第36話 そうじゃなくて!
帳簿を確認すると、ノクスの項目が表示されるように変わっていた。
───────────────
【従業員一覧】
■ノクス 役職:統括責任者
状態:良好
・稼働率:50% ・魔力残高:40% ・現在地:魔王城 ・契約接続:良好
───────────────
「ふむ。やはり契約がこの帳簿の肝だな」
しばらくページを眺めていると、窓の外で何かが横切ったのか影が部屋の中を横切った。
思わずびっくりして結衣の肩が飛び跳ねる。
「影鳴鳥。温厚な魔獣だ」
「時々影が横切るから何かと思ってた…」
「…怖かったのか?」
「その…街で全身真っ黒の人たちに襲われたから…それを思い出しちゃうというか…」
誤解があって結衣たちを襲ったというのはクロードからもリシェルからも謝罪を受けている。
終わったことで仕方がないと思っていても、つい体は反応してしまうのだ。
「本当にすまないな…私も部下の指導がまだまだ足りなかった」
「大丈夫だって!だからこれ以上部下の人怒っちゃダメだからね」
「…善処しよう」
視線を合わせようとしないノクス。結衣は再度念を押すようにダメだからね、と言った。
次の日、今度は成米について調べるために、魔王城の中庭のような場所にきていた。
「”成米”」
サラサラと玄米が出てくる。帳簿を確認すると、取得物の中に普通の玄米と出てきた。
「本当にこんなところで育つのかなぁ…」
水があるわけでもない、土も明らかに違うし、日の光だって弱い。
稲が育つ環境としては最悪な気がする。
サラサラと土の上に蒔いて、それで終了。
エルフの里に行くまでにした時と同じ状況を再現するためだ。
もうひとつ、鉢植えの中に色の違う土の上にもサラサラと蒔いて終了。
この土は人間領の土だそうだ。
蒔いた後に、ノルティアが何かの魔道具を側に突き立てた。
「これで記録をとる」
「すごい。これも…ノルティアさんが?」
「ノルティアでいい。皆そう呼ぶ」
眠たげな目は相変わらずで、魔道具の微調整をしているのかポチポチとボタンのようなものを押している。
「これは定期的に指定した対象物の魔素を計測する。そして、なんと…」
「なんと?」
「こっちの魔道具に映像が送れる」
「すごい、遠くからでも様子が見られるんだ!」
結衣が驚くと、得意げにノルティアが胸を張った。
結衣とノルティアの様子を、後ろからノクスが見守っている。
ノルティアは魔道具のこととなると暴走する傾向があるので、結衣が巻き込まれないようにするために同行したが…
(心配しすぎだったか…?)
その後も細かく魔道具について説明するノルティアは、久しぶりに真剣に話を聞いてくれる人がいてどこか生き生きとしている。
「あ、そうだ。じゃあ、ノルティアならこれってどんな仕組みなのか分かるのかな…?」
“炊飯”
そう言って結衣が出したのは白い艶やかなボディの炊飯器。
「この玄米がもし成長できたら稲が出来るんだけど、それを加熱して食べるための道具なの」
「…!」
ノルティアの目が光った気がした。
(これはまずい)
結衣が持っている炊飯器を受け取ったノルティアは、360度舐め回すように見た後、細かいボタンや液晶の部分、蓋を開けて細部まで細かく見る。
「触ったことのない材質、見たことのない形、何より見た目の艶やかさからは機械ということさえ感じさせない…」
内蓋のゴムの部分と金属の部分を指でなぞるノルティア。
「この柔らかな素材と機械の融合…なんて画期的な…!!」
「魔力で動かさないと行けないから、今は何もないけど…スイッチ押すと、中が熱くなるんだよ」
「中身が知りたい。分解したい」
「えっ」
「駄目だ」
結衣の驚く声と、ノクスの静止する声が重なった。
「これは魔道具の歴史において革新的な技術が詰め込まれている。今すぐに分解するべき」
「駄目だと言っている」
「ユイ…だめ?」
「えっと…」
下から見上げるように結衣の表情を伺うノルティアの瞳が、心なしか潤んでいる気がする。
おねだりする子供のようで、すぐにダメといい辛い。
「ノルティア。駄目だ」
「ユイ…」
ノクスのことは完全に無視して、結衣の服を掴んでお願いとでも言うようにノルティアが近づく。
「〜っ!ご、ごめんね!これ壊しちゃったら、もう2度と作れないし…」
断腸の思いでノルティアから炊飯器を取り上げると、ボソリと呟いた言葉がノクスの耳に入った。
「リシェルの嘘つき。上目遣いでおねだりすれば、大抵の人はイチコロって言ってたのに」
(全くもってこいつはロクなことを覚えない…!)
「だからと言って全てに適用するな」
「前は成功した」
「誰にだ」
「ガルド」
「……」
ノクスのこめかみがぴくりと反応するが、ノルティアは構わずユイに言い寄る。
「お願い…」
「うっ…」
子供のような容姿で迫られることで、結衣の気持ちが揺らいでいるのを察知したノクスは早々と結衣の肩を掴んで立たせた。
「行くぞ」
「ごめんね、ノルティア!」
「…諦めない」
そのままノクスに連れられて、彼の執務室にやってきた…そう思ったら、その隣の扉をノクスが開けた。
「…?」
そのまま一緒に中に入ると、どこか見慣れた家具たちが置かれている。
「あれ?」
困惑している結衣に、ノクスは口を開く。
「お前の部屋のものをこちらに移動させた。今日からここがお前の部屋だ」
入ってすぐに作業できるような机や椅子、その奥にある扉の先は寝室になっていた。
「前の部屋より日の光は入りにくいが、この隣は私の部屋だ。…これ以上ない防犯になるだろう?」
「私が、昨日怖いって言ったから?」
「部下を叱るなと念押しされたからな。これくらいしか出来ないが」
「…ううん。ありがとう」
米屋にいた頃は、誰がどこにいるのか薄い壁越しに分かるくらい生活が近かった。
米屋の時ほど音は聞こえなくても、隣にいるんだと言うだけでずっと気持ちが落ち着く。
ふと、奥の寝室へ視線を向ける。
「……?」
寝室の壁際に、もう一枚扉があった。
前の部屋にはなかったものだ。
「ノクス、あの扉って――」
「あぁ」
ノクスが何でもないことのように答える。
「私の部屋へ繋がっている」
「……え?」
「緊急時のためだ」
「え?」
「だから緊急時のためだ」
「いや、そうじゃなくて!」




