第55話 真実
「う、裏帳簿なんて知りませんっ!」
ノクスの言葉に声を震わせながら言うベルン。
「魔王陛下、僭越ながら…このベルンは、長年私を支えてくれた優秀な会計担当者です。どうか、今一度慎重に考えてはくれませんか?」
エルバがノクスに懇願するように言う姿から、エルバは本当にベルンのことを信頼しているのだということが伝わってくる。
「しかし…」
ノクスの視線の先には、結衣の帳簿にはっきりと書かれている”裏帳簿”の言葉。
(実物が見つかれば相手も納得するだろうが…)
一体、どこにその裏帳簿があるのか、今から城中を探すのも時間がかかるし、もし城の中になければそれこそ隠されてしまう可能性だってある。
部屋の中に重苦しい空気が漂い始めた頃、帳簿のページがパラリとめくれて、新たな文字が浮かび上がった。
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保管場所を特定しました
西部地方領主館
地下資料室
第三書庫
隠し収納
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「ノクス、これ…」
「あぁ。…クロード、セヴランを連れ地下資料室の第三書庫へ向かえ」
「かしこまりました」
「恐らく、秘匿の術式が施されている可能性が高い」
クロードへの指示は、エルバたちに聞こえないように小声だ。
小さく頷いたクロードが、ひらひらと1匹の小さなコウモリを連れて部屋から出ていく。
「皆はしばらく、この部屋で待機しろ。何もなければ、これ以上は追求しない」
どれくらい待っただろうか。
時間にしては、それほど経っていない。
けれど、部屋に漂う重苦しい空気のせいで、1時間以上待っているような感覚を結衣は覚えた。
そして…。
「魔王様、ありました」
開かれた扉から入ってきたクロードの手には、年季の入った冊子が何冊もある。
その冊子を見た瞬間、ベルンの体がガタガタと震え出した。
受け取った冊子の1冊を開き、ページをパラパラとめくる。
そこには事細かに並んだ項目と、数字の羅列が並んでいた。
「さて、この帳簿について何か申し開きはあるか」
机の上に開かれた裏帳簿。
エルバは震える手を必死に抑えながら書かれている文字を目で追う。
「…ベルン。これは、確かにお前の字だ。…っなぜ、こんなことを…!」
ベルンは肩を震わせながら声を絞り出した。
「私は……私は領地のために……。」
「領地のため? 一体何を言っている。自分がしでかしたことの大きさを分かっているのか!」
「いいえ! 全ては、この領地を守るためでした!」
ベルンは震える拳を握り締める。
「……もう数十年前から、薬草の採取量は年々減っていたのです」
エルバは苦しそうに目を伏せる。
「あぁ……それは私も承知している」
「植えたばかりの苗は育つ前に枯れ、一度広がれば周囲まで枯死する。だから植え付けの間隔を広げ、品質を維持してきた」
「…ですが、それだけでは足りなかった」
ベルンが続ける。
「薬草だけでは、この領地はあと数十年で立ち行かなくなる…だから私は…」
震える声で喋っていたベルンが、躊躇うように、そして観念したように声を絞り出した。
「…禁制薬草に、手を出しました」
「「「「「…!」」」」」
部屋の空気が凍りついた気がした。
分かっていないのは結衣だけのようで、ノクスの表情が一段と厳しいものに変わる。
「ノクス…禁制薬草って…?」
「ごくごく少量なら治療にも使えるが…依存性や毒性が高く、随分昔に栽培を禁止されたものだ」
ノクスはベルンへの視線を外さずに続けた。
「…魔族領では、所持することも栽培することも極刑に値する」
「…!」
ベルンの肩がずっと震えているのは、これから起こる未来に対しての恐怖なのか、それとも…。
「…だから私は、人間の国へ流しました」
魔族領で売買すれば足がつきやすい、だから商人を通じて人間の国へ流し、その利益は全てこの地のために回した…ベルンが続けた言葉に、結衣の表情は曇った。
「大変なことをしたのは分かっています…でも、私はバフォメット族のこの土地を守りたかった…」
「ベルン…」
エルバが何かを言おうとするが、口を開きかけて結局何も言えずに沈黙する。
「一つ聞こう。ここまで事態が悪化する前に、なぜ私へ報告しなかった。」
ベルンは唇を噛む。
「……最初は、些細な変化だったのです。」
「需要も減っていましたし、収穫量も減っていました。」
「ですから、均衡が取れていると思っていました。」
静かにエルバも口を開いた。
「西部地方は、薬草でこの国を支えてきました」
「自分たちの問題は、自分たちで解決したかったのです」
「ですが年々収穫は減り……それでも魔王様へ申し上げれば、領地運営能力を疑われる」
エルバの声が、わずかに揺れた。
「我らは、まだ領地を任されて日が浅い。薬草の管理すら出来ないと言われれば——」
「……領地替えも、覚悟しておりました」
バフォメット族の人たちは、皆視線を下に向けている。
きっと、みんな思うところは同じなのかもしれない。
みんなそれぞれ頑張って、でも上手くいかなくて、気付いた時にはもうどうにも出来なくて…。
「愚かだな…。私は領地を守るために置いているのであって、奪うためではない」
ノクスの声が静かに響いた。
「でも…相談って、難しいと思う…」
米屋にいた時からずっと一緒にいたから、ノクスが酷い判断をする人とは思わない。
…今だから言えることだけど。
「迷惑かけたくないし、自分達でどうにかしなきゃって思っちゃう」
「…私も最近身にしみて知っている」
ノクスが結衣をジッと見てくるので、結衣はバツが悪そうに身じろいだ。
「だからこそ、報告しやすい制度がなかった自分にも責任はある」
ノクスの目元が一瞬だけ和らいだけれど、ベルンを再び見た時にその光は消えてしまった。
「…だが、禁制薬草の件は事が大きすぎる」
「…はい。覚悟は出来ております」
項垂れるベルンの足は震えたままで、見ているだけで痛々しい。
「魔王様! ベルンの所業を招いたのは私の力不足でもあります!罰を受けるのは私も同じです!」
エルバが深く頭を下げる。
ノクスはしばらく二人を見つめた後、静かに口を開いた。
「……判決は、全ての事実を確認した後に下す」
「情状も、責任も、その時に全て考慮する。それまでは、誰一人として罪人と決めつけることはしない」
その言葉に、ベルンが小さく顔を上げる。
「ベルン、エルバ」
「両名は一室にて謹慎。監視下に置く。沙汰が下るまでは、決して部屋を出るな」
「……はっ」




