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第23話 剛腕と健脚



あの後、ポロポロと泣いてしまった結衣を宥めながら家に辿り着いた。

目元を冷やしながらベッドに横になった結衣は、すぐに眠ってしまった。

泣き疲れたのだろう。今は穏やかに、静かに眠っている。

キリは、その顔を見ながら決心した。


「このままここにいたらダメだ」


アイルが、小さく頷く。


「僕たちが結衣ちゃんと子供を作らない、なんて言っても、違うエルフを連れてこられるだけだしね」

「最悪、結衣は里に監禁状態になる」

「そうなると、解析結果が出る前に行動するのが一番だね」

「……今夜だ」


二人の声が、静かに重なった。



魔術の探究、という無理やりこじつけた理由でなんとか長を説得し、里を出てはや数十年。

里から腫れ物を扱うようにされていた存在が、里からいなくなることで、長も渋々了承した経緯がある。

事実、魔術は旅を続けるごとに洗練されていった。

けれど実際に行っていたのは、アイルの絵の売買だ。


たまに里を通り道に、魔族領と行き交いしていた。

でも、それも…今日で終わりだ。


「でも本当にいいの?」

アイルが、静かに聞いた。


「何がだ」

キリが、分からないとでも言うように眉を寄せる。


「本当はキリ、結衣ちゃんとの子供なんて満更でもないんじゃない?」

「なっ……!!」


思わず真っ赤になったキリに、アイルが笑う。

でも、すぐに笑みが消えた。

キリは、眠っている結衣の顔を見たまま、静かに言った。


「結衣に必要なのは…魔王だ」

「……俺じゃない」


その声には、迷いがなかった。

迷いがないからこそ、痛かった。


「キリ……」


アイルは、しばらく何も言えなかった。

その横顔を見ていた。整っていて、いつも通りで、でもどこか何かを堪えているような。

何十年も一緒にいる双子だから、分かる。

キリは、ちゃんと分かっている。分かった上で、そう言っている。


「キリがそう決めたなら」

アイルは、静かに言った。


「僕は止めないよ」

「……ああ」


短い返事。

二人は、しばらく黙ったまま、眠っている結衣の顔を見ていた。

穏やかな寝息が、部屋の中に続いていた。


(結衣には、笑っていてほしい)


キリは、そう思いながら視線を窓の外に向けた。

今夜、ここを出る。




夜だというのに、不思議と外の光が明るかった。

街灯が一つもないのに、街の中を歩くのに苦労はしない。

世界樹から滲み出す光が、里全体をうっすらと照らしているらしかった。


うたた寝をしてしまった後で、起こされて、何が何だか分からないうちに支度をした。

元の服に着替えて支度を整えると、アイルとキリから告げられたのは、夜のうちに里を出る、ということ。

魔物の脅威のないこの里には、警備をする者もいないらしく、三人はフードを深く被ってするすると進んでいく。

里の奥の方へ。誰もいない道を。


やがて、一つの広場のような場所に辿り着いた。

地面に、模様が描かれている。

二重三重の円状になっていて、石板のようなものに取り囲まれていた。


「どれくらいで動かせる?」

「……座標指定からだから、ちょっと時間かかるかも」


石板に手を当てて、アイルとキリが浮かび上がる文字を触っている。


「場所はこの際どこでもいい」

「分かってるって」


徐々に、床に描かれた模様が光り始める。

その時。


「そこまでだ」

「「「!!」」」


結衣の、すぐ後ろから声がした。

肩が、痛いくらいに掴まれる。

首元に、ひんやりとしたものが当てられた。


エルフの長だった。

その目は、いつもと同じように静かで——だからこそ、怖かった。


「操作盤から手を離せ」


結衣の首筋に当てられているのは、細長い杖だった。

エルフの長が代々受け継いでいるものらしく、使う者の魔術をより強力にするものだと、アイルから聞いたことがある。


「お前たち二人はどこへ行こうと構わない」

長が、淡々と続ける。


「だが、この人間は置いていってもらう」

もしくは——と続けながら、杖を握る力が強くなる。


「この世に混乱を招く者は、排除するのも厭わない」

「やめろ!」


アイルとキリの顔が、険しくなった。

でも…手が出せない。結衣に杖が当たっている限り、迂闊に動けない。


(どうしよう……考えないと)


結衣は、必死に頭を回した。


(考えて。何か、何かあるはず)


帳簿は…鞄の中にある。

成米は…玄米が出るだけだ。

そこで、ふと。

帳簿に載っていた項目が頭をよぎった。


(剛腕……剛腕??)


米袋を運び続けた腕の力。

配達で鍛えた体。それが能力として刻まれているなら——


(どうせ捕まってしまったら終わりだ)


それなら、いっそ。

結衣は、一瞬だけ目を閉じた。

覚悟を決めて、思い切り肩を掴む手を振り払った。

そのままの勢いで振り返り、首元に突きつけられた杖を、両手で掴む。


「えいっ」

「……っ!」


思いの外、あっさりと杖が手の中に収まった。

長が、腕を押さえてこちらを睨みつけている。


(引き抜けた)


自分でも驚いた。でも、考えている時間はない。

今度は思い切り、杖を反対方向へと投げた。


ひゅっ、と風を切る音。

そのまま、すごい速さで飛んでいった杖が…世界樹の壁に、ずぶりと突き刺さった。


「……さ、刺さった」


思わず、自分でも呟いてしまった。

一瞬、その場にいた全員が静止した。


「結衣ちゃん! こっち!」


ハッと我に返ったアイルが、手を伸ばした。

光が、急激に強くなっていく。

転移術が、完成しつつある。

アイルの手を掴むのと、光の中に踏み込むのは、ほぼ同時だった。

世界樹の壁に突き刺さった杖を前に、長が立ち尽くしている。

その光景が、一瞬だけ目に焼きついた。

そして世界が、白に染まった。




白い光が収まった後、結衣の目に飛び込んできたのは見慣れない色の岩肌だった。


「成功、したの……?」


呆然と周りを見渡す。赤みがかった大地と、遠くに火山らしきものが見える。空気はどこか埃っぽくて、エルフの里とも人間の土地とも違った。


「あぁ、魔族領だ」

キリが、大きく息を吐きながら答えた。

そして。



「「……っふ」」



大きく笑い出したのは、アイルとキリだった。

アイルはともかく…キリが、肩を震わせて笑っている。

そんな姿、今まで一度も見たことがなかった。


「み、見た……?長の顔……!」

「最高に間抜けな顔をしてた」


壁に突き刺さった杖を見て、表情のないはずのエルフの長の顔が大きく崩れた。

あの瞬間の光景を思い出すだけで、また笑いが込み上げてくるらしい。


「あれは、抜くのに……っ相当大変だぞ」

「ふ、深く……っ刺さってたもんね」

「岩みたいな壁に、あそこまで埋まるとは」

「結衣ちゃんの剛腕、まさかああいう使い方になるとは思わなかったよ……!」


たまらない、というようにアイルが笑う。

キリも、いつもの無表情が完全に崩れていた。


「結衣、本当にお前は……」


言葉が続かなかった。

続けようとするたびに、また笑いが込み上げてくるらしい。


「な、何……?」

二人に見られて、結衣は少しだけ頬を染めた。


「笑い事じゃないと思うんだけど……」

「笑い事だよ」


アイルが、目尻を拭いながら言う。


「だって、あんな結末になるなんて、誰も予想しなかったでしょ」

「……そうだけど」

「今回ばかりは結衣に助けられた…っ」


笑いが止まらないアイルとキリに、なんとなく自分のしでかしたことが恥ずかしく思えてくる。

彼らが落ち着くまでに、10分ほど時間がかかった。


以上、最初の更新強化週間は終了になります。

次の更新予定日は26日火曜日、21時ごろです。

寝落ちしたら、夜中過ぎると思います笑


今後の更新日について。

火曜、木曜の週2回更新になると思います。

ストックが貯まり次第、強化週間に入ります。

ちなみに、おすすめのお話は28日木曜日更新予定のお話です。

ここまでのお話で一番感情がピークになるお話ですので、ぜひ見てください。


面白い、続きが気になると思ってくださった方は、ブクマやリアクションしていただけると嬉しいです!

筆者のやる気が倍増します笑

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