第11話 草、草、草…?
出発する前に、まず資金を集めることになった。
街の外の森へと出向いて、お金に変わる素材を集める。それが手っ取り早いとキリが言った。
「これが回復草。葉の裏が白っぽいのが特徴だ」
「これは止血草。茎が赤みがかってる」
「これは——毒草だから触るな」
「わ、分かった」
アイルとキリに、一通りの薬草を見せてもらった。
なるほど、と思いながら聞いていた。聞いている時は、分かった気がした。
でも。
「……うーん」
実際に森の中に入ってみると、全然分からなかった。
どれも同じに見える。
葉の形が微妙に違う気はする。色も、よく見れば少し違う。でも、生えている場所によって育ち方が違うのか、同じ種類でも絶妙にバラバラに見えた。
比較的安全な場所——アイルの目の届く範囲で、薬草と思えるものを引っこ抜いて並べてみた。
「……どれだ」
呟く。
葉が丸いもの。細長いもの。ギザギザしているもの。裏が白っぽいもの——これが回復草だったか?でも、これも白っぽい気がする。
「結衣ちゃん、頑張ってるね」
アイルが、少し離れた場所から微笑ましいものを見るように言った。
「頑張ってるんだけど……全部同じに見えて」
「まぁ、最初はそうだよ」
「アイルはすぐ分かったの?」
「うーん……」
アイルが、少し考える。
「エルフだから、かな。植物の気配みたいなのが、なんとなく分かるんだよね」
「気配……」
「感覚的なやつだから、説明が難しくて」
「そっか……」
羨ましい、と素直に思った。
キリは、もっと入手難度の高い素材を取りに、崖の上へと登っていった。身軽に岩を掴んで、するすると上がっていく様子に目を丸くした。
(なんていうか、米屋にいた時には想像できないくらい、二人ともアクティブだ……)
帳簿を片手に、配達で鍛えた足腰で商店街を駆け回っていた日々が、遠い昔のことのように感じる。
そのとき。
ポケットに入れていた帳簿が、ぱさりと落ちた。
「あ」
拾い上げる。アイルとキリから、結衣が持っていた方がいいと言われて、ずっとポケットに入れていたものだ。
落としたはずみで、ページが開いていた。
「あれ……これって」
じわじわと、文字が浮かび上がってくる。
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【取得素材一覧】
・回復草(品質:C)
・止血草(品質:B)
・眠り苔(微毒)
・雑草
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「ざ、雑草!?」
思わず、声が上がった。
「どうしたの?」
アイルが振り向く。
「これ見て」
帳簿を差し出すと、アイルが覗き込んで——少しだけ、笑いを堪えた顔をした。
「……雑草、引っこ抜いてたんだね」
「だって分からなかったんだもん!!」
「まぁ……回復草と、止血草はちゃんと取れてるから」
「眠り苔の微毒ってなに!?」
「あ、それは触っちゃダメなやつ」
「触ってる!!並べてる!!」
「……手、洗った方がいいかも」
「今すぐ洗ってくる!!」
結衣は、帳簿を抱えたまま近くの小川へと走った。
後ろで、アイルがくすくすと笑っていた。
崖の上から、キリが降りてきた。
「何があった」
「結衣ちゃんが、眠り苔を素手で触ってた」
「……なぜ止めなかった」
「気づいた時には、もう並べてたから」
キリは、小川の方へ走っていく結衣を見て——小さくため息をついた。
「まったく」
でも、その口元が、わずかに緩んでいた。
小川で手を洗って、ついでに顔も拭いてから戻ってくると。
キリが、崖から降りていた。手には、大きめのカゴ。
「おかえり、結衣ちゃん」
「ただいま……眠り苔、大丈夫だった?」
「少し触れた程度なら問題ない」
キリが、淡々と言う。
「眠気が出る程度だ」
「それでも十分怖いんだけど」
「次からは気をつけろ」
「気をつける……」
ため息をついてから、ふとカゴの中を覗き込んだ。
「……なにこれ」
奇妙な色をしたキノコが、布に包まれて入っている。傘の部分が深い紫で、根元に向かって黒ずんでいる。見たことのない色だった。
「帳簿、出してみて」
アイルが言う。
結衣は、ポケットから帳簿を取り出した。ページを開くと、じわりと文字が浮かんでくる。
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【取得素材一覧】
・回復草(品質:C) ・止血草(品質:B) ・眠り苔(微毒)・不明な茸
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「不明って出てる」
結衣が、画面を見ながら言う。
「これってなに?」
キリは、カゴの中のキノコを布でさらに厳重に巻いた。丁寧に、でも素早く。完全に覆ってから、結衣に向き直る。
「これは安易に触ってはダメなやつだ」
「……どのくらいダメなの?」
「魔喰茸だ」
静かに、でもはっきりと言う。
「魔素を吸う性質がある。扱いを間違えれば——人間の生命力まで奪う」
「こわっ」
思わず、一歩引いた。
その瞬間。
帳簿の文字が、すっと消えた。
三人が、帳簿を見る。
じわじわと、新しい文字が浮かび上がってくる。
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・魔喰茸 魔素を吸収する特殊茸 高濃度魔素地帯用薬の素材 人体への使用は危険
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「……増えた」
結衣が、ぽつりと言った。
さっきまで「不明な茸」だったのに。キリの説明を聞いた途端に、詳細が書き加えられている。
「知識が反映された?」
アイルが、首を傾げながら帳簿を覗き込む。
「学習型か」
キリが、静かに呟いた。腕を組んで、帳簿をじっと見ている。
「学習型……?」
「持ち主が知識を得ると、それが反映される仕組みだということだ」
「じゃあ、さっき雑草が雑草って出たのも」
「俺たちが教える前だったからだろう」
「……そういうことか」
結衣は、帳簿を見つめた。
最初に開いた時——自分のステータスも、ノクスたちの情報も、全部日本語で書かれていた。自分が読める言葉で。
そして今、キリから説明を聞いた瞬間に、情報が更新された。
「これって……」
ぽつりと言う。
「私が知ってることしか、分からないってこと?」
「逆に言えば」
アイルが、柔らかく笑った。
「結衣ちゃんが知れば知るほど、もっと色々教えてくれるようになるってことだよ」
「……なんか」
結衣は、帳簿を胸に抱えた。
「ノクスみたいだ」
「え?」
「最初は何も分からなくて。でも、一緒にいるうちに色々教えてもらって——気づいたら、いろんなことが分かるようになってた」
誰も、すぐには答えなかった。
アイルが、優しく目を細める。
キリは、視線を逸らした。でも——その横顔が、少しだけ柔らかかった。
「……行くぞ」
低く言って、キリが歩き出す。
「うん」
結衣は、帳簿をポケットにしまった。
「結衣ちゃん」
アイルが、隣に並ぶ。
「さっきの雑草、一応売れるかもしれないから持っておいて」
「雑草が?」
「うん。乾燥させると、虫除けになるやつがあるから」
帳簿を出してみると、すでに文字が更新されていた。
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・乾燥雑草 虫除け効果(微)
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「……ちゃんと聞いてた」
「学習が早いね」
アイルが、くすっと笑った。




