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第33話 白昼夢


気づけば、随分と長い時間話していた。

いつの間にか呼び方も、「ユイちゃん」「リシェル」と呼ぶようになっていたし、リシェルが聞き上手なのか、結衣の方からどんどん言葉が出てきた。


帳簿を一緒につけた話。

看板を作り直した日のこと。

結衣の職場をあっという間に改革していったこと。

ノクスが米屋の改革に本気で取り組んでくれたこと。


「……夜遅くまで一緒に仕事してたこととか。私が失敗しても、怒らないで次の手を考えてくれるとか」

「魔王様が、怒らない?」

「はい」

「……本当に?」

「本当です。どちらかというと過保護なくらいで」

「あなたに?」

「無理するな、って。大丈夫って言うと、必ず見抜かれて」


リシェルは、少しの間黙っていた。

その目が、少し柔らかい。


「……そう」


静かに、言う。


「魔王様って、そういう方なのね」

「そういう方、というのは?」

「大事なものに対して——不器用なくらい、真剣なの」


結衣は、少しだけ考えた。


(大事なもの…その中に、私は入ってたのかな)


帳簿を真剣に見ていたあの顔。

米屋のことを、自分のことのように考えてくれていたあの背中。


「……そうですね」

「ユイちゃん」


リシェルが、立ち上がった。


「また話しましょうね」

「はい、ぜひ」


次の瞬間。

ふわり、と。

結衣の体が、柔らかく包まれた。


「っ……」


リシェルが結衣を抱きしめる。

甘い香りが、ふわりと鼻をくすぐる。

花のような、でも花とも違う——何か、もっと官能的な香り。


(す、すごい……)


同じ女性でも、思わず顔が赤くなる。体の線が、はっきりと伝わってくる。


「また来るわね」


耳元で、リシェルが囁いた。

それだけで、頭がくらりとした。


「は、はい……」

「ふふ…ユイちゃん」


「そのままでいてね。きっと魔王様が気に入ったのはそういうところだから」


最後にそう言って、リシェルは優雅に部屋を出ていった。

扉が閉まる。

残された結衣は、しばらくそのまま立っていた。


(私らしくって一体…)


優しいとか、普通とか、そういうことだろうか…。考えてみるけれど、よく分からない。



それにしても。

顔が、熱い。

ほぼ確実に、真っ赤になっている。


「……サキュバス、すごい」


思わず、独り言が漏れた。

パタパタと、手で顔を仰ぐ。全然冷めない。


(なんだろう、あの破壊力)


同性でもこれなのか。異性だったらどうなるんだ。

少しだけ高鳴る心臓に、不意に思い出される黒い髪と真紅の瞳。


(でも…ノクスといる時に感じるドキドキとは違う気がする)


コンコン。

扉が叩かれた。


「ふわっ!?」


思わず一人で飛び上がる結衣に、扉の向こうから聞きなれた声が聞こえてくる。


「…結衣?」

「…っ。どうぞ!」


入って来たのはノクスと、その後にそっと控えているクロード。


「なぜ驚く」

「べ、別に!」

「顔が赤いが…」

「なんでもない!」


困惑するように寄せられた眉。ノクスはそっと近づいて結衣の額に触れた。


「の、ノクス!?」

「熱があるのか?やはりこの世界の空気は馴染まないか…」

「ほ、本当に違うんだって!」

「…なら、いいが」


ナチュラルに触れないでほしい。

勢いで好きかも、なんて言ってしまった相手に触れられて意識しないでいるほど、結衣は経験豊富ではない。

リシェルに感じたドキドキと、また別のドキドキが結衣の胸の中で膨らんでいく。


「「…。」」


というか、ノクスは一体なぜ部屋に来たんだろうか。

微妙に沈黙してしまった空気を破ったのは、クロードの咳払いだった。


「魔王様、ユイ様の魔力測定のことを…」

「あ、あぁ。結衣、体調が悪くないのなら、魔力測定をしたいと考えている」

「魔力測定?」

「帳簿も成米とやらも確認するが、とりあえずまずは根本の魔力そのものを見る」



そうして連れて来られたのは、ゴツゴツとした機械のようなものが沢山ある部屋だった。

何かよく分からない文字のようなものが刻まれたもの、音を立てて動いているもの、そして何故か爆発したようにひしゃげてそのままになっているものまである。


「相変わらず無法地帯だな」

「ノルティア様に、片付けるよう申したのですが…」


ノクスもクロードも、頭が痛いとばかりに眉間にシワを寄せる。


「ノルティア、どこだ」


ノクスの問いに、機械のパーツか何かの山になっている一部が揺れた。


「ここ」


ガチャガチャと部品の山を崩しながら現れたのは、深緑色の長い髪を無造作に結んでいるノルティア。

目は相変わらず眠たげで、両手に抱えたパーツを大事そうに持っている。


「測定器の改良用パーツを探していた。これで、より詳しく見られる」

「ノルティア様、あれほどいらないものは処分するようにと…」

「この子達はいらなくない。全部私の可愛い子」

「前回は部屋一つ吹き飛ばしましたよね?」

「…実験に失敗はつきもの。その原因を忘れないために、取っておく」


(え、爆発したの?本当に大丈夫なの!?)


更に歩いた先の扉の向こうに、人が一人横になれるような台があって、それを取り囲むように更に違う機械が並んでいる。

ノルティアは手に持っていた部品をいそいそと機械の一部に取り付けている。

やがて満足したように立ち上がると、台の方を指差した。


「あそこに寝る」

「えっ」


戸惑う結衣に、小柄なのに力強いノルティアに背中を押されて足を進める結衣。

台の目の前まで来て、結衣は仕方なくそのゴツゴツとした金属とも言えない何かの上に横たわった。

そっと、肩に温かい手が触れる。


「安心しろ。痛みはない」

「…うん」


こうやって、こちらが少しでも不安を感じていると察知するノクス。

本当に、敵わないと思った。


「測定開始する」


ノルティアの言葉と共に、機械が動き出すのを感じた。

柔らかな光、全身が目に見えない何かに包まれるのを結衣は感じた。

まるで、ノクスが結衣の傷を治した時のような…


「…これは」


ノクスが息をのむ声がする。


「なかなか面白い。もっと詳しい情報を探す」


ノルティアが、何かのスイッチを叩く音がする。

光が更に眩しくなって、結衣は思わず目を閉じた。






もう、長くない。

けれど、最後くらい自分の好きな場所にいたい。

背中から伝わる温もりが、この人は本当に優しい人だということを感じる。

いつものような軽口。このやりとりが、何より楽しい。


「約束よ…ヴァル」


どうしてそんな顔してるの

いつもみたいに、自信満々な顔しなさいよ

それで、ちょっと呆れて、最後にはしょうがないって笑うの


「馬鹿者め…」


馬鹿って何よ

そう言いたいのに、もう声も出せない





「結衣!」


ぱちり

目を開けた瞬間、目の前にはどこか焦りを滲ませたノクスだった。

こんなこと、前にもあった気がする。

夢を見て、ノクスやアイルやキリが目の前にいて…。


「あれ…」


頬を伝う涙。

なんで私泣いてるの。

何か、夢の中ですごく苦しくて、体を動かせなくて。

それ以上に、目の前の大切な人と離れるのが嫌で…。

ノクスに支えられながら起き上がると、ゴツゴツとした機械が目に入る。


(そうだ。魔力測定するって言って、光が眩しくて目を閉じて…)


「測定中に異常を検知して止めた。魔力の根源を調べるために、魔力のルーツを辿っていた最中だった」

「ルーツ?」

「ユイ様のご両親のことや、更にもっと前の情報…と言えばわかりますか?」


つまり、ご先祖様みたいなものってやつなのかな?

小さく頷くと、クロードがそっとハンカチを差し出す。


「本当に体に異常はないか?痛みは?苦しさは?」

「だ、大丈夫!なんか夢みたいなのをみた気がするけど…」

「夢か…アイルとキリから聞いている。向こうにいた時も、そういうことがあったと」

「うん。ただの変な夢だと思って、特に気にしてなかったんだけど…」


何度か、変な夢を見た。

自称女神を名乗る人が出てくるものと、魔王を名乗る人が…そういえば、魔王って名乗ってた人に似てた気がする…

でも、もうぼんやりとしか顔が思い出せなくて、それが本当に同じ人なのか分からない。


「測定は中止だ」

「あともう少しで全部解析できる」

「中止だ」

「ほんの少しだけ」

「ダメだ。これは命令だ」


ノルティアが頬を膨らませて不満そうな表情を作る。

見た目の幼さも相まって、ちょっと可愛らしいと結衣は思った。



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