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第37話 その部屋の意味


クロードは痛む頭を押さえながら魔王の話を聞いていた。


「それで…本当に隣にユイ様を?」

「あぁ。私の隣なら、防犯上も問題あるまい」


(いえ、魔王様。問題なら山ほどあるのですよ…!)


魔王の部屋の隣…プライベートな寝室が繋がった部屋を、この城で持つものなんて一人しかいない。


「あそこは代々魔王妃様のお部屋ですが、本当に問題はないと?」

「元はと言えばこちらの不手際で結衣が不安に思っているのだ。部屋を変えたくらいで騒ぐな」


(それを言われるとこちらは何も言えなくなってしまいます)


魔王様の良い人をエルフから奪還すべく動いた暗部のものたち。

思いの外エルフたちが手強く、せめてユイ様だけでも連れて行かねばと動いたのが不味かった。


結果、ユイ様を怖がらせ、今も魔王城の生活に苦しむ部分があると。


「せめて、側付きのメイドを厳選させていただきますよ」

「あぁ。そちらは頼む」


今は結衣が怯えないようにと比較的大人しい、見た目も人間に近いものを選んでいるが、適当なメイドを使っていると噂されては魔王の威厳に関わる。

本人は恐らく全く気にしないが、立場というものがあるのだ。


頭の中では、防犯上と結衣の性格を考えて一人は心当たりがあるのだが…


「ということで、セヴラン様。どなたか心当たりのある者はいませんか?」


非常に迷惑そうにこちらに視線を寄越すセヴランは、書類の山に埋もれていた。


「この忙しい時に…」


新たに部屋にやってきたメイドが、そっと机に書類の山を追加していく。


「これは一体…」

「ノルティアが郊外で実験した結果がこれだ。街の外れの建物を吹き飛ばし、再建の陳述書と住民への手当…」

「さらにこちらはガルドが訓練で壊した塔の修繕要請だ。全く、どいつもこいつも…!」


思わずグシャリと書類を握りつぶそうとしているセヴランは相当ストレスが溜まっている様子だ。


「この前リシェルが骨抜きにした貴族の息子の見舞金を払ったばかりだというのに!」

「そんなこともありましたね」


まだまだ若く血の気の多いとある貴族の息子をリシェルが唆し、堕落させて使い物にならなくなった。

親から抗議の文書が届いた時には、セヴランの機嫌は三日ほど悪かった。


リシェル曰く

「だって、美味しそうだったんだもの」だそうだ。


この先、一生その息子はリシェルの幻覚を脳内で追い続け、生きた屍と化すだろう。

セヴランは机を指で叩きながら、部屋の隅で書類整理をしていたメイドへ視線を向けた。


「レティシア」

「はい」


「確か、お前は没落前は貴族の令嬢だったな」

「……はい」


「礼儀作法、社交、舞踏」

「一通りは」


「なら問題ない」


セヴランはそう言って書類へ視線を戻す。

「お前が行け」


「かしこまりました」


深くお辞儀をするメイドに、クロードは小さくため息をついた。


「投げやりになって決めてませんよね?」

「…嫌なら自分で探せ」




「ユイ様、今日から専属の側付きのメイドになります」


クロードが結衣の部屋に連れてきたのは、二人のメイドだった。


「初めましてユイ様。ノエルと申します」


柔らかなブラウンの髪が肩で揺れる。

ピクピクと頭の上で動く小さな耳が可愛らしい。

見た目はまるで10代に見える、声も顔も可愛らしいメイドさんだ。


「お初にお目にかかります。レティシアと申します」


きっちりした角度でお辞儀をする姿は、爪の先まで洗練されていて美しい。

濃紺の長い髪を揺らして、鮮血を思わせる眼に結衣が映り込む。


「は、初めまして。稲宮結衣といいます。よろしくお願いします」

「ノエルは現在育児中でして、昼間はノエルが、夜間はレティシアが担当になります」


クロードの言葉に、結衣が目を丸くした。


(育児中…?育児休暇的なのが、ここでもあるのかな?)


ニコニコと終始笑顔のノエルは、どうみても10代の可愛らしい女の子にしか見えないけれど、魔族は見た目と年齢がやはり違うのだろうか。


「お子さんはまだ小さいんですか?」

「はい。下は1歳から上は11歳まで…」


(何人かいるんじゃ、大変なんだろうな…)


「全部で20人ほどいます」

「に、20人!?」


ちょっと桁がおかしかった。20人って何!?


「では、早速夕食の前にお召替えをいたしましょうか」

「二人とも、頼みましたよ」


クロードさんが退室すると、ニコニコと笑ったノエルがドレスを片手に近づいてくる。


「さぁ、ユイ様」

「えっ…あの、ノエルさん」

「私達のことはどうか呼び捨てで。立場がありますので」

「えっと…ノエル?私、このままの格好でも…」

「さぁ、ユイ様」


(なんだろう…すごく笑顔なのに、なんか逆らっちゃいけないような…)

ノエルの横では、髪飾りを持ったレティシアが静かに待機している。


「さぁさぁ」


(だ、誰か助けてー!)



結衣が来るまで食堂で待機していたノクスは、開いた扉の音を聞きながら手持ちの資料に目を向けていた。


「遅かったな」

「うん…」


覇気のない声にノクスがようやく顔を上げると、いつもの動きやすい服と打って変わってドレスに身を包んだ結衣がいた。

恥ずかしそうに顔を下に向けているのが結衣らしい。


「よく似合っている」

「ありがとう…」


柔らかなアイボリーのシフォンドレス。

首元は高く立ち上がったハイネック。鎖骨から胸元にかけては繊細な刺繍とビーズが施され露出はない。

しかし、背中は肩甲骨の下まで大胆に開かれ、白い肌が惜しげもなく覗いている。


首から肩にかけても布地はほとんどなく、代わりに細い金糸の装飾が幾重にも重なり、まるで光の鎖が肌の上を流れているようだ。

歩く度に裾が波のように揺れ、振り返れば風を纏った羽衣のようにふわりと広がる。


装飾は控えめながら一つ一つが上質で、派手さがないのに目を奪われる。

動きやすい服が好みなのは知っていたし、前回のドレスは露出が多くて恥ずかしいとこぼしていたから、他のデザインのものを用意していたが、思った以上に似合っている。



そもそもドレスをノクスが用意しているとは結衣は微塵も考えていないだろうが、結衣の部屋にあるのは急ぎ結衣専用に仕立て上げた一級品ばかりだ。

それを着てくれるだけで、ノクスの胸の内にはじわじわと喜びが溢れる。


(こんな感情を抱く日がくるとは…)


結衣のことは好ましいと思う。

それがどの程度のものなのか推し量ることは未だ出来ないが、こうしてひとときの時間を共にすることに幸せを感じるほどには気に入っているのだろう。



食堂からの帰り道、ノクスにエスコートされながら部屋へと帰る結衣は赤くなった顔をあげられないでいた。


(せ、背中にノクスの手が…!)


ざっくりと開いた背中に、ノクスの手が支えるように添えられていて、直接背中にノクスの体温を感じる。

服越しではなく、直接背中に感じるノクスの手は大きくて安心感があるけれど、それと同時に心臓は今までにないほど早く鼓動を鳴らしていた。

部屋の前までくると、ノクスは結衣に声をかけた。


「結衣、契約印を更新したいのだがいいか?」

「えっ?」


昨日の夜、契約印はつけられたばかりなのに。


「昨日は試しだったから、期限は1日限定にしていた。他にも試したいことがあるから、できれば毎日更新でやりたいのだが…」


「ま、毎日!?」

あの恥ずかしい時間を毎日繰り返せというのか。


「だめだろうか…」


どこかしょんぼりしているノクスに、結衣の羞恥心とノクスに毎日顔を合わせられるというちょっとした下心が揺れに揺れて…。


「分かった。いいよ、ノクスの好きなようにして」

「そうか」



それだけだった。

それだけだったのに。


なぜだろう。


少しだけ嬉しそうに見えた気がして——。



(そんな顔されたら、断れないよ…)



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