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第63話 番外編 豊side①


それは結衣たちが魔族領を目指して出発した頃のこと。


「なぁ、エレン。代わってくれよ…」

「向こうはお前をご指名だぞ」


「いや、だって…あんな超お嬢様、みたいな子と何を話せばいいんだよ!?」

「お嬢様じゃなくて、王女様、だな」


ソファに横になって駄々をこねる姿はまるで子供だ。

エレンはさっきから愚痴をこぼす豊を見ながら、さっさと支度するように促すだけだ。


「大体、なんでお茶会?とやらに俺が行くんだよ。エレンの方が似合ってるだろ」

「似合うって何だ」


「あんな高そうなカップ、割ったらどうしようって思ったら手が震えるんだ…!」

「あー。豊だったら割りそうだな…」


行きたくない…そう言って頭を抱える豊。

しかし、エレンにはどうにも出来ないことだ。



”聖人”…その存在が最後に確認されたのは随分前のことらしい。

転移術にて突如現れる、聖印を持った人間のこと。

文献によれば、勇者をも凌ぐ力を持つと言われている。


その力を取り込もうと王家と教会で密かに取り合いになっているのだ。

聖印は子供に受け継がれやすいこともあって、王家も教会も欲しいのはその血筋だ。

王家には3人の王女がいて、1人目と2人目の王女はすでに婚約者がいる。

そこで白羽の矢が立ったのは、まだ正式な婚約者のいない3人目の王女だ。


王家としては聖人を取り込むまたとないチャンス。

エレンは表向き男性だということになっているせいで声はかからないが、ゆくゆくは教会が何とかその力を残そうと画策してくる可能性は高い。

他人事ではないが、王家に対抗する術などエレンは持ち合わせていない。


「おやつの時間だとでも思えばいいさ」

「おやつの時間はあんなに緊張しない!」




第三王女、フィリア。


齢にして十六。まだあどけなさの残る顔立ちと、丁寧に結い上げられた薄金色の髪。絵画から抜け出てきたようだと豊は思った。


(かわいい子だなぁ)


のほほんと思いながら、豊はカップを置いた。

チャン、と小さな音がして、フィリアがびくりと肩を震わせた。


(あ、やばい。割れてないよな……)


チラリとカップを確認する。割れていない。よかった。


「……あの」


フィリアが、何かを言いかけて口を閉じた。

また開いて、そして閉じる。


(話しかけたいのに、話しかけられない感じ?)


豊は少し考えてから、率直に聞いた。


「俺に何かありますか?」

「っ……な、なんでもございません!」


顔が赤くなって、あたふたとカップを持ち上げるフィリア。でも手が震えているのか、カップがカタカタと揺れている。


(向こうも緊張してるじゃないか)


それが分かったら、少し気が楽になった。


「俺も緊張してますよ」

「え?」


「こんな高そうなカップ、割らないかずっと心配で」


フィリアが、ぽかんと口を開けた。

それからこらえきれなくなったように、小さく笑い声を漏らした。


「……ふふ」

「笑うとこですか」


「す、すみません……」


笑うと、もっと年相応に見えた。


「お姉さまたちには、いつも笑い方が品に欠けると言われてしまうのですが」

「笑ったらいいじゃないですか。可愛いと思いますよ」


「……っ」


フィリアが、また顔を赤くした。豊は特に深い意味もなく言っただけだったが。

そこからは、少しだけ会話が弾んだ。

窓の外の庭の話をした。出されたお菓子の話をした。

そうして話しているうちに、ふと、フィリアの視線が、一瞬だけ窓の外に向いた。

庭で訓練している騎士たちが見える。


その中の一人、背の高い若い騎士のところで、フィリアの視線がほんの少しだけ止まった。

すぐに戻ってくる。でも、その一瞬の表情はさっきまでと明らかに違った。


(そういうことか)


豊は何も言わない。ただ、さりげなく話を続けた。


「騎士の方たちって、毎日あそこで訓練してるんですか?」

「……は、はい。毎日欠かさず」


「立派ですよね」

「……そう、ですね」


フィリアの返事が、少しだけ柔らかくなった。

その表情を見ながら、豊はぼんやりと思った。


(この子も、大変だなぁ)


好きな人がいる。でも王女だから、好き勝手にはいかない。


「どうだった」


待っていたエレンが聞く。


「お茶、美味しかった」

「そこじゃない」


「王女様、良い子だったよ。でも、大変そうだな」

「何が」


「……好きな人、いるみたいだったから」


エレンは少しだけ黙った。


「……そうか」


少し歩いてから、何気ない口調で続ける。


「ちなみに、あのお茶会はただの茶会じゃない」

「?」


「王家は、お前を第三王女の婿候補として見ていた」

「……マジで?」


「ああ。」


「いやいやいや!え……えぇぇ?!」

「だから言っただろう。粗相だけはするなと」


「そういう意味だったのかよ!ただのお茶会じゃなかったのか!?」

「王家も本気だ」


「……勘弁してくれよ」


頭をかく豊は困ったように眉を寄せる。


「なあ、エレン。お前は大丈夫なのか、こういうの」

「……どういう意味だ」


「いや、突然こっちに来た俺に話があるくらいなんだから、エレンだってこういうのあるんじゃないのか?」


エレンは何も言わなかった。

廊下に、夕方の光が差し込んでいた。


「……考えすぎだよ」

「そうか?」


「そうだ。…分かったらさっさと部屋に戻れ」

エレンが先に歩き出した。




その夜。

王城の廊下を歩いていると、すれ違った使用人たちの話し声が耳に入った。


「最近、教皇陛下のご体調が優れないらしいですよ……」

「次の教皇は、やはりカシウス枢機卿でしょうか」


「しっ。聞かれますよ」


豊は、その時は特に気にも留めなかった。



お待たせいたしました!

少々構成に時間がかかってずっと書き直してました。

番外編は全7話です。


早く本編行きたいので、サクサクあげていきます!

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