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第80話 日常に潜む影


「一度、勇者っていうやつの実力を見たいと思ってたんだ」


そう言って声をかけてきたのは、見上げるほどに体の大きい獣人、ガルドだった。

食堂からの帰り、廊下で腕を組んで待っていたガルドは、興味深そうにエレンを見る。

ずっと体も動かせていないし、肩慣らし程度だったらいいかもしれない。

エレンがそう口に出そうとした瞬間だった。


「悪い。今は勘弁してやってくれないか」

「何故だ?」

「こいつ、まだ本調子じゃないんだよ」


横で聞いていた豊が、エレンの視界を遮るように前に出た。


「豊、別に僕は――」

「いいって。無理すんな」


教会から逃げてきてずっと、何かとエレンの周りをちょろちょろとする豊。

事あるごとに、体は大丈夫なのか、とか今日の気分はどうだ、なんて挨拶みたいに言ってくる。

むず痒いような、ちょっと邪魔くさいような、なんとも言えないエレンの気持ちなどつゆ知らず。


「それなら仕方ねえか…」


残念そうに肩を落とすガルド。

ついこの前も、ノクスに結衣の兵士強化訓練を断られたばかりだ。


(勇者と聞いて、今度こそはと思っていたが…)


「でも、体動かしたいなら俺でよかったら付き合うぜ」

「…お前が?」


「俺は戦えねえよ」

「…。」


「でも、荷物運びだったら得意だ」


しばらく考えたガルドが口を開いた。


「…重量を競うということか?」

「お、そんな感じ!」


豊が嬉しそうに頷く。

ガルドは改めて、目の前の男を上から下まで眺めた。

異世界からやって来たという、ユイの兄。

聖人と呼ばれるほどの力を持っているらしいが、少なくとも見た目はただの人間だ。


「……いいだろう」

「お、やるか!」


「ただし、俺は獣人だぞ」

「知ってる」


「力比べで人間に負けるつもりはない」

「俺も米運びなら負けねえぞ!」


「…………米?」


エレンは嫌な予感がして、額を押さえた。


「豊」

「ん?」


「君、何を張り合ってるの?」

「いや、なんか面白そうだから」


「………。」


中庭に移動した3人。

途中の廊下で3人を目撃した兵士たちが、ざわざわとその様子を見ていた。

中庭に着く頃には、ちょっとしたギャラリーが出来ている。


「これを向こうまで運ぶ。先に三往復した方が勝ちだ」


ガルドの声に、後ろの方にいる兵士たちが、僅かに騒がしくなる。


「俺は隊長にかける!」

「いやいや!あのユイ様のお兄様だろ!?俺はユタカ様にかけるね!」

「さあさあ!他に賭ける奴はいないか!?」


(魔王軍って自由だな…)


エレンは後ろで繰り広げられる会話を聞きながら、人間には到底持てそうにない岩を眺める。


「お前は人間だから、ハンデとして一回り小さい岩でいいぞ」


(いや、こんなの持てるわけないだろ…)


ガルドが指差した岩は、一回り小さいと言っても所詮岩だ。


「豊、やめておけって」


止めるエレンの声など聞こえていないのか、試すように岩に手を伸ばした豊は、そのまま腰を落として…。


「よっ!」

「「…!!」」


軽々と岩を持ち上げた。

ガルドも想定していなかったのか、心なしか目を見開いている。


「おお!意外といけるもんだな!」

「へえ!やるな、お前」


(おいおい、おかしいだろ。あんなの持てたら人間じゃないぞ)


エレンが若干引いていることには気づいていない。





結衣は書類を片手に歩いていた。

部屋から出る前の、ノクスの優しげに細められた目を思い出して頬が緩む。


「行ってくるね」

「あぁ。気をつけて」


そんなささやかなやりとりでさえ、胸がなんだかくすぐったい。


「ユイ様。書類を届けるくらい、私が行きますのに…」

「いいの!少しくらい動かないと落ち着かないし、ベルンの様子も気になるしね」



ノエルは小さくため息をつきながらも、結衣の好きなようにさせてくれる。

ノクスからも、結衣の希望はなるべく叶えるように言われているからかもしれないが。

ふと、窓の下で沢山の兵士たちが集まっているのが見えた。


(何かやってるのかな?)


何かがすごい勢いで走っている。


「……お兄ちゃん?」


その横には見覚えのある巨体もいる。


「あれってガルドさんじゃ…」

「あの馬鹿は…!」


思わず聞こえた低い声に振り向けば、こめかみをヒクヒクとさせたノエル。

怒っているのに、口元だけは笑顔なのがより怖い。


「ユイ様、申し訳ありません。少々お時間いただいてもよろしいですか?」

「そ、そうだね…私も気になるし…」


中庭に向かうと、結衣の姿に気づいた兵士たちが、今までの騒ぎが嘘のように静かになっていく。


「お前、見どころがあるな!」

「そっちこそ!」


大の男が二人、拳と拳を突き合わせて笑い合っている。

兵士たちは顔を真っ青にさせながら、そろそろと散っていく。

気づいていないのは、豊とガルドだけだ。


「お兄ちゃん、何やってるの…」

「ガルド?」


「結衣!」

「…!?」


豊は呑気に手を降るが、ガルドはノエルの姿を見た瞬間顔を青くした。


「結衣様、こちらでお待ちいただけますか?」

「あんまりいじめないでね。煽ったのはお兄ちゃんかもしれないし」


「虐めるなどとんでもありません。少々…”話し合い”をするだけですので」

「ノエル!今度はちゃんと許可をもらってるんだ…!」

「あらそうなの。では詳しい話をしましょうか」


ズルズルと引きずられていくガルドの姿を見送って、結衣は豊に向き直る。


「いやー!ガルドさんって力持ちだな!米屋にいてくれたら、あちこち配達行けそうだぞ!」


思わず道路を米袋を担いで爆速するガルドを思い浮かべてしまった結衣。


「もう…。一体何してたの?」


少し離れたところにはエレンが呆れたように座っていて、きっといつものように豊に巻き込まれてしまったんだろう。


「最初はエレンが勝負を挑まれてたんだけどさー。エレンは本調子じゃないから俺が…」

「…豊」


「………あ」



しまったと言わんばかりの豊。

エレンはそんな豊を見てため息を吐く。


「本調子じゃないって…?エレン、どこか調子悪いの?」

「い、いやー…えっとー…その…」


嘘のつけない豊は、歯切れ悪く視線を彷徨わせ、最終的にエレンに助けを求めた。


「全く…ごめんね、結衣ちゃん。僕が黙っておくように頼んだんだ」


心配そうにエレンを見る結衣に、エレンは小さく笑った。


「教会で、ちょっと薬を使われたんだ」

「……薬?」


「うん。眠らされたりしてね。身体にまだ少し残ってるみたい」

「それで本調子じゃないの?」


「そう。まあ、アイルの薬のおかげで随分楽になったけど」


結衣は眉を寄せた。


「でも……教会が、勇者にそんな薬を使ったの?」

「僕も詳しいことは分からないんだけど。キリが言うには――」


エレンは少し考えるように視線を上げた。


「魔族領で禁止されてる、禁制薬草っていうやつらしいよ」

「…………え?」


結衣の表情が固まった。


(禁制薬草……)


手に持っていた書類へ、無意識に力が入った。

これから向かおうとしていた場所。

そこにいる人物の顔が、真っ先に頭に浮かんだ。


「結衣ちゃん?」


思わず動かなくなってしまった結衣に、エレンが首を傾げる。


「……その薬草……どこから来たか、聞いてる?」

「いや?」

「……そう」


暗い表情の結衣に慌てたエレンは、手を振りながら笑う。


「今は大丈夫だから。アイルの薬にも助けられたし…それに」



「最初に助けてくれたのは豊なんだ」

「え、お兄ちゃんが…?」


「そう…ちょっと癪だけどね」


癪だと言いながらも、エレンの表情は柔らかい。


「豊の変な力に助けられたんだよ」

「変ってなんだよ」


不貞腐れたようにそっぽを向く豊と、笑うエレン。

どこか温かいものを感じて、結衣はそっと目を瞑った。

結衣とノクスどこいったという読者の皆様、少々お待ちください笑

今後に向けた大事なお話なので。


最近、じわじわと読んでくれる方が多くて嬉しいです。

いつもありがとうございます!

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