第54話 追加監査
今度は城から離れた山岳地帯での薬草栽培を見に行くことになった。
平地では育たないものを、山で栽培しているらしい。
(山にはあんまり良い思い出がないんだけどな…)
思い出すのはアイルたちと登った、切り立った崖のような足場の山。
あんなに怖い思いをするのは、もう勘弁してほしい。
(それにキリにもアイルにも迷惑かけちゃったし…)
途中から意識を失った結衣を運んでくれたキリとアイル。
エルフの里で、変わらず接してくれた二人は本当に優しい。
少しだけ思い出した結衣の胸がざわめいた。
「大丈夫か?顔色が優れないように見える」
思わず顔に出てしまったんだろうか。
ノクスがこちらを覗き込むように見ていた。
「疲れたのなら明日にしてもいい。戻るか?」
「平気だよ。ちょっと山登りは不得意なだけ」
「…抱き上げて運ぶか?」
「本当に大丈夫!!」
ノクスなら本当にやりかねなくて、結衣は全力でお断りした。
(そんなに全力で拒否するほど嫌なのか…!?)
ノクスが少しだけ肩を落としていたけれど、結衣は早足に歩いていて気づきもしなかった。
(魔王様、ユイ様は恥ずかしがっているだけなのですよ…)
もちろん、クロードの心の声は魔王には届かない。
思ったよりも普通の山で、切り立った部分は客人には危ないということで遠目から見るだけになった。
作業をしている人たちは、やっぱり皆山羊の顔をしている。
現場監督を務める茶色い山羊のゴルンが、高所で作業する人たちを指差しながら、ぶっきらぼうに説明する。
「あの辺は希少な薬草が育ちやすいが、量が取れない。だから、親株を残して周りの葉を取っている」
エルバよりも筋骨隆々に見えるのは、やはり高所での作業が多いからなのだろうか。
あちこちに傷跡のようなものがあって、それが妙に迫力がある。
「あんなに高いところまで…。怪我とかしないんですか?」
思わず結衣が心配そうに言うと、ゴルンは大きく鼻で笑った。
「ハッ!うちの連中は、そんな柔じゃねぇ。落ちるような奴は俺が直々に叩き直してやるさ!」
声も大きくて、まるで頑固な職人みたいな人だと結衣は思う。
その時、上の方で誰かが叫んだ。
「危ねぇっ!」
パラパラと何かが降ってきたと思った次の瞬間、ゴルンが一歩跳躍した。
ひと蹴りで10メートルほど跳び上がったゴルンは、手に持っていたツルハシを一振りする。
途端に、結衣たちの周りに小さな岩の塊が鈍い音を立てて地面にめり込んだ。
「馬鹿野郎!!お客人に当たったらどうするんだ!」
「すいやせん!!」
地面に軽く降り立ったゴルンが、ノクスに深く頭を下げる。
「大変申し訳ありませんでした、魔王陛下」
「構わない。あの程度だったら、防御術式で簡単に弾かれる」
いつの間にか結衣たちの周りには薄い幕のようなものが出来ていて、ノクスが手を一振りするだけでかき消えた。
「一応、薬草と一緒にめぼしい鉱石を掘れって命令がありまして…」
確かに、地面にめり込んでいる岩は土の色とは違って、鈍く濁った色をしていた。
「こんなくずみたいな鉱石、何に使うのか知りませんけど…」
ため息をついたゴルンが、地面にめり込んでいた鉱石の一つを拾い上げる。
「あの…その鉱石って、結構取れるんですか?」
「そんなに量は取れないし、鉱石自体は二束三文。なんなら輸送費だけで赤字になるんじゃないか?」
ゴルンは溜まった不満をぶつけるように続けた。
「なんなら運ぶのにも手間がかかるし、正直時間を浪費するだけで良いこと何も思いつかねぇけど、お上が言うんじゃ仕方ねぇ」
薬草と一緒に運んでいるらしいが、以前は薬草だけで飛竜の荷馬車であっという間に運べたのに、鉱石があることでわざわざ陸路を行くという。
手間も時間もかかるのに、給料は変わらない。
「薬草は陸路でも問題ないのか?」
ノクスが聞くと、ゴルンは首を傾げながら言う。
「以前は飛竜便で一気に運んでいたんですがね。今は”薬草は衝撃を避けるため陸路で運べ”ってお達しで。そのついでに鉱石も積んで運んでます。」
「俺が現場監督になった時には、もうそれが当たり前だったからなぁ…」
俺は薬草は採れるが、その後の加工についてはさっぱりだ!そう言って頭をかくゴルンは嘘をついているようには見えない。
「ねぇ、ノクス…」
「あぁ。…レティシア、セヴランに連絡を」
「かしこまりました」
バフォメット族の城に戻り、一室に集まった結衣たちは持ってきた資料を広げた。
ゴルンから借り受けた帳簿、城から持ってきた西部地方の報告資料、セヴランが集めたという帳簿や倉庫の資料。
そして、その周りを小さな小さなコウモリがひらひらと飛んでいる。
「やっぱり、ゴルンさんたち現場の記録と、王都に報告されている輸送費が合わない」
結衣がそれぞれを見比べながら言うと、ノクスは小さく頷く。
「あぁ…途中で記録を改ざんしているのが、これで明確になった」
周りをひらひらと飛んでいたコウモリの1匹が、魔王城にいるはずのセヴランの声で喋り出す。
「まさかこのような手法だとは…不覚です」
セヴランの能力だという分身体のコウモリが、大きくため息をついたような気がした。
「後は、黒幕が誰かという話だな」
(誰なんだろう…エルバさんじゃないといいな…)
結衣の気持ちに反応するように、一瞬淡く光った帳簿が開かれる。
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追加監査を開始します
対象を絞り込みます
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パラパラと机の上に置かれた資料が一斉に動き出す。
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監査結果
追加調査が必要です
容疑者候補
・会計責任者
・輸送責任者
・経理補佐
より詳細な監査を行うには
雇用契約を締結してください
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「雇用契約…そうか、結衣の帳簿には詳しく契約した者の情報が出るんだったな」
ノクスがクロードに言った。
「急ぎ、エルバを呼べ。そして…」
「会計責任者、輸送責任者、経理補佐の三名も、この部屋へ。」
「かしこまりました」
部屋に呼ばれたエルバと他の3人は訳がわからないようだった。
一番小柄な山羊は結衣よりも小さくてオドオドしているし、体格のいい山羊は急な呼び出しに怒っているようだし、細身でメガネをかけた山羊は年配の人のようで、少し眠そうだ。
「一体、どうしたというのですか」
エルバが困惑したように尋ねる。
「まずは、そこの3人にこちらの契約書にサインをお願いしたい」
ノクスが渡したのは、簡易的に作った契約書。
「…雇用契約書?」
「なんだってこんなものにサインを?」
「雇い主は…」
雇い主はもちろん結衣になっている。
聞いたことのない名前に3人とも戸惑っているようだった。
「西部地方の会計資料に、確認したい点が見つかった。そのため、三名には簡易雇用契約を結んでもらう。」
「確認したい点、ですか?」
「あぁ。すまないが、ここは魔王である私を信じて署名して欲しい」
国のトップにここまで言われてしまえば、引き下がることは出来ない。
3人ともペンを取りサインをした。
途端に、帳簿が開いて文字が浮かび上がってくる。
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氏名:ノエス
役職:経理補佐
取得物
・給与
・住居
負債
・母への仕送り
・書籍代未払い 銀貨5枚
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「母への仕送り…」
「書籍代未払い…」
「な、なぜそれをっ…!」
細身でメガネをかけた山羊の人が結衣とノクスの言葉に慌てる。
続けて、ページが一枚めくれて新しい文字が浮かび上がった。
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氏名:ガレス
役職:輸送責任者
取得物
・給与
・住居
負債
・酒場へのツケ 銀貨12枚
・折れたツルハシの弁償代
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「酒場へのツケ…」
「ツルハシの弁償代?」
「なっ!?そ、それは関係ねぇだろ!?」
ちょっと支払いが遅れてるだけだ…ゴニョゴニョと、体格のいい山羊の人が何か言っている。
次のページが開かれて、文字がじわりと浮かび上がってきた。
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氏名:ベルン
役職:会計責任者
取得物
・給与
・住居
負債
照合中……
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「照合中…?」
さっきまでとは違い、出てくるのに少し時間がかかっているみたいだ。
部屋に静寂が落ちて、誰も口を開かない。
帳簿だけが、パラ……パラ……とゆっくりページをめくっていく。
「……そんなことがあるのか?」
ノクスが小さく呟いた。
結衣も不安そうに帳簿を見つめる。
すると…
パラリ。
最後の一枚が開き、文字が浮かび上がった。
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追加情報を検出
負債
・裏帳簿
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「……裏帳簿?」
ノクスの低い声が部屋に響く。
その瞬間だった。
ベルンの肩が、わずかに震えたのは。




