第51話 大切に保管されてます
「報告します」
「聞こう」
頭を垂れて、ノクスの前にいるリシェルは先ほどとは打って変わって別人のようだ。
(普段から、こんな風だといいのですが…)
仕事は真面目にこなす…だけではないかもしれないが、さっきの結衣の部屋に突撃したような部分がなければ、クロードもここまで頭を悩ませることはないのだが。
「人間の中心都市に向かったとされるエルフ二人との連絡から、個人的な用が出来たために聖人と勇者の存在を確認はしたが、帰還はしばらく時間がかかりそうとの報告を受けました」
「個人的な用…?」
「そもそも、城の内部奥深くまで行かなければ聖人と接触すら出来ないそうなので、コンタクトの取りようがない、とも言っていました」
「城の内部か…少々厄介だな」
「ですので、私の人形の一人を教会に忍ばせました。残った部下と、定期的に連絡を取る手筈となっております」
「分かった。すぐに動ける状況にない、ということだな」
力でねじ伏せてしまうのは簡単だが、別に人間と争いたいわけではない。
ここは諜報担当のリシェルに任せるのが良いだろう。
ノクスが小さく頷くと、リシェルがそっと顔を上げた。
「時に魔王様…」
「なんだ」
リシェルがそっと小さな箱を取り出した。
そのまま恭しくノクスに捧げるように渡す。
受け取ると、中からタプン、と液のようなものが傾く音がした。
中を開けば、淡く発光した小瓶が数本並んでいる。
「これは?」
「これは、魔王様の配下たる私めからの、ささやかな贈答品でございます」
「贈答品?」
意味が分からないとばかりにリシェルを見る魔王に、笑みを深くしたリシェルが言う。
「魔王様におかれましては、魔王妃様となられる方との仲が大変宜しいと、国中の噂となっております」
「なっ…!」
「もう…私のいた魔族領の端の端まで話が行き届いていましたのよ?」
人間の国にいるアイルたちと連絡を取らせるために、確かにリシェルに最南端まで行かせたが…。
「ついに魔王様が魔王妃様を娶られる…どの街も村もお祭り騒ぎでした」
「それは…」
やっぱり、と言うように頭をかかえるクロード。
「城に戻れば、もう一夜を共にされたと噂が飛び交い、さらに連日の如く愛し愛され…」
「ちょっと待て。城中でそんな話が広がっているのか」
「はい。知らぬものはいないでしょう」
思わずノクスも黙り込んでしまった。
これ幸いに、リシェルが饒舌に話出す。
「その神秘的な朝をこの目に映すことが叶わなかったのは残念ですが…私から、さらに魔王様が喜ばれるようにと、厳選させていただいたお品を是非使って欲しく…」
「…ちなみに、中身はなんだ」
「魔王様!?」
クロードが驚いてノクスを見るが、視線をそらしたノクスはどこか別の方を見ている。
「では、少々刺激的なゆえにお耳を拝借いたします…」
ゴニョゴニョと魔王の耳元で何かを囁くリシェル。
何かを喋るたびに、ノクスはほう、だのうむ、だの言っているけれど、残念ながらクロードにはリシェルが何を喋っているのか分からない。
「…と言う具合でございます」
「…これは、使う機会がないかもしれない」
「そんな…!」
ショックを受けたように座り込むリシェル。
クロードがほっと胸を撫で下ろしたのも束の間。
「だが、大変危険なものだと判断した故、私が預かっておく」
「まぁ…!」
「魔王様!?自分が何を言っているのか分かっているのですか!?」
「是非是非!魔王様に預かってもらえるなら安心です!たとえ中身がなくなっても、私は一向に構いません」
「うむ」
「うむ、じゃありませんよ!?」
結局、クロードがどれほど騒いでも、リシェルが持ってきた謎の箱はノクスが丁重に自室に持ち帰ったらしい。
「それじゃあ、アイルたちが帰ってくるまで、まだ時間がかかりそうってことなんだね?」
「あぁ。定期的に連絡はしているから、進捗があり次第お前にも伝える」
眠い目をこすりながら、ノクスから聞いた情報を整理する。
飛竜を使ったことで、1日で人間の国まで辿り着いたけど、その先までが中々辿り着けないこと。
急用が出来て、そもそも帰還するのが遅れること。
「アイルやキリが無事だったら、それでいいよ」
兄やエレンのことも気になるけれど、まずは二人が無事なことが嬉しい。
「意外だな。もっと豊のことを心配すると思っていた」
結衣にとって唯一の家族は、豊だけと言っても過言ではない。
だからこそ、ノクスが不思議がるのも無理はないけれど…。
「お兄ちゃんって、案外どこに行っても平気なタイプだし」
父と一緒に県外の農家に行った時も、一人でフラフラ迷子になって、いつの間にか色んな人と仲良しになって帰ってくるタイプだった。
「心配だけど、エレンが近くにいるならなおさら大丈夫かなって」
エレンは逆にとてもしっかりしていると思う。
相手の懐にするりと入り込む営業トークは間近で見てきたし、なんだかんだ言って面倒見が良いとも結衣は考えている。
「キュルル…」
今日のご飯を食べ終えた子竜が、甘えたように鳴く。
子竜はすっかり元気になって、今では自分でご飯を食べられるようにまでになった。
こうして喉を鳴らすのは、甘えている時だとノクスは言っていた。
「うん、良い子。全部食べられたね」
頭を撫でると、気持ちよさそうに目を細める姿がたまらなく可愛い。
ふと、昨日の夜のことを思い出す。
頭を撫でた後、息がかかるまで近づいたノクスの顔。
そして…。
「結衣?顔が赤いぞ」
「な、なんでもない!」
眠気を必死に抑えながら迎えた朝食では、ノクスはいつもと全く変わらなくて。
結局あれは寝ぼけていたらしい。
「元気になったのなら、そろそろ飛竜部隊に預けても良い頃だな」
「そう、だね」
飛竜のことに長けた人たちが所属する部隊だと言っていた。
他にも訓練中の子たちもいるし、ずっと同じ部屋にいるわけには行かないのは分かっているけれど、こうして甘えてくれるのを見ていると離れるのが名残惜しい。
そんな結衣の様子を見ていたノクスは、小さくため息を吐きながら言った。
「まだ、環境が変わったばかりだからな。…今日までは共に寝るのを許そう」
「…!」
「寝るまでは一緒に見ているからな」
「…っ」
嬉しい、と思ってしまう自分がいる。
けれど、そんな気持ちを隠すように結衣は子竜の頭を撫で続けた。




