第52話 新たな火種
竜舎というやつなのだろうか。
見慣れない人が来たせいなのか、興味深そうにこちらを見る飛竜や、興奮したように鼻息を荒くする飛竜もいる。
結衣は少しだけノクスに隠れながら、腕に抱いている子竜を抱え直した。
「ご苦労様です、魔王陛下」
「これが保護された飛竜の子だ」
ビシリと敬礼をした兵士の人が、結衣の腕の中にいる飛竜に視線を向ける。
「珍しい…白い飛竜ですか」
「あぁ。ほとんど生まれた個体は弱って死んでしまうが、結衣のお陰でここまで元気になった」
「うちでも育て上げた実績がありません。そんな難しいことを…一体どうやって…」
驚いたように結衣を見る目には、是非そのやり方を聞きたいとばかりの好奇心が見え隠れしている。
「それはこちらの事情で言えなくてな。いずれ、機会があれば見せよう」
「はい!その時は是非!!」
「…結衣」
ノクスに促されるように、結衣はそっと子竜を地面に下ろした。
子竜は自分を見つめる他の飛竜たちを興味深そうにキョロキョロと見渡していた。
「さぁ、行って。あなたのお友達が沢山いるよ」
周りを見渡して一歩二歩と進んだ後で、結衣がついて来ていないことに気付いた子竜が、結衣を呼ぶように鳴いた。
「キュル」
「私は一緒にはいけないの。また遊びに来るから、行っておいで?」
しゃがんで子竜の頭を撫でるけど、子竜はまるで戯れるように結衣の手をぺろぺろと舐める。
困ったように眉を寄せる結衣に、兵士が苦笑いをしながら言った。
「とても懐いていますね…飛竜は記憶力の良い生き物です。きっとあなたにお世話されたことがとても嬉しかったのだと思います」
懐いてくれるのは嬉しいけれど、このままではこの子のためにならない。
「…どうか、この子の名付け親になっていただけませんか?」
「名付け親…」
「キュル?」
首を傾げる姿は本当に可愛らしい。
白くて丸い姿は、まるで真っ白な炊き立てのお米みたいで、大きく開かれた口はまるで笑っているように見える。
「……ニコ」
「にこ?」
「うん。この子はニコ。食べた人が、ニコニコ笑顔になるようにってつけられたお米の名前から」
この子の存在が、周りをニコニコさせる存在になって欲しい。
「結衣らしいな」
小さく笑ったノクスが、ニコの頭を撫でた。
「聞いたか、お前はニコだ。その名に恥じぬよう、しっかり訓練するのだぞ」
「ほらおいで、ニコ。あっちに君と同じくらいの子たちがいっぱいいるぞ?」
兵士の人が指差した方には、ニコと同じくらいの大きさの子たちがジッとこちらを見ていた。
興味が引かれたのか、ジッとそちらを見るニコが、確認するように結衣の顔を見上げた。
「ニコ」
「キュル!」
耳を持ち上げて、まるで自分の名前が分かっているかのように返事をしたニコ。
結衣は精一杯の笑顔で、ニコのお尻を押した。
「行ってらっしゃい」
ニコのいなくなった部屋は、どこかちょっと寂しくて、結衣は落ち着かない気持ちを流し込むようにお茶を飲む。
一人、部屋で本を読むのにも、そろそろ飽きてきた頃だ。
「…仕事したい」
こういう時は、体を動かしている方がずっといい。
書類は苦手だけど、気が紛れるからセヴランさんのお手伝いでも構わない。
なんならメイドさんたちの手伝いでもいいくらいだ。
「ダメです」
セヴランさんの部屋に突撃したら、問答無用で追い出された。
「あなたにはあなたの仕事があります」
「え!?私にしか出来ない仕事って…」
「どうぞ、魔王様のお相手を存分に務めてください」
ピシャリと閉められた扉は、どうやっても開きそうにない。
(ノクスの相手って…ノクスに仕事もらえってこと…?)
「ということで、何か仕事ちょうだい」
さっき起こったことを話すと、クロードさんが天を仰いでいた。
「もう外堀はほぼ埋まっている気がします…」
「クロードさん、どうかしたの?」
「…いや。最近、忙しくて疲れているだけだ」
ノクスに小声で聞くけれど、大したことはないと言わんばかりの表情のノクスに、結衣は渋々引き下がった。
「では、私の仕事を手伝ってもらおう」
「魔王様!?」
魔王が請け負う仕事なのだから、それこそ国の一つ一つの大事な取り決めを行う作業だというのに、文字を覚えたての人間に任せるのですか、とクロードの顔には書いてある。
「心配ない。種類を分けて、数字が合っているかのチェックをするだけだ」
「それならば…」
数字が合っているかの作業は、本来は魔王の手元に来る前に終わっている作業だ。
けれど、それをいうほどクロードは馬鹿ではないし、何より働きたいという結衣の願いを叶える為に。
「頼めるか、結衣?」
「うん!」
途端に嬉しそうに笑うものだから、クロードは本当にこの方には敵わない、と思った。
(ここまで来たのなら、いっそ本当に魔王妃にしてしまえばいいのです…!)
クロードが密かにノクス側についたことなど、結衣もノクスも全く知らない。
書類は自動分別で簡単に分けられるけれど、数字のチェックはそうはいかない。
一枚一枚、丁寧に見ていく結衣は、ある項目の部分で手を止めた。
数字は確かに合っている。
トータルの金額も、計算も合っている。
けれど。
一緒に持ってきたノートを開いて確認する。
「やっぱり…」
何度か同じように確認するけれど、どうしても拭えない疑問。
「どうした」
ノクスが結衣の手が止まっていることに気がついて声をかける。
「あのね…間違いかもしれないんだけど…」
「構わない。疑問を抱えたまま進めるほど愚かなものはないし、理不尽に叱りつけるほど私の度量は狭くないぞ?」
「知ってる」
小さく笑った結衣は、ノクスがそんなことで怒る人ではないともちろん知っている。
必要な時は支えてくれて、間違えそうになれば答えではなく考え方を示してくれる。
理不尽に怒鳴りつけることもしないし、間違ったことを頭から否定しない。
なぜそうなったのかを考えさせて、そして次の解決策を模索する。
米屋にいた時からずっと寄り添ってくれた姿を知っているから、結衣は今こうして口に出せる。
「この鉱石なんだけど…産地がおかしい気がして」
「産地?」
「うん。ここって薬草で有名なところなんでしょう?」
この前ノクスが突然始めた魔族領の講義。
魔族領の中にも取れる資源と取れない資源があって、それぞれを領主が国に納めている。
けれど、前回教えてもらったこの場所は、薬草が豊富な場所であって鉱石ではない。
「量は沢山じゃないけど、これってこの場所でも採れるものなの?」
「……クロード、西部地方の過去30年分の記録を持ってこい」
「かしこまりました」
ノクスの声に、すぐに反応したクロードが部屋を飛び出していく。
「確かに、量は大したものではない…が」
量は大したことがないゆえに、数値として見ていなかったかもしれない。
産地以外の場所でも獲れる可能性も否定できない。
けれど、産地以外の場所で獲れるものは品質も落ちるから、この値段では流通しないはずだ。
ノクスはジッと資料を見た後に、結衣に言った。
「結衣、監査を使えるか?」
「あ、そっか。原因が分かるかもしれないもんね」
“監査”
結衣の言葉と共に、パラリと開いた帳簿に文字が浮かんでいく。
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監査結果
鉱石流通記録
異常を検出
照合開始
……
流通経路不一致
産地記録改ざん疑い
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「改ざん…だと」
ノクスの鋭い視線が帳簿を見る。
「持ってきました。過去30年分です」
これでもかというほど分厚い束の資料をワゴンに入れてクロードが戻ってくる。
「…これ、一個一個チェックしなきゃなのかな」
あまりの資料の多さに、結衣の気分は沈んでいく。
「まずは同じ領主の昨年の分を確認してからにするか」
ノクスがワゴンの中から一冊の資料を取り出すと、テーブルの上に広げた。
資料を分けて、それぞれが鉱石の記録を探していく。
「あ…あった」
上から順番に見ていた結衣が声を出すと、ノクスもクロードも声を出す。
「こちらにもあった」
「こちらにもです」
どの数字も大きいものではない。
「問題は、他の年もある可能性が高いということだな…」
「はい。しかも、違う領主の場所にも可能性があるかもしれません」
「仕方がない。人手を増やすか」
3人で一つ一つ探していては、途方もなく時間がかかりそうだ。
その時。
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追加情報があります
継続監査を実行します
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「…!」
一瞬だけ、淡く帳簿が光を纏った気がした。
すると、まだ広げていない他の資料のページが勝手にめくられていく。
まるで見えない誰かが資料を読み漁っているかのように、室内には乾いた紙の音が響いた。
「これは…」
ノクスが驚いたように結衣を見るけれど、結衣が特に何かを言ったわけではない。
やがて全ての資料が静かに閉じられると、帳簿の文字が書き換わっていった。
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分析開始
関連記録照合
過去31件を検出
※継続的改ざんの疑い
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「…31件、か」
ノクスが資料と帳簿とを交互に見る。
しばらく考えていたノクスは、ゆっくりと口を開いた。
「…クロード、セヴランを呼べ」
「…かしこまりました」




