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40枚目 その願いを踏みにじる

 決意の雄叫びは、アネイヤの怒号と同時に。


「ツギハギだらけの偽物が、言ってくれるなぁッ!」


 踏み出したアグルを、真紅色の嵐が迎え撃った。


 アグルを中心に渦を巻く灼熱。

 ホールを覆い尽くすほどの真紅色の炎がうねり、空中を波打ち、乱気流の如き火炎がその顎を剥き出しにする。


 その勢いに乗って数多の炎大剣が生み出され、豪雨のようにその剣先をアグルへと向けてきた。


 先の攻撃とは比べるべくもない。


 視界を埋め尽くすほどの圧倒的な炎の嵐。

 対し、アグルは臆することなく嵐に踏み込んだ。


 吹きすさぶ火炎の暴風を斬り払い、降り注ぐ炎大剣の豪雨に真っ向から斬り結ぶ。

 その間隙を突くように突貫してくるアネイヤの虚像による斬撃を掻い潜り、応戦の構えを見せる本物のアネイヤを目がけて一直線に金剣を振るう。


 金色と黄金の煌めき。二つの金の軌跡が激突し、甲高い剣裁の轟音が鳴り響いた。


「邪魔なのはキミなんだよ若造風情がッ! 《滅却樹(ラグナテイン)》はボクの復讐だ! ボクの怒りだ! ボクの恨みだ! たかだか八年程度の復讐なんかに後れを取るつもりはないッ!」

「それは、八つ当たりと言うものだろうッ!」

「だったら、全ての復讐は八つ当たりだ!」


 両者の激突は黄金が制した。


 アネイヤの炎大剣が金剣をアグルごと弾き飛ばす。勢いに乗じて飛び下がるアグルに彼女はさらに周囲の炎大剣を差し向けながら、自身も追撃へと床を蹴った。


「八つ当たりかどうかなんて興味はないさ! ボクはもう死人だ、生きているキミとは価値観が違う! 復讐を果たした後に何がどうなろうと知ったことじゃないよ!」


 真紅と黄金の嵐を交えた、アネイヤの乱舞。


 まるで世界そのものが襲いかかるような火炎の猛攻に、アグルは己が握る金剣一つで果敢に立ち向かう。


 炎の嵐を断ち斬るかの如く金色の斬撃を放つアグル。

 その間隙を突いてアネイヤが怒号と共に炎大剣で斬りかかってきた。


「キミとボクは同じ穴の狢。ボクたちが歩む復讐の道に、崇高な未来などない! あるはずがない! キミだってそうだろう、アグル・バレンダッ?」

「――いいや、オレにはあるさ」


 アネイヤの斬撃を真っ向から受け止め、彼女の憎悪に満ち満ちた真紅色の眼光を毅然と睨み返しながらアグルは答える。


「復讐を果たした後……そうだな。どこかの片田舎で絵画教室でも開くさ」

「……ハッ! キミみたいな男がそんな殊勝なこと、できるはずが――」

「もちろん嘘だ」

「――キミはッ」

「だが」


 言葉を断ち切り、アグルは炎大剣を弾き飛ばした。


 炎大剣が大きく弾かれ、その勢いに流されてアネイヤの小さな身体が大きくよろける。

 

 絶好の追撃の機会。

 しかし、その代償にアグルも金剣が弾かれていた。


 無理に切り替えそうにも、すぐに新たな炎大剣によって防がれてしまうだろう。


 ゆえに、彼は弾かれた己が金剣を手放し――


「お前の、さも諦めたような態度、いい加減うんざりなんだよ!」


 ――彼女の顔面を、思い切り殴り飛ばした。


 鈍い音が響き、軽々と宙に飛ばされるアネイヤ。

 そのまま墜落し、床を転がる彼女へとアグルは金剣を拾いながら近づいていく。


「何が未来がないだ。何が、できるはずがないだ。最初から抗いもせずに諦観して、利口ぶってさも他の道がないように語る。いい加減、反吐が出そうだ」

「ガッ……ハッ、何を言った所でボクたちが成すことに変わりはないよ」

「ああ。だからオレも『お前』に言っているわけじゃない」


 なんだとッ? アネイヤの視線に怪訝な色が混じった。


 当然だ。

 今この場にいるのはアグルとアネイヤの二人きり。


 真紅色の炎に満ち満ちた地獄の中でアグルたちの他に人の姿はなく、アグルはまっすぐにアネイヤを睨む。


 聖女祖アネイヤ。

 アグルと同じく復讐を謳い、自身の血筋であるレヴィアテイルの一族に巣食ってその機会を待っていた《滅却樹(ラグナテイン)》の本体。言うなれば世界の敵ともいえる存在であり、人であるアグルが戦うのも当然の相手。


 だが、アグルの復讐の相手ではない。


 例えアルトネイアの死に関わっていようとも、アグルの復讐を利用しようと、ここにいるアネイヤ・レヴィアテイルは死人だ。

 彼女は小さな少女の身体に取り憑いた怨念でしかなく、そんなものを相手にした所で、アグルの復讐心が満たされることはない。


 ――迷いを完全に晴らしたと言われれば、嘘だ。


 少女のか細い首を手折ることができなかった時に感じた躊躇、困惑の感情が完全になくなったわけではない。

 その上で《滅却樹(ラグナテイン)》アネイヤの登場によってそれはさらに混迷を極め、アグル自身でも整理しきれないほど。もうぐちゃぐちゃである。


 だが、それでも――アグルは決めたのだ。


 他ならぬアルトネイアに背中を押され、アグルは再び立ち上がった。


 ――ならば、やるべきことは一つしかない。


「聞こえているんだろう? なあ、()()()()()()()()?」


 こちらを睨め付けるアネイヤの真紅色の眼光。


 その奥底にいるはずの()()を見据えて、アグルは言葉を告げる。


「こんな呪い風情に好き勝手されて、まだ内側にこもってうずくまっているつもりか?」

「……残念だけれど、キミの声は届くことはないよ。例え、キミがどれだけ情熱的に愛を語ったとしても、あの子が応えることなんて――」

「聞こえなかったのか。オレはお前には語っていないぞ」


 アネイヤの顔が不快に歪む。だがアグルの知ったことではない。


 ここにいるアネイヤはただの怨念。アグルの復讐を――アグルと()()の再会を前に立ちふさがる障害だ。


 アグルの目的はアネイヤではない。

 アグルがここまで来たのは、全て()()のため。


「いい加減、お前にも聞こえているはずだ! お前の父ヘイグリッド・レヴィアテイルは何を願っていた!? お前はオレと出会って、外の世界を知って……もっと色んな世界を見たいと願ったのは、他ならぬお前自身のはずだ!」


 それを、みすみす自分で手放すつもりかッ!?


 ――聞きようによっては、きっと彼女を救うための言葉かもしれない。


 アグルの告げる言葉は違う。


 これは復讐のための言葉。


 目に映る全てを諦め、心の奥底に閉じ籠った彼女を引きずり出し、それを踏みにじるためのモノ。


 腹の奥底から湧き上がる感情を持ってして、アグルは叫ぶ。


「応えろよ、クライ・レヴィアテイルッ! お前がどうしたいのか、お前がどうなりたいのかッ! 言葉にしなければ、誰にも伝わらないぞッ!」


 アグルの言葉に応えたのは、しかし、クライではなかった。


「……いい加減、なくなったものを叫ばれるのは不愉快だよ!」


 足元から突きだした炎大剣の刃がアグルを襲った。


 床を突き破った炎大剣を飛び下がって避けるアグル。

 アネイヤの怒号に呼応したように膨れ上がった火炎を金剣で薙ぎ払い、返す刃で空中を見据える。


 直後、大きく飛び上がったアネイヤからの斬撃が降り掛った。


「クライ・レヴィアテイルはもういない! ボクが乗っ取った! もうキミの言葉なんか聞こえるはずがないと、なぜ分からないッ!?」

「黙れ怨霊! オレはクライ(アイツ)に言っているんだッ!」


 再三の激突。


「アルが死んで、お前の両親が犠牲になった! いったいどれだけの人が、お前のために命を使ったと思ってる!? ここまでされて、お前はまだ何もしないつもりか!?」


 アグルとアネイヤの斬撃が激突し、その衝撃が周囲に吹き荒れた。


「お前のために犠牲になった全てを――アルの犠牲を、無駄にするのかッ!?」


 金色と黄金の刃が交差する向こうで煌めくアネイヤ――火炎の如き真紅色の眼光をまっすぐに睨み、アグルはさらに吠える。


「クライッ、お前はまだ生きているんだ! お前はまだ動くことができる! そこから踏み出すことができる! 声を上げろ! 叫べ、お前の望みを!」


 アグルの猛攻に耐えきれず、舌打ちと共に引き下がるアネイヤ。

 火炎や炎大剣による攻撃で距離を開けようとする彼女に対し、アグルはさらに前へ踏み込んで斬撃を放った。


「それは、お前の人生だ! それが、オレが踏み躙ると決めたモノだ!」


 アネイヤの炎大剣に斬撃を防がれる。

 それでもなおアグルは牙を剥き、足を踏み出し、交差した金色の先にある真紅の瞳へと言葉を叫んだ。


「だからッ、ワガママの一つくらい、叫んでみろォッ!」

「――――て」


 返ってきた言葉は、少女の唇から聞こえた。


「わたし、を――――て」


 鳴り響く剣裁の間隙に聞こえた、かすかな声音。対峙するアネイヤの意図したモノではなく、真紅に塗り潰されていた()()()()が、まっすぐにアグルを見つめる。



「わたしを……殺して、アグルッ!」



 それは、たった一瞬の――紛うことなき、クライの訴え。


 紅の瞳はすぐに真紅の輝きを取り戻し、驚いた顔のアネイヤがアグルを睨む。


 まるで、つかの間の幻覚に騙されたかのような、一瞬の再会。


 しかし、アグルは確かに聞いた。


 ――ここまで言って、出てくる望みがそれか。


 ここで「助けて」の一つでも言えたのなら、どんなに楽だっただろう。


 しかし悲しいかな、それが彼女の願いだった。


 生まれてからずっと呪いにその身を蝕まれ、母親を死なせてしまったという罪悪感と共に生きてきたのがクライ・レヴィアテイルである。

 一時の希望があったとして、アグルの説得だけで根底にあるその考えを改めさせるのは不可能だったらしい。


 ――ならば。


 アグルの応えは、ただ一つだ。



「ああ――()()()()ッ!」

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