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第69話 豊side⑦


「少し、お休みになられた方がよろしいでしょう」

「私も失礼いたします」


落ち着きを取り戻したエレンの様子を見届けると、エルネストとルーカスは静かに席を立った。

部屋を出ようとしたエルネストは、不意に足を止める。


「勇者様にも、お話しになれない事情がおありなのでしょう」


振り返ったその顔には、責める色は微塵もない。


「無理にお聞きするつもりはございません。ですが、若人の悩みを無碍にするほど、この老骨も落ちぶれてはおりません」


隣でルーカスも深く頷く。


「私にも、出来ることがございましたら、何なりとお申し付けください」

静かに扉が閉まった。





部屋には静寂が訪れる。

エレンはベッドに横になって、豊がいる場所とは反対の窓の外を眺めていた。


「…なぁ」

「…?」


エレンは反対を向いたままで、その表情は見えない。


「いつ、僕が女だって気付いていた?」


普段の男者の服にサラシを巻いていればごまかしも効くだろうけれど、今は勝手に教会で着替えさせられたドレスだ。

どんな馬鹿だってエレンはどう見ても女性にしか見えない。


「初めて見た時は、キラキラした男の人だと思ったけど、一緒にいるうちに分かった」

「…。」


豊の妹、結衣でさえ気づくのには時間がかかった。


「それに」


豊が言葉を続ける。


「エレンは綺麗だから」


豊は照れくさそうに笑った。



「今はもう、男には見えないよ」

「…っ」


今まで感じたことのない熱がエレンの顔に集中する。

散々、きゃあきゃあと騒ぐ令嬢たちには甘い言葉を囁いてきたと言うのに、いざ自分がそんな言葉をかけられるとは思っても見なかった。


こちらに顔を向けようとしないエレンを見ながら、豊はぼんやりと考える。


(エレンも結衣と同じで溜め込むタイプの人間だ。今は俺しかいないんだから、俺がしっかりしないと…!)



嘘をついてる

エレンが教会へ行くと言い出した時。

一瞬だけ、その姿が玄米に重なって見えた。

でも、不思議と精米したいとは思わなかった。


(違う)


あれは、嘘じゃない。


(言いたくても、言えないだけなんだ)


どうしてそう思ったのかは、自分でも分からない。

でも、それだけは確信できた。

エレンには何かと突っかかられてきた。

けれど、豊は一度だってエレンを嫌いだと思ったことはない。


困っている人がいるのなら、助けたい。

それは昔からお人好しと呼ばれる所以なのだけど、今はそれでいいと思っている。


「馬鹿で頼りないかもしれないけど、絶対にエレンのことは見捨てない」


寝返りを打つように、完全にこちらに背を向けてしまったエレン。

けれど、小さく震える肩が顔を見なくてもどんな表情をしているのか豊には分かってしまった。


「だから」


「一人で教会に行くなんて言わないでくれないか?」


頼むよ…そう豊が言うと、時間を置いてエレンの小さな声が豊の耳に入った。


「本当に…ばかだ」





眠りについたエレンを起こさないように、豊はそっと部屋を出た。


「良かった…」


あんな風に泣くエレンを見るのは初めてだ。

だからこそ、安心した。


(まだ体は辛そうだけど……)


廊下を歩き、礼拝堂へ向かう。

中から、誰かの話し声が聞こえてきた。


「だから、僕たちは豊の味方だって…」

「申し訳ありませんが、ここにそのような人物は…」


何か言い争うような声だ。

けれど、その声は聞いたことがある。

礼拝堂を覗き込むと、そこにいたのは…。


「アイル?キリ?」

「「豊!」」


二人の声が、ピッタリと揃うのは双子だからなのか。


「久しぶりだな!」

「豊は相変わらずだね」

「想像通りだ」


笑顔でアイルたちに駆け寄る豊に、エルネストとルーカスから警戒の色が薄れる。


「聖人様のお知り合いなのですか?」

「あぁ!家族みたいなもんだよ!」

「誰が家族だ」

「キリ、バッサリ否定するなよ…」


項垂れる豊に、アイルは口を押さえて言う。


「ふふ!本当に聖人様なんて呼ばれてる」

「全く合わないな」


笑うアイルに、キリが追撃をかける。


「しょうがないだろ!?何か勝手に持ち上げられて気付いたら…」


アイルやキリに言われると、今更ながらに恥ずかしさが込み上げてくる。


「と言うより、何でここに?」


豊の言葉に、アイルはにっこりと笑って言う。


「もちろん、助けに来たよ!」

「だが、時間がない」


キリのその一言で、場の空気が変わった。


「こちらの情報筋から連絡が入った。教会本部はすでに動き始めている。カシウスも目を覚ました、と」


ルーカスが息を呑む。


「もう……?」

「聖騎士だけじゃない。王都の門にも人が増えている」


エルネストも表情を曇らせた。


「この教会も、いつ見つかってもおかしくありませんな……」


豊が振り返る。


「エレンは……まだ動けない」

「だからこそ急ぐ必要があります」


エルネストが静かに言った。


「このまま隠れ続けても、いずれ教会はこちらへ辿り着くでしょう」

「なら、どうするんだ?」


豊の問いに、エルネストは一度目を閉じる。


「王へ直接お伝えするしかありません」


礼拝堂に静寂が落ちた。


「教会の暴走を止められるのは、国王陛下だけです」


礼拝堂に重苦しい沈黙が流れた。

反対する者はいなかった。

こうして、エルネストは王城へ使者を送ることを決めた。






エルネストが王城へ連絡を入れたのは、アイルとキリが合流した翌朝のことだった。

聖人様が勇者様を保護していること。

そして、教会本部に関わる極めて重要な報告があること。

返答が届いたのは、それから二日後だった。


「……準備が整いました」


エルネストが緊張した面持ちで口を開く。

豊はベッドに腰掛けているエレンへ視線を向けた。

この二日間、アイルが煎じた薬草を飲み続けたことで、意識ははっきりし、どうにか歩ける程度までは回復していた。

それでも、顔色はまだ優れない。


「エレン、行けるか?」


エレンはゆっくりと立ち上がるが、足元がわずかによろめく。


「……行く」


短い返事。

けれど、その声だけは迷っていなかった。





王城へ入ると、エルネストの手配によって国王をはじめ、主だった貴族たちが一室へ集められていた。

部屋へ一歩踏み入れた瞬間。

豊は思わず目を瞬かせる。


(……なんだ、これ)


視界いっぱいに広がる玄米。

立派な冠を被った国王まで、豊には玄米にしか見えなかった。


(こんなに……?)


背筋に妙な寒気が走る。

今までここまで大量の玄米が一度に見えたことはない。

けれど今は、それより先に話さなければならないことがある。

豊は一歩前へ出た。


「教会本部で、勇者は監禁されていた」


静まり返る部屋。

豊は、教皇にもエレンにも危険な薬が使われていたこと。

エレンがその薬で意識を失い、監禁されていたこと。

記憶まで奪おうとしていたことを話した。

部屋中がざわめいた。


しかし——。


「聖人様は、お疲れなのでしょう」


聞き覚えのある穏やかな声だった。

いつの間にか、部屋の隅にカシウスが立っていた。


「勇者様は教会にて大切に保護しておりました」

「保護だって?」


「ええ」


カシウスは穏やかな笑みを崩さない。


「勇者様は長年、魔物との戦いで瘴気をその身に受け続けてこられました。」


部屋の貴族たちが息を呑む。


「勇者様とて、無限に瘴気を浄化できるわけではありません。長年の戦いで少しずつ体へ負担が蓄積していたのです」


カシウスは弱々しく立つエレンへ視線を向けた。


「教会では、その瘴気を和らげるため治療を施しておりました」


「ご覧の通り、まだ回復には時間が必要なお体です」



国王も静かに頷く。


「……確かに、その状態で証言を求めるのは酷だな」

「まずは教会で療養されるのがよろしいでしょう」


そしてカシウスは豊へ穏やかな笑みを向ける。


「一方で、聖人様は何か誤解をされているようです」


「別室で事情をご説明いたします。すぐにご理解いただけるでしょう」


その一言で、護衛の騎士たちが豊とエレンへ近づく。



(……やっぱり)


教会だけじゃない。

国も同じ穴の狢だった。

豊はゆっくりと部屋を見渡した。


玄米。

玄米。

玄米。


どこを見ても玄米だらけだった。


(違う)


体が悪いからじゃない。

この人たちは――。


(みんな、嘘をついてる)


胸の奥が、ざわりと疼く。

今まで必死に抑えてきた衝動が、一気に溢れ出した。


(……もう我慢できない)


豊は静かに右手を上げる。


「少しだけ」

ぽつりと呟く。



「――精米」


次の瞬間。

柔らかな光が部屋中を包み込んだ。

一瞬の静寂。



そして——。




「も、申し訳ございません!! 私は教会本部の命により、勇者様の監禁へ加担いたしました!!」

「私は薬を教皇陛下へ運びました!! 勇者様にも投与されております!!」


部屋中に悲鳴のような懺悔が響き渡る。


「私は王命により、教会本部との密約を取り次いでおりました!!」

「勇者様は教会が預かり、聖人様は王家へ迎える取り決めでございました!!」

「私は王家の命で、聖人様を迎える準備を進めておりました!!」


豊はゆっくりと国王を見る。

国王の表情が、初めて揺らいだ。


「……黙れ」

誰も止まらない。


「黙れと言っておる!!」


その声には、先ほどまでの王としての威厳はなかった。

それでも懺悔は止まらない。


「申し訳ございません!! 私は国庫の金貨を横領しておりました!!」

「私は税を誤魔化して……!」

「私は……愛人がおります!!」


「いや、それは今じゃないだろ!」


豊の声さえ掻き消すように、次々と罪が溢れ出す。


「止まりません!!」

「口が勝手に……!」

「助けてください!!」


悲鳴。

絶叫。

懺悔。


部屋は一瞬にして混乱の渦へ飲み込まれた。

誰もが、自らの意思とは関係なく、隠し続けてきた罪を吐き出していく。


ただ一人。

カシウスだけが、その光景を愕然と見つめていた。


「何を……」


震える声が漏れる。


「何をしているのです!!」


しかし、その叫びは誰の耳にも届かなかった。




「逃げるなら今だ」


豊がエレンの肩を支えた。


「立てるか?」

「……なんとか」

「無理するなよ」


混乱の中を縫うように二人は部屋を飛び出す。


その瞬間。


背後から聞こえたカシウスの声は、まるで何事もなかったかのように穏やかだった。


「勇者様」

エレンの肩が、小さく震える。



「どうかご安心ください」


「あなた様は神へ捧げられた御方です」



「何度逃げようとも」


「私は、必ずお迎えに参ります」



その声を振り切るように、豊たちは王城を駆け抜けた。

夜の闇へ紛れるように、待機していた飛竜へ飛び乗る。

王城へ向かう前から、アイルとキリは何かあった時にすぐ救出へ向かえるよう、城の外で飛竜と共に待機していたのだ。



夜風が頬を切る。

三頭の飛竜は闇へ溶け込むように羽ばたき、王都を静かに離れていく。

眼下には、まだ灯りの消えない街並みが広がっていた。


まだ力の入らないエレンは、豊の背中へ体を預けたまま、ぐったりとしている。

紐でしっかりと固定しているとはいえ、飛竜から落ちてしまわないか気が気ではない。

豊は何度も振り返っては、エレンの様子を確かめていた。


やがて王都の明かりが小さくなり、飛竜は人気のない川辺へと降り立つ。

小川のせせらぎだけが静かに響いていた。

つい先ほどまで王城で起きていた騒ぎが、まるで嘘のようだった。



「少し休憩しよう」


豊はゆっくりとエレンを地面へ降ろす。


「エレン、大丈夫か?」

「……少しなら歩ける」


そう答えたものの、数歩進んだだけで膝から力が抜け、その場へ座り込んでしまう。


「無理しなくていい」

豊が支えると、アイルが二人へ歩み寄った。


「もう少し離れたら薬草を煎じてみるよ。今よりは楽になると思う」

「助かる」


一方、周囲を警戒していたキリも飛竜たちの様子を確認し終え、二人の元へ戻ってきた。


「それにしても……豊」

「お前の能力は、一体何なんだ」


豊は苦笑いを浮かべる。


「俺も聞きたいくらいだよ」


アイルがくすりと笑う。


「王城から突然あんな光が溢れた時は、飛び込もうかと思ったよ」

「いや、本当に危なかった」


キリも珍しく苦笑を浮かべる。


「いつでも救出できるよう待機していたが…」

「俺だってああなるとは思わなかったんだよ……」


頭をかく豊に、アイルとキリは顔を見合わせて小さく笑う。

少し離れた場所では、エレンが静かに川の流れる音へ耳を傾けていた。

薬はまだ完全には抜けていない。

体も思うようには動かない。


それでも——。

それでも今だけは、あの教会の壁も、鉄格子も、カシウスの声も遠かった。



これにて豊編は終了になります。

この後の展開のためにどうしても必要なお話だったのでサクサク読めるように…と短くしたつもりですが、結局長くなってしまった笑


次は本編に戻ります。

いよいよノクスとの関係が進展してく予定なので、お楽しみに♡

もちろん、魔王のポンコツは健在です笑

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