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第27話 不穏な影


「そこにいるんだろう?」


街の外れ。

人通りもほとんどない場所で、アイルとキリは朝早くに行動を起こすことにした。

一見、誰もいないように見える。

でも——確実に感じる気配は、三つ。


「出てこないなら、こちらからいくぞ」


手に魔術を展開させると、不意に空気が揺らいだ。全身黒ずくめの男が三人、姿を現した。


「僕たちを監視しているみたいだけど、理由を教えてもらっていいかな?」


アイルの声は穏やかだった。でも、その目は鋭く、真っ直ぐに三人を見ていた。

いつものニコニコとした笑顔は、今はない。

静かに、三人が武器を構える。


「言うつもりはない……か」


アイルが言い終わらないうちに、男たちが弾かれたように動いた。


(速い……!)


攻撃魔術を展開しながら、もう片方の手で防御魔術を広げる。

武器を何度か弾いた後、一瞬身を低くした男がキリの懐に鋭い蹴りを繰り出した。


「……っ」


咄嗟に飛び退く。体勢が崩れたところに、二度目の追撃が迫ってくる。

風の魔術で相殺して、そのままの勢いで攻撃に転じた。

何度か攻防が続いた後、不利を悟った相手が一気に距離を取る。

アイルの相手も同じだった。

三人が、一瞬だけお互いの顔を見合わせた。


それから——一人が、更に距離を取った。


(まずい……!)


「アイル! 俺が二人を相手にする!」

「分かった!」


離脱した一人が走り出した方向は、まっすぐ街の中心部——結衣がいる宿屋の方だ。

走り出したアイルの背中を狙う攻撃を、キリが跳ね返す。


「お前らの相手は俺一人で十分だ」


二対一。状況は良くない。でも——構わなかった。


(頼んだぞ、アイル……!)





ノクスが夢渡しをして、一週間ほどが経った頃。

ようやく起き上がることができるようになったノクスは、ベッドの上にいながら溜まっていた書類に目を通していた。

トップが不在でも組織自体は回せるように設計してある。

でも、重要な案件や最終確認は魔王自らが目を通さなければ始まらない。


「まだ休んでいろ」とクロードはうるさいが、そんな暇はなかった。

一通り重要なものに目を通し終えると、ノクスは少しだけ息を吐いた。

すかさず、クロードが温かい飲み物を差し出す。


(相変わらず、よく見ている)


魔王になったばかりの頃、戦闘で親を亡くして途方に暮れていた魔人の子だった。

今では右腕として成長して、こちらの言いたいことの二つ三つ先を見越した行動ができるまでになった。

魔族も、人間も——成長する。

結衣も、同じだった。


最初は帳簿のつけ方も分からなかった。

今ある環境に手いっぱいで、質の良い商品を取り扱っているのに、それを売り出す手立てを考えるところまで至らなかった。

それが、少しずつできることが増えていって——やがて、自ら考えて行動できるまでになった。


(結衣……)


目を閉じれば、すぐに思い浮かぶ顔。笑ったり怒ったり、時には悲しんだり。

二人と一緒にいると言っていた。最悪の事態にはならないはずだ。

それなのに——ふとした瞬間、一息つく時間のたびに、脳裏を過ぎるのは結衣のことばかりだった。

深いため息をつきそうになるのを堪えながら、クロードに視線を向けた。


「結衣の動向は掴めたか?」


一瞬、息をつめたクロードが慎重に口を開く。


「人間領のレヴァンという街に立ち寄った後、数日滞在。その後は世界樹方面の山岳地帯へと向かったと思われます」

「世界樹……エルフの里か」

「おそらく。現在、エルフの里へ使者を向かわせておりますが」

「回答には時間がかかるだろうな」

「はい。現在、面会の要求に三日ほど時間をもらうと……」

「これだからエルフは……!」


思わず握った拳に力が入る。

でも——エルフの里にいるとすれば、他の場所よりは安全だ。

その事実が、胸の奥にわずかな安堵を広げた。

そう考えていたのは、つい昨日のことだった。




「……か! ……に!」


リハビリも兼ねて城の中を少し歩いていた時。

珍しく、クロードの慌ただしい声が扉の向こうから漏れ聞こえてきた。


「いいですか、くれぐれも魔王様には……」

「私がなんだというのだ?」

「……! 魔王様!」


扉を開けると、中にいたのはリシェルとクロード、それにセヴランだった。

三人とも、一瞬だけ固まった。


「それで? 私に隠れて何をしている?」


クロードが裏切るとは思っていない。

ならば、業務上の問題が生じている可能性が高い。


「それは……」


言い淀むクロードなど、珍しかった。よほど言いにくい案件なのか。


「もう、話してしまっていいのではなくて?」

「あぁ。さっさと許可を取ってしまった方が早い」

「……許可?」


話の内容が、全く分からない。


「魔王様、魔族領にて先日、転移術の痕跡を確認しました」


セヴランが、報告書を差し出した。

受け取って、目を通していく。文字を追うごとに、ノクスの表情が変わっていった。

エルフ二人と、人間と思われる女性が転移術にて魔族領で確認された。その後、近くの街へと向かっている——


どう考えても、結衣たちだ。


「何故これをすぐに言わなかった」


魔族領まで来ているなら、こちらから迎えを寄越せばいい。


「その……監視者の報告から、エルフと……その……」

「なんだ」

「熱い抱擁を交わしていたらしいのです、その人間の女性と」


見かねたリシェルが、困ったように漏らした。


「……は?」

思わず漏れ出た魔力に、三人がぴくりと反応した。


(落ち着け……ただの報告だ)


自分でも説明のつかない、もやもやとしたものが胸の奥に広がっていく。

でも、今は冷静に事態を把握することが先決だった。


「それで」


続きを促すと、セヴランが口を開いた。


「先ほど緊急の報告が飛んできました。現在、エルフと交戦中、とのことです」

「なんだと」

「魔王様の邪魔になるものは排除せよ、と先ほど交戦許可を出しました」

「邪魔……?」


邪魔とは、一体どういうことなのか。


「魔王様の恋人という方に手を出す不届者は、すぐに排除しますので」

「ちょっと待て」

「何か」


セヴランが事もなげに言い放った言葉が、ノクスの思考を数秒停止させた。


「恋人とは、一体なんだ」


今度はクロードたち三人がきょとんとしている。


「人間の女性と魔王様は、恋人では……?」

「何を言っている。結衣は私の雇用主だ」

「こ、雇用主……?」



「「「「……」」」」



全員に、沈黙が降りた。


「まぁ! では私の勘違いだったのね」

リシェルが、悪びれもなく微笑む。


「ふふ、私ったらうっかりしてたわ」


これっぽっちも反省している様子がないのは、そういう性質なのだと分かっていた。



でも—


「でも困ったわね……さっきから通信が繋がらなくて」

リシェルの声が、わずかに真剣になる。


「案外、エルフの二人、強いのかもしれないわ」

「クロード」

「は、はい!」

「すぐに転移術の準備を」


自分で術式を展開できるほど、まだ魔力は回復していない。


「し、しかし……! 魔王様の御身がまだ……!」

言いたいことは分かっている。まだ外に出るには、回復し切れていない。


「ならばお前もついてこい」


それだけ言って、ノクスは立ち上がった。

足元が、わずかに揺れた。それでも——歩みを止めなかった。



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