第82話 静かな決意
「最近はどう?」
「最初より、大分楽になったよ」
世界樹に住んでいるエルフなんて、人間のエレンからすれば御伽話みたいな存在だった。
人間でもエルフと会ったことある、なんていう話はほとんど聞かない。
それが、こうして目の前で話している。
しかも本来なら人間に敵対するはずの魔族領で。
米屋で初めて会った時からの縁だが、つい数ヶ月前までとは全く違う人生へと片足を踏み入れている気がして、エレンは小さく笑った。
「何とか効いて良かったよ」
エレンが手に持っているのはエルフの里から持ち込んだ世界樹の実。
魔族領での生活を考えて持ち込んだものだが、違う側面でも役立てることがあって良かったとアイルは息を吐いた。
禁制薬草の解毒など、それこそエルフの里で調べないと分からないものだったが、今のアイルたちでは戻ることは不可能だ。
試しに使ってみたが、思いの外エレンの体調は回復した。
朝の朝食は皆が揃ってから。
ここが魔王城の中だなんて想像もつかないくらい平和だ。
「エレン、体は平気か?」
「平気だって。毎日聞くつもり?」
「もちろんだろ?」
「…。」
呆れた視線を向けるエレンに、豊は全く譲らない。
そんなことをしているうちに、ノクスと結衣がやってくる。
「おはよう」
場所も環境も何もかもが違うのに、この面子が揃うといつもの朝の風景に戻る。
けれど、結衣の表情がいつもより柔らかい気がして、エレンは小さく笑った。
(なんだかんだ言って、結衣ちゃんは魔王が好きだよなー)
今までたくさんの人間の表情を見てきた。
貴族の相手もしてきたし、頬を上気させた令嬢の相手まで。
だからこそエレンには分かる。
ノクスと結衣の雰囲気が変わったこと。
そして、それを耐えるように見ている人物がいることも。
(キリも損な性格してる)
「そういえば、昨日言ってたお兄ちゃんの変な力って何?」
不意に結衣に話しかけられて、エレンの思考が止まる。
「あぁ…あれね。なんか、人が玄米に見えるらしいよ」
いよいよ末期かもね、なんて笑うエレンに豊が反論する。
「違うだろ!?いや、違わないけど…。なんかわかんないけど、精米出来るんだ」
「精米?」
「教会で、瘴気で体が痛そうだった人たちが治ったんだ」
あとは、嘘ついてる人が急に本当のこと喋り出したり…。
そう続ける豊の説明に、結衣の頭は疑問符でいっぱいだ。
「聞く限りでは、不要なものと本質を分離しているんじゃないかと思う」
キリが豊の説明を補足するように口を出した。
「でも面白いよね。秘密を隠してる人の頭が玄米って…!」
思わずくすくす笑うアイルに、豊は困ったように頭を掻いた。
「これが困るんだよ…喋りかけられても、顔が玄米だから誰だか分かんないだ…」
「聞いたことがない能力だな…」
ノクスが興味深そうに豊を見る。
「未知の魔術とするなら、結衣の帳簿と同じようなものかもしれないな」
「帳簿?」
「うん。雇用契約すると、色々情報が見れたり、後は書類整理とかにも使えるよ」
「うわ。こんなとこでも数字なのか…俺は嫌だ」
「あとお米出せる」
「米!?」
豊の目が、急に輝き出した。
「でも、玄米だから食べられないよ?」
「結衣!」
「な、何…」
「精米!!」
「…?」
「俺、精米出来る!」
「…!」
豊の言葉に、結衣の中でも同じ答えにたどり着いた。
「で、でも…本当に出来るのかな…?」
「とりあえず、出せるか?」
サラサラとテーブルの上に出された玄米。
豊がごくりと喉を鳴らして呟く。
「”精米”」
豊の持つ聖印が僅かに光った。
「お、お兄ちゃん…!」
「結衣…!!」
二人の目の前に現れたのは、いつもの見慣れた白い粒。
「「お米!!」」
思わず立ち上がって手を取り合う二人を見て、エレンは吹き出した。
「……君たち、本当に米が好きだね」
「当たり前だろ!」
「だって米屋だもん!」
ほとんど同時に返ってきた答えに、また笑う。
(……そっか)
この二人は、ここでも変わらない。
世界が変わっても。
魔族の城にいても。
きっと、この二人なら大丈夫だ。
部屋に戻って、アイルに渡された世界樹の実を手に取る。
魔族領で人が生活するには、常に瘴気との戦いだ。
いくら普通の人より優れた浄化作用を持つ勇者とて、ずっとこの地にいれば日に日に体に蓄積されてしまう。
結衣と豊は異世界の人間だからなのか、聖印を持っているから特別なのか、その影響は全く見えない。
(そろそろ潮時かもしれない)
思い出されるのは、白くなった米を前に結衣と子供のようにはしゃいでいた豊の姿。
今頃、久しぶりの米の味を堪能しているに違いない。
「ここは温かいな…」
勇者というしがらみもなくて、一人の人間として生きられる。
敵であるはずの魔族なのに、客人として迎え入れられた自分に向けられる視線に敵意はない。
それはきっと、あの魔王がしっかりとこの魔族を纏め上げているからだということが良く分かる。
(人間とは大違いだ…)
逃げ去るように人間の国を出てきた。
もう勇者ではいられないし、戻るつもりもない。
けれど、戻った先には誰もいない。
(これでいい……いいんだ……)
『エレン、体は平気か?』
朝の声が、どうして今になって耳に残るのか。
「……毎日聞くなって言ってるのに」
誰もいない部屋で呟いて、エレンは小さく息を吐いた。
最後に浮かんでくるのが豊の顔で、ちょっとだけ悔しかった。
「おーい!エレン!」
「なんだよ」
「おにぎり作ったから持ってきた!」
豊がエレンの部屋へやってきたのは、エレンが剣の手入れをしている最中だった。
部屋の中にはエレンが着ていた甲冑が並べられていて、丁寧に磨かれている。
その横には、魔族領に行くからと持ってきていた荷物まで置かれていた。
「荷物整理か?」
「まぁ…そんなとこ」
「ふーん?」
豊が持ってきたおにぎりを差し出すと、エレンが口を開いた。
「あのさ…今日の夜、ちょっと飲まない?」
「…?」
「ほら、こっち来る前に教会から奪ってきた酒、あっただろ?」
「あぁ!あれか!」
立っているのもやっとなエレンを支えながら教会を脱出しようとした時、エレンは豊に道中どうしても立ち寄って欲しいと言われて入った部屋。
そこには鍵のかかった戸棚があって、エレンは自分の剣を使って強引にこじ開けた。
「ちょ、何してるんだよ!?」
「このまま逃げるのも癪だろ?教皇になるための儀式で使う御神酒もなくなってたらもっと悔しがるぞ」
「全く…」
体はしんどいはずなのに、エレンの顔は最高の悪戯を思いついたと言わんばかりに輝いている。
おかげで豊は、酒の瓶を割らないようにするのと、エレンを支えるためにえらく気を使ったのだ。
「せっかくだから、アイルとキリも呼んで、快気祝いにしないか?」
「結衣たちはいいのか?」
「これは助けてもらったお礼だよ」
「そっか…じゃあ、結衣とノクスには内緒の酒盛りだ!」
今後の展開として、ちょっと大人な雰囲気を匂わせる部分があるので、近々R15入れたいと思います。
苦手な方は前書きに注意乗せるので飛ばしてください!
もちろん、後々結衣とノクスの回もありますよ笑
まだもうちょっと先ですが笑




