第6章 7日以内に退去してください。 帝国軍の軍属(民間人)とそういうお姉さんをどうするか。
第6章 7日以内に退去してください
「陛下。帝国軍について王都へ入った民間人が、かなり残っています」
離宮の執務室で、生き残った行政官が名簿を開きます。
「主力と一緒に牧草地まで行った商人は、5万人の方に含まれていますね」
「はい。残っているのは王都で待機していた商人と、軍人相手の商売でついてきた女性たちが中心です」
「人数は、まだ増えますか」
「宿屋と商館を調べています。名簿はもう少し増えると思います」
カタリナは紙の端を指で押さえました。
「全員、国外へ退去していただきます」
「今日中に、ということでしょうか」
「それでは帰る準備もできません。期限は7日後にしてください」
「退去に従った者は、どのように扱いますか」
「命は保障します。帰国拠点まで戻るために必要なお金だけは残してください。それ以外の資産は没収します」
「軍人についてきた女性たちも、同じ期限ですか」
「はい。商人たちが連れてきた方は、一緒に連れて帰っていただきます」
「すでに王国民を相手に商売を始めた者もおります」
「例外にはしません。7日以内に退去してください」
行政官が少し迷ってから尋ねます。
「命令に従わず、この国へ残ろうとした者はどういたしますか」
「帝国軍と行動を共にする軍属として扱います。捕虜にしてください。資産も没収します」
「帰った者から、こちらの状況は帝国へ伝わります」
「もう隠し続けられる段階ではありません。王都が奪還され、主力5万人が戻らず、帝国の使者まで帰ってこないのです。いずれ分かります」
「承知しました」
「ただし、退去までの7日間に、誰が誰へ残留を頼むのか、全部記録してください」
行政官が顔を上げました。
「残留工作を見るのですか」
「はい。商人の名前、頼まれた人、日時、理由、贈り物、金銭、同席した人。分かるものを全部です」
「7日あれば、かなり動くと思います」
「だから7日間です」
◇ ◇ ◇ ◇
翌日から、離宮へ嘆願が届き始めます。
「陛下。この商人だけは残せませんか」
生き残った行政官の1人が、困った顔で言います。
「王都へ物資を入れるのが早いんです。人当たりもよくて、こちらの商人とももう取引を始めています」
「帝国軍について入国した商人ですね」
「はい。ただ、復旧には役に立ちます」
「7日以内に退去してください」
「例外には?」
「しません」
その日の午後には、商人本人も離宮へ来ます。
「女王陛下。私は軍人ではありません。商売をしていただけです」
「存じています」
「もう王国の方とも取引しております。残していただければ、物資も運びます」
「ありがたいお話ですが、退去期限は変わりません」
「税も払います」
「それでも同じです」
商人はしばらく粘りましたが、最後には頭を下げます。
「……7日以内ですね」
「はい。帰国のためのお金も、持っている資産も取り上げません。同行してきた方々も一緒に連れて帰ってください」
商人が帰ったあと、今度は別の来客が入ります。
香りの強い香油を使い、胸元の開いた服を着た女性です。
「陛下。わたしは、もう帝国兵なんて相手にしていないの」
「そうですか」
「この国のお客さんが来てくれるのよ。ちゃんとお金も払ってくれるし、困らせてもいないわ」
「それでも退去していただきます」
女性は少し笑いました。
「あなたも成長すればわかるわよ」
カタリナは一度だけ瞬きをします。
「それは、わたくしが成長してから判断します」
「まあ」
「退去期限は7日以内です」
女性は肩をすくめました。
「固いのねえ」
「国境の話ですから」
それ以上は変わりません。
◇ ◇ ◇ ◇
「陛下。残留の嘆願が増えています」
3日目の朝、国璽を届けた近衛兵が何枚もの紙を持ってきます。
「同じ商人の名前が何度も出ていますね」
「はい。こちらの伯爵からも、この商人を残せないかという話が来ています」
「こちらの女性についても、別の貴族が口を利いています」
「役人からの嘆願もあります」
カタリナは机を広く空けました。
「名前を別々の紙にしてください」
「何をなさいますか」
「つながりを見ます」
商人、高級貴族、役人、随伴女性、宿屋、商館。
名前を書いた紙を並べ、関係が確認できたところへ線を引きます。
「この貴族は、この商人だけではなく、こちらの商館ともつながっています」
「こちらの役人は、同じ女性の残留を2度頼んでいます」
「贈り物の記録は?」
「あります。酒と布です」
「金銭は?」
「まだ確認できていません」
「推測では線を引かないでください。確認できたものだけです」
近衛兵がうなずきます。
紙の上に線が増えていきます。
「陛下。この商人から高級貴族へ、かなり高価な品が渡っています」
「官憲に確認させてください」
「本人を押さえますか」
「贈賄側からです。証拠と供述を取ってください。受け取った側へ先に知らせないでください」
「承知しました」
王国に残った近衛も官憲も貴重です。
それでも、ここは使います。
戦時中に敵側から入った商人が、王国の高級貴族や役人へ金品を渡して残留を工作しているなら、放置はできません。
夕方には、最初の報告が戻ります。
「商人が認めました。金銭を渡しています」
「相手は?」
「高級貴族2人と、役人3人です。別の商人からも、同じ貴族の名前が出ました」
「相関関係の図へ追加してください」
「随伴の女性からも供述が取れています。客だった貴族に、残れるよう口を利いてほしいと頼んだ者がいます」
「証拠が取れたものだけ、別にまとめてください」
「はい」
線が多い紙と、証拠が固まった名簿が分かれていきます。
◇ ◇ ◇ ◇
6日目。
カタリナは王宮の謁見の間へ向かいます。
高級貴族、役人、贈賄を認めた商人、関係した随伴女性が集められています。
国璽を届けた近衛兵が、証拠の束を持ってカタリナの横に立ちます。
「始めてください」
生き残った行政官が、名前を読み上げます。
「商人から金銭を受け取り、国外退去命令の例外を求めたことを認めますか」
最初に名を呼ばれた伯爵は黙っています。
「商人側の供述、金銭の記録、贈答品の確認が取れています」
「……認める」
「戦時中です」
カタリナが言います。
「帝国軍について入国した者の残留を、金銭を受け取って働きかけました。貴族位を剥奪します」
男の顔から色が消えます。
「陛下」
「決定です」
次に呼ばれた侯爵にも、同じように証拠が示されます。
貴族位を剥奪します。
役人の番になると、カタリナは処分を変えます。
「あなたは降格です」
「解雇ではないのですか」
「行政官が9割以上減っています。仕事はしていただきます」
役人が頭を下げかけたところで、カタリナが続けます。
「ただし、これは軽い処分という意味ではありません」
「はい」
「減給はしません」
役人が顔を上げます。
「なぜです」
「あなたの家族まで困らせる理由はありません。処分を受けるのはあなたです」
「……承知しました」
商人と随伴女性については、王国の法に従って処分が読み上げられます。
カタリナは、そこへ特別な刑を付け加えません。
法に定められた処分を受けても、国外退去命令そのものが消えるわけではありません。
「7日目の期限は変えません」
謁見の間にいる全員へ向けて言います。
「人当たりがよいことも、役に立つことも、すでにこの国で商売を始めていることも、例外の理由にはしません」
謁見の間は静まり返ります。
「帰国する方の命は保障します。帰国拠点まで戻るために必要なお金だけは残します。それ以外の資産は没収します」
カタリナは最後の紙を閉じます。
「明日までです」
◇ ◇ ◇ ◇
7日目。
王都の門から、帝国側から入ってきた商人たちの荷車が順番に出ていきます。
随伴してきた女性たちも一緒です。
残留を求めた者も、王国民相手に商売を始めていた者も、例外はありません。
夕方、国璽を届けた近衛兵が離宮へ戻り、最後の報告書を机へ置きます。
「陛下。退去命令に従った者の出国確認が終わりました」
「従わなかった方は?」
「軍属として扱い、捕虜にしています。帰国費用を残す対象にもしておりません」
「分かりました」
カタリナは、7日間で増えた相関関係の紙を見ます。
国外へ出した者の名簿より、王国内部に残った線の方が重要でした。
「この図は保管してください」
「今後も使いますか」
「はい」
帝国軍は消えても、人のつながりまで消えるわけではありません。
カタリナは次の報告書を開きました。




