第83話 まさつ
*最後の方、R15入ります。ご注意ください。
「お酒なんて久しぶりだなー」
「俺、ツマミになりそうなのもらってきた!」
「キリは絶対に割ってから飲んでね」
「え?なになに?キリって弱いの?」
「うるさいぞエレン」
エレンが揶揄うようにキリを見ると、キリはバツが悪そうに視線を外す。
「アイルは飲める口?」
「僕はね、甘いものをつまみながら飲める派」
「それ邪道じゃないのか?」
「いいじゃん、美味しいんだもん。それより豊、それツマミになるの?」
「腹減るだろ?」
「さっき食べたばっかじゃん」
エレンの部屋に集まった4人は、久しぶりに飲むお酒にテンションが高い。
「そういえば、あっちのお酒って飲んだことなかったな」
「米からも酒が作れるんだぞ?」
「ここでも米!本当に豊は米が好きだね」
エレンは笑いながらそれぞれにグラスを渡す。
「人間でもほとんどの人が飲めない幻の酒だよ。ありがたく飲んで」
「キリはこれくらいね」
「少なすぎないか?」
「前に大変だったでしょ」
アイルは小さなカップにほんの少しだけ酒を注ぎ、水で薄めた。
「子供じゃないんだぞ」
「はいはい」
「これ、なんて書いてあるの?」
アイルが指差した先には、瓶の側面に何かの文字のようなものが書いてある。
紙のようなものの上に書かれた文字は、随分古いものらしく、擦り切れていてしっかりとは読めない。
「ん〜?どっかで見たことあるような気がするんだけど…」
豊が近くに寄って見てみるが、今ひとつ思い出せない。
「ちょっと漢字に似てるかも」
「おお!言われてみればそうかも?」
「とりあえず、乾杯しよう」
豊が頭を捻って考えていると、エレンが高々とグラスを掲げた。
「乾杯!」
「「「乾杯」」」
一気に飲み干したのはエレンだ。
アイルとキリは、同時に口をつける。
豊はまだ文字らしきものを眺めていたが、とりあえず一口を酒を煽った。
「…っ、ちょっと待って。これ…」
一口飲んで、アイルの表情が変わった。
「このお酒…ありえないぐらいに魔素濃度が高い……キリ、ストップ!!」
「…?」
キリはわけがわからないと言わんばかりにアイルを見る。
見れば、すでにグラスの半分ほどを飲んでいた。
「キリ!大丈夫?」
「…にゃにを言っている…こんな…の、酔ったうちに、はいらにゃい…」
「あー、ダメだ。顔もどんどん赤くなってる…」
静かにアイルはキリのグラスを取り上げる。
豊も一口飲んでみただけだが、思いの外度数が強く感じる。
いつもだったら、どれだけ飲んでも平気なはずなのだが…。
「やべ。これ相当キツイ酒じゃないか?」
少しだけ頭がふわふわする。
改めて瓶を手に取って近くで見る豊。
ふと、豊の中である日本酒が思い出される。
鬼のような頑丈な男でも酔い潰れてしまう酒があったな、と。
鬼を殺すと書いて、その名の通り、名前と酒のイメージがすぐに思いつく、割と有名な酒だ。
「……これ…。魔…殺?」
一文字は殺という字に見えた。
もう一つ、ぐちゃぐちゃと書かれているように見えるが…。
「豊ー。よく知ってるな。これ、マサツって呼ばれてるらしいんだ。なんでも、初代勇者の頃のありがたい酒なんだと」
「まさつ!?」
「…!?」
豊がエレンを見る。
エレンは笑いながら言っているが、その体はなぜか徐々に傾いている。
「まさつって…結衣ちゃんが夢で見た、気をつけろって…」
「俺も、夢でそんなこと言われた…」
「「…。」」
黙り込むアイルと豊。
「なんだよ、もっと飲まないのか〜?こんなに美味しいのに…」
そう言ってエレンが手を伸ばすが、うまく酒瓶を持てない。
「お、おいエレン!これ、多分やばいやつだからこれ以上は…」
「うるさいぞ豊!こんなに美味しい酒なのに」
「エレン!落ちる!椅子から落ちるから!」
慌てて豊がエレンを支えると、エレンはえへへと笑いながら今度は豊に抱きついてきた。
「こんなに気分がいいのは初めてだー!」
完璧な酔っ払いだ。
「アイル、どうす…」
豊がアイルを見ると、アイルはキリのグラスを持ってそれ以上飲むのを阻止している最中だった。
「アイル!飲ませろよ!飲みたいんだよ!」
「ダメだって…!」
キリからグラスを遠い場所へ置き、アイルはそのままキリを担いだ。
「ごめん、豊。僕はキリを部屋へ連れてくよ」
「俺は酔ってない!」
「そうだね、酔ってないね。だけど部屋に帰ろうね」
まるで幼子をあやすようにアイルはキリを宥める。
「エレンは頼むよ」
「…わかった」
「豊ー!飲もうー!」
アイルとキリがいなくなって、部屋の中にはエレンと二人。
ふわふわする頭を押さえながら、豊はまだ飲もうとするエレンを止めるのに必死だ。
「まだ飲みたい」
「ダメだって!エレン、明らかに酔ってるから…」
頬を膨らませていじけるエレンなど、普段だったら見ることなどないだろう。
(なんとかベッドまで運ばないと…)
さっきからぎゅうぎゅうと抱きついてくるエレンに豊はタジタジだ。
「ほら、エレン。ベッドで休んだ方がいいって…」
そのまま運ぼうとして、豊は止まった。
(もし途中で気持ち悪くなって吐いたら…?寝かせるのはまずいかな…)
泥酔状態のまま一人にするのも心配だ。
豊は仕方なくエレンの肩をあやすように叩いた。
「エレン、楽な格好でいいから。少し休んどけって」
「楽な格好?なら、脱ぐ」
「へ?」
ふらりと立ち上がって、そのまま上に着ていた上着を脱ぎ捨てるエレン。
かちゃかちゃと音を立てて、ベルトを外し始める。
「ちょ、ちょっとストップ!!」
慌てて豊が止めるが、その1歩前にバサリとエレンのズボンが落ちた。
今は白いシャツ一枚しか着ていない。
豊は顔を赤くしながら、両手で自分の目を覆った。
「おま、お前!」
かろうじてエレンの霰もない姿を見ることは避けたが、この後一体どうすればいいのか豊はパニックだ。
そのうちに、ボスン、と音がした。
薄目を開けて確認すると、ベッドの上に横になったエレンの背中が見える。
豊はなるべく見ないように上を向きながら、エレンの体に布団をかけた。
ようやく白い足が見えなくなって、豊は何百キロも走った後のように上がった息を整える。
ぐったりとしていた豊に、エレンの小さな声が聞こえた。
「…帰ろうと思って」
「…帰る?」
エレンは背中を向けていて、どんな顔をしているのかはわからない。
「結衣ちゃんも豊も、ここで生活していけるだろ?」
「でも、僕は無理なんだ…」
「いずれ瘴気が体に蓄積されて、アイルからもらってる世界樹の実もなくなる…」
「ここでは、生きていけない…」
「だから、最後にみんなと…豊と飲みたかった…」
「エレン…」
エレンが帰る…?あの教会がある人間の国に?
「でも、どうするんだ?戻って、もし教会に捕まったら…」
「そうだな…どうしようか」
エレンが寝返りを打って、豊を見上げる。
「そしたら助けてくれる…?」
「なんて、ね…」
エレンの瞳が揺れて、少しだけ眩しいものを見るように目が細められる。
「どうしてもここを離れるのか?だから荷物を整理してたのか?」
逸らされたエレンの視線が、豊の言葉を肯定していた。
「じゃあ、俺も一緒に行く」
「は?」
「俺も一緒に行く」
「何言ってるんだよ…結衣ちゃんどうするんだ」
「結衣にはノクスもいるし、アイルもキリもいる」
「俺ぐらい、エレンの側にいたっていいだろ」
「…。」
エレンは腕を使って顔を隠す。
「どうしてそういう…」
「エレン?」
エレンは顔を覆っていた腕をどかして、こちらを覗き込む豊を見上げた。
「昔、幼馴染に助けると言われた。けど、そいつは来なかった」
エレンは豊の目をじっと見ながら喋り出した。
幼い頃に教会に連れて行かれたこと。
その時に、幼馴染が助けに行くと約束をしたこと。
けれど、結局その幼馴染は違う女性と幸せになったこと。
「もう、いいんだ。期待するのに、疲れたから」
泣いていないのに、豊にはエレンが泣いているように見えた。
たまらなくなって、豊はエレンの手をとった。
「俺は、そいつとは違う」
「…っ」
ベッドが軋んだ。
豊は一瞬、何が起こったか分からなかった。
今までエレンを見下ろしていたのに、いつの間にかエレンを見上げている。
エレンは豊の上に馬乗りになっていた。
「口だけなら、なんとでも言えるんだよ」
エレンの顔が歪む。
「こんな傷だらけの…こんな男みたいな女……気持ち悪いだろ」
「それとも…」
「君は…違うの?」
徐々に近づいてくるエレン。
「エレ…」
名を呼ぼうとした豊の口は、エレンによって塞がれた。
エレンの指が豊の首筋をなぞり、そのまま胸元へと滑り落ちていく。
「…っ」
心臓が、凄まじいスピードで音を鳴らす。
(これは…まずい、だろ!)
月明かりがエレンの体の線を浮かび上がらせて、豊の目に焼きつく。
はだけた胸元から見える、痛々しい傷。
けれど、それさえ神秘的に見えるのはどうしてなのか。
「エレン…!」
「…すー」
「………エレン?」
そのまま覆い被さるようにして、エレンは倒れ込む。
豊のすぐそばで、小さな寝息が聞こえた。
(た、助かった…のか?)
深いため息をついた豊に、無意識なのかエレンの体が寄り添うように密着してくる。
(ま、まずい…!!抜け出さないと…!)
けれど、しっかりと豊の服を握りしめたエレンの指は解けそうにない。
豊は思わず天を仰ぎながら目を瞑った。




