表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
55/66

第53話 バフォメット族


セヴランは帳簿を見つめたまま、静かに口を開く。


「……実は、この件には以前から違和感を抱いておりました」

クロードが息を飲んだ。


「やはりか」

ノクスの一言に、セヴランは小さく頷く。


「ただ、どれも一件一件はごく僅かな誤差でした」

「計算も税額も合っている、書類上の不備もない」

「それゆえ、単なる記載ミスや産地変更の可能性も否定できませんでした」


苦々しいものを思い出すように、セヴランの表情は曇る。


「私は独自に部下を送り、帳簿・流通・倉庫を調査させました」



「領内の記録は全て一致、倉庫も問題なし」

「違和感はある。…ですが、決定的な証拠には届きませんでした。」


ノクスは腕を組みながらセヴランに問う。


「怪しい者は」

「数名まで絞り込んでおりますが、推測だけで拘束することは出来ません」

「当然だ。憶測だけで人は裁けん」


憶測だけで拘束してしまえば、それは独裁者になり、目指す統治とは違ったものになってしまう。

話し込むノクスたちを横目に、結衣はなんだか大変なことになってしまったと思った。


(ただちょっとだけ疑問を持った鉱石の話が、まさかここまで大事になるなんて…)


「魔王様、リシェルに捜査協力を依頼しては?」

「そうだな。セヴランの部下で見つけられないのなら、より深く潜り込んで捜査する必要がある」


深く考え込んでいたノクスの視線が、不意に結衣に向けられる。


「…潜入捜査ではより時間がかかる。それよりももっと早い方法があるかもしれないぞ」





翌日、結衣は空飛ぶ竜車の中にいた。

馬車の竜バージョンのようなもので、人が乗れる部分を飛竜が空を飛んで引っ張るというものだ。


剥き出しの飛竜に乗って行くことになるのも嫌だけれど、このジェットコースターのような感覚も結衣には苦手だった。

進行方向に体は向いているけれど、ジェットコースターと違って持ち手も安全バーもない椅子に座っているのは、なかなかスリリングだ。


顔が引き攣る結衣が思わず拳を握り締めると、それを見ていたノクスが結衣の肩を引き寄せた。


「怖ければ寄りかかっているといい。安心しろ、怪我もさせないし、そんなことを許す私ではない」


体ごと引き寄せられて、思わずノクスと密着することになってしまった結衣の心臓が、今度は別の意味でドキドキし始める。


(…これはこれで緊張するんですけど!?)





「ようこそ、おいでくださいました魔王様」


深々と頭を下げるのは、真っ白なふさふさとした毛を持つ、見た目は山羊の男性だった。

頭をゆっくりと上げると、立派な角も相まってとても長身に見えるし、並ぶとノクスよりも大きく感じた。


「突然の来訪にも関わらず、手厚い歓迎を感謝する」

「いえいえ。魔王様がいらっしゃるのならば当然のことです」


ノクスと握手を交わす山羊の人…バフォメット族のエルバさんというらしい。

大きな体とは裏腹に、その物腰は穏やかで、どこか安心感を覚える人だった。

結衣から見れば、完璧に二足歩行の山羊にしか見えないのだけれども。


「こちらは結衣だ」

「初めまして、結衣といいます」


「初めまして。…おや?」

「あぁ。結衣は人間だ」


首を傾げたエルバさんに、ノクスが間髪入れずに答える。


(見た目だけで人間って分かるものなのかな…?)


「結衣には今、魔族領内について学ばせている。今回は、貴殿の薬草に興味があるということで連れてきたのだ」

「ほぅ…我が領内の薬草に興味をお持ちとはお目が高い!」


優しげに細められた目から、人間ということにはあまり嫌悪感を抱いていないように見える。


「エルバ様」


ふと、今までノクスの後に控えていたクロードがエルバの側まで歩み寄る。


(結衣様は、ゆくゆくは魔王妃となられるお方です。…今回のこれは、公にしていない公務ですが、くれぐれもこのことはご内密に)

(何と…!あの噂は誠でしたか!)


ボソボソとエルバの耳元で喋るクロードの声は、残念ながら結衣には聞き取れなかった。

小さく咳払いをしたエルバが結衣たちに向き直る。


「魔王様、ユイ様。まずは旅のお疲れを癒せるよう、お部屋にご案内いたします」


続いて、エルバは側にいた従者に耳打ちする。


(急ぎ、魔王様のお部屋をユイ様のお隣へ。失礼のないよう、最上級客室をご用意するのだ。)


従者の目が一瞬だけ丸くなる。


(承知いたしました。)

一礼すると、従者は矢のように城内へ駆けていく。


「ささ、どうぞ」


エルバが手を広げ、結衣たちを城内へと促した。




「美味しい…」


馴染み深い色の緑色。魔王城でよく飲んでいたのは紅茶に似ていたけど、これは完璧に緑茶だ。

紅茶ももちろん嫌いではないけれど、やっぱり緑茶を飲むととても落ち着く。


「魔族領では紅茶(クレチャ)が主流ですが、ここ西部地方では緑茶(ミドリチャ)が有名なのです」


結衣の荷物を整理していたレティシアが教えてくれた。


「もしお気に召したら、城でも出せるよう買っていきますか?」

「うん!お願い!」


まさかこんなところで日本を感じられるとは思わなかった。

結衣が思わず笑顔で頼むと、レティシアはほんの少しだけ口角を上げた。


いつも昼間ついていてくれるのはノエルだが、ノエルには子供も沢山いるし、何より…。


「夫を残していくと、城が半壊しかねませんので」

「そ、そうなんだ…」


ニコニコと笑うノエルの言葉が嘘か本当かわからないけど、魔族だったらそういうことってあるもの…なの?


「さぁ、ユイ様。ノエルよりユイ様の魅力を魔王様へ遺憾無く発揮せよ、と命を受けておりますので、そろそろ後支度の方宜しいでしょうか?」

「お手柔らかにお願いします…」




「すごい…これ、全部薬草なんですか?」

「はい。我が自慢の薬草園になります」


目の前に広がる一面緑色は圧巻だ。

まずは城の近くの薬草園を、とエルバが直々に案内を買って出た。


ドーム状の幕に覆われた中に入ると、均等に並んだ緑色がぎっしりと生えている。

列ごとに色の違うものや背丈の違うものもあるから、多分種類が違うのだろう。

入る時に何の抵抗もなかった薄くドームのような幕は、術式で展開されたもので雨風をしのいでくれる物だという。


エルバが薬草の葉を一枚摘むと、そっと結衣の手に置く。


「どうか匂いを嗅いでみてください」


言われるがまま鼻先に近づけると、ミントのような爽やかな香りが広がった。


「良い匂い…」

「好き嫌いのある匂いなのですが、ユイ様のお気に召したようで安心しました」


そのままエルバがもう一枚薬草の葉を摘み取ると、そのまま口の中に入れた。


「匂いももちろんですが、薬草の良し悪しを決めるのは味なのです。私たちは、定期的に味を確認して、時期によって加工の方法を変えるのです」


(お米と同じだ…)


エルバの言葉に、結衣は小さく頷いた。


「ちょっと分かる気がします…」


お米も、見た目の良し悪しはもちろんある。

玄米の状態だと豊には叶わないけれど、精米した白いお米のことなら結衣の方が得意だ。


粒の大きさ、形、実際に炊いてみた加減から、お米同士のブレンドの配合を変える。

1年を通して、安定した味を提供するために食味はとても大事なのだ。


「私の故郷の食べ物も、必ず味を確認しないと、その時の水加減とか配合の仕方が変わるんです」

「なんと!人間の食べ物も奥が深いのですね…!」


「食べたい種類の食事に合わせて種類を変えてみたり、その年によって出来が違うので、毎年同じでは出来なくて…」

「そのようなものがあるのですか…。叶うことなら、いつか食べてみたいですね」


エルバとは通じ合えるものがあるかもしれない…結衣は話ながらそう思った。





おまけ


「やはり場所によっても味が微妙にことなったりするので、私たちも日々研究しているのですが、これがまたなかなか…」


「分かります!私の方は品種が多すぎて、ある程度絞ってブレンドしているんですけど、お客さんのニーズに合わせた配合って簡単に作れなくて」


「何枚も何枚も食べているうちに、腹も膨れてくるし、種類が増えれば増えるほど、しっかりした記録をつけないと訳がわからなくなったり…」


「本当にそうです!でも中途半端なものは出したくないしって…」

「えぇ!分かってくださいますか!」


エルバが思わず結衣の両手を握る。


「最高のものを届けたい、その一心なのです!」

「そうなんです!」

「「「……。」」」


結衣とエルバの後ろでは、完全に空気となっているノクスたちがいた。


(片方は薬草、片方は米について語っているのに、なぜこんなに意気投合しているのだ)


ノクスが小さくため息を吐く。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ