第49話 聞き捨てならない
クロードがいなくなった部屋の中、結衣は子竜の様子を見ながら本を読み進めていた。
分からない文字は書き留めて、ある程度まとまった頃にノクスに聞く。
けれどそのうちにノクスがソファの横に座ってきて、いつの間にか魔族領の資源についての講座が始まってしまった。
同じ本を見ながら魔族領の地図を広げ、さらには過去の取引記録まで取り出して、さながらちょっとした魔族の歴史を聞いているようだった。
「ノクス、仕事はいいの?」
こうして教えてもらえるのは嬉しいけれど、ノクスの仕事が滞るのは嫌だ。
「平気だ。急ぎのものはないし、それに…」
ノクスの視線が結衣を捉える。
「今はお前との時間の方が大事だ」
「…っ」
思わず顔が熱くなる。
結衣は急にノクスとの距離が近いことに気付いた。
もちろん、隣に座っていれば近いし、さっきまで全然気にしていなかったのに。
「そういうのは、大事な人に言わないと…」
そんなことを言われたら期待してしまう自分がいる。
けれど…。
結衣が積極的になれないのには、魔族領で聞いた噂がしこりのように胸に残っているからだ。
“魔王様には、恋人がいるらしい”と。
大切にしてくれているのは痛いほど伝わってくる。
けれど、ノクスが想う大切にしたいという気持ちは、異性に対するものじゃなくて…。
(保護者的な存在として、だったらどうしよう…)
魔王という立場上、きっと色々な人から言い寄られているに違いない。
(どうしよう…恋人の1人や2人くらい、普通にいそう…)
考えただけで落ち込んでしまうくらいに、結衣は重症なのだと思う。
(大事な人とは…?結衣以上に大事に思っている存在などいないと言うのに)
結衣の言葉に引っかかりを覚えたノクスが口を開こうとするが、急に立ち上がった結衣に阻まれてしまう。
「ご飯、この子に食べさせないと」
「…そう、だな」
温めておいた子竜のご飯を、炊飯器の中からすくって鼻先に近づける。
昨日よりも力強く舐めている様子に、少しの安堵が広がった。
小さく甘えるように喉をならしているし、昨日よりも状態はずっといいかもしれない。
確認のために帳簿を開く。
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【集計結果】
生命活動低下要因
体温低下 25%
栄養不足 19%
魔力不足 5%
精神的ストレス 6%
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今度ははっきり分かった。
「昨日より数値が良くなってる!」
帳簿を覗き込んだノクスが、考えるように呟いた。
「魔力不足の項目だけ数値の改善率が高い」
「そうなの?」
「魔力は特殊な魔導装置を使わなければ、本当に回復させるのが大変なのだ」
実際に枯渇状態に陥ったことがあるからこそ分かる、異常なほどの回復率。
ノクスはしばらく考えた後、視界の端に白く艶やかな炊飯器を見て確信した。
「やはり、魔力回復の鍵はそれだな」
「炊飯器?」
「私が向こうで食べたのと同じように、この炊飯器を通すことで魔力が込められるのだろう」
それはつまり…ノクスの視線が結衣に止まる。
「結衣、恐らくお前が無意識に魔力を渡しているようだ」
「私が?」
魔力という存在を知らなかった結衣にとって、その存在を感じ取ること自体が難しいのかもしれない。
今も体中に流れている魔力に、結衣は全く気付いていない。
下手にその力の噂が流れてしまうのは非常に良くないことだ。
本人はその重要性に気付いていないし、なんなら話を半分聞き流すくらいにしか思っていない。
今も、書き換わっていく帳簿に視線が向けられている。
「あれ、なんだろうこれ」
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蓄積データを確認
生命活動分析
帳票分析
取引分析
分析対象数が規定値に到達
可動領域が拡大しました
監査が出来ます
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「監査…?」
帳簿をつけていた時にもなかった言葉だ。
「監査とは、不正や問題点を洗い出す行為だ」
「不正…」
「つまりその帳簿は、原因究明までできるようになった可能性がある」
「原因究明…じゃあ、この子がどうしてこんなに弱ってるのか、詳しく見られるようになったってことかな?」
「試してみるといい」
ノクスに見守られながら、小さく監査と呟く。
みるみるうちに帳簿のページが書き換わり、文字が浮かんできた。
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監査結果
体温低下
原因:母体死亡による保温環境消失
栄養不足
原因:摂食能力低下
魔力不足
原因:先天的魔力保持量不足
精神的ストレス
原因:母体喪失
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「やっぱり、お母さんがいないのは寂しいよね」
(この能力は…凄まじい…)
子竜を撫でる結衣は、ただ原因が分かって良かったぐらいにしか思っていないのだろうけれど、この力は使いようによっては国のあり方を変えてしまう。
「寂しくないように、今日も一緒に寝ようね」
「……。」
(それは聞き捨てならないぞ、結衣)
「ならば、私も共にいよう」
「えっ!?」
慌てる結衣に、ノクスの脳内ではそれらしい理論をフル回転で組み立てていく。
「いいか結衣。子供とはいえ、元は野生の飛竜だ」
肩を掴んで諭すように言い始めると、結衣は小さく頷いた。
「小さくても力は人間の何倍もある。もしそれが夜中に暴れ出したらどうする?」
今は弱っていても、何かの拍子で暴れない保証はない…かもしれない。
「だから、もしもの時に備えて、そばにいさせてくれないか?」
「……分かった」
(変に考えすぎちゃった…ノクスはただ心配してくれてるだけなんだ)
(よし、これでしばらくは共に夜を過ごせるな)
二人がそれぞれ違うことを考えている時だった。
バァッンッ!
「「!!」」
「ユイ!…と、魔王様!」
少し興奮気味のノルティアが扉を破壊する勢いでやってきた。
(今、ノクスのことついでみたいに呼んでなかった…?)
(私はついでか)
「例の植物の色が変わった!来て!」
「えっ、ちょっ!?」
腕を掴まれて、止める間もなくノルティアに連れて行かれる。
ノクスはため息を吐きながら、仕方なく結衣たちの後を追った。
「ほら!色が変わってる!昨日までは緑色だったのに!」
ノルティアに連れて行かれたのは稲を植えた場所で、土の上にパラパラと蒔いた稲がしっかり黄金色の稲穂に実っていた。
「まだ1週間くらいしか経ってないよ?早すぎなんじゃ…」
2箇所に蒔いた稲は、直接蒔いたものと鉢植えの中のものと2種類。
直接蒔いたものが実っているけれど、鉢植えの中のものは実がついているけれどまだ緑色だ。
(原因究明…監査で、この稲の状態も見れたりするのかな?)
持ったままだった帳簿を開いて呟く。
「”監査”」
真っ白だったページにじわりと文字が浮かび上がる。
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監査結果
成長速度差異
原因
・土壌中魔素濃度
・魔力供給効率
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「土壌中魔素濃度か…」
いつの間にか背後から帳簿を覗き込んでいたノクスが呟く。
その言葉に目を光らせたのはノルティアだ。
「これは更に分析にかける価値がある。定点で観測したデータと比較して…」
ぶつぶつと呟くノルティアの視界には、すでに結衣もノクスも入っていない。




