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翌日、グラウクスの四人はアレシアが用意したモーニングコートに身を包み、シュトラールからよこされた迎えの四輪馬車に乗り込んだ。
迎えにはカイルだけが来た。彼も式典に合わせ、真新しい白いローブと、象形化された光の模様が入ったストルを首から下げている。四人を迎えた際はいかにも不服そうな態度で、肩を並べて座っている間も始終、不機嫌な顔を崩さない。
「メルちゃんは?」
「先に行ってる。お前らなんかをメルと同乗させるものか」
敵意を剥き出しにして、カイルは向かいに座るザンを特に睨みつけた。
「おい蛇目」
「・・・あ?」
首元を締めるネクタイを指で伸ばしていたザンは、自分が呼ばれているのだと気づくのに一拍遅れた。礼服に合わないサングラスをアレシアに没収されてしまったため、終始、眩しそうに目をすがめている。
「お前、メルに何も変なことはしてないんだろうなっ」
「あぁ?」
問われたザンもまた不機嫌になって答えた。
「クソガキ相手に何するもあるか。なんだいきなり」
「メルを馬鹿にするなっ!」
「っるせえ。こっちはいっつも迷惑かけられてんだよ」
「まあまあ喧嘩しないで二人とも」
拳を握って腰を浮かせかけたカイルを、隣に座っているウィリーが留めた。
「大丈夫だよカイル君。この野獣のことは俺たちがちゃんと見張ってるから」
「誰が野獣だ。危ないのはむしろお前だろうが。女と見りゃ人外にまで手ぇ出して恨み買ってる野郎がよ」
「っ、どういうことだ!?」
即座に隣を警戒し始めるカイル。ウィリーはたまらず抗議の声を上げた。
「誤解を招く言い方するな! お前、俺の過去を曲解し過ぎだぞ!?」
「へいへい」
「聞けよ!?」
適当に返事をするザンにウィリーが絶叫する横で、わなわな震えているカイルに、気を使ってロイが声をかけた。
「大丈夫ですよ。我々に多少問題があるのは事実ですが」
「多少か!?」
「ザンはああ言っていますが、仕事中はメルさんを率先して守っていますし、ウィリーは女性の嫌がることだけは決してしない男です。もちろん私やノアも同様です。そもそもメルさんは黙ってどうこうされるほど弱くもなければ、危険なものとそうでないものの区別をはっきりつけられる方ですから、大丈夫ですよ」
「・・・それは、わかっているが」
穏やかなロイの口調になだめられ、カイルも少しは落ちついたが、喉に何かがつかえているような表情は晴れない。
「カイルさんはメルさんの幼馴染だとお聞きしましたが」
今度はロイが、何気ないふうに問いかけた。
「メルさんは、レイ司教に引き取られてからずっとシュトラール内に住んでいるのですよね? メルさんと知り合ったのはその前ですか?」
「いや、俺は」
一度言いかけ、カイルは考えるような間を置き、再び口を開いた。
「・・・もとはコーリスターとして孤児院から連れて来られて、たまたま年格好と髪の色が似てたから、メルの遊び相手に指名されたんだ」
「は? なんだそれ」
ザンを含めた一同が首を傾げると、カイルはまた険しい顔つきになる。
「今はちゃんとした身分があるっ。文句は言わせないぞっ」
「いや何も言ってないけど、えーっと・・・」
「カイルさんもコーリスターなんですか?」
言葉を迷うウィリーにかわり、ロイが続けて尋ねた。
「今は違う。男のコーリスターは声変わりするまでが限度だ。高音が出せなくなったら辞めさせられる」
「じゃ、お前まだだろ」
「追い出される前に手を打たないといけないだろがっ」
カイルはできる限りの低い声でザンに唸った。
「ちょー、待って? コーリスターって高い声が出なくなったら終わりなの?」
小さく挙手したウィリーをカイルは不機嫌なまま振り返る。
「あ? お前、アンセムがどれだけ高音連発してるか聞いててわかんないのか?」
「いやわかるけども。え、じゃあ、逆に声さえ出ればいいわけ?」
「声が出て譜面通りに歌えればいい」
「・・・もしかして、コーリスターの適性って単なる歌唱力?」
「平たく言えば」
「ええぇ~マジか。なんかこう、魂に秘めたる聖なる力とかそういうんじゃないんだ」
「歌がうまけりゃ誰でもなれるってことかよ」
途端にコーリスターを見くびり出した男たちに対し、カイルは呆れた溜息を吐く。
「アンセムに必要な音域は最高で七オクターブ。音量を維持したまま、単なる叫びじゃない声で歌うことがどれだけ難しいと思ってる」
「え? や・・・すんません。わかんないっす」
「千人いたとしても、一人もできないくらいの希少な才能でしょうねえ」
「そういうことだ」
ロイに同意し、カイルは肩を竦めた。
「俺の音域はあんまり広くない。そもそもコーリスターには向いてなかったんだ」
「それでメルさんの遊び相手、ですか」
「・・・そうだ」
「それがなんかよくわかんないんだけどさー、メルちゃんと一緒に暮らしてたんだよね? カイル君もレイ司教の養子になったって話ではないの?」
「違う。俺には今も親はない。必要もない。俺は、メルさえいれば他には何もいらない」
膝の上で、カイルは拳を強く握りしめる。
「は? なに気色悪ぃこと言ってんだ」
「黙れ破壊魔! お前こそ愛を知れ!」
「なんでいきなり怒んだよ・・・」
揺れる馬車の中で立ち上がってまで怒鳴るウィリーに、珍しくザンは若干引いたようになる。
「司祭になったのは、正式な身分を得てメルさんの傍にいるためですか?」
「・・・それもある」
ロイの問いかけにカイルが曖昧に答えた頃、馬車が王宮の城門をくぐった。
異形の怪物たちが蔓延る大陸では、森や山などに分断されてかつて様々な国が立っていたが、今から三百年程前にヴィオラ王家がそれらを緩やかに統合していき、一つの国とした。現在でも王家の血を引く者が代々王として君臨しているが、その下に国民による議会があり、独裁政治ではもはやない。
軍隊は国民を魔物から守るために保持されているが、こちらは王宮の警護の役目もあり、よほどのことでない限り簡単には動かず、小さな村を襲う程度の魔物であれば民間の退治屋、つまりグラウクスに委託される。よってグラウクスも、国教である天使信仰の総本山シュトラール同様、その日は浅くとも王宮との関わりが深い組織である。
だがシュトラールへの遠慮もあり、王宮はグラウクスの扱いをどうしてもその下にせざるを得ない。
いずれにせよ、それは下っ端たちが気にしても仕方のない上の上の話である。
ザンらは馬車を降り、屈強な兵士らの並び立つ壮麗な王宮の内部に入った。受付の者がカイルの持つ身分証を確認し、控室までの案内に立つ。
「っはー、馬鹿広ぇモンだなあ」
ザンはポケットに手を突っ込み、遠慮なく声の響く高い天井やら床やら彫像やらを見回していた。その肩に、ウィリーが手を置く。
「やめたまえザン君。卑しさ丸出しでみっともないぞ」
「あぁ? 見てるだけじゃねえか」
「それをやめろって言ってんの。ただでさえ浮いてるんだから」
慣れない礼服をすでに着崩し、態度も言葉遣いも粗野なザンは、教養のある育ちのいい人間ばかりがいる王宮では、廊下を歩いているだけですれ違う者の注目を浴びている。
「おい、静かにしろ」
あまつ、カイルにまで注意を受けた。年若い少年のほうが落ちついており、こういう場にすでに慣れている。
やがて控えの間に辿り着き、凝った装飾の施された扉を開いて一同が中に入ると、日当たりの良い部屋に、メルがいた。
思わず声を漏らしたのは一人だけではない。
メルは白を基調とした、ふわりと裾が広がる膝丈までのドレスを着せられている。振り返ると腰の大きなリボンや、ヘッドドレスのフリルが可憐に揺れ、何もかもが整い過ぎているメルの、まるで人形のような美しさを際立たせていた。
そんな、悪霊をも一瞬で浄化してしまいそうな清廉な少女に目を奪われ、男たちはしばらく、呆然としていた。




