第45話 デート?
それからは怒涛の展開だった。
人間の街で買ってもらった旅装束に似た服に着替えて…なぜか念入りにノエルに髪を整えられたり、ほんのり香る香水をつけられたり…。
そして今、気づけば魔王城の中庭にいる。
「街へは転移術で近くまで行く。結衣、しっかり掴まっていろ」
「うん」
差し出されたノクスの左手を掴むと、一瞬だけノクスの動きが止まる。
「…では、行くぞ」
眩しい光が収まり、そっと目を開けると、そこはどこかの宿舎のような場所だった。
「ここは街外れにある魔王軍の宿舎だ。街までは歩いていくぞ」
「うん」
そのままノクスに手を引かれて部屋から出ると、どこか緊張した面持ちの兵士が立っていた。
「お疲れ様でございます、魔王様」
兵士が、背筋を伸ばして深く頭を下げた。
「ご命令通り、街への通達は完了しております。本日は魔王様がご私用でお出ましになる旨、各所への連絡と警戒態勢の引き上げが済んでおります」
「ご足労をおかけしました」
(つ、通達…?なんだか思ってたお出かけとちょっと違う気が…)
敬礼したままの兵士に見送られ、道なりに進んでいく。
でこぼこした道が、やがて舗装された道に変わっていく。
「ねぇ、ノクス…」
「なんだ?」
「あの…もし気のせいだったら別にいいんだけど…」
「?」
「なんだか、人が少なくない?というより、歩いている人が全然いないんだけど…」
徐々に街の中に入ってきたというのに、誰一人としてすれ違いもしない。
「通達を出したからな…視線は感じるから、しばらくすれば出てくるだろう」
(国のトップが街中に来るって分かったら、普通の人はやっぱり躊躇するよね…)
「今までもこんな感じなの?」
「いいや。いつもは馬車から視察しながら、気になった場所を見る感じだな」
(抜き打ち的な!?)
急に馬車から魔王様登場、なんて心臓止まるんじゃないの?
「いつも通りに、とは伝えてあるから、店は通常通りやっているはずだが…」
(お店の人…なんか、本当、軽はずみに街を見たいとか言ってごめんなさい…)
比較的大きな通りにやってくると、確かに店は営業しているようだった。
ただし、皆笑顔がどこか引き攣っている気がする…。
「気になるものがあれば遠慮せずに言え」
「…うん、分かった」
気になったもの、と言っても、お腹が空いているわけでもないし、特に何か欲しいものがあるわけでもない。
それに、なんとなく気が引けて店の中まで入っていく勇気がない。
(でも、せっかく連れてきてもらったのに、何もしないのはなぁ…)
気まずさを覚えながらも道を進んでいると、小さな影がサッと横切って…
ドタッ
「あ…転んだ」
道の真ん中で横たわる、見た目はトカゲのような小さな、恐らく子供。
「大丈夫?」
しゃがみこんで顔を覗き込むと、小さなその子は爬虫類特有の大きな目をパチパチとさせた。
(ちょっと可愛いかも)
「怪我はない?」
「…うん」
手を掴んで立たせてあげると、興味深そうにこちらをジッと見上げている。
「お姉ちゃん…人間?」
「うん。そうだよ」
「僕、人間はじめて見た」
「そうなんだ」
「お母さんは、人間は怖いって言ってた。お姉ちゃんは怖いの?」
「私?別に怖いことないと思うけど…」
小さな子の視線が、今度はノクスに向けられる。
背の高いノクスから見下ろされ、子供の肩が一瞬びくりと跳ねた。
「きみ、名前はなんていうの?」
「僕…ギル」
「ギルくん。もし良かったら、ギルくんの好きなお店、教えてくれないかな?」
「?」
「私、初めてここに来たから、どこになんのお店があるか分からなくてね」
だから、ギルくんがよければ、道案内してくれないかな?
そう言うと、ギルは小さく尻尾を振って頷いた。
「いいよ!こっち!」
ギルはあちこちのお店を教えてくれた。
ここは美味しいお肉を売っているところ、こっちはお菓子を売っているところ。
ここのお店の人はちょっと怖い、こっちの道が近道だよ…。
そう言って、グイグイと引っ張るギルに連れて行かれながら、本当に無邪気にはしゃぐ姿に結衣も自然と笑ってしまう。
やがて、小さな広場のような場所にやってきて、ギルはめいいっぱい大きな声を出した。
「みんなー!?どこー?」
「みんな?」
「いつも、友達と一緒にここで遊んでるの!いつもいるのになぁ…」
声をかけ続けるギルに、やがて木の影から小さな体が顔を覗かせた。
ふわふわとした羽の生えている子だったり、下半身が蛇のようになっている子、肌が岩のようにゴツゴツしている子もいる。
「ギル?その人、だあれ?」
「人間のおねーちゃん!」
「人間!?」
恐る恐るこちらに近づいてくる小さな子供達。
見た目は人間ではないけれど、仕草は人間の幼い子供と変わらなくて、結衣は怖がらせないように視線を低くした。
「初めまして。ギルくんに街の中を案内してもらってたの。よろしくね」
小さく初めまして、と言う子もいるし、友達の影に隠れる子もいる。
興味津々で、結衣の腕をツンツンと触る子もいた。
「あの人は…?」
子供達の視線が、結衣の後ろで様子を見ていたノクスに向けられる。
「彼はノクス。みんな知ってると思うけど…」
「ま、魔王様だっ」
ひゃあ、と声をあげて結衣の影に隠れる子供達。
思わず笑う結衣に、ノクスは解せぬと言った表情だ。
「なぜ隠れる。何もしていないと言うのに」
「ふふ。びっくりするよね。急に魔王様がきたら」
「…意味が分からん」
「ほらノクス。そんな眉間にシワ寄せてたら、怖がっちゃうでしょ?」
「…む」
腕を組んで睨みつけるように見られたら、子供じゃなくたって怖がる。
そう指摘すれば、ノクスの表情は更に複雑そうに歪んでいった。
「みんなごめんね、怖がらせて。お詫びに、ノクスにお菓子買ってもらおっか」
「…!」
お菓子のワードに、子供達の表情が一気に喜びの色に変わっていく。
「なぜそんなことを…」
「ね、お願い、ノクス」
「…。」
しばらく苦悶の表情を浮かべたノクスは、やがて大きなため息をついて言った。
「菓子だけだからな」
「「「「やったー!」」」」
「…で?結局、結衣様へは何も買わなかったのですか?」
「特に欲しいものはないと言われてな…」
ため息を吐きながら頬杖をつくノクスの脳裏には、子供達の喜ぶ姿を嬉しそうに見ている結衣の顔。
子供達を連れて歩いていたせいか、街の中も少しずつ人が増えていって、最終的に菓子を買い与える頃には、道中結衣を見ながら、けれどその後ろのノクスを見てサッと視線を外す住人で溢れていた。
「宝飾品店などは行かれなかったのですか?」
「店の中を覗くか?と聞いたが、断られた」
(ユイ様らしいですね)
せっかく二人での城下の散策だったと言うのに、結局道中は子供達と戯れながらの散策で、聞く限りではデートと呼べるものではなさそうだ。
「…分からない。一体どうすればいいのだ」
深いため息をつくノクス。
魔族領の統治をして100年。
ただ淡々と課題をこなしていく姿からは想像も出来ないほど、たった一人の女性…しかも人間の女性に振り回されている魔王陛下。
リシェル辺りが見れば、こぞって面白がるだろうが、現在は遠方で仕事中なのでその心配はない。
「ユイ様がお好きなものは何かないのですか?」
「結衣の好きなもの……米、だな」
結衣が恋しいと口に出す食べ物は、魔族領どころか人間の国にもない。
現在、中庭で育てているとされるものは、まだ実験段階だし、そもそもそれを精米する術がない。
「それ以外では?ユイ様がよく好まれるものなどは?」
「好むもの…」
考えこむノクスの脳裏に、ふと今日のことが思い起こされる。
「…小さいもの。子供は好きなのかもしれない」
「子供、ですか?」
「あぁ。私が向こうに行った時、魔力の大半を失い幼体化した姿は、気に入っていたように思える」
「それならば…」
クロードが提案した案に、ノクスは乗ってみることにした。




