第41話 ホワイト企業
次の日。
セヴランの執務室へ向かうと、机の上には昨日の倍の量の書類が置いてあった。
分厚い束となった紙。けれど、セヴランの机にある紙の壁よりはマシだ。
(だってセヴランさんの顔が見えなくなるんだもの)
そんな明らかに過剰な仕事を抱えている様子に、結衣は少し心配になった。
(もう少し早くできたらなぁ)
文字さえ問題なく読み書きできれば、もっと早くできるのに。
ウジウジしていても、溜まっている書類は少なくならない。
それなら、少しずつでもやるしかない。
密かに気合いを入れて椅子に座った結衣は、現代ではまず使うことのない羽ペンとやらを手に持って、机に向かった。
それは、何枚目の書類を手にした時だったか。
突如、黒い帳簿が勝手に開いて、また新しい文字が浮かび上がった。
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可動領域が拡大しました。
分析が出来ます。
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「……分析?」
思わず声に出すと、帳簿のページが書き換わっていく。
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対象を解析します。
問題点を抽出します。
改善案を提示します。
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「改善案って……」
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【分析結果】
予算超過
原因: ・資材価格上昇 ・輸送費増加 ・重複発注
推奨: 発注先見直し
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「えっ」
「どうしました」
思わず声を上げた結衣に、セヴランが胡乱げな視線を向けてくる。
「あの……ひょっとして、これ。重複発注になってるかもしれないです」
「なんですって?」
立ち上がって近寄ってきたセヴランが、結衣が手に持っていた書類を手にした。
しばらく書類を上から下まで見ていたセヴランは、やがてポツリと呟いた。
「……確認を取らないと正確には分かりませんが、確かにここ数日前に決済に回した記憶があります」
(えっ……数日前って……セヴランさんの記憶力ってどうなってるの!?)
「私は少し席を外します。他にも、何かあれば必ず言ってください」
「わ、分かりました」
早足に部屋を出ていったセヴランの後ろ姿を見ながら、結衣は気合いを入れ直して再び机の上の書類へと向き直った。
半日が終わる頃には、他にも計算ミスだったり名称が違っていたりと、何枚かの書類が出てきて、差し戻しの箱の中へと積まれていった。
今日解放されたばかりの能力だったけど、分析は案外使いやすいかもしれない。
文字には相変わらず悪戦苦闘しているけれど、簡単な書類だったら昨日よりも処理できるスピードが上がった気がする。
昨日より枚数が多いせいか、それとも帳簿の能力をずっと使っていたからなのか——少し、疲れてしまった。
小さく息を吐きながら、ノエルに入れてもらったお茶を一口飲む。
両手に伝わる熱が、結衣の疲れを少しだけ癒してくれた。
「今日はそこまでで良いです」
いつの間にか近くにいたセヴランが、結衣の手元に残っている書類を取り上げながら言った。
「えっ。でも……」
まだ全部は終わっていない。
「昨日、持ち帰ってやった仕事の時間があるでしょう。うちは、そういうのは厳しいので」
(すごい優良企業だ……!)
「昨日のは、勉強ついでにやっただけなので……」
「言い訳は結構です」
セヴランが、書類をまとめながら続ける。
「……それが嫌だったら、もっと作業時間を短くできるよう努力することです」
(セヴランさんはすごく残業してそうなのに……)
口には出さなかった。出したら、絶対に何倍も言い返される気がした。
「分かりました。お先に失礼します」
頭を下げて立ち上がると、セヴランは書類に視線を落としたまま、ふと言った。
「……ユイ様」
「はい?」
「明日も、よろしくお願いします」
それだけ言って、さっさと自分の仕事に戻ってしまった。
「……はい!」
結衣は、思わず笑顔になった。
部屋を出て歩きながら、小さく呟く。
「……『よろしくお願いします』だって」
なんだか嬉しくて、つい顔がニヤけてしまう。
そんな様子の結衣を、後ろにいるノエルがそっと微笑みながら見守っていた。
部屋に戻る途中で、窓の外からふと目に入った中庭。
(そういえば、どんな様子か見てないな)
まだ何日も経っていないけれど、気分転換に様子を見に行ってもいいかもしれない。
「ノエル、ちょっと中庭に寄ってもいい?」
「もちろんです。こちらになります」
薄暗いと言ってもまだ陽が落ちる前だからか、比較的明るい中庭を歩いていく。
歩いている道中は、見たこともないような植物で溢れていて、中にはもそもそと動いている植物もある。
(あんまり近寄りたくない…)
うねうねと葉を震わせる植物も含めて、ここにあるのは薬になったり劇薬になったりするものの材料だそうだ。
「あれ。ノルティアだ」
玄米を蒔いたと思われる場所にしゃがみ込む小さい背中。
近づいて見てみると、この前設置した魔道具以外の見慣れない機械を手にブツブツと何かを呟いていた。
「…ノルティア?様子を見にきたんだけど…」
そっと声をかけると、ぐわん、と後ろを振り返ったノルティアの目が獲物を捕らえた動物のような怪しげな輝きを放っていた。
「の、のるてぃ…!!」
「もう一回」
がしりと両手を掴まれて、爛々とした目でこちらに迫ってくるノルティア。
(な、なんだかすごく怖いんですけど!?)
「もう一回出して」
「な、何を?」
ノルティアの後には、10センチほどの青々とした緑のものが育っていた。
(嘘!こんなところで育つの!?というか成長速過ぎない?)
「あの植物は周囲の魔素や土壌に含まれる魔素を急速に吸収し急激に成長している。それになんと土壌に含まれる瘴気濃度が低下していることから、純粋な魔素ではなく瘴気に汚染された魔素を選んで取り込んでいる可能性が非常に高い。そうなると、そもそもの植物の種自体に何かしらの仕掛けがあるのか、それともそういう特徴の植物なのか理解する必要がある。瘴気を吸い込む植物が、世界樹以外にあるとすればこれは世紀の大発見になる可能性が…」
「ノルティア様、ユイ様が困っております」
ノエルがやんわりと声をかけるが、ノルティアの手の力は強くなる一方だ。
「だから出して」
「わ、分かったから…”成米”」
サラサラと途端に溢れてくる玄米。
「無の場所からの有機物の生成。本当はこの魔術も解析にかけたい。召喚術なのか、それともまったく別の…」
「の、ノクスに相談してからね!」
「…チッ」
(い、今舌打ちした!)
「今回はこれで許すけど、次は絶対に逃がさない」
そう言うと、手に持った玄米を大事そうに抱えて早足で城の中へと戻っていくノルティア。
「ど、どうしよう…次会う時怖いんですけど…」
「大丈夫です、ユイ様。もしもの時は、私が物理的にノルティア様をお止めしますので」
そう言って拳を構えるノエルには、妙な迫力がある。
「頼りにしてます…」
可愛らしい笑顔の奥には、結衣がまだ知らない何かがありそうで、少し引き攣った笑顔で返すしか出来なかった。




