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39枚目 これは世界を救い守るための

『一緒に、世界を救おう』


 言葉と共に、アグルの背後からそっと包み込むような抱擁。


 耳元で彼女の息遣いが聞こえ、折れた剣を握るアグルの手に、彼女の手が重ねられる。


『アタシとアグルで、滅却樹を――あの子を止めるの』

「……聞こえのいい言葉だな。こんな時になって、力を寄越すつもりか?」

『うん。言ったでしょ? アタシはずっとアグルのそばにいるって。大丈夫、心配なんかないよ。だって、今度はアタシが、アグルと一緒なんだから』

「……そう、か。ああ、そうだったな」


 重なった彼女の手に自身の手を重ねて、アグルは告げた。


「なら、オレに……世界を救えるだけの力を貸してくれ。アル」

『もちろん♪ アタシたちにできないことはないもんね、アグル!』


 すぐに彼女の明るい返事が聞こえてきた。


『けど、ちゃーんとクライちゃんも助けてあげるんだよ? アタシがアグルを巻き込んだのと同じように、あの子だって巻き込まれただけなんだから』

「……努力はするさ」

『もう、また嘘ばっかり。全力でやるんでしょ?』

「なにせ嘘吐きだからな。これが本調子だ」


 あざけるようなアグルの声に、言葉が返ってくることはなかった。


 アグルとアルトネイアは、いくつもの苦楽を共にしてきた相棒だ。


 当然、アグルが上塗りしただけの嘘など通用するはずがない。


 それは分かっていたことだ。


 だから、それ以上のモノは必要なく――


『行こ、アグル。アタシ達で、全部を、塗り変えるの』

「ああ――行くぞ、《色の悪魔(アルトネイア)》」


 アグルは、その剣を引き抜く。


「《白の誓約(オルターカラー)》」


 眩いばかりの純白が、真紅の火炎を塗り潰した。


「――なに?」


 アネイヤの困惑する声。

 それに、剣が砕ける音が続いた。


 アネイヤの握っていた炎大剣が砕けたのだ。


 真紅色の炎を纏う黄金の刃が宙にその破片を散らし、アネイヤが大きく飛び下がる。


 しかし、相手は聖女祖。

 微塵の動揺も見せることなく彼女はすぐに新たな炎大剣を作り出してアグルへと差し向けてきた。


 数にして十数本。

 真紅色の炎を引き連れた炎大剣が一斉にアグルを襲う。


「ここにきて、やってくれるね! けど――」

「――ああ。やるさ。なにせ全部託されてしまったからな」


 アグルは、その全てを斬り伏せた。


 金色の剣閃が迫りくる黄金を打ち砕く。

 真紅色の炎は容易く斬り払われ、打ち砕かれた炎大剣がその破片を散らしながら陽炎のように消えていった。


 全てを焼き尽くすはずの真紅色の炎すら斬り伏せてみせた斬撃。これには流石のアネイヤも呻くように息を漏らし、忌々しいとばかりにアグルの方を睨め付けた。


「……守護者(ヴァルキリス)の怨霊め。そこまでしてボクの邪魔をしたいかッ」

「お前に言われたくないな、本物の怨霊が」


 吐き捨てるアネイヤに応えたのは、金色の剣を握る純白の騎士。


 それが、今のアグルだった。


 伝説上の騎士のような純白の鎧を身に纏い、金色の長剣を構えたアグル。


 不思議と純白の鎧を着用しているという感覚はない。

 まるで純白の鎧に『取り憑かれた』かのような奇妙な感覚であるが、コレがアグルの力になってくれるという確信がそこにはあった。


 ――これが、守護者(ヴァルキリス)の権能。アルがオレに託した力……!


 原理としては《黒の虚偽(ダミーメイカー)》による模倣と似たようなものだろう。


 しかし、これが形や現象だけを模倣する《黒の虚偽(ダミーメイカー)》とはその本質が明確に異なっていることを、アグルの直感は確かに感じ取っていた。


 ――そう。これはもう、偽りの決意なんかじゃないんだ。


 アグルが感じ取ったモノはアネイヤにも伝わっていたようで、彼女はしげしげとアグルを遠目で眺めた後に大仰な仕草でため息を吐き出した。


「ああ、イヤだイヤだ。ピンチになって新しい力にでも目覚めたのかい? そういうのはやめてくれよ。せっかくあと少しという所だったというのに」

「世界を滅ぼす厄災が相手なんだ。ただの人間が一人で立ち向かうなら、都合よく隠されていた力でも貰わなけりゃ割に合わない」

「……まあ、確かにそうだ。けど――易々と倒せると思うなよ?」


 瞬間、周囲の炎が膨れ上がった。


 真紅色の爆発。

 膨大な熱量を持った灼熱の爆風がアグルへ吹きすさび、炸裂するように飛び散った炎が一斉に炎大剣と化してアグルを襲う。


 数にして先ほどの数倍、爆風の勢いに乗って無数の炎大剣がアグルへとその牙を差し向けた。


「言っただろう? ここはボクの中――ボクの世界! どんなにキミが都合よく新しい力に目覚めようとも、ボクはその全てを焼き尽くせるのさ!」


 彼女にしてみれば、今のアグルが持つのはその手に握る金剣のみ。

 《黒の虚偽(ダミーメイカー)》が彼女の炎に無力化されてしまう以上、彼女の繰り出す圧倒的な攻撃による物量差をアグルが覆せるはずがなく、アネイヤが有利であることには変わりはない。


 ――確かに。この物量差を覆す術はオレにはない。


 だが、例えそうだとしても。


 アグルの歩みは、もう止まらない。


 一足一閃。

 アグルは白い迅雷と化した。


 燃え盛る真紅色の炎の嵐も、降り注ぐ炎大剣の豪雨も、その全てを置き去りにして一直線にアネイヤへと肉薄し、握りしめた金剣を振う。


 撃ち放たれた金色の一閃は真紅色の防御を容易く突破し、その向こうにいるアネイヤを違うことなく断ち斬って見せた。


 しかし、それは陽炎による幻影。

 アネイヤではない。


 両断されたアネイヤの身体が陽炎のように揺らめく。


 アグルが彼女の罠であると気付いた時にはすでに遅く、アネイヤの幻影から噴き上げた爆炎がアグルの身体を呑み込んだ。


 火炎炎がとぐろを巻くように渦を巻き、ホールの天井を突き破らんと火柱を作る。


 真紅色の炎にアグルが対抗できるはずがない。


 そう確信があったのだろう。

 姿を隠していたアネイヤが火柱の前に現れて勝ちを確信したように笑みを浮かべた。


「どんな力に目覚めようと、ボクにとって都合が悪いことには変わらないんだ。大人しくその権能だけ残して燃え尽きると――」

「水を差すようで悪いが」


 瞬間。


 真紅色の火柱が、アグルによって斬り裂かれた。


「お前の復讐の道具になるほど、オレ『たち』はヤワじゃない」


 真っ二つに両断された火柱がその火炎を霧散させ、その中から炎に呑み込まれていたアグルが再びアネイヤの前に姿を現した。


 ――《滅却樹(ラグナテイン)》の火炎はあらゆる魔術をも焼き尽くす。


 しかし、炎に侵されたアグルの純白の鎧には、焦げ痕の一つもなかった。


 真紅色の炎に呑まれたというのにも関わらず、まったくの無傷。それを目の当たりにしたアネイヤは忌々しげな視線でアグルを睨め付けた。


「……さっきのは、確実にキミ自身を捉えたんだぞ。《黒の虚偽(ダミーメイカー)》による幻影だってボクには通用するはずがない。いったいどんな手品を使ったんだい?」

「ここにいるのは、オレだけじゃない」


 何を言い出す?

 アネイヤが小首をかしげる。


 しかし、アグルにとってそれは当然のことなのだ。


 アグルは握りしめた金剣をアネイヤへ突きつけながら言葉を続けた。


「これはアイツが残した――人類の未来を守るための剣。嘘だろうが真実だろうが邪魔立てするモノを全て払い、未来を斬り拓くための力だ。いくらありとあらゆる魔術を焼き尽くす《滅却樹(ラグナテイン)》の炎と言えど、コレを焼き尽くすことはできないようだな」

「ッ……アルトネイア・ダングデウス。全く……本当に、度し難い女だよ」

「そうだな。あんな破天荒な奴は後にも先にもアイツ一人だろう」


 ――けど、アイツだから、オレは叩き起こされた。


 アルトネイアだったから、アグルは託された。


「落ちぶれたオレでも、ここで奮い立てなかったら、オレの全てが嘘になる」


 託されたのは、世界を救い、守るためのチカラ。


 人にあだなす全てを斬り伏せ、未来を斬り拓くためのもの。


 ……お前が勝手に押し付けたんだ。文句は受け付けないぞ。


 彼女が託したチカラを尽くし、アグルは――


「オレとアルで、世界を救い――その上で、オレは復讐を果たすッ! これ以上、過去の遺物風情に邪魔はさせないぞ、《滅却樹(ラグナテイン)》ッ!」


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