第9話 すてーたす
エレンが部屋に戻ってきたのは、それから少しした後だった。
ただ、一人ではなかった。
後ろから入ってきたのは、年配の男性だ。白と金を基調にした、いかにも格式高そうな衣をまとっている。頭には精巧な装飾の施された冠のようなもの。腰には長い房飾りのついた帯。
(なんか、すごい人だな)
豊が、なんとなくそう思った瞬間。
その男性が、つかつかと豊の前まで歩いてきた。
そのまま——その場に跪いた。
深々と、頭を垂れる。
「……え?」
豊は、思わず後ろを振り返った。誰か別の人がいるのかと思って。
いない。
どう見ても、自分に向かって頭を下げている。
「え、えっ⁉︎」
「私は聖輪教会の大司祭、エルネストと申します」
男性が、厳かな声で言った。
「聖人様におかれましては、長旅のお疲れもさぞかし……いえ、まずは申し上げねばなりません。貴方様がこの地にお越しくださったこと、我ら聖輪教会一同、心より——心より歓喜に堪えません……!」
声が、途中から震えていた。
「っ……ぅ……!」
「大司祭様」
エレンが、静かに咳払いをした。
「聖人様は、まだ状況が飲み込めていないようです」
「おぉ……私としたことが」
エルネストが、目元を押さえた。
「感極まってしまったあまりに……失礼をいたしました」
「あ、いや、全然……」
豊は、どうしていいか分からず、とりあえず手を振った。
「あの……せ、聖人?」
「左様でございます」
エルネストが、顔を上げる。目が、うっすら赤い。
「貴方様の右手をご覧ください」
言われて、豊は右手を見た。
「……あ」
いつの間にか、見慣れない印が刻まれていた。今まで、こんなものはなかったはずだ。
「その聖印こそ、女神ルミエラ様の加護を持つ、何よりの証拠」
エルネストが、恭しく続ける。
「この、勇者エレクトにも同じものがございます。そして——何より、貴方様は異界よりお出でになられたお方」
「異界……」
「転移術において、異界より現れるお方は、女神ルミエラ様が我らにお与えくださった希望の光」
「希望の……」
豊は、まじまじと右手を見た。
確かに、変な印がある。
(いつついた?こんなの)
「……エレン」
小声で呼ぶ。
「なに」
「俺、聖人なの?」
「らしいよ」
「……何それ」
「私に聞かれても」
「お前も勇者じゃないか」
「勇者と聖人は違う、らしい」
「どう違うの」
「…さぁ?」
エルネストが、また感極まったように鼻をすすった。
「聖人様……どうか、この国をお救いください」
「え」
「女神ルミエラ様が、異界より聖人様をお遣わしくださった。それはすなわち、今この国が——いえ、この世界が、かつてない危機に瀕しているということに他なりません」
「は、はぁ……」
豊は、困り果てた顔でエレンを見た。
エレンは、小さく肩をすくめた。
(まぁ、頑張って)
その目が、そう言っていた。
豊は、また右手を見た。
金色の印が、静かに光っている。
(……なんで俺が)
「説明するより、実際に見ていただいた方が早いでしょう」
エルネストが、恭しく促す。
「あ、はい」
豊は、エレンと顔を見合わせてから、部屋を出た。
廊下に出た途端、視界に飛び込んできたのは——甲冑姿の騎士たちだった。
ずらり、と並んでいる。数えるのも面倒になるくらい。
「え、なんで」
「聖人様の護衛でございます」
「い、いや、そんなに大げさな……」
「大げさではございません」
きっぱりと言われた。
騎士たちに取り囲まれるように、豊は廊下を進む。エレンは、その少し後ろを歩いていた。
連れてこられたのは、豊がいた部屋よりさらに奥にある、広い部屋だった。
扉の左右にも、騎士が二人ずつ立っている。部屋の中に入ると、さらに別の司祭らしき人物が数人、厳かな顔で待ち構えていた。
その全員が、何かを取り囲むように立っていた。
台の上に置かれた、小さな縦長の箱状のもの。
「これは」
エルネストが、声を低くした。
「かつて昔の聖人様が、魔物の軍勢から我らをお守りくださった、神器にございます」
「神器……」
「聖人様が消えてしまった後、この神器のみが残されました。しかし我らには読めぬ言葉で記されており、解読することも不可能で」
エルネストが、深く息を吐く。
「その後、全く動かなくなってしまったのです」
豊は、台に近づいた。
目を細めて、それを見る。
「……これって」
「携帯ゲーム機?」
豊は、躊躇することなく、手に取った。
ぴくり、と両側の騎士が反応した。
「お、落ち着いてください!」
エルネストが、慌てて手を振る。
「聖人様には、触れる権利がおありです!」
「聖人様、これが何かお分かりになるのですか?」
「いや、懐かしー」
豊は、しみじみと言った。
「カラーのやつじゃん。俺、赤のソフト持ってたわ。炎タイプすっごい好きだったし」
「???」
部屋中に、疑問符が浮かんだ。
豊は構わず、本体の横のスイッチを探した。
カチッ。
小さな音とともに、画面が光った。
「まだ動くじゃん!」
思わず声が上がる。
「懐かしすぎる!金とか銀も遊んだよなー」
「せ、聖人様!!」
エルネストの声が、裏返った。
「その神器を、動かせるのですか!!」
「……いや、これだけじゃ動かせないよ」
豊は、本体をひっくり返して確認する。
「ソフトないし」
部屋中が、どよめいた。
「ソフト……?」
「神器を動かすのに、さらに何かが必要だというのか……!」
「そういう話でもないんだけど」
豊は、画面を眺めながら言う。
しばらくすると。懐かしいドットの文字が浮かび上がってきた。メニュー画面らしい。アイコンが並んでいる。
「ステータス……ちず……せってい……」
豊のテンションが、じわじわと上がっていく。
ぽちぽちと十字ボタンを押して、ステータスを選んだ。
画面が切り替わる。
そこには——
『いなみや ゆたか』
自分の名前が、書いてあった。
「……え」
思わず、声が漏れる。
その下に、見慣れた形式で項目が並んでいる。
「なんだこれ……」
豊は、ゆっくりと読み始めた。
その部屋で、誰も声を上げなかった。エルネストが、固唾を飲んで見守っている。騎士たちも、微動だにしない。
画面に並ぶ文字を、豊は一つずつ目で追った。
───────────────
いなみや ゆたか
じょうたい:りょうこう
スキル
・ごうわん
・けんきゃく
・せいまい
───────────────
「……俺の名前だ」
誰にともなく、呟く。
「スキル……?」
ぽちっと、ごうわんを選んだ。
───────────────
ごうわん
こめぶくろを
もつために
はったつした
きんりょく
───────────────
「……米袋」
思わず苦笑する。「確かに、重いやつも持てるけど」
次。けんきゃく。
───────────────
けんきゃく
はいたつで
きたえられた
あしこし
ながいたびでも
つかれにくい
───────────────
「配達で鍛えられた足腰か」
豊は、自分の足を見下ろした。確かに、体力には自信がある。毎日重い荷物を持って、階段を上り下りして——気づいたら、かなり丈夫になっていた。
最後。せいまい。
───────────────
せいまい
ふようなものを
けずりとり
ほんしつを
のこす
───────────────
「せいまい……」
「精米??」
豊は、画面を見つめたまま固まった。
精米というのは、玄米から糠や胚芽を削り取って、白米にする工程だ。不要なものを削ぎ落として、本質を残す。
「精米が、スキルなのか?」
思わず、声に出た。
「……まぁ、確かに」
豊は、頭をかいた。
「得意っちゃ、得意だけど」
「聖人様」
エルネストが、一歩前に出る。
「その神器には、一体何が……?」
「えっと」
豊は、ゲーム機を掲げた。
「俺のステータス、みたいなのが書いてある」
「ステータス……?」
「強さとか、得意なこととか、そういうやつ」
「……それは」
エルネストの表情が、ぱっと変わった。
「女神ルミエラ様が、聖人様の力をお示しになっているということですか……!」
「いや、どっちかっていうとゲーム的な感じの——」
「女神様……!!」
「あ、聞いてない」
エルネストが、その場で頭を垂れ始めた。後ろの司祭たちも、つられるように頭を下げる。
騎士たちも、片膝をつき始めた。
豊は、部屋中が頭を下げていく様子を眺めながら——エレンの方を振り返った。
エレンは、腕を組んだまま、涼しい顔をしていた。
「……助けてくれない?」
「無理」
即答だった。
「なんで」
「君が聖人様なんだから、自分でどうにかして」
「そんな無責任な」
「頑張って」
エレンは、口元だけで笑った。
豊は、もう一度ゲーム機を見た。
画面の中で、じょうたい:りょうこうという文字が、静かに光っている。
(……結衣にも、こういうの出てたりするのかな)
ふと、そんなことを思った。




