第34話 ヴァルとは
結衣を部屋へと送り届けた後、ノクスの執務室にクロードとノルティアの3人が集まった。
「本当に追加の検査はしない?」
「あぁ」
異常が検出されるまでの結果を印字し、詳しい数値をノクスは見ていた。
その横で、ノルティアは相変わらず不服そうにノクスへ視線を向けるが、ノクスは特に気にした様子もない。
ノクスにはそれよりも気がかりな部分があった。
異常を伝えるアラーム音が鳴る中で、結衣の意識が戻る直前に呟かれた言葉。
『…ヴァル』
「ヴァル…とは一体」
この世界に来たばかりの結衣にとって、知り合いと呼べる人間も魔族もいない。
魔力のルーツを辿る過程で何かの記憶を呼び起こしたというのか。
「魔力の波長が勇者のものと似ているのも気になりますね」
「あの子は勇者の家系?それなら、かなり強い魔力を持っているのも納得する」
「いいや…向こうの世界に魔術は存在しない」
まだ海を魔素溜まりで封じる前、何人かの勇者が魔族領へ魔王討伐という名目で乗り込んできたことがあった。
その度に街は破壊されるし、魔族の中でも温厚な者たちに危害を加えたりと、とても面倒な存在だった。
それを黙ってみていられなかった血の気の多い者たちと戦闘を繰り返すおかげで、ノクスが対応する頃には息も絶え絶えな人間ばかり。
最終的には国に戻ることが出来ないだの、何も成果なく戻ればどんな目に合うか分からないと泣きついてくる人間が多かったため、人間の集落の外れに適当に転移術で飛ばしてやった。
その時に採取したサンプルと非常に魔力の波長が似ているのである。
ノクスが魔王に就任する遥か昔から勇者というのは存在していたらしい。
その子孫であったり、仲間の一部が魔族領の外れの方に棲みつき、やがて瘴気に汚染された魔素でも適応した個体が生まれ始めた…それが魔人、クロードたちのような存在だ。
「しかし、この魔力量は相当なものですね」
「魔道具沢山動かせそう」
「…実験に結衣を使うなよ」
いつもは眠たげな目をしているノルティアが生き生きと瞳を輝かせている時は、大抵ろくなことが起きない。
改めて釘をさすと、ノルティアの口はみるみるへの字に変わっていった。
「…もし破ったら予算を減らす」
「…むむ」
また検査結果に視線を落とすと、ノクスは小さくため息をついた。
アイルとキリが出発する前、ノクスに伝えていった結衣の夢の話。
“まさつ”というのも気になるが…向こうの世界で結衣が消えかけた一件が頭を過ぎる。
魔力を干渉させ、結衣の体の傷を癒した時。眠っている結衣が何かのきっかけで体ごと”何かに”引っ張られるように世界から消えかけた。意識を取り戻したことでそれは防げたが…。
(またか…)
結衣のため。
原因を知るため。
守るために必要なことだと思った。
だが、蓋を開けてみれば結果として不穏の芽を残したに過ぎない。
何百年と生きてきて、たった一人の人間の涙がノクスの静かな思考を掻き乱す。
「やはりもっと慎重にことを進めるべきだったか…」
ノクスの胸の内には、後味の悪いものがどろりと残ったのだった。
昼食の席。
どこかぼんやりとしているノクスの様子が気になるけれど、これは口を挟んでいいものなのだろうか…。
アイルもキリもいないので、ノクスと二人だけの食事。けれど、特に会話はなく静かに食事は進んでいく。
相変わらず米はないし、お肉中心の食事は美味しいけれど、そろそろさっぱりしたものが恋しくなってきた今日この頃。
どうにかして玄米を精米することが出来ないかと結衣は考えていた。
(ノルティアさん、魔道具作ってたから…精米機とか作れないかな…)
お皿に残った最後のおかずを口に入れると、ノクスが口を開いた。
「結衣。そういえば、まだ帳簿については見ていなかったな。この後、いいか?」
「…うん」
喋れば普通に会話もするし、今までと変わらない。
(これからどうしたいか、一緒に考えようなんて言ったけど…実際どうすればいいんだろう)
変に意識しているのはこちらばかりみたいで、結衣はちょっとだけ複雑な気持ちだ。
「これがそうだよ」
ノクスの部屋に入り、黒い表紙の帳簿を広げる。
ゆっくりと文字が浮かび上がる。
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【所有者】稲宮結衣
【事業区分】個人
【役職】経営者
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【流動資産】
・体力残高:良好
・魔力残高:測定不能
・集中力:良好
【有形固定資産】
・黒帳簿
・炊飯器
【無形固定資産】
・剛腕
・健脚
・成米
・炊飯
【負債】
・精神的動揺
・未解決案件
【純資産】
算定中
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【特記事項】
所有者に未解析領域を確認。
アクセス権限不足。
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久々に帳簿で自分のページを見たけど、ちょっと待って…!
(精神的動揺と未解決案件って何!?)
「これは…」
ノクスがじっくりと帳簿の上から下までを見る。
相変わらずノクスの側に控えているクロードさんが、首を傾げた。
「この文字は一体…」
「これは日本語だ。クロード、お前では読めないだろう」
「魔王様は読めるのですか?」
「私を誰だと思っている」
久しぶりにドヤ顔のノクスを見た気がする。
「結衣、次のページを開けるか?」
「うん」
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【従業員一覧】
ノクス
状態:契約切断
詳細:閲覧不可
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ノクスのページは、相変わらず何も表示されない。契約印が消えてから、ずっとそうだ。
「なるほど」
ノクスが静かに口を開いた。
「契約によって情報共有が成立していたというわけか」
「そうみたい。契約印がなくなったら、見られなくなっちゃって…」
あの時は、まさかノクスが死んでしまったのではと目の前が真っ暗になったんだっけ。
(もう、あんな気持ちにはなりたくないな…)
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アイル
状態:測定範囲外
詳細:取得不可
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キリ
状態:測定範囲外
詳細:取得不可
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「アイルとキリは、出発して半日しないうちに見られなくなっちゃった」
「流石に人間領までの範囲では測定が出来ない、と」
ノクスはしばらく考え込んだ後に、結衣に一つ提案してきた。
「はぁ…まだ心臓がバクバクしてる…」
「そこまで危険な魔物ではないぞ?」
ノクスが提案してきたのは、実際に結衣の帳簿の能力の実地テストだ。
比較的温厚な魔物と聞いていたのに、歯を剥き出しにして飛びかかってくるウサギ型の魔物の、どこが危険ではないというのか。
最初は思わず頭を抱えてしゃがみ込んでしまったけれど、ノクスが腕を一振りしただけで、ピーという鳴き声と共に遠く彼方へと吹き飛ばされていた。
防御魔術とやらをかけてもらって、見えない壁の中の安全な場所からだというのに、沢山の個体に取り囲まれた時は思わず逃げ出したくなるほどだった。
結衣にできることは、仕分けで攻撃をずらすことと、分別で魔物を解体することだけ。
安全な場所から魔物の攻撃を仕分けでずらし、しばらくするとノクスが炎の魔術で一掃した。
パラリ、と帳簿のページが変わる。
浮かび上がった文字は、“自動分別”という言葉。
「……自動分別?」
この前までは分別、だったはずだ。
そう思った次の瞬間。
炎が消えた大地の上で、魔物の死骸がふっと光る。
そして。
毛皮。
牙。
魔石。
肉。
それぞれが勝手に分かれ、種類ごとに綺麗に並べられていった。
「わっ」
結衣が思わず声を上げる。
ご丁寧に素材ごとに一箇所へまとめられている。
「ほう。これは便利だな」
ノクスが腕を組む。
結衣は帳簿へ視線を落とした。
文字がさらに書き換わる。
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【自動分別】
対象:跳兎
回収素材
・跳兎の毛皮 ×12
・跳兎の牙 ×24
・魔石(小) ×12
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「数まで出るの……?」
思わず呟く。
その直後。
さらに文字が浮かび上がった。
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【簡易査定】
推定売却額
銅貨4枚
高価素材:
・該当なし
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「……」
「……」
こんなに数があるのに、思わず安い、そう思ってしまえるほど、私はこの世界に馴染めてきたんだろうか。
祝10万字突破!!
もっと長くなりそうな予感です笑




