第59話 異世界の常識は非常識
荒れ狂うセヴランを宥め、なぜかベルンを冷ややかに見るノクスに声をかけ、また震え出したベルンを落ち着かせて。
書類を単純に片付けるよりもなぜか疲れる。
「…これ」
書類の中に、薬草のスケッチのようなものが紛れていた。
バフォメット族の領地で見たような、しっかりしたものと、そしてもう一枚は…。
「これは、枯れてしまう薬草の特徴を記したものです」
隣から、肩を落としたベルンが言う。
「一度枯れ始めると、どんどん周りの薬草も枯れてしまうので、いち早く特徴を伝えるために作られたものです」
それは小さな黒いシミのようなものから始まって、徐々に葉っぱ全体に広がり、そして真っ黒になって萎れてしまう。
「それについても、調査をしなければならないな」
落ち着きを取り戻したノクスが、薬草の絵を見ながら言った。
「原因は何か。土壌の問題なのか、魔素の問題か、それとも掛け合わせた品種自体の問題なのか…」
「確かに、この問題が解決しない限り、根本的な西部地方の立て直しは難しいでしょうね」
ノクスやセヴランも難しい顔をする中、結衣はふと思ったことを口にした。
「これって、病気じゃないの?」
「「「病気?」」」
3人の声が綺麗に揃った。
「お米…稲も病気になるの。そうならないように消毒したり、肥料を調整したりとか…」
「それは結衣の世界では常識なのか?」
驚きに目を開くノクスに、結衣は頷いた。
「詳しくは分からないけど、お米を育ててる農家さんでは普通だよ?」
「病…まさか、そんなことが…」
「えっ?魔族領の植物って病気にならないの?」
ノクスの呟きに驚くのは結衣の方だ。
「根本的に、この地に根付く植物は繁殖力が強いものが多い。滅多なことでは枯れない」
しかし、とノクスは続ける。
「そうか…。薬草は人工的に品種を掛け合わせてきたものだ。より強力な効果を得るために」
他に繁殖している植物とは、根本的なものが違うかもしれない。
ノクスが一人で納得している中、ベルンは目をこぼれ落ちそうなくらい開いている。
「病気…薬草が…?まさか、そんなことが…」
結衣はただ、何気なく思ったことを口にしただけだ。
「もし枯れた薬草があったら、”監査”で原因を特定出来ないかな?」
「すぐに言って手配させよう」
箱いっぱいに入った黒く萎びた葉のようなもの。
テーブルの上に置いて、結衣は呟いた。
「”監査”」
しばらくして、帳簿の文字が浮かび上がった。
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解析完了
病名
魔素黒斑病
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「やはり結衣の言っていたように、病気で間違いないようだな」
「黒斑病…うーん、名前までは知らないしなぁ…」
何かの手掛かりになればと思ったけれど、残念ながら植物の病名までは知らない。
すると、帳簿のページが一枚めくれて新たな文字が浮かび上がった。
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推定原因
・品種改良の繰り返し
・土壌環境の悪化
・病原菌の定着
推奨処置
・感染株焼却
・農具消毒
・土壌浄化
・野生株との交配
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「病原菌の定着か…。問題は土壌浄化と農具消毒だな…」
「土だと、他のところから持ってきたりしないといけないのかな?」
「そうなると、かなり大規模な工事が必要になるかもしれません」
ベルンは困ったように耳を伏せた。
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補助作物を推奨
適合植物を検索……
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「「補助作物?」」
ノクスと結衣の声が重なった。
すると、また帳簿のページが一枚めくれて文字が浮かび上がる。
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検索完了
「成米」
適合率 99.8%
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「「…。」」
思わずノクスと結衣の視線がぶつかった。
「なんと書かれているのですか?」
ベルンは必死に背伸びをして帳簿を覗き込むけれど、あいにくと日本語で書かれているために彼には読めない。
「その…なんていうか…。ねぇ、ノクス。これって……私の”成米”のこと、だよね?」
「帳簿が示した以上、現時点では最も信頼できる情報だ。疑うよりも、試す方が早い」
「ノルティア、仕事です。バフォメット族の領地の土壌分析をお願いします」
クロードがノルティアの研究室へ足を踏み入れると、そこには異様な光景が広がっていた。
ごちゃごちゃと積まれている魔道具の残骸は元からあったが、その合間合間に置かれた鉢植えからふさふさと揺れる緑色の植物が顔を覗かせている。
何かの計測をしているものもあれば、暖かな光を照らしているものもある。
「一体、いつから植物を育てる趣味が出来たんですか?」
ごちゃごちゃとした部屋の中を歩き進めると、テーブルの上で何やら真剣な表情で作業しているノルティアがいた。
「今は手が離せない」
爪の先ほどの小さな物体を、ピンセットを使って丁寧に触れるノルティアは、顔も上ずに返した。
(この人ぐらいです。魔王様からの仕事を気にもしない魔族は)
良くも悪くも自由奔放な魔族の者たちが多いが、ノルティアはその中でも特に扱いづらい。
魔王は優秀なノルティアを評価しているが、クロードからすれば頭の痛い問題だった。
「せっかく魔王様からの直々の指名だというのに…本当に他の者に振っても良いのですね?」
「ユイ様の”成米”を使った実験なのですが…」
「何故それを早く言わない。すぐ行こう。今すぐに」
(魔王様のおっしゃる通り、凄まじい食いつきですね)
そのままスタスタと歩き、いつの間にか部屋の入り口まで向かっているノルティア。
「待ってください!まだ内容を…」
「クロード、この部屋の稲の世話は任せた」
ガチャリと閉められた扉。
クロードの手には、今回の仕事の内容が書かれた書類がある。
(どうして皆、人の話を聞かない者ばかりなのでしょうか…!?)




