第10話 魔王幹部
堅牢な石造りの城の中。
重苦しい空気が、場を支配していた。
魔王幹部四人が同じテーブルにつき、顔を合わせる。それだけで、滅多にない光景だった。
「クロード、今の状況は?」
テーブルのすぐ後ろで控えていた男が、静かに答えた。
銀灰色の長めの髪を緩く結んで、濃紺の執事服を身に纏っている。所作の一つ一つが、無駄なく整っていた。
「魔王様は未だ昏睡状態から変わっておりません」
クロードが、感情を抑えた声で続ける。
「ノルティア様の魔力供給装置にて、かろうじて繋ぎ止めている状態です」
テーブルの一角。深緑色の長い髪を適当に後ろで束ねた少女が、静かに頷いた。眠たげな目が、細く開いている。それでも、その目の奥には鋭い光があった。
ノルティアと呼ばれたその少女が、向かいに座る女性へ視線を向ける。
「リシェル、情報統制は?」
妖艶な笑みが、ゆっくりと浮かんだ。長いウェーブのかかった深い赤紫の髪が、肩から流れている。
「問題ありませんわ」
リシェルが、指先を組みながら答える。
「外部への漏洩は、完全に遮断しています」
「……それよりも」
その目が、テーブルを一巡する。
「敵の存在は、確認できたのかしら?」
「城の中をくまなく探したが、それらしきものは見当たらなかった」
低い声が、部屋に響いた。
二メートル近い巨体。赤茶色の髪を無造作に後ろへ流した男性が、獣の耳をぴくりと動かしながら言う。
「現在は城外への捜索に範囲を広げている段階だ」
重い沈黙が落ちた。
「……それで」
巨体の男が、テーブルの端に視線を向ける。
「こうなった原因は、考えられるのか。セヴラン」
最後に口を開いたのは、最も静かに座っていた男だった。
驚くほど血の気の薄い、青白い肌。長い白銀の髪を一つに束ねている。その目は、感情を読ませない。
「いいえ」
セヴランが、静かに答えた。
「およそ人間に出来る所業ではないでしょう。かといって——内通者の線も探りましたが、不審な点は見つかりませんでした」
また、沈黙。
蝋燭の火が、ゆらりと揺れる。
やがて。セヴランが、改めて口を開いた。
「魔王様は、意識を失う直前——人間の"ユイ"というものを見つけろ、とおっしゃったのですね」
「はい」
クロードが、静かに頷く。
「確かに、おっしゃっていました」
「それと——」
脳裏に、あの言葉が蘇る。
『ゆい、は……わ、たしの……こ』
「……"こ"、とは一体何なのか」
クロードの声が、わずかに低くなった。
「最後まで、聞き取れませんでした」
沈黙が、また場を支配する。
四人の視線が、交わり——離れる。
「なんにしても」
セヴランが、静かに言った。
「魔王様不在の緊急プロトコルに従い、各々の役目を全うしましょう」
誰も、異を唱えなかった。
蝋燭の火が、また揺れた。
「ユイ、というのが——何者なのかは分かりませんが」
リシェルが、ふっと笑う。
「魔王様があれほどのご様子でお名前を呼ぶ方ですもの」
「一筋縄では、いかないでしょうね」
誰も、答えなかった。
ただ。
その言葉だけが、石造りの部屋にしばらく残った。
朝のギルドは、にわかに騒がしかった。
依頼の貼り紙を眺める人、受付に並ぶ人——いつもの喧騒とは、少し違う。あちこちで、ひそひそと声が交わされている。
「聞いたか?」
「聖都で"聖人様"が現れたらしい」
「勇者様まで動いてるとか」
「また戦争か……?」
結衣は、フードを深く被りながら、その声に耳をそばだてた。
(聖人様? それに、勇者って……)
エレンのことだろうか。でも、聖人様というのは——
「あ、あの……!」
気づいたら、声が出ていた。
隣で話し込んでいた二人のおじさんが、一斉に結衣を見る。
「あの、聖人様って……?」
二人は顔を見合わせた。それから、特に怪しむ様子もなく答えてくれた。
「お、おぉ。嬢ちゃん気になるのかい?」
「聖人様ってのは、女神様の加護を受けた人間のことだよ。なんでも、聖都に転移術で現れたらしいぞ」
「勇者様も一緒だったって噂でよぉ」
(勇者って、エレンのことだよね?)
「あの、ありがとうございました」
ぺこりとお辞儀すると、二人は毒気を抜かれたように笑った。
「いいって。みんな噂してるしな」
「気をつけてな、嬢ちゃん」
结衣は、アイルとキリの方へ向き直った。
二人は、動こうとして止まったまま、結衣を見ていた。
(こういう変なところで、行動力があるんだよな……)
アイルが、小さく苦笑した。
「ねぇ、やっぱり聖人様って……」
「あぁ」
キリが、佇まいを直して言う。
「おそらく、豊のことじゃないか」
「だよね」
結衣は、頷いた。
「エレンも一緒みたいだし」
「二人とも、とりあえず無事ってことだよね」
アイルが、ほっとしたように息を吐く。
「良かった……」
結衣も、胸の奥がわずかに緩むのを感じた。エレンのことも、お兄ちゃんのことも——ずっと、心のどこかに引っかかっていた。
でも。
「でも、困ったね……」
アイルが、眉を寄せた。
「聖都だと」
キリが、腕を組む。
「これから向かいたい方角とは、真逆だ」
「どのくらい遠いの?」
「馬で数日はかかる」
「……そっか」
結衣は、少しだけ考えた。
お兄ちゃんに会いに行きたい。エレンのことも心配だ。でも——ノクスは、魔族領にいる可能性が高い。
「どうする?」
アイルが、結衣を見る。急かすでもなく。ただ、確認するように。
結衣は、胸元の帳簿を思った。
危険。生命維持限界域。
「……ノクスを、先に探しに行く」
静かに、でもはっきりと言った。
「お兄ちゃんは、エレンがいるから」
「ノクスには、誰もいないから」
キリが、無言で頷いた。
アイルも、柔らかく笑った。
「うん。じゃあ、行こうか」
ギルドの喧騒が、また背後から聞こえてくる。
聖人様が現れた、という噂が、まだあちこちで飛び交っていた。




