第62話 是非うちへ!
「魔王様!是非ともユイ様を正式に財務部へ…!」
「何言ってる!軍部に入れる方がずっといいに決まってるだろ!」
「ユイ様の能力は唯一無二です。どこぞの脳みそが筋肉で出来ている獣と一緒にしないでもらえませんか?」
「はぁ!?筋肉は裏切らねぇ!どこが悪い!?」
(一体どうしてこうなった…)
頭を抱えるノクスの前で、子供じみた言い合いをしているのはセヴランとガルドだ。
ガルドはなぜかあちこち怪我をしているのだが、そこは誰も触れない。
商会にある帳簿の解析が終わったと、結衣が部屋にやってきたのはお昼前だった。
そのまま待機させていた商会関係者と雇用契約を結び、新たに加担していた者たちを綺麗さっぱり炙り出した結衣を見ていたセヴランがノクスの部屋に雪崩れ込んできたのはついさっき。
そして、その後を追うようにやってきたガルドまで騒がしく喚き立てる。
「魔王様!今こそ貴族階級の者たちの腐敗を一網打尽に出来る機会なのです!」
「魔王様!ユイ様の力は凄まじい!軍部に入れば、魔王軍の戦力は底上げされる!」
「まず第一に…」
ノクスの静かな声が部屋に響く。
「結衣を戦いには出さない。元々そういう世界に生きていない者を、無理に引き込むつもりはない」
「…ぐっ!」
ガルドが悔しそうに顔を歪める。
「そして、今結衣は持て余した時間を有効活用するために手伝っているわけであって、決して自ら財務部に入りたいという意思がない限り入れるつもりはない」
「そんな…!」
それに、何故好き好んで他の男の元へ結衣をやらねばならないのだ…。
(むしろ私がずっと手元に置いておきたいくらいだ)
あくまで結衣の意思を尊重するが、可能な限り側にいたいのはノクスの方だ。
それをむざむざ他の者にやるつもりは毛頭ない。
その時、扉が急に開いて慌てたように入ってきたのはクロードだった。
「魔王様!」
「どうした」
「例のユイ様の兄君が到着されました!」
「ようやくか」
「結衣、起きろ」
「…ん」
体をゆすられる感覚に何度か瞬きを繰り返すと、ぼんやりとしていた視界がクリアになっていく。
「…のくす?」
「すまないな。疲れて寝ていたのだろう?」
何日もずっと帳簿の力を使っていたせいなのか、部屋に帰ってソファに身を沈めてからの記憶がない。
「やはりあの帳簿は続けて使うのは避けた方が良いかもしれないな…」
ぼんやりとノクスを見る結衣の目は眠たげだ。
ノクスはそっと結衣の手を取る。
その温もりを確かめるように親指がわずかに動く。
ほんの少し魔力を流そうとして、止まった。
思い出されるのは、米屋で結衣の傷を治すために魔力干渉をした時のこと。
何かの力に引っ張られ、体が消えかけるという非常事態が起こった。
それでなくても、ノルティアの装置でも異常が出たというのに、これ以上何か問題が起きてしまうのは避けたい。
(…すまない。今の私にはお前の不調を取り除くことが出来ない)
もし結衣に何かあったら?
もし結衣を失うことになったら?
胸の内に渦巻く不安が顔に出たのか、結衣がそっと左手をノクスの頬に当てた。
「どうしたの?どこか痛いの?」
頬に伝わる熱が、ノクスの不安を打ち消していく。
「いいや、すまない。少し考え事をしていただけだ」
起きようとする結衣の背中に手を当てて支える。
しばらくぼんやりとしていた結衣は、何度か目をパチパチとさせた後で小さく伸びをした。
「ごめん、ノクス。ちょっと眠くて…」
「構わない。お前が無理そうなら明日でも良いが、一応伝えなくてはと思ってな」
「…?」
「アイルとキリが戻った。豊とエレンを連れて」
「…!」
「結衣!」
「お兄ちゃん!」
部屋に入ると、片手をあげて呑気に笑う兄がいた。
「無事で良かった」
「お前も元気そうで良かったよ」
「…ちょっと!?」
ぐしゃぐしゃと頭を撫でるせいで、すっかり髪が乱れてしまった。
「アイル、キリ!本当にありがとう!」
髪を直しながら振り返ると、満面の笑みを浮かべているアイルと、照れているのか頬が少し赤いキリ。
アイルがキリの肩を掴んでこちらに雪崩れ込んできた。
「うわっ!アイル!?」
「ただいま!結衣ちゃん!」
「おかえり!」
そのままキリを巻き込んで抱きつかれる。
痛いぐらいにぎゅうぎゅうと抱きしめてくるおかげで、ちょっと息が苦しい。
「…本当に、ありがとね」
少しだけ目の奥が熱くなったけど、それが分かっているようにアイルの手が結衣の肩を叩いた。
「怪我はない?疲れてない?」
「…平気だ。道中は飛竜でひとっ飛びだったからな」
「…良かった」
結衣の言葉に、キリの強張っていた体が緩む。
「…ただいま」
「うん、おかえり」
キリの小さな声は、しっかり結衣の耳に届いていた。
「結衣ちゃん」
「エレン!」
アイルとキリから離れると、柔らかく微笑むエレンの前に出た。
そのまま手を取られて、そっと抱きしめられた。
エレンの手が結衣の頭を優しく撫でる。
「アイルたちから聞いたよ。大変だったね、よく頑張った」
「エレン…」
今は甲冑を着ていないからなのか、エレンの体温がやけに暖かく感じる。
「エレンもありがとう。お兄ちゃん、変なことやらかしたりしなかった?」
「…っ」
結衣の言葉に、ぴたりとエレンと豊が止まった気がしたけれど、ほんの一瞬だったから気のせいかもしれない
「大丈夫。…まぁ、色々賑やかだったけど、ね」
「大変だったでしょ」
「否定は出来ないかな」
小さく笑うエレン。
(あれ…?なんだか前より、雰囲気が柔らかくなった気がする…)
「お兄ちゃん。エレンに迷惑かけなかったでしょうね?」
「…ぐっ!」
あからさまに豊の様子が変わって、視線が定まらない。
「ちょっと?何かやらかしたの?」
「い、いや…あれは…その…えっと…」
見るからに冷や汗をかいている豊の様子はひどく怪しい。
元々嘘のつけない豊の性格をよく知っている結衣は、さらに踏み込んで聞こうとするが…。
「大丈夫。本当に。むしろ自分の方が豊には助けられたくらいだから」
「…?」
エレンが笑いながら結衣を宥めるように頭を撫でる。
「豊よりも、あっちを気にした方がいいんじゃない?」
「あっち…?」
エレンが指差す方には、ノクスがいる。
…パチパチと、電気のようなものを纏って。
「の、ノクス!?何か体中に電気みたいなのが走ってるけど!?」
「問題ない。これは体内の魔素の乱れを正すための魔力循環だ」
(触ったら感電しそうなんですけど!?)




