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クインテット!  作者: 日生
幕間 メルの一日
16/25

1

 グラウクスの広い施設の中には、職員のため様々な部屋が用意されている。

 その内のおよそ一万冊の蔵書を誇る図書室に、メルは迷いこんでいた。


 正確に言えば、当人に迷っているつもりはないのだが、大きな本棚の間できょろきょろし、落ちつかない様子が、傍からはまるで迷子のように見える。

 しかし司書も、暇潰しにやって来た他の職員たちも、時折覗く金髪に心配そうな視線をやることがあっても、あえて話しかけることはしなかった。


 蔵書の大半は、闇の生き物たちに関するものである。それらは大陸中にはびこっているにもかかわらず、対処法についてはいまだに曖昧で、学者たちが日々研究した内容がある程度まとまると、ここにそのコピーが送られる。それらは職員らの一応の参考にはなっている。

 だがメルが読みたいのはそんなものではない。学者たちの不確かな研究成果よりも、挿絵がたくさんある物語を探していた。


「――メルさん?」


 そろそろ首が痛くなってきた頃、棚の向こう側から声をかけられた。少し待っていると棚を回って、ロイが現れる。本の隙間にメルの金髪が見えたのだ。


「何かお探しですか?」


 物腰の柔らかいロイは、年下のメルにも丁寧な態度で接する。メルのほうは相手が丁寧だろうが乱暴だろうが、年上だろうが年下だろうがまったく同じ態度を示す。


「絵本。なかったら挿絵のある本」

「物語ですね? 確か、あちらのほうにあったと思いますよ」


 ロイは親切にその場所までメルを導く。


「今日は、ザンはどうしたんです?」

「消えちゃった」


 毎日頑張ってはみているが、結局撒かれてしまう。最近はメルも一人でうろつくのに慣れてきていた。

 先程までいた研究書コーナーとは違い、物語の並ぶコーナーはカラフルな装丁の大小様々な本が棚に多く詰められていた。

 どれも子供向けの物語であるが、共通しているのはすべて魔物が登場すること。これらの物語は民間伝承を元にしており、時にこの中に魔物退治のヒントが紛れているのである。よって、大事に保管されている。


 その辺りの事情はメルにとってはどうでもよく、ただ暇を潰すためのものとして、本の背表紙を見て回る。念のため、ロイはメルの傍を離れず、黒い手袋をはめた手で適当な本を抜き取った。


「メルさん、これにはドラゴンが登場しますよ」


 ロイが勧める本を、メルは最初の数ページだけめくり、返してしまう。


「これは読んだ。ドラゴンの話はだいたいもう、読んでる」

「本当に好きなんですねえ」

「うん、大好き。でも」


 急にメルの表情が曇る。


「ドラゴンはいっつも、殺される。いつも悪者。いつも、最後はひとりぼっち」

「確かに、そういう話が多いですね。昔からドラゴンは強さの象徴とされているので、英雄の力を示すために敵として扱われやすいのでしょう」

「ロイはドラゴンにも詳しい?」


 仕事中に派手な活躍をするのは主に特攻隊長のザンだが、魔物の弱点や性質を仲間に伝え、的確な指示を出すのはロイである。

 期待をして見上げるメルに、ロイはいつもの優しい微笑みを返す。


「それほどでもありません。特にドラゴンは、他の生き物がいない場所に棲みつき、番う時以外はほとんど単独で行動しますから、謎が多いのです。物語で姫をさらうドラゴンのように、人間の女性に恋をするものも中にはいますが」

「知ってるっ。クエレブレでしょ?」


 メルの声がやや高くなった。


「はい。メルさんのほうが詳しそうですね」

「クエレブレは特別に好きなの」

「何かいいお話があったんですか?」

「うん。クエレブレはね、金髪の女が好きなんだよ」


 メルは嬉しそうに自分の頭を指した。柔らかな金糸の髪が肩の上で揺れている。


「だから、好きなの」

「・・・そうですか」


 何が「だから」なのか、よくわからなかったロイは、曖昧に返すしかなかった。


「ねえ、あれ。あれ取って、赤いやつ」

「これですか?」


 メルが指したのは分厚い大きな本。非力なメルは抱えながら広げることができず、床に置いて中をぱらぱらめくった。そして気に入り、閉じてまた抱えた。


「これにする」

「外に持って行きますか?」

「うん」

「では私の名前で借りましょう」


 本の貸出しには職員証が必要となる。シュトラールからの助っ人という立場のメルにはそれがなく、借りることができないのだ。


 ロイはメルから本を受け取り、受付へ向かう。手続きをしている間、メルは読書スペースのソファに座り、足をぶらぶらさせながら待っていた。


「やあ」


 すると背後から、口元にほくろのある、赤い瞳の男が声をかけてきた。見たところロイよりも年上で、彼の上司のゼノンと同じ型の制服を着ていた。つまり、幹部の格好である。

 メルはまったく知らない相手であるため、きょとんと青い瞳で男を見つめ返す。


「一人でどうしたの? 仲間たちはいないのかな?」


 男は不気味な薄ら笑いを浮かべ、名乗りもせず話し続ける。メルはソファの上に膝立ちになり、男の後方にある受付を指した。


「ロイ、いる」

「それは残念」

「なにが?」

「なんでもないよ」


 ちょうど、ロイが手続きを終えて戻り、メルの傍にいる男に眉をひそめた。


「フェイさん? どうされたんですか」


 男はソファの背もたれに寄りかかり、薄ら笑いをそのままロイに向けた。


「美少女が目の前にいたら話しかけたくもなるだろう?」

「なるほど。――メルさん、借りてきましたよ」

「なんだそれ?」

「各地の伝承を集めた物語集です。メルさんの暇潰しに。フェイさんもお暇なんですか?」

「ゼノン君より要領がいいからな」

「さすがですね。では、ご休憩の邪魔をしないように我々はこれで。行きましょうメルさん」

「待て」


 速やかに立ち去ろうとする二人を、すかさずフェイは呼び止めた。


「暇ならカフェでお茶でもどうだ?」

「そういうお誘いは素敵な女性にすべきだと思いますよ」

「もちろん、素敵なお嬢さんをお誘いしてるわけだが?」


 水を向けられたメルはぱちぱち瞬く。仕方なく、ロイはやっとメルに男のことを紹介した。


「メルさん。こちらは幹部のフェイさんです」

「ゼノン君とは同期なんだ。よろしくね」


 握手を求め、メルの鼻先までフェイは右手を突き出す。だがメルはそれを払いのけ、びしりと男を指した。


「キツネ」

「は?」

「悪いキツネ」

「・・・どういう意味だ?」


 さすがに困り、フェイはロイに説明を求めた。


「フェイさんが、絵本に出てくる悪いキツネに似ていると言ってるのだと思います。メルさんがこの喩えをするのはザン以外で初めてですよ」

「それは喜ぶことか?」

「おまかせします」


 メルはロイの横に回りこみ、腕を引っ張った。


「早く。本読みたい」

「本ならカフェでも読めるんじゃないか?」

「イヤ」


 まだ誘ってくる相手に、メルはきっぱり告げた。


「悪いキツネに付いていくと、帰れなくなる」

「おっと」


 これにフェイは破顔した。


「なるほど? なかなか見る目のあるお嬢さんだ」


 く、く、と抑えきれず声を漏らす。


「いい子だね、メル。本に飽きたら私のオフィスへ遊びにおいで。お菓子をあげよう」

「いらない」


 フェイがますます愉しそうに笑うのを尻目に、メルはロイを引っ張って図書室を出た。


「怖い人に気に入られてしまいましたね」


 メルは苦笑するロイの腕を放して、隣に並ぶ。


「怖いの?」

「敵でも味方でも厄介な相手です。悪い人ではないのですが、常軌を逸した趣味がありまして。まあメルさんなら大丈夫だとは思いますが」

「ふぅん」


 メルは生返事をする。少しばかり恐ろしげな男のことなど、あまり気にかけてもいなかった。そのくらいの図太さがなければ、一人で知らない場所をうろついてはいられない。


 メルたちが向かった先は、彼女のいるチームに割り当てられたオフィスという名の物置き部屋。

 資料棚を越えた先にソファとテーブルがあり、そのソファの後ろに、青い毛先が見える。


 ソファを背もたれにして床に座り込み、読書しているノアだ。日がな一日、彼はこうしてこの場から動かない。メルたちがやって来ても反応することなく、黙々と魔道書に視線を落とし続けている。

 メルがノアの肩をつつくと、ようやく顔を上げた。


「一緒に読む」


 借りてきたばかりの本を突きつけられたノアは、無言で自分のを脇へ置く。メルはノアの腕の間に入り、本を広げた。

 ソファのように寄りかかられてもノアは文句の一つも言わず、メルの頭越しに、文章を追っていく。


「二人とも、何か飲みますか?」


 簡易キッチンに立つロイに、メルは元気よく「紅茶!」と答えた。


「メルさんは紅茶が好きですね」

「ロイが、いれたやつが好き」

「それは光栄です」


 ロイはいそいそと準備を始める。

 紅茶は数ページ進んだくらいで運ばれてきた。茶を飲んでいる間、メルは完全に本から手を放してしまうため、ノアが本立ての役割まで果たす。


「ちぃーっす」


 軽薄な挨拶と共に、制服にじゃらじゃらとアクセサリーを付けたウィリーが現れた。


「ごっめーん、寝坊しちゃった。てへぺろ☆」

「なんの呪文です?」

「あれっ、今はもう言わない?」


 ロイと二、三会話を交わし、ウィリーはソファの後ろの二人に気づいた。


「うわっ、なにそのうらやましい体勢」


 ソファ越しに上から覗くウィリーを、メルは首だけ動かして見上げた。ウィリーはメルと目が合うと決まってにやけ顔になる。


「おはようメルちゃん。今日も最高に可愛いねっ。ところでノアより俺のほうが座り心地がいいんじゃないかと思うんだけど、試してみない?」

「?」


 ウィリーの言わんとすることは大抵メルには伝わらず、結果として無視される形になる。が、この男は滅多なことでへこたれない。

 浮かれた笑みを絶やさず、キッチンのほうへ呼びかけた。


「ロイー、俺もお茶欲しい」

「私は給仕ではないんですが」

「そこをなんとか。ロイのいれてくれるお茶って他と一味違うっていうか、マジうまいのよ。な? 頼む。お願いしますマスター。至高の味をぜひっ」

「嫌です」

「なんで!?」

「無性に腹立つ」

「褒めてるのに!?」

「そもそも茶葉が切れてます」

「褒め損んんんっ!」


 結局、ウィリーはポットに残ったお湯を飲む。それでもこの男はさほど気にする様子なく、普通に茶を飲むように、ティーカップともう片方にソーサーを持ってソファに座り、メルたちを覗き込む。


「何読んでんの?」

「・・・物語」


 夢中になっているメルにかわり、ノアが答えた。


「ノアが魔道書以外を読んでるのは初めて見たなあ。まあ、読んでるってか読まされてるってか」

「・・・」

「いいじゃん。兄妹みたいで微笑ましいぜ? 二人とも口数少ないとことか似てるしな」

「・・・そ、か?」

「似てる似てる。行動が突拍子ないところも」

「・・・」


 ノアが自分でも考えてみている間に、本のページは容赦なく進んだ。

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