第47話 結衣の優しさ
セヴランさんにお願いして、自分の部屋で書類をやりつつ飛竜の子の様子を見ることにした。
ダメだと言われるかと思ったけど…。
「仕事さえ終わらせるのなら、どこでやってもらっても構いません」
そう言ってくれたセヴランさんに頭を下げつつ、部屋で書類に書き込んでいく。
時折飛竜の様子を確認して、頑張ってと願いを込めて小さな体を撫でる。
母親もいなくて心細く感じるだろうに、部屋に一人きりにするのは、どうしても耐えられなかった。
体力を回復させようと、飛竜部隊の人が作った飛竜専用の栄養たっぷりのご飯を鼻先に持っていくけれど…。
ペロリと小さく舌を一度出したきり、それ以上食べようとしなかった。
「固形のものは食べれないかもしれないですね」
その様子を見ていたノエルが、水で緩めて食べやすいようにしたものを持ってきてくれた。
手で掬って鼻先に近づける。
先ほどと同じように舌を出す子竜。
チロチロと指先を舐めた後、またそれ以上は動こうとしなくなってしまった。
食べなければ体力を回復出来ない。
(このままじゃ弱って死んじゃう…どうしたらいいんだろう…)
パラリ…
机の上で、帳簿がめくれる音がした。
確認すると、じわじわと文字が浮かび上がる。
──────────
分析及び集計を開始します
──────────
対象:飛竜(幼体)
生命活動低下
要因を分析中
──────────
「”集計”…また新しい項目が増えてる」
結衣とノエルが見ている中、また文字が書き換わっていく。
──────────
【分析】
体温低下
栄養不足
魔力不足
精神的ストレス
──────────
【集計結果】
生命活動低下要因
体温低下 38%
栄養不足 29%
魔力不足 21%
精神的ストレス 12%
──────────
「やっぱり体温低下が一番危険だよね…追加で毛布かけてあげよう」
「では、今お持ちしますね」
ノエルが部屋を出てから、結衣は帳簿の文字をそっとなぞる。
「栄養不足は食べてもらわないとだけど…」
魔力不足はどうやって改善できるんだろう?それに精神的ストレスって…。
(やっぱり、お母さんが側にいないのは寂しいよね)
結衣は幼い頃に母親を亡くし、写真の中で笑う姿しか見たことがない。
底抜けに明るい兄と、不器用でちょっと天然な父に囲まれて、不自由に思ったことはないけれど、幼いながらに何度も思ったことがある。
“お母さんがいたら、どんな感じなんだろう…”
自営業なこともあって、家にはほとんど父親がいたし、寂しい思いをした記憶はほぼない。
けれど、他の家には普通にいる母親というものに憧れたこともあった。
ノエルが持ってきた追加の毛布をかけ、更にお願いして先ほど流動食にした子竜の食事を温めてもらった。
温めたことで、独特な匂いが皿の中から香る。
もう一度鼻先に近づけて匂いを嗅がせると、先ほどよりも何度か舌先でチロチロと舐める。
冷たいものよりも、温かい方がこの子にはいいのかもしれない。
食べなくなった後、結衣は炊飯器を呼び出してジャーの中へ入れる。
電源コードを握り、保温ボタンを押して温かい状態が続くようにする。
これで、いつでもこの子に温かいものを食べさせられる。
魔力がないと動かない炊飯器を抱えながら書類を書くという、ちょっとシュールな光景になっていることには、今は目を瞑ろう。
何度か合間合間で食事を食べさせて、炊飯器の中の流動食が空になったのは夕方になる頃だった。
少しだけ安心した頃に、ノクスが部屋へやってきた。
お昼も部屋で食べたから、朝食以来だ。
「様子はどうだ」
「なんとかご飯、食べられたとこだよ」
空になった炊飯器を置いて、帳簿のページを開く。
「”分析”と”集計”」
──────────
【分析】
体温低下
栄養不足
魔力不足
精神的ストレス
──────────
【集計結果】
生命活動低下要因
体温低下 35%
栄養不足 25%
魔力不足 16%
精神的ストレス 11%
──────────
(ちょっと数値が下がってる?気のせいかな?)
「こんなことにも使えるのか…」
興味深そうに帳簿の文字を見ていたノクスが、子竜の様子を見ながら言った。
「ご飯を温かくしたら最初より食べてくれたから、炊飯器で保温してちょっとずつあげてみたの」
食べてくれた、と嬉しそうに笑う結衣は好ましいが、1日つきっきりなら…。
「休憩はちゃんととったのか?」
「お昼はちゃんと食べたよ?」
「ノエル様から、結衣様は書類と昼食以外はずっとつきっきりで様子を見ていた、と報告が上がっています」
「レティシア!?」
思わぬところからの密告だ。
ノクスがため息をついて結衣の肩を掴む。
「結衣、お前が倒れたら元も子もないぞ」
「平気だって。心配で様子見ちゃうだけだから」
「心配で、か…。それなら、私にも考えがある」
「…?」
考えがある、なんて言っていたノクスが再び部屋にやってきたのは、夕食をとった後。
いつものしっかりした服装ではなくて、少しくつろげるようなゆったりとした服だ。
まるで寝る前みたいな…。
「ノクス?どうしたの、こんな時間に?」
結衣もすぐ眠れるように着替えている。
体が冷えないように上から羽織っているけれど、薄着であることに違いはない。
先ほど、最後に髪を整えてもらったレティシアはいないし、部屋の中にはノクスと結衣と、眠ったままの子竜が1匹。
「結衣のことだ。様子を見ると言って、ろくに眠れない可能性が高い」
「そ、そんなことは…」
ない、と言い切れない自分がちょっといる。
「お前は子竜が心配だという。私は結衣が心配だ。だから、私がお前が寝るまで様子を見る」
「どんな理屈!?」
ノクスの視線が、結衣が眠るはずのベッドの上に寝かされている子竜を見つけた。
「…なぜベッドの上に?」
「その…一緒に寝れば、この子も寂しくないかなって…」
モヤモヤとした言いようのない不快感がノクスの胸に広がる。
(なんだ…私はこんなちっぽけな存在に嫉妬しているというのか)
結衣が一人で眠るには十分すぎる大きさのベッドだから、狭いことはないだろうが…。
「…仕方がない。今日だけだ」
「うん」
「分かったなら、さっさと横になれ」
上着を外してベッドに横になる結衣。
目を閉じて横になるけれど…。
チラリと薄目を開けて見ると、ベッドのすぐ横には仁王立ちをしたノクスがいる。
暗い中にぼんやりと浮かぶ真紅の瞳が、淡い光に照らされ不気味に光っていた。
「〜〜〜っ眠れない!」
「何故だ」
「何故って!そんな真横で立って見られてたら気になってしょうがないでしょ!?」
「お前が寝るまで見張っていると言っただろう」
「せめて椅子に座るか、ジッと見ないでくれる?」
まるで理解に苦しむ、とでも言うように眉を寄せるノクス。
(いやいやいや、理解に苦しむのはこっちなんですけど!?)
深いため息の後、ベッドの上が少しだけ軋んだ。
「これでいいか」
ベッドの縁に腰掛けて、背を向けたノクス。
「…それならいいよ」
「ならば早く寝ろ」
大きな背中を見ながら、結衣はぼんやりと思った。
(本当にノクスは分かってるのかな…?私、あなたに好きかもって言ったんだよ?)
好きかどうか分からない、なんて言ったけど、本当は自分でも分かっている。
そばにいると安心できて、笑顔を見ると嬉しくなって、触れるだけで嬉しくなる。
言葉にしたら、きっともう戻れない。
ノクスがそばにいるからなのか、近くで眠る子竜の体温のおかげなのか、気づけば結衣の意識は深く沈んでいった。
背中から聞こえてきた、規則正しい寝息。
思っていたよりも早く眠りについた結衣は、やはり疲れていたのだろう。
ベッドを揺らさないよう、ゆっくりと振り返ると、子竜に手を添えたまま眠る結衣の姿が目に入る。
添えられたその手が、絶対に助けるんだという強い意志を持っているようにノクスには感じられた。
「まったく…」
魔族は結衣の世界で言うところの、弱肉強食という文字がピッタリと当てはまる世界だ。
力や能力が序列において全てだし、弱いものが淘汰されていくのは仕方がない。
ただ、それだけでは国は回らないから、ノクスが改革を進めているだけで、本質的な部分は何も変わっていない。
この白い飛竜の子も、本来であれば死んでいくのが自然の成り行きだ。
そうして、生き残った強い個体の中から、また強い個体が残る。
「こんなにも振り回されるのは、結衣…お前が初めてだ」
そっと布団を掛け直し、頬にかかる髪の毛をそっと整える。
「結衣…」
(早く、気付いてほしい。名前を呼んで、そして、もっと…)
そこまで考えて、ノクスは小さく頭を振る。
「私はこんなにも強欲だったのか?」
常に冷静であれ、国を統治するため自分に言い聞かせてきた頃とは打って変わって、際限なく湧き上がる欲。
ノクスは眠る結衣の頬をそっと撫でた。




