っている文字とは少し違う気がする。



「術式が完成すれば、他の魔族でも出来る可能性がある」

「そうなの?じゃあ、ノルティアも精米が使えるようになるんだね」


「いや、私には無理」

「…え?」


「私は魔術が上手く使えない。魔力はあるけれど、それを排出する器官が他の人より小さい」

「そう、なんだ…」


魔術が当たり前みたいな世界だったから、そんなことがあるとは思いもよらなかった。


「多分、それが原因で子供の頃に捨てられた」

「…。」


ノルティアは構わず淡々と喋り続ける。


「でも、今はそれでも良かったと思っている。ドワーフに拾われて、魔道具の奥深さと無限の可能性を教えてもらった」

「ノルティア…」


「だから結衣………是非ともあの炊飯器とやらを一度分解して…」


「それはダメ!」

「……ちっ」



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