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クインテット!  作者: 日生
幕間 メルの一日
17/25

2

 やがて一小節を読み終え、メルは一息つく。

 ノアからもらった栞を挟んで本を閉じ、何気なく見上げるとまたウィリーと目が合った。

 読み始めてからだいぶ時が過ぎ、ロイなどはいなくなっていたのだが、ウィリーはずっとお湯を飲みつつそこにいた。


「? なに」

「あ、いやごめん。休憩?」

「うん」


 メルは尻が痛くなってきていた。本を残して立ち上がり、ティーカップをキッチンに戻す。メルがどいたのを期に、ノアは読み損ねた辺りを開いた。


「ねえ、メルちゃんはドラゴン以外に好きなものある?」


 ウィリーもカップを戻しに行き、メルの隣に並んだ。


「動物は好き? 例えば、猫とか」


 メルは首を傾げる。


「本物、見たことない」

「え、そう? 珍しいね。あー、でも、だったらちょうどいいかな」

「?」

「さっき、出社した時に子猫を見たんだよ。白くてちっちゃな可愛いやつ」


 むろんグラウクスで飼っているわけではない。どこからか紛れこんだのだ。


「暇潰しがてら、探しに行ってみない?」


 メルは、特に猫に思い入れがあるわけではないが、少しは興味があったため、ウィリーの誘いを受けることにした。


「では美しい姫よ、お手をどうぞ」


 まるで大昔の騎士のような台詞を吐き、ウィリーは身を屈めて恭しくメルの手を取った。


「じゃ、行って来るなー」


 ノアにはいつもの調子で声をかけ、オフィスを出る。


「入ってすぐに前を横切ったんだよ」


 歩きながら、メルはきょろきょろ辺りを見回してみる。ウィリーと手を繋いでいるため、あまり前方に注意を払わずとも支障はない。


「メルちゃんって休みの日は何してるの?」


 どちらかと言えば、ウィリーは猫よりもメルのほうに興味があり、目でなく口をよく動かす。メルはそんなウィリーのほうはまったく見ずに適当に返事した。


「本読んだり、寝たり」

「読書家なんだねー。そういえば自宅通勤なの? ちなみに俺やノアたちは寮に入ってるんだよ」


 グラウクスは本社の隣に男女それぞれの独身寮がある。ザン、ノア、ロイ、ウィリーの四人とも同じ寮に住んでいた。ただし、いつもそこに全員が帰っているとは限らない。

 男たちのプライベートにメルは特に興味を示すこともなく、単調に答え続ける。


「ちがう」

「まさか一人暮らし? 大変じゃない?」

「全然」

「ほんと?」

「世話する人が、いっぱいいる」

「あ、そう? ・・・メルちゃん家ってお金持ちなの?」

「知らない」


 メルの返事はすべて素っ気ない。自分の暮らしが他と比べてどうかなど、考えたこともなかった。

 ウィリーは、メルが詮索を嫌がっている気配を敏感に察知し、この質問を続けるのはやめることにした。


「実は俺ね、昔は大金持ちだったんだよ」


 かわりに、自分の話を始める。


「上から下まで全部高級素材のオーダーメイドでさ、使用人だっていっぱいいて下手すりゃ指一本動かさなくても生活できたし、適当に置いといて失くした指輪とか、あれ今なら目ン玉飛び出るくらいのもんだっつーに。無駄に贅沢な暮らししてたなあ。それが普通になってたんだと思うと恐ろしいよ」


 これにはメルも興味を惹かれ、ウィリーを見上げた。


「今は大金持ちじゃないの?」

「うん、貧乏まっしぐら。マジで連帯責任って勘弁してほしいよね」


 でも、とウィリーは続ける。


「なんだかんだで今の生活のほうが楽しいかな。おちゃらけた格好して、可愛い女の子と自由に手をつなげるし。ね?」


 つないだ手を持ち上げ、ウィリーは笑う。だが、不意にそれを消した。


「昔に戻れたらって、思うことはあるけど・・・生きてる限り、希望は絶えないから」


 少しだけ強く、メルの手を握る。


「・・・なんのこと?」


 怪訝そうに見ているメルに気づき、ウィリーは我に返って力を緩めた。


「あー、ごめんごめん。なんていうかな、人生マジで何があるかわかんないけど、その時その時で楽しみとか、幸せとかを見つけて生きていくしかないよね、って話」


 果たしてそんな話だったろうか。メルはよくわからなくなった。


「・・・ウィリーは、貧乏が幸せなの?」

「欲を言えば、もう少し給料上げてもらえると嬉しいけどね。金がなくても希望がある限り、俺はいつだって幸せだよ」

「希望って?」

「んー? 愛する人と過ごす未来ってこと」


 メルはぱちぱち、目を瞬いた。


「ウィリー、好きな人いるの?」

「いるよ。もうずーーっと長いこと好きなんだけどね。彼女、極度に恥ずかしがり屋さんでさ、なかなか会ってくれないんだ」


 メルは首を傾げた。


「嫌われてるの?」


 途端にウィリーが胸を押さえる。


「・・・ごめん、その可能性は心に深刻なダメージを与えるので勘弁してください」

「?」

「大丈夫、俺は愛されてる愛されてる愛されてる・・・オッケー復活」


 事情はよくわからないが、メルは懸命に自己暗示をかけている男がなんだか可哀想に思えた。

 少女に憐れまれているとは知らずに、陽気を取り戻してウィリーは続ける。


「俺のことはともかくとして。メルちゃんは大好きな人を見つけたら、できる限り一緒に過ごしなよ? この世にそれ以上の幸福はない。俺たちは本来、何百年も生きられるものじゃないからさ、時間は大事にしないとね」

「・・・」


 結局、なんの話だったのか。

 メルが考えながら視線を足元へ向けた時、そこを白い影が走り抜けた。


「あ!」


 まっ白な子猫だ。

 メルが絵本から想像していたものよりずっと小さく、驚いている間にたまたま扉が開いていたオフィスに猫は入り込み、中にあるデスクの上を跳ね、盛大に書類をまき散らした。

 慌てて捕まえようとする職員らに対して猫は驚き、必死に逃げ回る。


 メルとウィリーもガラス張りのオフィスの中へ入る。猫はあちらこちらへ素早く走り抜け、その度に物や書類を落としてくれるため、片付けと捕獲のためにオフィスの職員らはあたふたしている。

 普段、勇ましく魔物と対峙する彼らだが、子猫を捕まえることに関しては誰も慣れていない。


「お、コーリスターの嬢ちゃん!」


 成り行きを見守っていた二人のもとに、このオフィスの管理者である男がやって来た。


「どうもディモさん」

「おう」


 比較的長身のウィリーでさえ、見上げるほどの大男は幹部のディモという。グラウクス内ではまだまだ知り合いの少ないメルも、この男のことは知っていたし、紹介される以前からよく遠目に見かけてもいた。


 ディモは顔をくしゃっとする子供のような笑みを浮かべ、巨大な手の平でメルの頭を乱暴になでる。この男は力が強く、上から押さえつけてくるのがメルは嫌で、思いきり手を振り払い、ウィリーの後ろに隠れた。


「あれ、だめか? ぐしゃぐしゃ頭にしねえようにはしたんだが」

「メルちゃんのこと知ってるんすか?」

「この間の人狼騒ぎの時に少し一緒になってな。悪ぃ悪ぃ、えーっと確か」


 ディモはポケットを漁り、イチゴの柄が描かれたキャンディをメルに差し出した。


「これで機嫌直してくれや」

「・・・」


 メルは渋々受け取り、包みを開いて乳白色に赤が混ざった色のキャンディを口の中に放り込んだ。甘い、イチゴミルクの味が広がる。


「可愛いおやつ持ってるんすね?」

「ガキが寄越すのよ」

「お子さんはいくつになったんでしたっけ」

「今年で五つだ。俺のとこも娘でなあ、それでつい嬢ちゃんを構いたくなっちまって」

「めっちゃわかります。女の子は可愛いっすよね~。俺も将来子供作るなら断然娘がいいっす。もう何人でも欲しい」

「おう作れ作れ。ガキはいいぞ~」


 周りが猫を追って騒いでいる傍で、他愛ない世間話が続く。

 メルが見ていると、職員らが四苦八苦しながらなんとか協力して猫を隅まで追い詰めていた。が、今度は器用に壁に爪をかけ、棚の上まで登ってしまう。


「そういやお前ら、なんか用があったのか?」


 その頃になって、ディモがようやくウィリーに尋ねた。


「いえ、猫探してたんすよ俺たち。メルちゃんが猫を見たことがないらしくて」

「へえ? 猫なんざ街にいっぱい野良がいるじゃねえか。シュトラールはコーリスターを箱入り娘にしてんだなあ」


 ディモに珍しいものでも見るような目で覗き込まれ、メルはそっぽを向いた。すると急に視界が高くなる。

 ディモがメルの腰を持って抱き上げ、猫のいる棚に歩いて行く。やがて子猫がメルの目前に現れた。


「ほれ、捕まえてみな」


 メルが迷いながら、そーっと手を伸ばしてみると、猫は棚のぎりぎりまで後ずさる。

 白猫はメルと同じ青い色の瞳を持っていた。その中には怯えと、恐怖と、心細さが垣間見える。

 メルは手を引っ込めて、静かに息を吸った。


「―――」


 優しい旋律がメルの口から流れ出る。ゆったりとたゆたう、波のように辺りへ響き渡るや、メルの視界が低くなる。

 ディモの巨体が音を立てて床に倒れたのだ。ウィリーも、他にオフィスにいた職員も皆、糸を切られた操り人形のごとく、ばたばたと倒れていく。


 一つのメロディを歌い終え、メルが周りを見ると、誰も彼もが眠りこけていた。

 聞く者を深い眠りへといざなうアンセムだ。

 たまたまオフィスの前を通った者も余波を受けて倒れている。メルが棚の反対側に回ると、子猫もまた眠り落ちていた。


 それを拾って抱いてみる。初めて触った猫はふわふわでぐにゃぐにゃで、温かい。メルの胸に小さな頭を預け、まったくの無防備だ。


(・・・可愛い)


 そう思いながら何気なく、傍の開いた窓から外を覗くと、下に赤いものが見えた。

 敷地を囲む石塀の下で、おかしな格好で倒れた男がいる。


 メルは子猫を抱いたまま急いで下へ駆け降りた。芝の上には、無断の外出から帰り、ちょうど塀を越える際にメルの歌声を聞いてしまい、顔面から着地したザンの姿があった。


「みっけ!」


 メルはザンを仰向けに倒し、その脇に、ザンの腕を枕として寝転がった。

 温かい子猫を抱き、大好きなドラゴンに似たザンの隣で、ぽかぽか日差しの降り注ぐ下、メルはまどろみの中へゆっくり、足を踏み入れた。




 子猫は迷い猫で、後日、飼い主に無事引き取られていった。

 メルは寝起きのザンに怒鳴られたり、外出がばれたザンがゼノンにトイレ掃除を言い渡される様を見ていたり、アンセムを歌ったことを軽く叱られたりもしたが、今日の平和な一日を楽しかった記憶として、胸の中にそっとしまった。

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