第76話 元凶は上司でした
アイルとキリは、どうしたものかと顔を見合わせていた。
しばらく待って、ノクスと結衣が戻らなければ部屋に戻ろうと話していた矢先。
突如聞こえた警告音。
アイルたちエルフから見ても厳重な防御術式が張られているこの魔王城で、そんなにも簡単に術式が破られるものなのだろうか。
いつもなら、一番に結衣や豊の安全を確認するだろうが、アイルとキリは先ほど出て行ったノクスのことが気がかりでしょうがない。
「まさか、な」
「いやいや、だからって、ねえ?」
二人して、考えていることは同じなのかもしれない。
先ほどまで落ち込んでいたキリも、嫌な予感を振り払うように頭を振る。
その時。
「魔王様!!」
部屋に飛び込んできたのは血相を変えたクロードだった。
しかし、部屋にいるのがアイルとキリだけだということに気がつくと、クロードの表情は更に焦りに変わった。
「魔王様はどちらに!?」
「…結衣ちゃんを追いかけて行ったよ」
「ユイ様を…?」
クロードが眉を寄せる。
何故、この状況で魔王がユイを追っているのか。
そもそも何故、目の前の二人はこんなにも気まずそうな顔をしているのか。
「……何か、ご存じなのですか」
「いや……」
「まだ、何も分からないから」
二人とも、目を合わせようとしない。
クロードの胸に、言いようのない不安が広がった。
追い討ちをかけるように城内に声が響き渡る。
『城内転移反応! 西棟二階!』
『消失しました!』
「「「……。」」」
『西棟第二階層、封鎖完了!』
『近衛隊は魔王様の居室へ!』
『非戦闘員を地下区画へ避難させろ!』
『転移反応、再検知!』
『位置は!』
『中央棟三階! 高速で移動しています!』
『追跡しろ! 絶対に逃がすな!』
「「「……。」」」
『再度消失!!』
伝令の向こうでは、無数の報告と指示が飛び交っている。
『魔力解析はまだか!?』
ガルドの怒号が飛ぶ。
『で、出ました! 魔力波形は――』
一瞬、伝令が途切れた。
『……え?』
「どうした!」
『い、いえ、その……』
「早く報告しろ!」
『…………』
ぷつり。
城内伝令が切れた。
「まさか……」
クロードの額に、嫌な汗が滲む。
アイルとキリは思わず頭を抱えた。
「何やってんだ、あの馬鹿は……!」
思わず漏れたキリの本音に、本来なら諫めるはずのクロードも、今ばかりは激しく同意したかった。
「おい、どうした! 魔力解析は出たんだろう!」
「そ、その……」
情報部の兵士が、何度も解析結果を見直す。
「……魔力波形は、魔王様のものです」
「………。」
「………。」
「……は?」
軍部の司令室では、それまで騒がしかった室内が嘘のように静かになっている。
「……魔王様?」
「は、はい」
「間違いではないのか」
「三度解析しました」
「……。」
ガルドは腕を組んだ。
魔王自ら、城を守る転移阻害術式を破壊した。
ならば、そこには必ず理由があるはずだ。
「……魔王様が自ら動かれたということは、城内に何らかの脅威がある可能性が高い」
「はっ!」
「転移先を追え! 俺も向かう!」
「……。」
(俺は一体何を見ているんだ)
ガルドは自分が見ている光景を信じられなかった。
いや、信じたくないと言ってもいいかもしれない。
長い廊下をユイ様が走っている。
そして、その少し先。
シュン、と現れた光。
「結衣、待ってくれ」
「〜〜〜っ!ノクスしつこすぎ!」
「…その言い方は傷つく」
結衣は急旋回をして、今度は反対方向へ走っていく。
魔王様が消え、また新しく光が現れる。
「もうっ!」
「…。」
(本当に俺は一体何を見ているんだ)
「ガルド様!」
「ご指示を!」
武装した兵士たちがこちらを見る。
「…………待て」
「はっ!」
「少し待て」
「……は?」
状況を整理しよう。
転移阻害術式を破壊したのは、魔王様。
城内で連続して検知されている転移反応も、魔王様。
そして現在、魔王様は――
「ノクス! 来ないで!」
「それはできない」
――ユイ様を追いかけている。
「…………」
状況を整理した結果、余計に分からなくなった。
「ガルド、…」
背後からやってきたのはクロードだ。
その視線の先にいるのは、もちろん魔王と結衣。
その目は遠くを見ているように虚ろで、目の前の現実を見たくないと言わんばかりだ。
「クロードさん!ノクス止めて!」
「クロード!結衣を止めろ」
クロードたちに気づいた結衣が声を上げるが、その内容は正反対だ。
思わずクロードとガルドが顔を見合わせる。
魔王様を止める。
――誰が?
二人の間に、そんな無言の問いが交わされた。
そうこうしているうちに、結衣はクロードたちの横を通り過ぎて走っていく。
やがて姿が見えなくなった後で、兵士たちの困惑した空気に深いため息をついたガルドが言った。
「第一警戒態勢を解除! 各区画の封鎖も解け!」
「はっ!」
「ただし、破損した転移阻害術式が復旧するまで警戒は継続。警備を通常の倍にしろ」
「はっ!」
「術式班はすぐに被害状況を確認!」
一息に指示を出してから、ガルドは深く息を吐いた。
その横で、恐る恐る一人の兵士が声を出した。
「あ、あの……魔王様は?」
「放っておけ」
「ですが……」
「ではお前が止めてこい」
「………。」
「行けるのか?」
「……術式の確認に向かいます!」
「そうしろ」
ガルドがやっていられるかとばかりに踵を返すと、クロードは痛む頭を押さえながらフラフラとその場を後にした。




