第50話 大人扱い
ノクスはノルティアがまとめた分析結果を見ていた。
稲の中に含まれる魔素濃度。
そして稲の周辺の魔素濃度の変化。
土中魔素濃度の変化。
正確な数値の変化からの考察が描き連なり、最終的に段々とノルティアの私情の入った熱のこもった熱弁が続き、何故か炊飯器の分解を強く進める案までねじ込まれている。
(全く…困ったものだ)
優秀な人材であることに変わりはないが、どうにも魔道具のことになるとタガが外れる傾向が強い。
困ったものだとノクスがこめかみを指でほぐしていると、横から結衣が声をかける。
「…ノクス?頭痛いの?」
「…いや。ノルティアの報告書が少し、な」
不思議そうな顔の結衣はベッドに横になっていて、その横では丸くなった飛竜の子が寝ている。
流石に同じベッドに寝るわけにもいかず、結衣が眠るまで側に置いた椅子で様子を見るつもりだった。
それなのに、結衣ときたら不思議そうな顔をして言うのだ。
「あれ?一緒に寝るんじゃないの?」
「…。」
いくら一つ屋根の下で暮らしたとはいえ、流石に同じベッドで眠ることがどういうことなのか分からないほどノクスも馬鹿ではない。
結衣から信頼されているのは分かるが、これはこれで複雑なものがある。
「ノクス、本当に横にならなくて平気?」
「平気だ。良い子だから、大人しく目を瞑っていろ」
手を伸ばして結衣の頭を撫でる。
そうすれば、恥ずかしそうに布団で口元を隠しながら言う。
「…また子供扱いして」
つい結衣の頭を撫でたくなるから、子供扱いをしていると思われているのだろうか。
「それなら…」
そっと手をついて、ベッドに体重を乗せる。
小さく軋んだベッド。
そのまま結衣の顔の近くまで寄ると、途端に慌てたように目を見ひらく姿に、自然と笑みが溢れる。
「大人の扱いをされたい…そう言うことでいいのか?」
息がかかるほどに近い距離。薄暗い中でも、結衣の顔が真っ赤に染まっていくのが分かった。
「早く寝ろ。もう夜も遅い」
小さく笑ったノクスに、結衣は頭まで布団を被って顔を隠してしまった。
(絶対に揶揄われたっ…!)
恥ずかしさのあまりに布団を被って悶絶していた結衣は、早くなる心臓の音を聞きながらノクスが小さく笑う声を聞いた。
やがて、室内で流れるのは子竜の規則正しい寝息と、ノクスが暇つぶしに持ってきた本をめくる音だけ。
気づけば結衣は、布団を被ったまま眠ってしまっていた。
ほんのひとときの間なのか、しばらく寝てしまっていたのか分からないけれど、不意に目覚めた結衣は静かな室内で聞こえるのが子竜の寝息だけになっていることに気付いた。
(ノクス、部屋に戻ったのかな…?)
頭まで被った布団をそっと下ろすと、柔らかな室内灯の中で、ノクスが椅子に座ったまま眠っているのが見えた。
本は膝に置かれたままで、そのまま眠ってしまったのだろう。
柔らかな光に照らされる姿は、まるで一枚の彫刻のように美しくて、思わずジッと見ていたくなるほどに綺麗だった。
結衣が音を立てないように起き上がっても、気づく様子はない。
そのまま椅子の横に立てば、いつも見上げた先にしかないノクスの顔がすぐ側にある。
(…すき、だな)
ノクスの大きな手で頭を撫でられるのは好きだ。
ただ、子供扱いされている気がして嫌なだけで。
ノクスの綺麗な真紅の瞳で見つめられると、落ち着かなくてソワソワする。
ノクスの低い声で名前を呼ばれる度に、嬉しくなる。
近くにあったショールを、そっとノクスにかける。
僅かに触れた指先に、ノクスの体が少しだけ動いた。
「私…ノクスのこと、すき、だよ」
もう、自分でも分かってる。ただ、後一歩が踏み出せないだけで。
「…私も」
「…っ!?」
起きていないと思っていたノクスが、うっすらと目を開けてこちらを見ている。
ほんの少し微笑んで、そしてまた目を瞑ってしまった。
途端に破裂するんじゃないかと思うほど、心臓がバクバクと音を鳴らす。
慌てて布団に潜りこむけれど、聞こえるのは子竜の寝息だけだ。
(今、ノクス起きてた!?それとも寝ぼけてただけ!?)
チラリと布団から覗き見るけれど、ノクスはぴくりとも動かない。
結局、結衣はその後眠ることが出来ず、うっすらと外が明るくなり始めた頃に気を失うように眠ってしまった。
約1週間ぶりの魔王城。
リシェルは早足で城内を歩きながら、あちこちで流れている噂に歯痒い思いをしていた。
ヒソヒソと、今も柱の影でメイドたちが噂をしている。
“私、見ちゃったのよね…魔王様が、朝方にユイ様のお部屋から出てこられるのを”
“まぁっ!昨日もご一緒だったんでしょう?”
“しかも、すごくお疲れみたいだし…あれは朝方まで…”
“きゃっ!私もそんな情熱的に愛されてみたいわ〜”
“セヴラン様もユイ様にご配慮されてるって聞いたわ”
“これは御懐妊されるのも近いかもしれないわね”
(なんで…どうして…!!)
思わず叫び出したくなる衝動をリシェルは必死に抑えていた。
いつの間にか歴代魔王妃様のお部屋に移った結衣。
そして、正式な発表前に一夜どころか連日の部屋を共にしているという。
「どうしてそんな大事なことを私に言ってくれなかったの!」
想いをぶつけるように扉を開くと、眠たげな表情の結衣が、ぼうっとしたままノエルに髪を整えてもらっている最中だった。
「リシェル様、ユイ様は今お支度中です」
ノエルが出てもらうように促すけれど、リシェルは引くつもりは一切ない。
「ちょっとユイちゃん!聞いてる!?」
「…?」
眠たげに目をこする結衣は、リシェルの言葉はあまり入ってないように感じる。
それはそうだろう…きっと朝方まで魔王様と時間を共にしていたのなら、寝ていないも同然だ。
「なんでこんなに面白…重要なことを私がいない時に進めちゃって!」
「今、面白いって言いましたね」
ノエルが呆れたように言うけれど、リシェルは止まらない。
「言ってくれれば色々用意したのに!」
急いで部屋から持ってきたのは、リシェルが日頃から集めているものの一部だ。
「こっちは滑りをよくする軟膏。こっちはちょっと刺激的な夜にしたい時に。それから、こっちはいつもと違った一面を見たい時に使えば…」
「そこまでです」
リシェルの背後から、呆れたように視線を向けるのはクロード。
「なぁに、クロード?今、私は大事な話を…」
「これは没収です」
「ちょっと!」
抗議するようにクロードを睨みつけるリシェル。
その様子に、クロードはため息を吐きながら言った。
「まずは、魔王様に報告するのが先では?」
「…分かったわ」
クロードに無理やり連れて行かれるリシェルは、後を振り返って叫んだ。
「ユイちゃん!後で他にも持っていくからね!」
バタンと閉められた扉。
ノエルは何事もなかったかのように結衣の髪を仕上げていた。
「…なんだったんだろう、今の」
あまり寝ていないせいで頭が回ってなくて、リシェルの言いたいことが良く分からなかった。
おまけ
やけに上機嫌な魔王様。
顔は疲れているのに、口角がクロードにもわかるほど上がっている。
「何か良いことでもありましたか?」
「あぁ。良い夢を見た」
機嫌が良いのはいいことなのだが…
「魔王様、またユイ様の部屋におられましたね?」
城中に噂になっているというのに。
「椅子に座っていただけだ」
(そういう話ではないのですが…)
ノクスは完全に夢だと思ってます笑




