表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
33/66

第31話 幹部との初顔合わせ


「私も行く」


そう言った結衣に、三人とも首を横に振った。


「危険だ」

ノクスが、静かに言う。


「アイルとキリの二人の方が、移動も速い」

「それに、勝手も知ってるしね」

アイルが、穏やかに続けた。


「結衣ちゃんは、ここで待っててくれた方が——」


「……分かった」


結衣は、それ以上言えなかった。

言い方を変えれば、足手まといになってしまう。

三人は優しいから、そんな言葉は使わない。

でも——ここまで来るのだって、アイルとキリに何度も助けてもらった。迷惑をかけてしまった手前、強く言い出すことができなかった。




出発の朝。

飛龍は、思いの外大きかった。

翼を広げると、城の一角がすっぽり覆われるくらいある。

黒みがかった鱗が、薄暗い朝の光を照り返している。

近くに立つと、地面が微かに震えるくらいの存在感だった。


「……大きい」


思わず、後退りそうになる。


「大丈夫だよ、人には慣れてるから」


アイルが、飛龍の首のあたりを軽く叩く。飛龍は、ふんと鼻息を一つ吐いた。


「慣れてても、大きいものは大きいから……」


「乗ってみたら気持ちいいよ、きっと」


「乗らないけど!」


荷物を固定したキリが、こちらに向き直った。


「では、行く」


「うん……気をつけてね」


心配そうな結衣を見て、キリは一瞬、口を開いた。


「結衣……」

「……?」


首を傾げると、キリは小さく頭を振った。


「……いや。行ってくる」


飛龍が翼を広げる。一気に舞い上がった風が、結衣の髪を揺らした。

アイルが、高くなっていく場所から手を振る。


「すぐ帰ってくるから!」


やがて、二つの影は雲の向こうへと消えていった。


「……行っちゃったね」


ぽつりと、呟く。


「そうだな」


隣で、ノクスが静かに言った。

しばらく、二人して雲の彼方を見つめていた。風が、低く唸っている。


(これから、どうしよう)


アイルもキリもいない。豊もいない。エレンもいない。

ノクスはいるけれど——昨日の今日で、ちょっと気まずい。まぁ、ノクスはそんなこと思っていないかもしれないけれど。

城の中を一人でうろうろするのも怖いし、かといって部屋に閉じこもっているのも落ち着かない。

何か役に立てることがあればいいのに、でも何ができるのかも分からない。

どんどん、思考が内側に向かっていく。


「結衣」

ノクスが、不意に言った。


「……うん?」


「紹介したい者たちがいる」


「……?」


振り返ると、ノクスはもう城の方へ歩き出していた。


「来い」

「え、あ——待って」


慌てて後を追いながら、結衣はもう一度だけ空を見上げた。

雲の向こうは、もう何も見えない。


(気をつけて、ね)

心の中だけで、呟いた。






連れて行かれた先は、広い部屋だった。

天井が、高い。両側に並ぶ柱が、重厚な存在感を放っている。

足元の石畳は磨き上げられていて、自分の姿がうっすらと映り込んでいた。


(……ここは)


奥に、段差があった。その上に、重厚な雰囲気を放つ椅子が一つ。

玉座だ。

そして——なぜか、その隣にも椅子が一つ置かれていた。

玉座ほど豪華ではないけれど、普通の椅子とも明らかに違う。

細かな細工が施されていて、背もたれが高い。


(……あの椅子、なんで二つあるんだろう)


考えている間に、ノクスは当たり前のように段差を上がり、玉座に腰を下ろした。


「さぁ、ユイ様。あちらへ」

クロードが、小声で結衣の背中を促す。


「えっ」

促された先は——ノクスの隣の椅子だった。


「い、いやいやいや」

思わず、足がすくんだ。


「あそこって、私みたいな一般人が座る場所じゃないんじゃ……!?」


一方のノクスは、何をしているとでも言わんばかりの表情でこちらを見ている。


「来い」

「で、でも……!」

「来い」

「……」


顔が、青くなっていくのが自分でも分かった。

クロードは、内心で結衣に同情した。

椅子を用意しろ、と魔王様に指示されて用意はした。

でも——これまでの結衣の様子を見る限り、こういう場が得意な方ではないことは明らかだ。

今にも踵を返して逃げ出しそうな顔をしている。


(魔王様、もう少し配慮というものを……)


もちろん口には出さない。

結衣は、恐る恐る段差を上がった。

周囲の兵士の視線を感じながら、おそるおそる椅子に腰を下ろす。

座面が、思いのほか柔らかかった。

ノクスが、小さく頷く。

それを確認した兵士が、謁見の間の扉に向かった。


重厚な音を立てて、扉が開く。


入ってきたのは——四人だった。

先頭は、白銀の男。白い肌に、切れ長の目。

その後ろに、見上げるほど大きな体躯の男。

次に、深い赤紫の髪を揺らした女性。

最後に、ぼんやりとした目つきのエルフ。


全員が、順番に入室してくる。

横一列に並び直し——深く、玉座にかしずいた。

部屋の中が、しんと静まり返った。


「表を上げろ」


ノクスの声が、部屋全体に響いた。

低く、威厳があって——いつものノクスじゃない。


改めて、突きつけられる。

この人は、本当に魔王なのだ。

米屋で一緒に帳簿を眺めていた人が、今この空間の頂点に座っている。

伏せられていた者たちの目が、ゆっくりと上がった。


そして——一斉に、玉座と、その隣に座る結衣に注がれた。


(全員に見られてる……!)


結衣は、背筋を伸ばしたまま、ひたすら真顔を保つことに全力を注いだ。




「私が信を置く幹部達だ。クロードとはもう何度か話しているだろう。彼は私の身の回りの雑事や城の管理をする者だ」

クロードが、静かに頭を下げた。


「それから——」


ノクスの目が、長い白銀の髪の男に向けられた。

男が、深く頭を下げる。


「私はセヴランと申します。種族は吸血鬼。この国の国庫管理、戦時には軍略を担当しております」


病的なまでに白い肌。髪の隙間から覗く真っ赤な目が、鮮血を思わせた。声は低く、静かで——どこか温度がない。


次に、巨大な体格の男が口を開いた。


「俺はガルド。種族は獣人。主に軍隊の管理、教育、そして警備を担当する」


見上げるほどの体躯。それだけで圧がある。そして、声が大きい。


「私はリシェル」


赤紫の髪を揺らしながら、その女性は柔らかく微笑んだ。

溢れる色香が、立ち姿だけで伝わってくる。


「種族はサキュバス。主に情報統制と索敵を担当しております」


リシェルの目が、ちらりと結衣を見た。

品定めするような——でも、どこか興味深そうな目だった。


最後に、深い緑色の髪をゆるく結んだ、少女のような外見の者が口を開く。


「私はノルティア。ダークエルフ。担当は魔道具の開発と魔術構築の研究」


淡々とした声だった。

他の幹部と比べて短い自己紹介。

でも、その目は静かに、しっかりと結衣を見ていた。

全員の自己紹介が終わると、部屋の中に静寂が戻った。

ノクスが、幹部達を一瞥してから口を開いた。


「この者は稲宮結衣という。私が異世界にて契約を結んだ人間だ」


「結衣の世界とこちらの世界は、かなり勝手が違う。お前達には、結衣が不自由なく過ごせるよう、サポートを頼みたい」


「はっ」


全員が、深く頭を下げた。

その光景に、結衣は思わず背筋が伸びた。


(これが、魔王の幹部……)


それぞれが強烈な存在感を放っていた。吸血鬼。獣人。サキュバス。ダークエルフ。現代の日本にいたら、一生出会わなかったような面々が、今自分のために頭を下げている。


「結衣」


ノクスが、静かに言った。


「何か、言っておくことはあるか」

「え——」


思わず、全員の視線が自分に向いた。


(え、私が何か言うの!?)


慌てて頭を回す。何を言えばいいのか。でも、何か言わなければいけない気がした。


「えっと……」

声が、少し上ずる。


「稲宮結衣です。その……ご迷惑をおかけすることもあると思いますが、よろしくお願いします」


深く、頭を下げた。

顔を上げると、幹部達がそれぞれの表情でこちらを見ていた。


セヴランは、無表情のまま。

ガルドは、少しだけ目を細めた。

リシェルは、口元に手を当てて微笑んでいた。

ノルティアは、じっと結衣を見たまま、小さく頷いた。


(どんな反応……?)


よかったのか悪かったのか、全く分からない。




「魔王様、一つ確認を」

セヴランが、静かに口を開いた。その目が、そっと結衣に向けられる。


「なんだ」


「こちらの方は、魔王様の大切なお客様と伺っておりましたが——どの程度の権限をお持ちでしょうか」


「権限……?」


結衣は、思わず首を傾げた。

権限って、何のことだろう。

自分にそんなものがあるとは思っていなかった。

隣で、ノクスがこともなげに言った。


「私と同等だ」

「えっ」

「「「「「……!?」」」」」


幹部全員の息を呑む気配が、部屋に広がった。


「契約上は私と同じ、もしくはそれ以上だ。結衣は私の雇用主と言っただろう」


「ちょ、ちょっと待って!?」


「私は結衣に雇われている」


「いや、それ米屋での話だから!」


「何が違う」


「全部違う!」



結衣の声が、思わず上ずった。

広い謁見の間に、しばらく沈黙が漂う。

幹部達はそれぞれ、表情こそ動かしていないものの——内心は明らかに違った。


(魔王様……それは客人とは、もはや呼べないのでは……)


クロードは、頭が痛いとばかりに静かに目を伏せた。


(人間が、我ら魔族よりも上……?)

セヴランの眉が、ごくわずかに動いた。


(こんな細い体で立場が上って言われてもなぁ……)

ガルドが、腕を組みながら結衣をじっと見た。


(あらあら、やっぱり面白くなってきたわ)

リシェルが、口元に手を当てて肩を揺らした。


(早く魔道具の組み立てやりたい)

ノルティアは、すでに視線がどこか遠くに向いていた。


「あ、あの……」


全員の視線を受けながら、結衣はなんとか声を絞り出した。


「私、そんな大層なものじゃないので……普通に接していただければ、その……」

「駄目だ」


ノクスが、即座に遮った。


「えっ」

「お前はここに滞在する間、私の名代として扱われる。それが筋だ」

「名代って……私、魔王でもなんでもないんですけど……!」

「契約上の話だ」


「契約ってそういう意味だったの!?」


謁見の間に、結衣の声が響いた。

幹部達は、揃って視線を交わした。

リシェルが、こらえきれずに小さく笑った。

ノクスは、至って真剣な顔のままだった。

クロードは、深く、深く息を吐いた。


(この先が、少々不安でございます……)



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ