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クインテット!  作者: 日生
5章 怪鳥
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2

「で、結局こいつはなんなんだ?」

「今は、司祭。前まではわたしと、ずっと一緒に暮らしてた人」

「・・・はっ!」


 と、カイルの石化が解けた。少年は白い頬を真っ赤に染め、手の甲で口元を押さえる。


「め、メル? あ、のっ」


 動揺しきりのカイルをメルはまっすぐ見つめた。


「わたしは、帰らない」

「え・・・」

「ドラゴンに会えるまで、絶対に帰らない」


 するとカイルの表情が変わった。赤みが引き、逆に青くなる。

 構わずメルは続ける。


「自分で決めたの。だから、一人で帰って」

「っ・・・」


 カイルは咄嗟にメルの肩を掴んだ。


「メルっ、それは――」


 言いかけた言葉は、しかし更なる訪問者によって打ち消される。


「邪魔するぞ」


 今度、やって来たのはグラウクスのボス、アレシアで、後ろに見慣れぬ人間を伴っていた。

一人は黄みがかった緑髪の優しげな男で、カイルと同じ白いローブを着ている。さらにその後ろに続いたもう一人は、ローブに付いたフードを目深にかぶっていて顔が見えず、際立って背が高い。


「レイ!」


 メルが緑髪の男を呼んだ。男は少女に微笑みかけたが、まずはグラウクスの職員らへの挨拶を先にする。


「初めまして、私はシュトラール司教のレイと申します。こちらは付き人のサシャ」


 緑髪の男は自分と隣のフード男をまとめて紹介した。アレシアからも簡単にザンらの紹介を受けた後に、レイは「いつもメルがお世話になっております」と四人へ向かってお辞儀した。


「この度はお騒がせしてしまい、まことに申し訳ございません。部下の暴挙はすべて私の責任です。どうか、お許しください」


 素直に謝罪され、かえって周囲は肩透かしを喰らったようになってしまう。

 ザンが首を掻きつつ、まず口を開いた。


「要するに、あんたはこのガキの上司か」

「はい」


 乱暴な問いかけにも、レイという男は丁寧な態度を崩さなかった。


「そこにいるカイルはメルの幼馴染なのですが、先日まで地方修習に行っており、メルがグラウクスにいることを知らなかったのです。事情を知り心配で飛び出しまったようで、皆々様にご迷惑をおかけしてしまいました。まことに申し訳ございません」

「つまり、メルを連れ戻すというのはシュトラールの総意ではないと?」

「ええ」

「レイ司教!」


 すかさずカイルが抗議の声を上げるが、


「お前の言いたいことはわかっているよ」


 穏やかにレイは遮った。


「しかしすでに決定したことだ。お前も司祭となったのだから、大司教らの決定には従わなければいけない。それにメル自身も同意していることだ。心配する気持ちは痛いほどわかるが、どうか耐えておくれ」

「っ、な、なら! メルはいつ帰って来るんですか!?」

「今日だよ」

「へ?」


 呆ける子供にレイはにっこり微笑んだ。


「お前を止めるのと、明日の式典のためメルを迎えに来たんだよ。――そういうことで、よろしいでしょうか」

「ああ」


 アレシアは頷く。


「式典? ってなんすか?」

「王宮の行事だ。メルは王の御前で歌を披露せねばならんらしい」

「勝手ばかりで申し訳ございませんが、明日だけ、メルをこちらにお返し願います」

「なに、気にされることはない」


 大人たちの間では穏やかな会話が交わされているが、詳細を聞いた子供は納得しない。


「・・・結局、式典が終わればメルはまたグラウクスに戻されるんですか」


 睨むカイルにレイは苦笑を返す。


「この件については私から大司教らに再度ご相談するよ。それより、せっかく半年ぶりに会えたのだから、あまりかっかせず今日を大事に過ごしなさい」

「・・・」


 カイルが黙り込んだのを機に、レイはようやくメルに向き直った。


「メル、準備はできているね? 行くよ」


 ところがメルは差し出された手ではなく、ザンの袖を掴んだ。


「一緒がいい」

「・・・あ?」

「メル?」


 指名された本人も、周りもぽかんとする。


「何を言っているんだい? いい子だからおいで」

「ザンも一緒がいい」


 レイは困って眉根を寄せた。


「メル、わがままを言ってはいけないよ。彼には彼の仕事があるのだから」

「構わんぞ」


 事もなげに、アレシアが言った。


「レイ司教、どうだろう? この四人をメルの付き人として式典に連れて行ってはくれないだろうか」

「はあっ!?」


 叫んだのは主にグラウクスの職員らだ。レイも驚いた顔をしていた。


「・・・こちらは、構いませんが、よろしいのですか? この子のわがままにお付き合いいただくなど」

「式典にグラウクスは招待を受けていないからな。探りを入れるのにちょうどいい」

「ボス、そこまであからさまな言い方はちょっと・・・」


 ゼノンの弱々しい注意など元よりアレシアの耳には届かない。


「ザンだけでなく我々も行くんですか?」

「愚問だな。暴れるだけが能の獣を一匹放りこんだところで何にもならんだろうが」

「いや待て! なんで俺は行く方向で話が進んでんだ!?」

「むろん特別ボーナスは出してやるさ」

「マジか? それ早く言えよ」


 減給続きで金欠が激しかったザンは途端に大人しくなる。グラウクスの赤裸々な内情を垣間見て、レイは思わず笑みを漏らした。


「わかりました。では私から大司教らに話を通しておきます。明日の朝、こちらまでお迎えに上がりますね」

「よろしく頼む」


 話が済むとレイはメルの傍に片膝をつき、少女を見上げた。


「明日、皆さんも来てくださることになったよ。だから今日は大人しく、一緒に帰ってくれるね?」


 こくり、とメルは頷いて、今度こそレイの手を取った。


「では、失礼いたします。行くよ、カイル」

「出口までお送りします」


 ゼノンが先導に立ち、嵐のごとく現れたシュトラールの一行は去っていった。


「・・・なんか、感じの良さそうな人っすね」


 静かになったところで、ウィリーはアレシアに話しかけた。


「司教ってけっこーな地位の人なんすよね?」

「ああ。シュトラールは五人の大司教がトップにあり、そのすぐ下が司教だからいわゆる幹部だな」

「やっぱ偉い人なんすねー」

「もっと喧嘩売ってくるもんだと思ってたぜ。あの司祭だっていうガキみてーによ」

「あれは私情だと思うけどね」


 ウィリーはそう言って苦笑する。


 シュトラールは、方法は違えど魔を祓い人々の安全を守るという点で、グラウクスと似通った組織である。だが実際の魔物退治においては、数少ないコーリスターを養護しているシュトラールよりも、グラウクスのほうが目立って活躍している。


 よって、どちらかといえばシュトラールは、大陸中の民が信じる天使信仰の総本山としての意義が強いのだが、その信仰の根本にあるのは天使の残した魔除けのアンセムであり、アンセムの力を引き出すコーリスターたちである。


 魔物退治においてグラウクスばかりが活躍すれば、シュトラールの存在意義が弱まってしまう。つまりグラウクスの支持が高まることは、シュトラールの支持の低下に繋がるのだ。

 そういうわけで、この二組織は水面下で対立していた。


「レイ司教はシュトラールにあって珍しく、我らに好意的な相手だ。彼がいると大司教らとの会談もスムーズに進んで非常に助かる」

「へえ、そんな奴もいんのか」

「くれぐれも失礼のないようにしておけ。もっとも、さすがメルの父親だけあって滅多なことで機嫌を損ねる方ではないが」

「・・・ん?」


 アレシアの言葉の中に妙な単語を聞いた気がした男たちは、首を傾げた。


「今、なんて言いました?」

「レイ司教はメルの父親だ」

「えぇえっ!?」


 ウィリーが大げさなまでに声を上げ、ザンなどは怪訝な顔をする。


「・・・にしては若くねえか? 似てねえし」

「養父らしい。メルは孤児だったそうだ」


 それは、この世界において特に珍しいことではなかった。喰うに困って親に捨てられた、魔物に襲われ家も家族も失ってしまったなどという話はざらにある。

 グラウクスにも、そういった事情を持つ人間がたくさんいた。むしろそういう者が集まるきらいがある。


「わざわざ迎えに来るということは、メルさんは司教と共に住んでいないのですか?」

「俺、前に住んでるとこを聞いてみたことあるよ。でもちゃんとは答えてくれなかったんだよなあ」

「私の家に住んでいるが?」


 アレシアがあっさり明かす。


「マジっすか?」

「いつも一緒に出社しているだろうが」

「知らねえよ」

「なぜボスの家に?」

「近いほうが通いやすいだろうというだけだ。そもそも司教が寮住まいのため、メルもシュトラールの施設内で特別に作られた部屋に住んでいたと聞いている」


「女子寮はないんすか?」

「あるだろうが、下っ端どもと同じところには詰めんさ。メルは名指しで式典に招かれるほどの別格も別格な存在だ」

「あいつの世間知らずと生意気はそういうことかよ」


 納得したようにザンがぼやく。一方、ロイは思案顔でいた。


「だとすると、メルさんの父親である司教はシュトラール内でも発言力の強い方なのでしょうか」

「ああ。だからなるべく機嫌を損ねたくはないのさ。司教の頼みとあらば娘の世話くらい、喜んで引き受ける。部屋などいくらでも余っているし、使用人もいるからな」

「そんなに金が余ってんなら下に回せっ」

「無論、お前らが良い働きをすれば回してやるさ。礼服を用意しておいてやるから後で取りに来い。王の御前でくれぐれも粗相のないようにな?」


 にやりと笑って言い残し、アレシアも資料室を出て行った。


「・・・なんとなく、嫌な予感がしますね」


 そう呟いて、ロイがようやく紅茶に口を付けた頃には、すっかりぬるくなってしまっていた。

 この騒ぎの間、一度も会話に加わろうとすらしなかったノアは、ひたすら読書を続けており、果たして話を聞いていたのかどうか、周囲にはやはりよくわからなかった。

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